第94話 脅しと頼み事

 突然の出来事に混乱するしかない俺に、戦さんはにやりと悪い笑みを浮かべる。


「ねぇ、如月くんがブラックローズなんでしょ?」


「な、なんの、こと……?」


「とぼけないでよ」


 言いながら、戦さんはブラックローズの顔写真を俺の顔の横に並べる。


 そして、写真を持っていない手で俺の前髪をかき上げる。


「前髪とかで分かりにくいけど、如月くんとブラックローズって凄く似てるんだよね。涼し気な目元とか、凄いそっくり」


 戦さんの指が俺の目元をなぞる。


「ねぇ、白を切らないで? 私、確証があって如月くんに言ってるの」


「し、知らない……! お、俺は、ブラックローズなんかじゃ――」


 ない。と言おうとした時、戦さんがバンッと本棚を叩く。


「ひぅっ!」


「白を切るなっつってんの」


 まったく笑ってない瞳が俺を射抜く。


 い、戦さんって、こんな人だったの? 滅茶苦茶怖い……!!


「……ああ、それとも、もっと簡単な方が好み?」


「か、簡単な方……?」


「そう。ブラックローズの正体が男だってSNSに拡散するの。貴方の顔は公開しないで、うちの学校の制服だけ写真で撮ってSNSに上げれば、皆血眼になって探すでしょうね? 皆、ブラックローズの正体を知りたいでしょうし」


「そ、それだけは止めて!!」


 俺が慌ててそう言えば、戦さんは嬉しそうな顔を浮かべる。


「そういう反応をするって事は、やっぱり如月くんがブラックローズって事で良いのかな? ねぇ、どうなの?」


 言いながら、戦さんが俺の頬を撫でる。


 ど、どうしよう。認めれば戦さんに俺がブラックローズだってバレて、言わなかったらブラックローズが男だってネットに書き込まれちゃう……。


 で、でも、ネットに書き込んだところで、ブラックローズが男だってことに信憑性は無いから、バレないんじゃ……。


「ちなみに、今はブラックローズの正体についてネットは大盛り上がりよ? そりゃあそうよね。あの有名なEternityエタニティ Aliceアリスのポスターモデルを二回もしてるんですから。それに、和泉くんと仲が良いって皆知ってるから、和泉くんの周囲の人間が一番に候補に入るわね。和泉くんの一番の仲良しって、誰でしょうね?」


 ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべる戦さん。


「そ、そんな……」


「迷う必要なんてないんじゃない? 如月くんがブラックローズだって言ってくれれば穏便に済む話なんだから」


 ブラックローズだってバラシて穏便に済む気配が無いからこんなに悩んでるんじゃないか!


 そんな思いが、思わず喉から出かかったけれど、寸でのところで止める。


 それを言ってしまえば自分がブラックローズだと認めてしまっているようなものだからだ。


「ねぇ、どうなの? 拡散されちゃっても良いの? ブラックローズが男だって分かったら、皆幻滅するだろうなぁ。こーんなに可愛いブラックローズが男の子だって知ったら」


う、ぐぅ……。要するに、これは俺の身の安全を選ぶか、皆の夢を守るかを天秤にかけているのだ。いや、SNSに拡散されれば俺の身の安全も保障できないけど……。


「ひ、一つ聞いて良い?」


「なに?」


「ブラックローズの正体を知って、どうするつもりなの?」


 俺がそう尋ねれば、戦さんはにやりと笑う。


「一つ、お願いを聞いてもらうだけだよ。安心して、そんなに難しい話じゃないから」


 そうは言うけれど、戦さんの怪しい笑みを俺は信用できない。そもそも、戦さんとまともに話すのもこれが初めてなのだ。そんな相手を簡単に信用は出来ない。


 どういうわけか戦さんは俺がブラックローズである事に確信を持っている。白を切り通すのも難しいだろうし、何より他の人に情報を漏らされても面倒だ。


 けど、戦さんが俺がブラックローズである事をバラさない保証は無いし……。


「大丈夫よ、酷いお願いはしないから。とっても簡単なお願いよ。貴方にとっては造作も無い事よ」


 俺にとって造作も無い事? それっていったい……。


「その、内容を教えてもらう事って出来る?」


「ダメ。貴方が頷かないとダメ」


 真剣な表情で断る戦さん。一体俺に何をお願いするつもりなんだ……。


 でも、なんにせよ俺に戦さんのお願いを拒否する権利は無いように思う。俺が頷いても、首を横に振っても、どちらにせよ俺にとっては悪い方向に転がる事が確実だ。


 じゃあ、俺にとって少しでも悪くない方に転がる方が良い。


 俺は覚悟をして、一つ頷く。


「お、俺が……」


「如月くんが?」


「ブラックローズ、です……」


「はぁい、ありがとう♡ 言質はとったから」


 にっこりと微笑んで、戦さんがとある物を掲げる。


 それは、マイクのような機械。けれど、音を拾うだけの簡単な代物ではない事は、無数に付いたボタンを見れば分かる。


「そ、それ……!!」


「録音機、です。ハート」


 あざとく笑い、ハートとわざわざ口にする戦さん。


 嬉しそうな戦さんとは対照的に、俺は絶望に落とされたような気分だ。


 だって、録音してあるって事は、それを証拠にできるって事だ。


 俺は、戦さんに最大の物的証拠を握られてしまったという事になる。


 さぁっと顔から血の気が引いていくのが分かる。


 そんな俺を見て、戦さんは微笑む。


「そんな怯えた顔しないで? 大丈夫。如月くんが私のお願いを手伝ってくれたら、これは公開しないよ?」


「そ、その、お願いって……?」


「何度も言ってるでしょ、簡単だって」


 くすりと笑って、戦さんは言う。


「お願いっていうのは――」





「お、もう終わったのか?」


 昇降口に行けば、深紅が女子生徒に囲まれて楽しそうにお喋りをしていた。


 女子生徒は、俺の顔を見るなり慌てて深紅の元から離れていく。以前陵元おかもとくんが言っていた騎士とお姫様の話を思い出してしまい、一つ溜息を吐いてしまう。


「あー……うん、へーき」


「そっか。なんか大事な話だったのか?」


「大事と言えば大事」


 大事だいじと書いて、大事おおごとと読むけれど。実際、俺にとっては色んな意味で大事だったし。


「それより、帰ろっか」


「おう」


 下駄箱から靴を取り出して履き替え、俺達は校舎を後にする。


 新学期早々だというのに、校庭でサッカー部が部活をしている。他にも、テニスコートでテニス部が練習をしていたり、陸上部が校外走をしていたりする。


 新学期早々大変だなぁと思いながら、自分も大概大変な事態に巻き込まれてしまっているので、大変度合いで言えば他人事ではない。むしろ、ブラックローズの正体がかかっているから大変度は上だろう。


「はぁ……」


「どした? なんかあったのか?」


 思わず溜息を吐いてしまえば、深紅が少しだけ心配そうに問う。誰のせいだと思ってるんだ、誰の……。


「別にぃ……」


「別にっていう奴の顔じゃないけどな」


 言って、俺の頬を引っ張る深紅。


「やめひょー!」


「ふはっ、ひでぇ顔」


「うるひゃい!」


 能天気な深紅に少しだけ腹が立ってしまう。俺が苦心する理由の大本のくせして笑いおってからに! 


 俺は、少し前――具体的には、戦さんに物的証拠を握られたところからの事を思い出す。


 本当、俺には不向きな頼まれごとをされてしまった……。





「お願いって言うのは……」


「……お願いって言うのは?」


 俺がオウム返しをすれば、戦さんは今までの余裕綽々の笑みから一転、恥ずかしそうに顔を真っ赤にしてか細い声で言った。


「い、和泉くんとの、仲を取り持ってほしいの……」


「へ?」


 思いもよらない言葉に、俺は思わず呆けた声を上げてしまう。


 呆けた声を上げた俺を戦さんはキッと睨む。


「だ、だから! 和泉くんとの仲を取り持ってほしいの!」


 大きな声で戦さんが言う。無人の図書室だったから良かったけれど、誰か人が居れば注意されそうな大きさだ。まぁ、注意されたらされたで、戦さんだけが恥ずかしい思いをするのだろうけれど。


 ともあれ、俺は戦さんの言葉を反芻はんすうし、戦さんに聞き返す。


「つまり、深紅と付き合いたいって事?」


「つ、つつつつつつつつきあ……っ!! そ、そんなに急には無理よ! わ、私にも、こ、心の準備があるんだから!」


 真っ赤な顔で言う戦さんを見て、俺は納得する。ああ、これはそういう事だ。


 戦さんは、深紅にほの字なのだ。つまり、深紅の事が好きなのだ。


 あれだけ緊迫していた空気が一瞬で弛緩していくのを感じる。


「そっかぁ、深紅の事が好きなんだ」


「す、好き!? ち、がくは無いけど! 無いけどぉ!!」


 恥ずかしそうに顔を真っ赤にしてわたわたと慌てる戦さん。


 うん、なんか、さっきのシリアスはもう完全に無いね。なんなら今から恋バナとかしだしそうな雰囲気だ。


 けど、なるほど。深紅に近づくには、確かに俺が一番適任だろう。何せ俺と深紅は幼馴染だし。


「はぁ、なんだ、そういう事だったのか……」


 なんだか一気に緊張が解けた。


「と、とにかく!!」


 安堵する俺に、戦さんはビシッと指を突きつけてくる。


「あんたは私に協力する事! いい!? じゃないと、この音声ばら撒くんだから!!」


「あー、うん、分かったよ」


「何よその気の抜けた返事は! いい!? 本当にばら撒くんだからね!?」


「はーい」


「返事が軽いぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」


 どんどんと地団太を踏む戦さん。


 けれど、俺は特に危機感は抱いていない。戦さんに協力していれば音声がばら撒かれる事は無いのだ。やり方は正直気に食わないし、怖かったから許すつもりも無いけど、戦さんが本気で深紅の事を好きなのは今の反応で良く分かった。お手本みたいな反応だったし。


「けど、戦さんも分かってると思うけど、深紅ってばガード滅茶苦茶堅いよ? ナンパされてるところ見た事あるけど、終始笑顔で断ってたし」


「そ、それは分かってるわよ。私だって考え無しじゃないわ! だからこそ、貴方に協力を取り付けたんだし」


「取り付けたっていうか脅しだよね」


「細かい事は良いのよ」


「ぜんっぜん細かくないと思うよ」


 天と地ほどの差があるよ。


「ともかく! さっそく明日から決行よ! 夜電話するから、連絡先登録しておきなさい!」


「はーい」


 とりあえず、戦さんと連絡先を交換する。


「良い? 絶対に出なさいよ? 出なかったら貴方承知しないんだから」


「寝てたらごめんね?」


「起きてなさいってのよ!」


 そんなこんなで、俺は戦さんの深紅を落とそう大作戦に巻き込まれてしまったのだ。


 深紅には悪いけど、俺の身の安全のために知らずに巻き込まれてくれ。

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