第95話 お友達とお電話
戦さんと連絡先を交換したその日の夜。早速、戦さんから電話がかかってきた。
「もしもし、戦さん?」
『ええ、私よ。出てくれて良かったわ。出なかったら私、うっかりネットで拡散してしまうところだったもの』
「俺はのんびりお風呂も
『ふふっ、冗談よ。私だってそこまで鬼じゃないわ』
俺を脅してきたくせによく言う。
『あ、そういえば貴方、和泉くんにこの事ばらして無いでしょうね? ばらしたらどうなるか……分かってるわよね?』
「戦さんじゃないんだから、そんな酷い事しないよ」
『ちょっと、それどういう意味よ』
「言葉通りの意味だよ」
それ以上の意味は無い。本当に、額面通りの意味しかない。
「それで、どうするの? 明日深紅に告白するの?」
俺がドストレートに尋ねれば、電話の向こうで慌てたような息遣いが聞こえてくる。
『はっ、なっ……ばっかじゃないの!? そ、そそ、そんな急には無理よ! 段階を……そう、段階を踏まないと……!!』
急に、告白だなんて、そんな……と、電話の向こうで狼狽する戦さん。戦さん、怖い人かと思ったけど、深紅を引き合いに出すと案外ちょろいかもしれない。
というか、名前の通り案外乙女なだけなのかもしれない。いや、乙女は人を脅しては来ないけれど。
「それじゃあ、どうするの?」
俺が尋ねれば、戦さんはわざとらしく咳払いをしてから言う。
『お、おほん。……そうね。まずは、明日から一緒にお昼ご飯を食べましょう』
「お昼ご飯? 良いよ」
『貴方から、自然な感じでご飯に誘うのよ? 良い? ごく自然な感じで、昔からの友人を誘うような気安さでご飯に誘うのよ?』
「うーん……ちょっと難しい気もするけど、分かったよ」
『何も難しくないわよ。いつも和泉くんにするように私を誘えば良いのよ』
「俺、深紅をご飯に誘った事無いよ? いつも深紅がこっち来てくれるし」
『それは恋する乙女に対する自慢と受け取って良いかしら? 私に対するマウント取りかしら?』
「えぇ……俺に嫉妬してどうすんのさ……」
俺と深紅は同性だし、腐れ縁で幼馴染なだけだ。こんなの、世の幼馴染なら普通だ、普通。
「いい? 俺のポジションは友人であって、恋人じゃないの。俺を羨んだって仕方ないんだからね?」
『分かってるわよ。ただ憶えておきなさい。貴方の無自覚な和泉マウントでクラスの女子がどれだけ苛立ち、憤っているかを……』
「なにさ和泉マウントって……」
突然訳の分からない造語を使わないでほしい。それに、俺はマウントを取ってるつもりはないんだけど……。
ていうか、皆俺に嫉妬してどうするのさ。深紅の恋人枠なら空いてるんだから、そこを狙えば良いのに……。
『言葉そのままの意味よ。良い? クラスで和泉くんを頼る人は大勢いるわ。けどね、和泉くんに甘える事が出来るのは、貴方しかいないの』
「うっ……それを言われると弱い……」
確かに、俺は深紅に甘えている節がある。それは認める。深紅には友達が一杯いるのに、わざわざ休み時間のたびに俺の席まで来て一緒にご飯を食べてくれているし、ファントムが出た時だって俺がいけない時は深紅に行ってもらってるし。
『和泉くんに甘えられるのは現状貴方一人なの。その時点で、すでに周囲よりも何百倍も先を行ってるのよ? これがマウントじゃないなら何なのかしら?』
確かに、そういわれると納得できる。
クラスで深紅が頼られる様子はよく目にするけど、誰かが甘える様子は見た事が無い。
「……俺は深紅に甘え過ぎていたかもしれない……」
『そうよ。まぁ、それは幼馴染である貴方の特権よ。今回はその特権を――』
「うん、俺は深紅に甘え過ぎてた! よし、明日からは俺は一人でご飯を食べる!」
『なんでそうなるの!? あんた私に協力する気があるの!?』
「あ、じゃあ戦さん一緒にご飯食べよう? 一人より二人で食べたほうが寂しくないし」
『最初からそのつもりよ!? でもそれは貴方とマンツーマンで食べるって意味じゃないからね!?』
「でも、急に俺が誘ったらおかしくない? 何日か二人で食べた方が自然だと思うけど……」
『変なところで冷静ね!?』
俺の言葉に突っ込みを入れ続ける戦さん。愉快な人だなと思いながらも、俺は戦さんと作戦会議を続ける。
結局、作戦会議は日付を跨ぐまで行われ、花蓮にもう寝なさいと怒られるまで続けられた。
大丈夫かなと不安になりながらも、疲れていたのか、その日はぐっすりと眠りについた。
翌朝。少しだけ寝不足気味になりながらも、学校へ向かう。
くわぁっと欠伸をしていると、深紅が呆れたように笑う。
「でっかい欠伸だな。寝不足か?」
「……うん。ちょっと話が弾んじゃって……」
「へぇ。の割には、花蓮ちゃん眠くなさそうだけど?」
「私はすぐ寝ました。兄さん、夜中までずっと電話してて」
花蓮がそう言うと、深紅は桜ちゃんの方を見る。けれど、桜ちゃんはわたしじゃありませんとばかりに首を振る。
「星空さんか?」
「ううん」
「じゃあ碧ちゃん?」
「違ーう」
「えっと、じゃあ東雲さんですか?」
「のー」
返事をしながらまた一つ欠伸をする。ふわぁ……眠い。
「兄さんが、お友達以外と電話……」
「ま、まままままさか……!!」
花蓮の表情が険しくなり、桜ちゃんの顔からさぁっと血の気が引いていく。
んえ? 何?
「い、いいい和泉しぇんぱぁい!! ど、どどどどどどどう思いますか!?」
「いや、どうだろう。黒奈だからなぁ……」
俺だからってどういう意味だ。何の事を言ってるのか分からないけど、馬鹿にされてるって事だけは分かるぞ。
「あ、そういや」
「な、何か思い当たる節が!?」
「昨日、同級生の女子に呼び出されてたな……」
「ど、同級生の女子ぃ!? あ、あばばばばばばばばばっ」
「落ち着いて桜ちゃん。まだそうと決まった訳じゃないから」
「じゃあどういう事なんですか!?」
ヒートアップする桜ちゃんと宥める深紅。花蓮は、先程から酷く冷め切った目で俺を見る。いったいなんだというのだ。
「あ、そういえば。ねぇ、深紅」
「ん、なんだ?」
「今日から戦さんとお昼ご飯食べる事になったから。深紅は別のお友達のところで食べてて平気だよ」
「戦さんって誰なんですか先輩和泉!!」
「桜ちゃん落ち着いて、それだと俺が敬称になってる」
「戦さんはただのお友達だよ」
「く、黒奈さんに、わたし達以外の、お友達……?」
驚いたような顔をする桜ちゃん。中々失礼な事を言うね、桜ちゃん。
「そ、お友達。それ以上でもそれ以下でもないよ」
「そ、そんな……黒奈さんに、わたしの知らないお友達が……」
「桜、拗らせた面倒くさい女友達みたいになってるからいったん落ち着きなさい。兄さん、私達先に行くね。このままだと桜が面倒くさいから」
「あ、うん。分かった」
「黒奈さんに異性のお友達? 本当に大丈夫? まさか何か弱みでも握られているんじゃ……」
ぶつぶつと若干失礼な事を呟きながら、桜ちゃんは花蓮に連行される。
そんなに、俺って友達少ないイメージあるのかな? まぁ、実際少ないけど。
「んで、実際何があった?」
花蓮達が先に行くと、深紅は割と真剣な表情で俺に尋ねてくる。
「なーんにも無いよ」
「本当か?」
「本当本当」
まぁ、戦さんに脅されたりはしたけれど、それだって戦さんに協力してる限りはばらされる事も無いのだ。わざわざ深紅に言うような事ではない。
それに、これは乙女の秘めた恋心が関わっている。戦さんの想い人である深紅に、話せる訳も無い。
「……まぁ、なんにも無いなら良いんだけどな」
そう言う深紅だけれど、納得したような感じではない。ひとまず、この話は終わりにする。そんな感じだ。
まぁ、俺はこれ以上詮索されないなら別に良い。俺は嘘が得意じゃないから、あまり問い詰められるとボロがでちゃいそうだし。
深紅がそれ以上の詮索をして来なかったので、俺達は普通にお喋りをしながら学校に向かった。
いつもの登校風景。ファントムが出るなんて事も無く、平和に学校にたどり着くと、深紅が昇降口前の廊下に居た女性教師に呼び止められる。
「お、和泉! ちょうど良いところに! これ運ぶの手伝ってくれないか?」
見やれば、女性教師の足元には重そうな段ボール箱が三つ積み重なっていた。
「分かりました。黒奈、鞄教室にもってっといてくれるか?」
「いや、俺も手伝うよ」
「あー、如月は大丈夫だ。見てるとこっちが冷や冷やするから」
「先生、それはどういう意味ですか?」
むーっとちょっとだけ怒りながら言えば、女性教師は笑いながら言う。
「重いの持ったら肩抜けそうで怖いんだよ。見るからに細っちいからな」
「こう見えて、ちゃんと力こぶありますから!」
言って、ふんっと腕を曲げてみる。夏服だから見えるでしょ? 見てこの力こぶ! ほら! 最近ちょっと筋トレしてるから! ねえ見てほら!
「和泉、腕曲げてみて」
女性教師に言われ、深紅が腕を曲げる。そうすれば、深紅の鍛え抜かれた筋肉が隆起して主張をする。
「これが力こぶな。如月のはただの筋肉の収縮」
「そんな事無いですよ! ほら、見てください! ふんっっっっっ!!」
「ははは、可愛らしい腕だなぁ」
俺が力こぶを作れば、二の腕を女性教師が揉んでくる。
完っっっ全に馬鹿にされてる! おい、笑うな深紅!!
「あ、じゃあお腹見てください、お腹! 腹筋絶対見えますから!」
「馬鹿たくし上げようとするな! 和泉止めろ!!」
「はぁ……アホ黒奈……」
シャツをたくし上げて腹筋を披露しようとすれば、後ろから深紅に拘束される。
「離せ深紅!」
「お前は馬鹿か。廊下で脱ごうとするやつがあるか。お前は俺の鞄持って教室に行っててくれ、頼むから……」
「むぅ――――――――っ!!」
俺の嘆きはむなしく、深紅と女性教師は段ボール箱を持って行ってしまった。
ちくしょう。なんだってんだい。俺だって筋肉あるのに。
重そうな段ボール箱二つを軽々持ち上げながら去っていく深紅の背中を睨んでから、俺は自分の教室まで向かった。
俺だって、段ボール箱くらい余裕で二つ持てるし。超余裕だし。……いや、でも、二つは重いかもしれない……。一つなら、まぁ、持てると思う。多分。
頭の中でどれだけ持てるか推測していると、階段を上っていた前の女子生徒がバランスを崩して俺の方に落ちてくる。
「きゃっ」
俺は慌てず、深紅の鞄を放ってから落ちてきた少女を優しく抱きとめる。
ほら、俺だって筋肉あるんだ。女の子の一人や二人、簡単に抱き留められるぞ。
おぉと周囲の感嘆の声が聞こえてくるけれど、これくらい余裕なのだ。だって筋トレしてるから! 深紅にだって負けないし!
「あ、あの、ありがとうございます……」
俺の腕の中に納まっている少女が顔を赤らめながらお礼を言う。
こういうのは本当は深紅の方が様になってるんだろうけどね。ごめんね。恨むなら深紅を連れてった女性教師と、深紅が君の代わりに抱えてる段ボール箱を恨んでね。
「怪我無い? 大丈夫?」
「は、はい!」
「そ、良かった。気を付けてね」
それだけ言って少女を立たせると、放り投げた深紅の鞄を拾ってから教室に向かった。
へへーんだ! 俺だって出来るもんねー! 深紅に自慢しちゃお!
そんなくだらない事を思っていたからだろう。俺は背後に置いて行った少女のうっとりとしたような言葉に気付かなかった。
「…………見つけた。私の、お姉様……」
少女のその言葉は、聞いていた誰もが納得する言葉であり、聞いていなかった俺には納得しかねるものであった。
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