第87話 宴会
美味しい天ぷらを食べる。
美味しいお刺身を食べる。
あ、この漬物美味しい。この煮魚も美味しい。豆腐も美味しい。
「いっぱい美味しいれすねぇ」
「そうね」
「あ、ありがとうございますぅ」
東雲さんは俺が好きな食べ物を把握したのか、自分の分を食べながらも、俺の分を取ってくれる。
ぱくぱく食べて、ごくごく飲む。
はぁ、頭がぽーっとしてくる……なんだか、熱い……。
多分、あれだ。服を着てるから熱いんだ。脱ごう。
「……何してんの?」
俺がもぞもぞと服を脱ごうとしていると、東雲さんが困惑したような顔で俺に問いかける。
「熱いから、服を脱ぎます」
「いやなんでよ!?」
「熱いかられすぅ」
「ダメよ! あんた一枚しか着てないじゃない! ちょっ、本当にダメだってば!」
脱ごうとする俺を押さえ付ける東雲さん。
むぅ! 熱いから脱ぐの!
「なんで脱がしてくれなんれすかぁ!」
「脱いだらあんた下着しかつけてないでしょ!? って、あんた顔真っ赤ね! もしかしてこれ烏龍ハイ!? 誰かお酒飲める人、この容器に入ってるの飲んでみてくれませんか!?」
東雲さんが慌ててお願いすれば、スタッフさんの一人が自分のコップに烏龍茶を注いで飲む。
「普通の烏龍茶です!」
「ええ!? じゃあ場酔い!? それにしたって酷くない!?」
「ふふふっ、私、酔ってませんよぉ? ふふふっ」
「ええ酔ってないわね! でも呂律回ってないけどね!」
「ふふふっ、そんら事ないれすよぉ~。あ、お茶くらさーい!」
「ちょっ! そっちはダメよ! そっちは正真正銘烏龍ハイなんだから!!」
「い~え~。これはお茶ですよぉ。と~~~~っても、美味しいんれすからぁ」
「お茶だけどお酒よ!! って、こら!! 何飲もうとしてるの!! ダメよお酒なんて飲んじゃ!!」
俺がお茶を飲もうとすれば、東雲さんは俺の手をぱしっと叩いてからお茶を取り上げてしまう。
叩かれた事にびっくりして、美味しいお茶を取り上げられてしまった事が悲しくて、じんわりと目に涙が浮かぶ。
ううっ、俺のお茶ぁ……。
「ぐすっ、酷いれす。私のお茶を取り上げるなんて……すんすん」
「うっ、な、泣かないでよ! ちょっと、ほら、こっちの方が美味しいから。ね? こっち飲みなさい、こっち」
わたわたと慌てながら、東雲さんがオレンジジュースを渡してくる。
すんすんと鼻を啜りながら、俺は東雲さんがくれたオレンジジュースを受け取り、くぴくぴと飲む。
「……美味ひい……」
くぴくぴ、くぴくぴ。ちょっと苦いけど、美味しい……。
「あっ、それは多分お酒……」
「ええ!? ちょっ、奈黒!! それ飲んじゃダメ!!」
「やれすぅ! 飲むんれすぅ!!」
このジュースは俺のだ! それに、東雲さんが渡して来たんじゃないか! だから飲んで良いんだ!
「飲んじゃダメだってば!! あ、こら! あぁ……全部飲んじゃった」
溜息を吐く東雲さんにふふんと得意げな顔をしてあげる。
「どやぁ」
「どやぁ、じゃないっつうの!」
「いひゃい!」
ぺちんっとおでこを叩かれれる。ううっ、痛い……。
「はぁ……すみません、普通のお茶貰えますか?」
「分かりました」
東雲さんが他のスタッフさんに言えば、スタッフさんは苦笑をしながらお茶を東雲さんに渡す。
「東雲さん、おかしいんだぁ。私ずーっとお茶飲んでるのに~」
「ええ、普通のお茶を飲んでたわね。……まったく、これじゃあ写真撮れないじゃない」
「ぴ~す!」
「撮らないわよ。飲酒した時の写真なんて上げられないでしょうが」
「お酒は飲んでませ~ん!」
「ダメだこの酔っ払い……」
何故だか、諦めたように溜息を吐く東雲さん。
「幸せが逃げちゃいますよ~?」
「誰のせいよ、誰の」
言いながら、料理を取り分けてくれる東雲さん。
「ほら、もうたらふく食べて寝ちゃいなさい。その方が後が楽だわ」
「まだ眠く無いで~す! 元気いっぱいれす!」
言って、ビシッと敬礼をする。まだまだ食べられます!
「あーはいはい。
「む~! 東雲さん!」
「なによ」
「私は黒奈れす! 奈黒じゃありません! 間違えないでくらはい!」
ぷんぷんです!
「なに、奈黒って芸名なの?」
「芸名というか、偽名れす」
「なにそれ」
ふふふっ、芸名よりも偽名の方が格好良い。ふっ、その名は偽名だ、みたいな。
ふふふと笑う俺を見て、東雲さんは溜息一つ吐いてから料理を食べる。
あー、俺もお刺身食べたい。タコが食べたい。あっ、東雲さんがタコ持ってる!
「東雲さん」
「なによ」
「あ~ん!」
「子供か」
言いながら、東雲さんは俺の口の中にタコを入れてくれる。
ぱくりと一口。
うん、程よく
「次は、サーモンが良いれす!」
「自分で食べなさいっての」
「え~」
「えーじゃない。ったく、面倒臭い酔っ払いね……」
言いながら、サーモンを取り分けてくれる東雲さん。けれど、取り分けてくれるだけで、俺の口には運んでくれない。
「むぅ~」
「面倒臭がってないで自分で食べなさい」
「は~い」
箸を持ってサーモンを食べる。うん、美味しい。
「貝も食べたいです~」
「はいはい」
「後、キムチと、メカブと、甘エビのサラダも~」
「はいはい、って注文多いわね」
言いながらも東雲さんは料理を取ってくれる。ふふふっ、東雲さんはツンデレさんだ。
「なんだか、姉妹みたいですね」
俺達の様子を見ていたスタッフさんの一人が笑いながら言う。
姉妹? ていうことは、俺が妹?
「
「――っ。こ、こんな面倒臭い妹、願い下げよ」
「なぁんで~~~~!」
「わっ、こら叩かないの! 危ないでしょうが!」
ぽこぽこと叩けば東雲さんに頭を叩かれる。
いたい……。
俺は叩くのを止めて、渋々ご飯を食べる。
のってくれても良いのに。
くすくすとスタッフさん達が笑っている。むぅ、東雲さんのせいだからね。
「なーんで私を見るのよ」
「べぇつにぃ~~」
なんでもありませーん。
「なんかムカつくわ」
言って、俺の頬を引っ張ってくる東雲さん。
「い、いひゃい~~!」
止めて! ほっぺ伸びちゃう!
ややあってから、東雲さんは俺の頬から手を離した。
「いひゃい……ほっぺ伸びてません?」
「大丈夫よ。可愛いから」
「なら良いです」
ほっぺが伸びてないなら良い。
俺は目の前にある竜田揚げを食べる。うむ、美味美味。
そうして、俺はたらふく食べた。俺は満腹になったのでぼーっとしていると、段々と眠くなってきてしまった。
「眠いの?」
東雲さんが聞いてくる。俺は船を漕ぎながら、こくりと頷く。
「そう。じゃあもう寝ちゃいなさい。ほら、
膝をぽんぽんと叩く東雲さん。
俺はもう一度こくりと頷くと、その場に横になって東雲さんの膝に頭を乗せる。
東雲さんは俺の頭に手を乗せる。撫でる訳でもなく、優しく叩くでもなく、ただただ乗せるだけ。それだけなのだが、なぜだか心地が良くて、俺の意識は直ぐに遠退いていってしまった。
すうすうと寝息を立てる黒奈を見て、やっと寝たと思わず溜息を吐いてしまう。
「お疲れ様でした」
笑いながら、スタッフの一人が言ってくる。
私は苦笑をしながら返す。
「本当ですよ。まさかここまで酒癖が悪いなんて思いませんでした……」
そもそも、お酒を飲んでしまっているとは思わなかった。これはもっとちゃんと確認しなかった私の責任だわ。反省だ。
「それにしても、ふにゃふにゃしてて可愛かったですね~。ブラックローズ……と言うより、如月さんってキリッとした印象がある分、無防備な笑顔が新鮮でしたよ~」
「確かに可愛かったですけど、将来、ちゃんとお酒が飲めるようになってこういう場に呼ばれた時が不安です……」
無防備な分、男の人を寄せ付けやすい。黒奈は可愛いから、余計だ。不埒な事を考える
「ああ、それは確かに……」
擁護の言葉も無く、スタッフも苦笑を浮かべる。それほどまでに、黒奈のこの様子は不安を覚えるのだ。
「黒奈は二十歳になってもお酒は禁止ね……」
特に人前では。何をされるか分かったものじゃない。今も、すうすうと無防備に寝息を立てている。
まったく……身じろぎするたびに|開(はだ)けた服を戻す私の身にもなってよね。
「ふふっ、本当にお姉ちゃんみたいですね」
「あっ、お姉ちゃんと言えば! さっきの雨音お姉ちゃんっていうの、可愛かったですねぇ」
「確かに! 言われた本人である東雲さんはどう思いました?」
「どうって……」
上目遣いで潤んだ瞳を向けられ、雨音お姉ちゃんと言われて……正直、悔しいけどとても可愛かった。
「……可愛かったですよ」
「ですよねぇ! あー、私も如月さんみたいな妹がいれば可愛がったのになぁ」
「えー? それだと手が出せないわよ?」
「待って、手を出すの前提なの?」
姦しく話しをする女性スタッフ達。危ない……黒奈を狙うのは男共だけじゃ無かったのね……。
手を出す云々と言った女性スタッフを警戒しながら、胡瓜の漬物を食べる。
「ふふふっ……東雲さぁん……」
「ん、何?」
起きたのかと思って下を見れば、黒奈はすやすやと眠っていた。
なんだ、寝言か。
寝言で自分の名前を言われるのは少しだけ恥ずかしいけれど、悪い気はしない。
「頑張りましょうね……東堂さんの分も……」
むにゃむにゃと口元を動かす黒奈。
……ええ、そうね。詩織の分も頑張らないとね。けど、私が頑張る理由がもう一個増えたわ。
あんたのために頑張るわよ。素人のくせして根性があって、一所懸命にひたむきに頑張るあんたのために、ね。
黒奈の頬をつんつんと突けば、うーんと唸って寝返りをうつ。
……黒奈が妹だったら……ふふっ、確かに、良いかもね。
黒奈と詩織を連れて一緒にデパートに行く。二人で黒奈の服を選んであげる。うん、悪くない。
問題は、詩織が黒奈を気に入るかどうかだけど……。ま、詩織の事だから、今回の仕事っぷりを話せば、仲良くなってくれるわね。だって、詩織も黒奈も真面目だから。
あー、黒奈と詩織を会わせるの楽しみだわ。三人仲良くなって、その後は、そうね。私の願望で、我が儘だけど、その時は一緒に仕事がしたいわね。
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