第86話 仲直り
東雲さんと和解し、俺達は一緒にホテルに戻った。
ホテルに戻った俺達は、まず榊さんに怒られた。理由は、俺達の頬が赤く少しだけ腫れていたからだ。
すぐに俺の部屋まで引っ張っていかれ、保冷剤をタオルに包んだものを渡され、二人してほっぺに当てた。二人して同じ事をしていたものだから、くすっと笑っていたら更に怒られた。本当に、ごめんなさい……。
怒った後、榊さんは一つ溜息を吐いてから言った。
「これくらいなら、明日の撮影に影響は無いようですね。それよりも、お二人が仲良くなったようで良かったです」
それだけ言って、榊さんは仕事の連絡があると言って部屋を後にした。
部屋には俺と東雲さんの二人きり。
以前までだったら気まずい沈黙も、今は平気だ。東雲さんも怒ってないって分かるし、東雲さんの気持ちも分かったし。
多分、東雲さんは俺に言ってない感情とかがまだ残ってる。俺が遮っちゃったから、言いそびれた事だって絶対ある。自分の溜まってた鬱憤を、全部吐き出せた訳じゃないだろう。けど、多分もう大丈夫だろう。憑き物が落ちたように険の取れた
「ん、なによ? 私の顔に何かついてる?」
「はい。タオルに
「それはあんたもでしょうが」
「あうっ」
ずびしっと人差し指でデコを突かれる。
東雲さんは俺のデコを突いた後、少し考える素振りをしてから、言いづらそうに口に出す。
「……ねぇ、良かったら連絡先交換しない?」
「良いですよ」
「……ありがと」
さっとスマホを取り出して言えば、
「そういえば、なんで私が後ろからついて来てる事が分かったんですか?」
「気配よ」
「そんな超人みたいな事が出来るんですか!?」
確かに、戦闘中に相手の気配を感じる事はあるけど……まさか、普通の人である東雲さんにも出来るだななんて……。
「冗談よ。足音がついて来てるなーと思ったから、スマホのインカメで確認しただけ。はい、ちーず」
「え、ぴ、ぴーす」
東雲さんにカメラを向けられ、思わずピースをしてしまう。かしゃっとシャッターが切れる音が聞こえてくるので本当に写真を撮ったようだ。
「うーん……保冷剤が邪魔ね。そうだ!」
言って、東雲さんは俺の保冷剤を取って、俺と東雲さんの赤く腫れているほっぺ同士をくっつけた。
「し、しししし東雲さん!?」
突然の事態に困惑しながらも、東雲さんが腕を伸ばしてインカメラで撮影をしようとしているのを見て、いわゆる自撮りというやつがしたいのだと分かる。
「はい、笑って」
出来るだけカメラ目線でぎこちなくも笑顔を向ける。
かしゃっとシャッターを切る音。
東雲さんは俺から離れると、撮れた写真を確認する。離れたと言っても隣に座っているので、距離にあまり大差は無い。
「ぎこちないわね……」
「あ、あはは……自撮り、あんまり慣れてないので」
「ふーん。ま、良いわ。ねぇ、これSNSに載せても大丈夫?」
「え?」
言われ、少し考える。
ま、いっか。如月黒奈として撮った訳じゃないし。それに、もうポスターで全国に知れ渡っちゃってるし。
「はい、大丈夫です」
「そ、ありがとう」
素早い指の動きでキーパッドをスワイプさせ、SNSに投稿する東雲さん。凄い、慣れてる……。
「よし、投稿完了。あ、あんた何かSNSとかやってるの?」
「いえ、特には」
「そうなの? これからモデルやるならSNSはやっといた方が良いわよ。それだけでファンの情報の受信率とか、ファンの獲得率とか全然変わってくるから」
「……いえ、多分もうこの先やる事は無いかなと」
「は? なんでよ?」
少しだけ不機嫌そうに言う東雲さん。ううっ、そんなに怒らないでください……。
「前回は仕事を受けるって約束だったんですけど、今回は代打だったので。それに、元々、前回っきりにしようと思っていたので」
「なんで?」
「こ、こういう目立つ仕事ってあんまり得意じゃなくて……」
「魔法少女として戦ってるあんたが言うの?」
「そ、それとこれとは別っていうか……」
言えない。俺が男だからだなんて、言えない……。
「魔法少女は、皆を守りたいから恥ずかしいのも我慢できるんです。ただ、モデルとなると、私が頑張る理由が見当たらなくて……」
「……なるほどね」
俺の説明に納得したのか、東雲さんは一つ頷く。
「それは、残念ね。私は、あんたともう一度……今度はちゃんと仕事をしたいって思ったから」
言葉通り、残念そうな
俺だって、次はしっかり東雲さんと撮影をしたい。けど、モデルを続けるつもりも無い。俺が男だとばれるかもしれないとひやひやするのはもうごめんだ。まぁ、ブラックローズの姿で臨めば良いのだろうけれど、モデルでもない俺が何回も出てしまって他の人の仕事を奪ってしまうのは良くない。
モデル業界で事が回ってくれるなら、それに越した事は無い。今回みたいに臨時であれば微力ながら力添えするけれど。
「……すみません」
「謝らないでよ。ま、今回みたいな事があるかもしれないしね。それを楽しみにしてるわ」
「そうそうあったら困りますけどね……」
東雲さんの言葉に、思わず苦笑してしまう。
「ねぇ、今度ショッピングにでも行きましょうよ。私がコーディネートしてあげる」
「え、ええ?」
「あんたの私服ちょっといも臭いのよね。見てられないわ」
言いながら、俺の服を引っ張る東雲さん。
うっ、かつて輝夜さんにも似たような事を言われた……。まさか東雲さんにも言われるなんて……。って、当たり前か、東雲さんはプロのモデルさんだし、輝夜さんはアイドルだし。俺より服に詳しくて当たり前だ。
けど、東雲さんとでかけるって事は、またブラックローズにならなくちゃいけないんだよな。まさか黒奈のままでかける訳にもいかないし……。
俺が答えあぐねていると、二人のスマホに通知が届く。
どうやら今日はレストランではなく、近くの料亭でご飯を食べるようだ。
「料亭? 今日はレストランじゃ無いのね」
「みたいですね」
「ふーん。ま、良いわ。行きましょうか」
「はい」
東雲さんを連れだって、俺達は指定された料亭である「しきみ屋」に向かった。
料亭に着き、普段入る事も無い見事な外観に
「ほら、行くわよ」
「は、はい」
東雲さんの後を着いていくと、入ってすぐに
仲居さんに案内されている間も、東雲さんは俺の手を握っている。ううっ、男として情けない……。
「こちらです」
「どうも」
「ありがとうございます」
仲居さんにお礼を言い、俺達は案内されたお座敷に入る。
「お疲れ様です」
「お、お疲れ様です」
お座敷の中にはすでにスタッフさん達が揃っており、どうやら俺達が最後のようだ。
俺達が挨拶をすれば、スタッフさん達は俺達の繋がれた手を見て一瞬驚くも、すぐに笑顔で挨拶を返してくれる。
とりあえず、俺達は空いている一番はじっこの席に座った。
俺達が座ったのを確認すると、榊さんがお酒の並々入ったコップを持って立ち上がる。
「さて、今日もお疲れ様でした。前置きなく言います。午後の撮影、東雲さんのピンとお二人のツーショットが没をくらいました」
榊さんが隠すことなく言えば、東雲さんの表情が曇り、握りっぱなしだった手に力がこもる。
「明日が最終日です。が、もう大丈夫でしょう。どうやら、とっても仲良しになったみたいですから」
榊さんが言えば、ひゅーひゅーと口笛を吹いたりして囃し立てるスタッフさん達。
東雲さんと俺は顔を真っ赤にしながらも、東雲さんが繋いだ手を高く掲げる。
「仲良しになりました! ご迷惑おかけしました!」
「お、おかけしました!」
言って、二人でぺこりと頭を下げる。
そうすれば、ぱちぱちと拍手が聞こえてくる。なんだろう、凄く恥ずかしい……!!
「さて。もう大丈夫でしょう。では、挨拶はこれまでです。皆さんグラスを持ってください」
榊さんの言葉で、皆はコップを持つ。
「乾杯!!」
「「「「「乾杯!!」」」」」
乾杯の合唱。
榊さんは手に持ったグラスの中身を一気に飲み干す。
榊さんが飲み干すと、おお~っと歓声が上がる。
「明日に響かない程度に、じゃんじゃん飲んでください!!」
「「「「「お――――――っ!!」」」」」
そんな感じで、騒がしく始まった夕食と言うの名の宴会。
俺達は繋いだ手をようやく離して、それぞれお刺身やら天ぷらやらを食べる。
「奈黒、どれ取るの? これ? 取ってあげるからお皿貸して」
「ど、どうも」
「あんた好き嫌いあるの?」
「特には……」
「そう。じゃあ、これ食べなさい。美味しいから。コップ空いてるわね、何か飲む?」
「じゃあ、烏龍茶で……」
「分かったわ。ほら、コップかして」
「ありがとうございます……」
てきぱきと世話を焼いてくれる東雲さん。多分、姐御肌なのだろう。
色々とってもらって申し訳ないなぁと思いながら、東雲さんのそそいでくれた烏龍茶を飲む。
ん、これ、なんか味が変……? ま、いっか。
んぐんぐとお茶を飲みながら、東雲さんの取ってくれたお刺身やら天ぷらやらを食べる。
天ぷら美味しい。あ、このお刺身もスーパーで買うのと全然違う。烏龍茶も美味しい。
ごくごくと烏龍茶を飲む。ぷはぁっ、もう空いちゃった……。
「東雲ひゃあん……お茶ぁ、くらさい……」
「ん、もう飲んじゃったの……って、大丈夫? あんた顔赤いわよ?」
「へ? えへへ、大丈夫れ~す」
多分、ほっぺがまだ赤いんだろう。東雲さんだって、まだ赤いよ? えへへ、お揃い~。
何だろう。身体が熱くなってきたなぁ……。
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