第124話 VS牡牛座
近場にある広い場所と言ってもそうそうある訳が無く、苦労してようやく見つけた場所は山の麓に広がる採石場跡地であった。
立ち入り禁止のロープを跨いで入り、俺と女は距離を空けて向かいあう。
「そういや、名前聞いてなかったな。俺は和泉深紅。あんたは?」
「オレは
牡牛なのに女が務めてるのか……。
なんて、どうでも良い事を思いながらも、俺はベルトを装着する。
牡牛座なのに女なのは少し気になるけれど、そんな事よりも今は大事な事がある。
「イグニッション」
炎が俺の身体を包み込み、俺を一人のヒーローに変身させる。
変身が終われば俺は構えを取り、シュティアを見据える。
「準備は良いぞ。いつでもかかってこい」
「んじゃあ、お言葉に甘えさせてもらおうか!!」
シュティアが鋭く地面を蹴り付け、俺に肉迫する。
見た感じ肉弾戦が得意みたいだな。相手の間合いに入るのは本来なら愚策だが、あえて俺も肉迫する。何せ、俺も肉弾戦の方が得意だから。お互い得意なステージでやり合おうぜ。
「っらぁ!!」
シュティアが打ち込んできた拳を、内側に腕を滑り込ませて外側に逸ら――
「――っ!?」
――せない! こいつの拳、重い……!!
不十分に逸らしたためか、シュティアの拳が俺の肩を直撃する。
それだけですさまじい衝撃が身体を襲い、身体が後方に流される。
思わずたたらを踏んでいる間に、次の一撃。
俺は不完全な状態でシュティアの拳を躱す。あれは当たってはいけない。装甲に守られているはずの肩が外れると思うくらいの勢いだった。もう少しまともに当たっていれば、確実に肩が外れていただろう。
しかし、幸いにしてシュティアの拳の速度は遅く、数回回避するだけで体勢を立て直す事が出来た。
けれど、シュティアの重い拳が脅威である事には変わりがない。一撃一撃が渾身なのだろう。そのため、拳を引き絞る時間が長いけれど、それを理解した上での次の攻撃への間の取り方をしている。
流石は
少し空いた距離。俺とシュティアは睨み合う。
そして、どちらともなく動き出し、距離を詰める。
シュティアの攻撃の合間に、俺も攻撃を仕掛ける。
しかし、シュティアは自分の攻撃に隙が多い事をよく理解しているのか、俺の攻撃にも機敏に反応し、最小限の動きで避けてくる。
見た目と言動の割には、静かで重々しい戦い方だ。
これは、焦ったら持ってかれるな……。
少しでも焦って無理に攻めでもしたら、重い一撃が容赦なく叩きつけられる事だろう。そうなれば、流石の俺も再起不能になってしまう。
……けど、段々とタイミングは分かってきた。
避けつつ、小さく攻撃を当てる。
「――っ!!」
相手の攻撃のタイミングに合わせて俺も攻撃を繰り出せば、攻撃をしている最中であるために回避が出来ない。シュティアの攻撃の仕方は、回避が出来るまでに少しだけ間がある。その間を狙って俺は攻撃をすればいい。
「っそ!!」
悪態をつきながらも、シュティアは焦る事無く攻撃を繰り出してくる。
本当に、普段の言動と正反対の戦い方だ。黒奈も戦闘となると普段のおっとりした性格から一転して過激になったりするので、特に驚きは無いけれど。
シュティアの攻撃に合わせて回避と攻撃を繰り返す。が、シュティアの鍛え上げられた身体は堅く、まるで生身でトラックのタイヤを殴っているような反動が手に返ってくる。因みに、実際にトラックのタイヤは殴った事がある。たまたま浅見家にあったので、サンドバック代わりに使わせてもらったのだ。本当に、なんであったんだろう……。
そんなくだらない事を考えていたから、ではないけれど、虚を突かれた。
「――なっ!?」
シュティアは攻撃をしながら一歩詰めてきた。元々
「ちまちま……うぜぇっ!!」
すぐそばに来たシュティア。
避けようと思ったけれど、ぎりぎりシュティアの方が速かった。
「がっ!」
頭部に衝撃。衝撃をそのまま受け、俺の身体は後方に吹き飛ばされる。
吹き飛ばされながら、自分がシュティアに何をされたのかを|覚(さと)る。
頭突きか……!!
吹き飛ぶ寸前にシュティアの端正な顔立ちが良く見えた。
兜が割られ、脳が揺さぶられる。
何とか綺麗に着地しようとするも、揺さぶられた脳では平衡感覚が正常に機能せず、不格好な形で地面と激突する。
ごろごろと無様に地面を転がり、数メートル転がってからようやく停止する。
「う、ぐっ……!!」
急いで起き上がろうとするも、上手く身体に力が入らない。
「ちっ、がっかりだぜ、クリムゾンフレア」
シュティアが、ぺっと血の混じった唾を吐きだす。頭突きをした時に口の中でも切ったのだろう。
「お前、最強のヒーローじゃねぇのかよ? 最強ならオレを止めてみろよ」
「まず……その認識がどこから生まれたのか、聞きたいところだな……」
ふらふらと情けなく立ち上がりながら、最強だなんて重い称号をどこの誰が言ったのかを尋ねる。
「あ? ユングフラウの奴が言ってたぞ?」
「…………」
戦さんかい……。
「悪いけど、俺は最強なんかじゃない。強くあるように振舞ってはいるけど、最強って呼ばれるには、俺はまだ弱すぎる……」
だから守れなかった。最強なら、あの時黒奈を簡単に助けられたはずだから。
ふらふらになりながらも立ち上がる。正直立っているだけで精いっぱいだ。
「……そうかよ。まぁ、なんでもいいや。あんたを倒せば、少しは気が晴れんだろ」
言って、シュティアは俺へと距離を詰める。
止めてほしがっていた彼女は、俺に期待しなくなると、俺を倒して気晴らしをするという方向にシフトチェンジしたらしい。
シュティアの拳が容赦なく俺に叩きつけられる。
「ぐっ……がっ……!!」
ふらつく身体でどうにか受け身を取るけれど、俺の受け身を超えて衝撃が身体に伝わるため、容赦なく身体を痛めつけられる。
ここで俺を倒せば、確かにシュティアは気分が晴れるかもしれない。けれど、それは
シュティアの悩みの根本は一切解決しない。ただただ気が紛れるだけなのだ。
まぁ、
けど、シュティアの悩みは、ヒーローや魔法少女を倒して終わるようなものではないだろう。そうであるならば心赴くまま暴れれば良いだけなのだから。
そうしないのは、それが間違いだと分かっているからだ。
暴れる事、戦う事、傷付ける事、奪う事。それが正しい事ではない事を、シュティアが理解しているからだ。
どうしてそう思ったのか、それは多分、あの双子が関係しているのだろう。俺がシュティアと初めて会ったあの夜、シュティアと一緒にいたのはシュツェと双子の兄妹だった。その双子は黒奈に懐いていて、あの時シュティアを止めたのも双子だった。
シュツェとシュティアと一緒にいたのだから、あの双子もファントムなのだろう。もしかすると、シュティアの言っていたツヴィリングがあの双子なのかもしれない。
双子が黒奈を守った理由は俺には分からない。推測は出来るけど、それだけだ。本人に聞いていない事を、断言なんて出来やしない。
けど、双子の姿がシュティアの心を動かしたのは間違いないだろう。じゃなきゃ、こんなに悩まない。
幾度となく拳が打ち付けられる。そのたびに、鎧が軋み、悲鳴を上げる。
悩んでいるのだ。今のままで良いのかどうか。
「――ッ!!」
無理矢理身体に力を入れる。
止めてほしいんだろ? なら、止めてやるよ。それであんたが立ち止まって考える時間が出来るなら、止めてやるよ。
迫るシュティアの拳を、俺は左手で掴む。
「――っ!」
ふらついている相手がまさか攻撃を掴んでくるとは思っていなかったのか、シュティアの眼が驚愕に見開く。けれど、直ぐに冷静に左拳を放ってくる――前に、俺はぐっと勢いよくシュティアを引き寄せる。
「なっ!?」
引き寄せたシュティアに俺も少しだけ詰める。右足を踏み出し、右手に力を込める。
「少なくとも、俺は最強じゃない。けど――」
シュティアと視線を合わせる。
「――お前を倒す事は出来る」
だから、安心しろ。立ち止まる時間は作ってやるから。
炎を纏った右拳を、シュティアの
「うぐっ……!?」
くぐもった声を上げて、シュティアが吹き飛ぶ。
当たった時、筋肉を硬直させてたけど、俺の方にも確かな手ごたえがあった。
立てるなら立つと良い。立つなら、何度でもお前を倒してやる。
先程の俺と同様にごろごろと地面を転がっていくシュティア。
「う、ぅっ……!!」
止まった先で、顔を上げて俺を睨む。
「いっ……てぇ……な…………バカ……」
最後にそれだけ言って、シュティアは力なく頭を落とした。
「そいつは悪かったな。まぁ、俺の方も体中痛いけど……」
その場に座り込み、変身を解く。
変身を解けば分かるけど、拳を打ち込まれたところが赤を通り越して青くなってしまっている。
「ってて……はぁ……これじゃ、運転して戻れそうにないな」
それに、意識のないシュティアを運ぶことも出来ない。
痛む身体に鞭打って立ち上がり、俺はバイクの方へと戻り、スマホを取り出して橘さんに連絡を入れる。
「あ、橘さん? すみません、ちょっと今から言う場所まで迎えにこれますか? ちょっと、
本当なら普通に救急車を呼んだ方が早いのだろうけれど、今回はファントム絡みだし、相手は
橘さんに簡単に連絡を入れた後、俺はシュティアの元に行き、砂利の上ではなく土の上に寝かせて着ていたジャケットをかけてやる。土も十分硬いけど、他に寝かせるところも無いしな……まあ、砂利よりかはましだろう。
|太腿(ふともも)も痛いけれど枕代わりに提供し、俺は木に背中を預けて休む。
そういや、家族に連絡してなかったなと思いいたり、シュティアを寝かせながら俺は家族に連絡を入れた。
母さんに連絡を入れ、状況報告などをしている間に橘さん達が迎えに来てくれた。
そこで安堵してしまったのか、俺も意識を手放してしまった。寝るなら車の中にしようと思ってたのにな……。
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