第44話 目覚ましボイス

 桜ちゃんが泊まった翌日。


 俺は、二人よりも早く起き、朝食の準備をする。


 昨日は寝てしまった二人を花蓮の部屋まで運んでから、俺も眠りについた。


 ひ弱な俺では人一人を抱えるのはちょっと危なっかしかったので、ブラックローズに変身をしてから二人を運んだ。素晴らしきかな、魔法少女の膂力。


 一日に二度も無駄に変身したことは気にしない。気にしたら負けである。


 俺は朝食を、と言ってもトーストと目玉焼き、それと、サラダと味噌汁だけだけれど。味噌汁、それは食卓に欠かせない魔法の汁物。おかしなチョイスとかは言わない。味噌汁こそ最強の汁物。異論は認める。


「よし、終わり」


 早々に朝食を作り終えると、俺は二階に上がる。


 花蓮の部屋の前まで着くと、扉をこんこんと控え目にノックする。


「花蓮、桜ちゃん。朝だよー」


 扉越しに呼びかける。しかし、応答は無い。


 俺はポケットから携帯を取り出すと、深紅にメッセージを送る。


『警部、突入許可を!』


 早朝から迷惑だとかは考えない。それに、返事が来なければ来ないで良い。勝手に突入するだけだ。


 まだ寝てるかなと思いきや、深紅からの返事はすぐに返ってきた。


『許可する。健闘を祈る』


『了解!』


『待て』


『結局何するつもりだ?』


 一度許可したくせに尻込みしやがったな。馬鹿め! もう突入許可は出ている!


『了解!』


『おい、了解じゃない』


『お前はなんの話をしているんだ?』


 なにやら深紅がうるさいが構わない。深紅から許可が出た以上、突入は決定している。


 まあ、ただ二人を起こすだけだし、深紅にはふざけて送っただけだから、なんの意味も無いことだけれど。


 通知を知らせる音が聞こえてくるが、サイレントモードにしてポケットに戻す。


「花蓮、桜ちゃん、入るよー?」


 少し声を大きくして扉を開ける。


 花蓮の部屋は、少女にしては物が少ない。けれど、所々に置いてある女の子らしい置物や鏡、それにメイク道具等を見ると、やはり女の子らしい部屋だと言えよう。


 そんな物が少ない花蓮の部屋だから、床に布団を敷くのも簡単だった。


 ベッドに花蓮。床に敷いた布団に桜ちゃんが寝ている。


 花蓮はいつも通り寝相良く、仰向けに寝ている。


 桜ちゃんは布団をはだけさせており、手足が布団からはみ出ている。俺が貸した――事後承諾だけれど――シャツはお腹がまる見えになるくらいに捲れており、少しだけ下着が見えている。花蓮が貸したショートパンツからは、シミ一つ無い綺麗な生足が惜し気もなく晒されており、世の男子が見れば顔を真っ赤にすること間違いないだろう。


 俺は一つ頷くと、桜ちゃんの服を元に戻し、布団をかけ直してから二人に声をかける。


 いくら敬愛しているブラックローズおれにも、こんなはしたない姿は見られたくないだろうし、本人も恥ずかしいだろう。見てしまった事を無かったことにするのが一番良いはずだ。


「二人とも、朝だよー。起きてー」


 声をかける、が、起きてはくれない。


 花蓮は変わらずに仰向けで寝ており、桜ちゃんは顔をしかめて布団をかぶる。


 にゃろう……意地でも起きないつもりか? 花蓮はいつも通りだから良いとして、桜ちゃんって結構寝起きは悪いのかな?


 とりあえず、花蓮の起し方は熟知しているので、まず先に花蓮を起こすことにする。


 桜ちゃんを跨いで、花蓮のベッドに腰掛ける。


 花蓮の鼻をつまんで、少し揺らす。


「おーきーてー」


 途端、今まで表情に変化の無かった花蓮の顔が、不愉快げに歪む。


 もう一押し。


 鼻をつまんでいた手を離し、今度は両手で花蓮の頬をつまむ。


 むにむにといじくり、むにょーんと伸ばす。


「おーきーなーさーい」


「……」


 ややあって、花蓮が煩わしそうに目を開いた。


 俺は手を離すと、花蓮ににっと微笑む。


「おはよう。朝ごはんできてるよ」


「……おはよう」


 少し不機嫌そうに返事を返す花蓮。


 花蓮は朝が少し弱い。目覚ましをセットすれば普通に起きるけれど、そうでないと自然に起きるまで寝ている。そして、途中で起こされると少し不機嫌になる。


 まあ、それはいつものことだ。少しすればいつもの花蓮になる。今日は桜ちゃんがいるぶん、いつもの調子を取り戻すのも早いだろう。


 花蓮が起き上がったので、俺はベッドから立ち上がり、今度は桜ちゃんを起こすことにする。


 しかし、桜ちゃんは寝起きが悪そうだなぁ。目覚まし鳴らしても起きなさそうだ。


「花蓮。桜ちゃんの効果的な起し方知ってる?」


「……桜のスマホ取って」


「え? あ、うん」


 欠伸をしながら言う花蓮。


 花蓮の言葉に従って、桜ちゃんのスマホを取り、花蓮に渡す。


 花蓮は慣れた手つきで桜ちゃんのスマホのロックを外すと、一分後に目覚ましをセットした。


「これ、桜の枕元に置いて」


「うん」


 言われた通り、携帯を桜ちゃんの枕元に置く。


 見た感じ、目覚ましをセットしただけだけど……。


「これ、普通の目覚まし?」


「見てればわかるよ」


「?」


 眠そうな顔に、少しだけ悪い笑みを浮かべる花蓮。


 花蓮に言われるがまま待つこと一分、スマホのディスプレイが光り、音声が流れる。


『お、おはようございまぁす……あ、朝、ですよぉ……。うぅ……恥ずかしい……。お、起きてくださーい』


「うえ!?」


「ふふっ」


 突如流れてきた音声に、俺は思わず驚いてしまう。


 そんな俺を見て、花蓮はにっと悪い笑みを浮かべる。


 携帯から流れてきた音声の正体、それは、寝起き一番で桜ちゃんが元気良く答えてくれた。


「はーい! 今起きまーす! ブラックローズ・・・・・・・、おはようございます!」


 がばっと起き上がり、手をぴーんと天に向けて伸ばして挙手をする桜ちゃん。


 その目はまだ閉じており、けれど、返事をする声は元気がある。


 そう、桜ちゃんが言った通り、そのスマホから流れてきた音声は、ブラックローズ、つまり俺の声であった。


 いつ、どこで? なんでこんな音声が!?


 混乱しながらも、俺は思い出そうと思考を巡らせる。誰がはもうわかっている。問題は、いつ録ったのかだ。


 思考を巡らせ、そして、ようやく思い当たった。


 あれは俺が高校に入ってすぐの事だ。


 俺が深紅に、深紅の目覚ましボイスを作ったら売れそうだよねと適当なことを言った。そしたら、深紅はブラックローズのも売れるだろと言ってきた。


 どちらが売れるかは正直どうでも良かったが、目覚ましボイスというものに興味があった俺達は、試しにお互いの目覚ましボイスを録ってみたのだ。これは、その時の音声の内の|一つ(・・)だ。


 因みに、パターンは五通り。俺も深紅も五通り録った。


 そして、深紅の音声データは俺が持ち、俺の音声データは深紅が持っている。これは、お互いのスマホで録ってみたからであって、交換して実際に使ってみたとかそういうことはしていない。


 ようやく思い至った俺に、花蓮がニヤニヤと楽しげな笑みを浮かべながら言う。


「桜って、寝起きが悪いの。ブラックローズの声ならすぐに起きられるって言って、深紅さんに目覚ましボイスが無いかって頼んだのよ。まあ、桜も本当に目覚ましボイスがもらえるとは思ってなかったみたいだけど」


「本人の承諾は……」


 別に確認とかはいらないけど、せめてあげたことを言ってほしかった。


 そして、目の前で寝ぼけながら「おはようございます。おはよーございます、ブラックローズ。起きてます、起きてます。おはようご……ぐぅ……」と二度寝に入ろうとしている桜ちゃんを見ると、はたして本当に効果があったのか疑わしい。


 ていうか、桜ちゃんが止めないから、延々とブラックローズの目覚ましボイスが再生されててかなり恥ずかしい。


「花蓮、深紅の目覚ましボイス、いる?」


「いらない。私もブラックローズのがあるから」


「なんだって……?」


 ただでさえ恥ずかしいっていうのに、花蓮まで同じものを持ってるのか……?


 愕然とする俺を気にした様子もなく、花蓮は携帯をいじると、音声を再生させる。


『お、起きて、お姉ちゃん! 一緒に学校に行こう? ねえ、早くー! ほら、早く起きないと、怒っちゃうよ?』


「ぐっ!?」


 思わず、両耳を押さえてうずくまる。


 聞きたくない! ただでさえ自分の声を録音してるという事実が恥ずかしいのに、それを妹やその友人が聞いていると思うと本当にもう耐えられない!! 消して! 消してくれ! 俺かその音声、どっちか消してくれ!!


 しかし、そんな俺の思いも虚しく、花蓮はニヤニヤと悪い笑みを浮かべながら音声を流し続ける。


 くっ! こうなったら、俺も対抗するしかない!


 俺はポケットから携帯を取り出すと、音声を再生する。


 くらえ! 深紅の甘々目覚ましボイスpart1!!


『ほら、起きろよ。早く起きないと、学校に遅刻するぞ? あ? まだ寝てたいって? 俺の前で無防備に寝やがって……。どうなっても、知らないぞ?』


「……」


「……」


 深紅の、ちょっと年上感のある目覚ましボイスに、思わず俺達は無言になる。


 このボイスを録ったのが一年ほど前だから忘れてたけど、こんなボイス録ってたんだ……。


 俺と花蓮は目を合わせると、思わず笑ってしまう。


「ぷっ、ふふふっ」


「く、ふふっ」


 そして、堪えきれないとばかりに声をあげて笑ってしまう。


 いつもの深紅とは想像もつかない台詞は、深紅を昔から知る俺達からしたら、似合ってはいるのだけれど、おかしくて仕方がないのだ。


「ずいぶんと楽しそうだな」


 そうして二人で笑っていると、聞き慣れた不機嫌な声が聞こえてきた。


 その声は扉の方から聞こえてきてきた。


 俺と花蓮はぎぎぎっと錆び付いたロボットのようにゆっくりと声の方を見る。


 そこには、怖いくらいに笑みを浮かべた、ランニングウェア姿の深紅が立っていた。


 ちょうど走ってきたところなのか、深紅の頬は少し上気しており、額にはうっすらと汗が滲んでいた。


「変なメッセージがきたから、なにかあったのかとランニングを中断して来てみれば……黒奈、ずいぶん楽しそうにしてるじゃないか……」


 笑顔の割には声は低く、その笑みは作り物のように冷淡だった。


 深紅と碧には両親がもしもの時用に合鍵を渡している。だから、深紅はうちに自由に出入りできる。だから、深紅がここにいるのはなんの疑問でも無い。両親が海外に行ってからは、ずっとそうなのだから。


 しかし、今はそれが恨めしい。これじゃあどこにも逃げ込めないじゃないか。


 見つめ合う俺達。流れ続ける俺と深紅の目覚ましボイス。身体を起こしながら二度寝に入る桜ちゃん。


 俺は冷や汗を流しながら、深紅に言う。


「深紅、朝ごはん食べてく?」


「ああ、ありがとう。その前に、黒奈。そこに正座」


「はぃ……」


 俺は諦めて正座をした。のんきに寝ている桜ちゃんが、とても羨ましかった。ていうか、俺の目覚ましボイス聞けば起きれるんじゃなかったの?

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