第125話 特別なヒーロー
碧に監禁されてから更に数日が経過した。
特に俺のやる事は変わらず、ご飯を食べて、勉強して、碧と遊んで……学校に行っている時とあまり変わり映えはしない日常。だけど、そこには俺と碧しかいなくて、此処は学校でもなければ俺の家でも碧の家でもない。
少し……ううん、結構寂しい。軽くホームシックです。
けど、学校とかの話題だすと碧急激に不機嫌になるしなぁ……さて、いったいどうしたもんか。
もぐもぐと、碧の作ったパエリアを食べながら考える。碧は買い物に行くと言っていたので家にはいない。だから、ここには俺一人きりだ。寂しさ倍増。
「ごちそーさまでした」
ちゃんと手を合わせて食後の挨拶。
誰が見ていなくても、こういうの大事。
「さて、どうしよっかな……」
碧が戻って来るまで、俺は特にやる事が無い。ゲームも碧と一緒に進めてるから勝手にやると碧が怒るし、勉強も同じ理由で出来ないし……。
碧がいないととんと暇になる。
「……まぁいいや。お昼寝しよう」
碧が買い物に行ったときは大抵一時間は帰ってこない。買い物をしている場所が遠いのか、それとも細心の注意を払って遠回りして帰ってきているのかは分からないけれど、帰って来るのに時間がかかる。
特にやることも無いので、俺はベッドに寝転がりお昼寝をする。
早く迎えに来ないかなぁ、深紅。
他人任せも良いところだけれど、今の俺の出来る事は無いので仕方が無い。深紅が早くここにたどり着くことを祈りつつ俺は夢の世界へと旅立った。
ぐっどすりーぷ。
〇 〇 〇
目を開けば見知らぬ天井だった。
「あ、起きたかい?」
俺の視界におっさんが映り込む。
「橘さん……」
俺なんでここにと尋ねかけて、昨日何があったのかを思い出す。
「はぁ……情けない……」
「いやいや、相手の幹部との戦闘だったんだろう? 眠っちゃうくらい仕方ないよ」
「いや、寝るなら布団でって決めてたんで」
「え、そっち?」
もちろん冗談だ。ぼこぼこにされて伸びてしまった事が情けないだけだ。
ぶすっとした表情をしていたのだろう。俺の顔を見た橘さんが柔らかく微笑む。
「君、本気を出せばもっと簡単に勝ててただろう?」
「俺は本気でしたよ。あいつが強かっただけです」
「本当にそうかい?」
「そうですよ。何を根拠に言ってるんですか」
「君は全身傷があるのに対して、彼女の傷は腹部だけだった事かな?」
むぐっ……。
思わず呻りそうになってしまったけれど、寸前で心中だけに抑える。
「にゃにを……」
橘さんが苦笑いをする。
やめてくれ。噛んでしまった事は分かってるから。頼むからその残念な物を見る様な目はやめてくれ。
「さぁ、たまたまじゃないですか? あいつ強かったですし」
「ああ、それでも取り繕うんだね」
うるせぇやい。
「まぁ、君がそう言うなら、そういう事なんだろうね。ただ、女の子の顔に傷を付けなかった事は、おじさんは大きく評価するよ」
だからってお腹なら良いわけじゃないけどねと笑う橘さん。分かってるよ。俺も苦肉の策で鳩尾狙っただけで、本当ならどこも傷つけたくは無かった。相手が俺の敵じゃなかったら、女の子に手なんて上げるもんか。
まぁ、止めなくちゃいけない相手は誰であれ全力で止めるけど。
「代わりに君ぼっこぼこだけどね。いやぁ、イケメンは怪我しててもイケメンなんだね。おじさん初めて知ったよ」
「嘘つかないでくださいよ。橘さん、怪我した仁さん見た事あるでしょうに」
仁さんは、眼鏡をかけた知的なイケメンだ。個人的には乙女ゲームの攻略対象に出てきそうだなって思ってる。
「彼、防御力高いからあんまり怪我しないんだよね。変身しなくても腕っぷしはめっぽう強いしさ。おじさんがっかりだよ」
「怪我しなかっただけでがっかりしないでくださいよ」
無事を喜ばれるんじゃなくてがっかりされるって、仁さん可哀想に……。
ともあれ、喋りながら身体の調子を確認していたけれど、動かす分には支障はない。戦闘も……多分大丈夫だ。特段痛む場所などは無い。
「橘さん、俺の検査結果知ってます?」
「打撲や
「俺もそう思いますよ」
シュティアの攻撃は俺の鎧が割れる程のものだったのに対し、俺の怪我は軽度で済んだ。鎧が守ってくれたのか、はたまた打ちどころが良かったのか、それとも橘さんの言う通り俺が頑丈なのか……。
どうだって良いか。俺が動ける事には変わりない。動けるのなら、身体が動くのなら、なんだって良い。
「一応検査入院してほしいって言ってたけど……」
「問題が無いなら大丈夫です。検査を受けた後で黒奈を探します」
「だよね。そうだと思った」
「ただ、親も心配してると思うので、母には顔を見せに行ってきます。家に居ると思いますし」
「うん、それが良いよ。毎度毎度無茶してるしね」
「その毎度毎度が警察からの依頼なんですが?」
「そいつは申し訳ないと思ってるよ。ただ、申し訳無いが君程頼れるヒーローを僕は他に知らなくてね」
「そんな事言ってると、仁さんに怒られますよ?」
「彼は頼れる警察官さ。警察官として、僕の
そうか。仁さんはもう警察官だから、ヒーローが副業みたいな扱いなのか。公務員は副業出来ない規則だけど、ヒーローは別なんだよな。市民を守る大切な仕事だし。
「まぁ、だからという訳ではないけど、今回も頼りにしてるよ、スーパーヒーロー」
「……毎回思うんですが、皆俺の事買い被りすぎじゃありません? 俺、そんな凄いヒーローじゃないですよ?」
戦さんもそうだけど、橘さんもそうだ。俺は褒められたヒーローじゃない。俺は、俺が一番助けたかった人を助けられなかったし、今回だって俺の失態でこんな事態になっているようなものだ。
……守るって、約束したのに。
「確かに、まぁ君は世間にとっては特別凄いヒーローって訳じゃないんだろうね。強いけどまだまだ子供だし、荒削りな部分もある」
さっきの言葉とはまったく逆のことを言う橘さん。そう、それが俺の正当な評価なはずだ。それを橘さんも分かってるのに、なんで……。
「けどね、僕にとっては君は特別なヒーローだよ。中学生の時の
あの事件。俺があの人を守れなかった、連続殺人事件。
「それに、僕だけじゃない。君が助けた人達にとって、君は誰よりも特別なヒーローだ」
誰よりも、特別なヒーローか……。多分、それは俺にとっての
「総括すれば、特別なヒーローってのはいつも誰かの心の中にいるって事だね。僕にとっての心のヒーローはもちろん君だよ」
「それ、おっさんに言われるとなんかきついですね」
「僕結構良い事言ったと思うけど!?」
「ははっ、冗談ですよ。……ありがとうございます」
照れ隠しで誤魔化すように茶化したけれど、本心としてはとても嬉しかった。
俺にとって、橘さんは頼れる大人の一人だから、そんな人がそこまで俺を信用してくれていると分かって、嬉しくないはずがない。いや、持ち上げられすぎな気がしてちょっと照れちゃうけどさ。
照れ隠しだと気付いたのか、橘さんは柔らかく笑う。
「そんな君を、如月君は待っているだろうね。ああ、勘違いしないでほしいんだけど、無茶をしろって言ってる訳じゃないからね? 適材適所。無理だと思ったら、すぐに僕達大人を頼ってほしい」
「無茶はしませんよ。ただ、多少の無理はすると思いますけど」
「多少なら大目に見よう。なにせ、僕も多少の無理はしちゃうからね」
「ありがとうございます」
「さて、深紅くんに伝えたい事は全部伝えた事だし、僕も捜査に戻るとしようかな。君は検査をばっくれないように。いいね?」
「分かってますよ。ちゃんと受けてから行きます」
「よろしい。それじゃ、お大事に」
そう言って、橘さんは病室を後にした。
そう言えば、最近病院のお世話になりっぱなしだな……。なんて思いながら、俺は病院で検査を受けた。
検査の結果は、橘さんの言った通り打撲や擦過傷のみだった。あんなに吹き飛ばされたのにそれだけで済むとは……我ながら頑丈なのか、それとも鎧の性能か。まぁ、怪我が無いのならそれで良い。黒奈を探すのに支障は出ないしな。
検査が終わり、ひとまず家に帰る事に。昨日は帰宅できなかったし、一度風呂にも入りたいし。
なにより、うちに泊まっている花蓮ちゃんの様子も心配だ。黒奈が攫われてから、まるで元気がなくなってるしな。
橘さんが運んでくれた俺のバイクに乗り、俺は家へと帰る。
嫌な慣れではあるけれど、慣れた道行を進んで特になにが起こる事も無く無事に帰宅。まぁ、普通は無事に帰宅できるもんなんだけどな。
「ただいまぁ」
バイクをガレージにしまってから家に入る。
「お帰りなさい、深紅さん」
玄関の扉を開ければ、ちょうどそこには花蓮ちゃんがいた。時計を確認してみれば、もうとっくに下校時間だった。検査結構長引いてたんだな……。
「ただいま、花蓮ちゃん」
靴を脱ぎ、家に上がる。
なんか、花蓮ちゃんにただいまって言われると変な気分だ。いつも家にいる訳じゃないし、いつもは招く側だしな。最近じゃ、あんまりうちに来る事も無かったしなぁ。
なんだか少しだけ懐かしく感じながらも、俺は一度部屋に戻る前に母さんに会う事にした。
「母さん、リビングに居る?」
「うん。お夕飯作ってる」
「そっか。……因みに、怒ってた?」
「ううん、特には」
花蓮ちゃんの報告を聞いて、俺はほっと一安心する。母さん、普段怒らないから怒ったとき怖いんだよな……。
「ただ、深紅さんが帰ってきたら怒るって言ってた」
「おぉう……」
まぁ、無茶しないしちゃんと帰るって言っててこのざまだからな……怒られても仕方が無い。
「はぁ……やっぱ特別なヒーローじゃねぇな、俺……」
「ん? 何か言った?」
「いや、なんでもないよ。母さんに恐れおののいてただけ」
「ふふっ、大丈夫だよ。
「それが余計恐ろしんだよ……」
笑う花蓮ちゃんの後に続いて、俺はリビングに入る。
俺がどうなったかは、まぁ、言うまでも無い事だろう。
結局、その日は家でゆっくりする事にした。今から行っても大して探せないし、怒られたばかりで要らない心配をかけさせたくも無いし。
夕飯を食べて風呂に入って、ベッドに横になってようやっと一息つく。
「はぁ……疲れた」
思わず口をついて出てしまうけれど仕方ない事だろう。奴らを無事に見付けたらちょっと高い飯驕らせよう。そうしよう。
とにもかくにも、疲れが溜まっている。今日はもう布団に入って寝ようと思って身体を起こしたところで、こんこんと部屋の扉が控えめにノックされる。
姉さんはノックしない。母さんはもう少し強めにノックする。父さんは声をかけてくる。とすれば、ノックをしたのは――
「どうぞ。空いてるよ、花蓮ちゃん」
――今家にお泊りしている花蓮ちゃんに他ならない。
がちゃりと、控えめに扉が開かれれば、そこには予想通り花蓮ちゃんの姿が。
「深紅さん、ちょっと時間ある?」
顔を覗かせて申し訳なさそうにしながら尋ねる花蓮ちゃん。
「うん、平気だよ」
正直眠たいけど、花蓮ちゃんはいつになく顔を強張らせている。何か大事な用事があって、それを話そうと思い至ったのにもとても勇気が必要だったろう事は長年の付き合いで分かる。ていうか、花蓮ちゃんと黒奈は表情がそっくりだから、だいたい分かる。
「それじゃあ、お邪魔するね」
言って、花蓮ちゃんは部屋に入ってくる。
花蓮ちゃんは俺の前に座り、俺もベッドから床に敷いてあるクッションの上に座りなおす。
急かす事無く、俺は花蓮ちゃんの心の準備が整うまで待つ。
少しの逡巡の後、花蓮ちゃんは一つ息を吐いてからしっかりと俺の目を見て言った。
「これから話すのは、私と兄さんにとって、とても大事な話です。私と兄さんは、実は――」
――本当の兄妹じゃありません。
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