第126話 真実を知る者
花蓮ちゃんの口から突然語られた衝撃の事実に、今まであった眠気が吹き飛ぶくらいには、俺は驚いた。
黒奈と花蓮ちゃんが本当の兄妹じゃない? いや、初耳なんだが?
「えっと……それ、本当?」
「うん。私が小学六年生の頃に、お父さんとお母さんが話してるのをたまたま聞いたんだけど、血が繋がってないって言ってた」
「花蓮ちゃんの勘違いとかじゃなくて?」
「ちゃんと、花蓮と黒奈は血が繋がってないしなって聞こえたの。どっちがお父さん達の実の子じゃないのかは、怖くて聞けなかったけど……」
まぁ、そうだよな。たまたま驚きの内容が耳に入ってきて、その後の会話を聞けるかって言われたら無理だよな。今なら分からないけど、当時は小学六年生だ。多感な時期でもあるし、まだまだそういう事を受け入れられる時期でもないだろう。
「……あ、もしかして、黒奈に冷たくしてたのもそれが原因だったりする?」
「――っ。……うん」
四月に、花蓮ちゃんと仲良くしたいと言っていた事を思い出した。最近は仲良し兄妹に戻ったから忘れていたけれど、中学入学あたりから二人の関係は少しだけ距離が置かれたものになっていたのだった。
「……血の繋がってない兄妹だってわかってから、どう接して良いのか分からなくて。最近は前みたいに仲良くできてる気がするけど、ふとした瞬間に血が繋がってない事を思い出しちゃって……」
「寂しくなっちゃうのか?」
こくりとひとつ頷く。
「因みに、黒奈はこの事知ってんのか?」
「分かんない。それも、怖くて聞けてない」
「まぁ、そうだよな」
これで黒奈がこの事を知らなくて、二人の関係が悪化してしまえば目も当てられない。花蓮ちゃんとしても、せっかく仲良くなったのにまた距離が遠くなってしまうのは嫌だろう。
ていうか、俺が初耳だったとしても俺の両親や弓馬さんと美弦さんは知ってるんじゃないのか? 俺達家族の親連中は旧知の仲だって言うし。
後で俺も確認しとくか……。
「それで? なんでこのタイミングでそれを俺に話そうと思ったんだ?」
もっと別のタイミングで俺に相談する事も出来ただろう。例えば、この事実が分かった時とか、そうでなくとも落ち着いて考えられるようになった時とか。
「この間の、アトリビュート・ファイブが
「まぁ、そうだろうな」
戦さんから聞いた話では、碧は元から黒奈がブラックローズだという事を知っているような口振りだったそうだ。
「でも、多分それだけじゃないと思う。碧ちゃん、私達が知らない事も知ってるんじゃないかな」
「俺達が知らない事、ねぇ……」
俺が知らなかった情報として、黒奈が特異点と呼ばれている事は知っている。おそらく、碧もその事を知っているのだろう。いや、きっと俺達よりも深い事情を知っているに違いない。
「碧ちゃん、深紅さんと戦うってなったら言葉で動揺させようとしてくるかもしれないし、それに、私一人で抱えるにはもう限界かなって思って……こんな時に、ごめんなさいだけど……」
「いや、大丈夫だよ」
たとえ二人に血の繋がりが無かったとしても、俺にとって大切な幼馴染という事実は変わりないのだから。いつ話されたって、俺の心に揺らぎはない。
それに、今一番不安なのは花蓮ちゃんの方だろう。
「この件が終わったら、黒奈も交えて一緒に話そう。あいつの事だから、へぇそうなんだつって終わりだろ」
「……そうだと良いんだけど」
少し自信なさげな花蓮ちゃん。まぁ、当人達にとっては大事な事だよな。
「さ、今日はもう寝な。明日も学校だろ?」
「……うん。ありがとう、深紅さん」
「おう。またなんかあったら、遠慮なく言いってくれよ」
「うん」
俺の言葉に頷き、花蓮ちゃんは俺の部屋を後にした。
「ふぅ……まじか……」
花蓮ちゃんが姿を消すと、俺は一つ大きなため息を吐いてから動揺を口に出す。けれど、それ以上動揺を外に出す事はせず、一つ息を吐いてから自身を落ち着かせる。
大丈夫だ。俺にとっては二人とも大事な幼馴染だ。今までと関係が変わる訳じゃない。大変なのは俺じゃなくて二人の方だ。
しかし、そうなるとそっちのケアをするのは俺だけじゃ厳しい気がするな。折を見て姉さんに話すか……いや、その前に事情を知ってそうな
俺は立ち上がると、部屋を出てリビングへと向かう。
「あら、まだ起きたての?」
リビングに入れば、母さんがテレビドラマを見ながらお茶を飲んでいた。
その隣で、父さんはお酒を飲みながらつまみを食べていた。
俺は一度廊下の方を確認してから、扉をしっかり閉めてお酒を飲んでいる最中の父さんに尋ねる。
「黒奈と花蓮ちゃんの血が繋がってないって本当か?」
「ぶごっ!?」
俺の質問に余程驚いたのか、父さんは飲んでいたお酒を盛大に吹き出してむせた。なんだか少し落ち着けた。
「げほっ、ごほっ……お、お前! それをどこで!?」
「これが俺のブラフだったら語るに落ちてるよなぁ……」
「嘘なのか!?」
「いや、嘘じゃない。花蓮ちゃんから今さっき聞いた」
「花蓮ちゃん知ってるのか!?」
「父さん、驚いてるのは分かったから少し静かにしてくれ。花蓮ちゃんに気付かれる」
「いや驚いてるのはお前がいきなりそんな事言うか――」
「あなた、いったん落ち着きましょう。ほら、口の周りもまだ汚れてるわよ?」
ティッシュで適当に父さんの口元を拭う母さん。父さんは動揺してるようだけど、母さんは落ち着き払ってるな……。
「それで、深紅はその話を聞いてどうしたいの?」
父さんが自分が吹き出してしまったお酒を布巾で拭いている間に、母さんが常と変わらぬ表情で俺に言う。
「どうもしない。ただ、真実かどうかを知りたいだけだ」
例え黒奈と花蓮ちゃんに血の繋がりが無くても、俺には関係のない事だ。だって、俺と二人の関係が変わる訳では無いのだから。むしろ、関係が変わってしまうかもしれないのは二人の方だ。
「俺が母さんたちに確認したのは、これが花蓮ちゃんの勘違いや、
「うっ……だって、急に言われると思わなかったし……」
言い訳がましく父さんは言う。
「それに、まさか深紅が言ってくるとは思わなかったんだよ。言ってくるなら、黒奈くんか花蓮ちゃんかなって……」
「それも、こんな形じゃなくて、もっとかしこまった感じで来るかと思ってたしねぇ」
まぁ、普通不意打ちで来るとは思わないよな。俺の場合は、言い逃れできないようにあえて父さん達が反応せざるをえないタイミングを選んだゆえに不意打ちになったけども。
普通だったら、父さん達に真面目な話があるって前置きしてから言うだろうし。
「それはごめん。でも、父さん達がそこまで言うって事は、さっき言った事は本当の事で間違いないんだな?」
俺がそう尋ねれば、二人は一度顔を見合わせた後、俺に向かって真面目な顔でこくりと頷いた。
「ああ。あの二人に血の繋がりは無いよ」
「そうか」
父さんに肯定され、それが真実である事を確信する。正直に言って、花蓮ちゃんのたまたま聞いたという証言だけを信じるのは無理があった。たまたま聞いたのなら、間違いである可能性だってあるのだから。
けれど、二人は黒奈の両親の友人だ。その二人が本当の事だと言うのであれば、それは紛れも無い事実なのだろう。冗談で、こんなことを言う訳も無いし。
「分かった。ありがとう、父さん」
「ああ。って、それだけか? 他にもっと聞きたい事とか――」
「無いよ。ある訳無い。例え血が繋がってなくたって、黒奈と花蓮ちゃんは俺の幼馴染で、大事な友人だ。それに、そういう事は外野である俺が先に聞いちゃダメだろ」
「まぁ、それはそうだが……」
「黒奈が両親から聞いて、あいつが困ってるようなら俺も話を聞いて手助けする。あいつが話したがらなかったら、話さないで良い。幼馴染だって、知られたくない事の一つや二つはあるだろうしな」
まぁ、知らんぷりをするにはだいぶ知りすぎてしまっているような気がするけれど。
「深紅……お前は、いつの間にか大きくなったなぁ……!!」
何故か感激したようにうんうんと頷く父さん。いや、今のどこに心揺さぶられる要素があったんだ? 父さん、酒回ってんのか?
「いや、大きくなったって……普通だろ。高校生だし」
俺の身長は中学の頃と比べれば十センチほど伸びている。中学が百七十で今が百八十前半だ。そりゃあ成長期だし大きくもなる。
「もう、違うって分かってるでしょ? 深紅が相手の事をよく考えて行動できるようになったのを喜んでるのよ」
「そうだぞう! 中学の頃は自分の信じたものだけを突き通してるだけだったが、今はちゃんと相手の事を考えて自分の信念を突き通してる! 自分だけではなく、誰かの事を考えられるようになったんだなぁ!!」
俺は嬉しいぞと熱い涙を流す父さん。
父さん、こんな熱血だったか?
……でも、言われてみればその通りかもしれない。中学の頃は、俺は自分の信じた正義を貫くだけだった。相手の事も考えず、ただ自分の信念を相手の事を知りもしないで貫き通すだけだった。
信念を持つことは大事だけど、それが必ずしも正しいとは限らないのに。
その事で、少し黒奈ともめたりもしたっけな……。いや、もめたと言うか、黒奈を困らせたってのが正解か。あいつ口には出さないけど、顔には出るんだよな。すっごい困ってますって顔してさ。黒奈よりも碧の方がもめたか。
「まぁ、周りの大人がしっかりしてたからかな。それを手本に、俺もその人達に近付けるように頑張ったんだよ」
「そうかぁ! 父さん嬉しいぞ!」
またも感激して男泣きをする父さん。
いや、うん……父さんも手本にしてたけど、どちらかと言うと俺は仁さんを手本にしてたかもしれない。仁さん、若いのにしっかりしてるし、周りが良く見えてるしで、俺の中の恰好良い大人のナンバーワンに輝いてるから。
けど、これは言わぬが花だろう。うん。こういう空気の読み方も学んだよ、俺。
「……とりあえず、それが聞きたかっただけだから。くつろいでるの邪魔して悪かったよ。お休み」
「うん、お休み。あ、深紅」
「何?」
「頑張んなさいね」
「……もちろん。頑張るよ」
母さんのエールを受けながら、父さんの男泣きを無視して部屋に戻る。
頑張れとは言われたけれど、無茶をしろとは言われてない。大丈夫。そこをはき違える程、物分かりが悪く無い。母さんは応援はしてくれるけど、無茶を許容はしてくれない。それは、子供がすべき領分じゃない事だと知ってるから。
まぁでも、多少の無茶はするよ。何せ、俺より困ってる奴が
「明日も頑張るか」
気合を入れなおして、俺は眠りに着く。
待ってろよ、黒奈。
首洗って待ってろよ、碧。
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