第85話 本音をぶつけ合う

 歯を食いしばって睨みつけて来る東雲さん。怖いけれど、俺も目を逸らさない。


「何も、分かりません」


 東雲さんとは昨日が始めましてだ。それ以前からも、俺は東雲さんを見たこともなければ、聞いたこともない。


 だから、東雲さんの事を、何一つだって知らないのだ。


「だったら知ったような口きかないでくれる!? あんたに……私達・・がどれだけ努力してきたかなんて分からないでしょう!?」


 分からない。モデルをするのは今日が二回目だ。俺は、運が良かったのだ。たまたま榊さんの目に留まって、たまたま二度目を使ってもらえただけ。


「私も詩織も、いっぱい頑張ってきたのよ!! 好きな食べ物を我慢して、体型維持のために頑張って運動して、友達やあんたが遊んでる間も仕事をもらうために努力してきたのよ!! きついことだってあった!! 理不尽なダメ出しを受ける事だってあった!! その中で、ようやく掴んだチャンスなのよ!? ぽっと出で二回も仕事をもらったあんたに……いったい私達の何が分かるっていうのよ!!」


 東雲さんは悔し涙を流しながら叫ぶ。多分、俺と会った時からずっと溜まってた鬱憤うっぷんだ。東堂さんではなく、何故隣に俺がいるのか。本当は、ここは東堂さんの場所だったはずなのに……。その思いが、東雲さんの中にはずっとあったのだろう。


「どうせ、使われたのだってあんたが魔法少女だったからでしょう!? 良いわよね、魔法少女ってはくが付いてて!! 魔法少女ってだけであんたも星空輝夜もちやほやされて!! あんたらみたいに選ばれた人達に、私達の苦労のいったい何が分かるの!? ねぇ、言ってみなさいよ!! どうせいつだってとんとん拍子だったんでしょう!?」


 確かに、東雲さんの言う通り、俺はぽっと出だ。モデルの事はまだ右も左も分からないし、皆に迷惑をかけてばかりだ。それは、認めよう。


 けど、俺達が苦労してない? 俺達がとんとん拍子だった? 


 俺は自然と視線がきつくなるのを実感する。ああ、多分、俺は怒ってる。


「和泉深紅もさぞちやほやされてるんでしょうね!! ああいうイケメンは仕事も貰えるし、その上ヒーローですものね!! 女の子にもキャーキャー言われて……ああ、だからあなたたちが前回のポスターモデルに選ばれたのね。ヒーローに魔法少女。Eternity Aliceの名前を売るに相応しい配役だものね! 良いわね付加価値がある人は――」


「――っ!!」


 そこまでが、限界だった。


 気付けば、俺は手を振りかざして東雲さんの頬を叩いてしまっていた。


 パァンと、乾いた音が響く。


 東雲さんが驚いたような顔をする。


 加減はした。今の俺はブラックローズだ。本気でやれば東雲さんはただではすまない。だから、力を抜いた。後に残らないようにもした。無駄な理性だ。こんな事を考えるくらいなら叩かない方がずっと良い。けど、ダメだった。


 何も知らないくせに、深紅や輝夜さんの背負った物・・・・・を知った風に言われるのは我慢ならなかった。


「……あなたに、深紅と輝夜さんの何が分かるんですか?」


 キッときつい眼差しで睨みつける。


「二人が苦労をしてない? ふざけないでください。二人の事を知らないあなたに何が分かるんですか?」


 呆然と俺を見る東雲さんに、けれど、俺は構わず言う。


「深紅が中学二年の頃、深紅は考えられないくらい大きな壁に当たりました。悩んで、泣いて、自分を責めて……それでも、深紅は前を向くって決めたんです」


 許せないと思ってしまった。黙っていられないと思ってしまった。


「輝夜さんはメディアに露出できないくらいに追い詰められた時期がありました。友人との些細な行き違いです。でも、その些細な行き違いで、輝夜さんは立ち直れない程悩みました」


 ここで黙って彼女の言葉を聞いていたら、俺は二人に顔向けできない。他の誰が知らなくても、二人の苦悩を知ってる俺だけは、ここで声を上げなくちゃいけない。他の誰が声を上げられなくても、俺は二人の苦悩の声を伝えなくちゃいけない。


「二人が何の苦労もしてない? とんとん拍子? そんな訳無いじゃないですか!!」


 のどがひりつく。普段大声を出し慣れてないから。けど、構わない。


「二人だって悩みます、躓きます。でも、その後に笑っていられるように頑張ってるんです!! 耐えて、理解して、飲み込んで……それでも消化できない時は泣いて……そうやって、二人は乗り越えて来たんです!! 二人の苦悩も、涙も知らない東雲さんに、二人をそんな風に言ってほしくはありません!!」


 二人は大事な友達だ。だから、二人の事を悪く言う事だけは、どうしても容認できなかった。


 俺の事だけなら受け入れよう。東雲さんがすっきりして、明日から全部上手くいくなら、俺は全部受け入れる。俺と東雲さんは明日までの関係だ。ちょっと嫌なことがあった夏の思い出になるだけだ。

 

 でも、二人のことを言われてしまえば、ちょっと嫌なことだったと流すことなど出来ない。そこだけは、流しちゃいけない。


 二人の覚悟を知っている俺だけは、聞き流しちゃいけない。


 睨む俺に、東雲さんもようやく事態を把握したのか、キッと俺のことを睨みつけてから遠慮のない平手打ちを叩き込んで来る。


 避けられる。けど、一発は一発だ。甘んじて受け入れる。


 パァンとこれまた大きな音が響く。


「あんただってあたし達の事なんて知らないでしょう!? 躓いて、転んで、それでも実りがあるって信じて努力してるのよ!! 私達はまだ実ってない!! でもあんた達はどう!? かたや人気モデル、かたや人気アイドル!! 転んだ分だけ実りがあるあんた達には、私達の苦悩なんて分からないわよ!!」


「じゃあその実りをあなたは自分から潰すんですか!? うらやんで、ねたんで、それで何か状況が変わりますか!? なんで不調だったのか分かりませんでしたけど、今なら分かります!! 東雲さんは私がブラックローズだって知って焦ったんでしょう!? 私はそこそこ名が知れてるから、自分よりも目立っちゃうんじゃないかって!!」


「――っ!! ええそうよ!! 焦ったわよ!! だって相方がブラックローズだなんて思わないじゃない!! あなた自分の人気自覚してる!? そこそこ売れてるって嫌味!? あんたが隣にいるだけでこっちは焦っちゃうわよ!!」


「私だって焦りましたよ!! だって東雲さんとっても魅力的なんですもん!! 東雲さんと比較される私の気持ちが分かりますか!? 稚拙ちせつなポーズとぎこちない笑顔の私と、洗練されたポーズと魅力的な笑顔を浮かべる東雲さんが並ぶんですよ!? 比較されたらって思うとプレッシャー感じるんですよ!!」


「はぁ!? あんただって慣れた調子でポーズとってたじゃない!! こっちだって焦ったし、素人に負けられないってプレッシャーだったわよ!!」


「付け焼き刃で頑張ったんですよ!! カメラマンさんのカメラワークが上手いんです!!」


 ぎゃーぎゃーと夕暮れの浜辺で言い合う。


 恥も、外聞も無く、俺達は言い合う。当然、人の目だってある。なんだなんだと物珍しそうに目を向けて来る者もいる。けれど、それも気にならないくらいに、俺達はお互いの鬱憤をぶつけ合った。


 不安、緊張、焦燥。全部、全部言い合った。


 ようやく言い合いが止まった時には、二人とも声がガラガラで、肩で息をしている状態であった。


 お互いくたくたで、疲れたように腰を下ろす。ヒートアップして、途中で立ち上がっての言い合いになったのだけれど、どうして立ち上がったのか謎だ。座ったままで良かったじゃないか。なんで立ち上がったんだ? 


 どうでも良いことを考えながら、俺達は息を整える。


「わ、私の緊張とか、全部、分かってくれましたか……?」


「あ、あんたも、私達の苦悩が分かったかしら……?」


「それはもう、充分に……」


「そう……なら、もう良いわね……ちょっと、休みましょう……」


「はい……」


 しばらく、俺達は息を整える事だけに集中する。


 少しして、ようやく息が整ったところで、東雲さんが口を開く。


「……私、この仕事楽しみにしてたの」


 相変わらず声はがらがらだけれど、そんな事を気にせずに東雲さんは続ける。


「Eternity Aliceからの仕事ってだけじゃなくて、詩織と一緒の仕事って結構久しぶりだったから」


「詩織さんと、仲良しなんですね」


「仲良しよ。だって友達だもの」


 本当は、友達である詩織さんと一緒に撮影をしたかっただろう。その思いは、これ以上語らずとも充分に伝わって来る。


「それは、残念でしたね……」


「本当よ。だから私はあれほど生物なまものは食べるなって言ったのに……食い意地なんて出すから……」


 苛立ったように言う東雲さん。しかし、その苛立ちの対象は俺ではなく詩織さんのようだ。


 けれど、その苛立ちを消し、東雲さんは穏やかな顔で海を見つめながら言う。


「……私、あんたがブラックローズだって知って本当に焦った。……ううん、多分違う。あんたが野次馬に手を振った時から、焦ってた。だって、私を見に来たであろう人達を、掻っ攫われると思ったから」


 言って、俺を見る東雲さん。目は細めてるけど、その目は睨んではいなかった。


「あんた、可愛いから。私、焦ったのよね。馬鹿みたいに思うかもしれないけど」


「馬鹿だなんて思いませんよ。私だって同じですから。東雲さんは綺麗です。だから、私も焦りました」


「あんたよく真顔でそんな恥ずかしい事言えるわね……」


「東雲さんだって面と向かって言ってるじゃないですか」


「……」


「……」


 二人で言い合えば、なんだか恥ずかしくなって二人とも顔を反らしてしまう。顔が赤いのは、きっと夕焼けのせいだ。もう沈みかけだけど。


 少しして、東雲さんが躊躇いがちに口を開く。


「……その、ごめんなさい。あなた達の事、何も知らないのに悪く言って……すみませんでした」


 そう謝罪をして、頭を下げる東雲さん。


「私も、東雲さんの事を知ったように言ってすみませんでした。あまりにも、無遠慮でした」


 俺がそう言って頭を下げれば、東雲さんは面食らったように慌てて頭を上げる。


「ちょ、なんであんたが謝ってんのよ!! あんた全然悪くないじゃない!!」


「いえ、知ったような口をきいたのは事実ですし。初対面に近い相手に言われれば、嫌だと思います」


「あれは私が逆ギレしただけだから!! いいから頭上げなさい!! 今は私が謝ってるんだから!!」


 無理矢理顔を上げる東雲さん。ほっぺをぐにっと掴まれて変な顔になってしまう。


 俺の顔を見た東雲さんは一瞬固まった後、ぷっと堪えられないように吹き出した。


 そして、お腹を抱えて笑う。


「むぅ……そんなに笑うこと無いじゃないですか……」


「ご、ごめんなさ……あははははっ」


 東雲さんは目に涙を滲ませながら笑う。


 俺は少しだけ釈然としないながらも、東雲さんの笑いが止まるまで待った。


 まぁ、笑顔になったしいっか。




※後書き※

本作のサイドストーリーである『妹のために魔法少女になりました ーSide:Crimson Flareー』を公開しました。深紅の過去編になります。

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