第123話 特異点、それは――
橘さんを見送った後、俺は黒奈を探すべくバイクを走らせた。
この町や黒奈と碧の生活圏内は蛛形さんに任せる。俺は蛛形さんがカバーできない遠くの方へと向かう。
バイクを走らせながら、俺は橘さんとの話を思い出す。
「特異点、ですか?」
「その様子じゃ知らないらしいね。ま、無理も無いか」
馬鹿にした様子も無ければ、驚いた様子も無い。恐らくは、世間一般では知られていない事なのだろう。それこそ、ファントムが精霊であるという事実くらいには。
「君だから教えるが、この事は他言無用で頼むよ」
「分かりました」
橘さんが俺を信用して話してくれることだ。橘さんの期待を裏切るような事はしない。
「特異点って言うのは、魔力的に異常に優れた者、または、
言いながら、橘さんは駐車場の方ではなく、外にある喫煙所の方へと向かう。どうやら、簡単に終わる話では無いようだ。
「特異点ってのは早々現れるもんじゃない。確率的には千年に一度とからしい。勿論、千年の間、特異点が現れない事だってある」
喫煙所に着いた途端、橘さんは煙草を取り出して口にくわえる。未成年がいるんだけど……まぁ、今に始まった事じゃないか。
それよりも、今は特異点だ。
「その特異点って言うのを話題に挙げたって事は、現れたんですね?」
「ああ。さすがに、特異点の情報は漏らせないけど、居るって事だけは|明示(めいじ)しておくよ」
特異点。当たり前だけれど、アルクの口からは聞いた事が無い。それほど、重要な事なのか、重要過ぎるがゆえにアルクは知らないのか……。
「とにかく、この世界には特異点がいる。それも、今回に限って言えば二人も」
「二人!? 千年に一人じゃないんですか?」
「ははっ、そう言いたくなる気持ちも分かるよ。けど、それは確率の話だ。千年に一人出現する事もあれば、しない事もある。また、今回のように複数出現する事だってある」
まぁ、確かに、芸能界とかで千年に一人の美少女が定期的に現れたりするし……いや、これは違うか。
「それで、その特異点って言うのは、悪いものなんですか?」
「さぁ? それは何とも」
「さぁって……」
「良し悪しは分からないんだよ。さすがに無差別に人を襲うようなものであればこちらとしても対策しなくちゃいけなくなるけど、そうじゃないなら常日頃から監視しておく必要があるだけなんだよ」
「監視って……」
「監視だと言葉が悪いかな? うーん、じゃあ護衛と言おうか。あながちどちらも間違えていないからね」
物は言いようだな……。
「僕達は密かにその特異点を護衛してきた。ここまで話せば、察しの良い君なら誰が特異点の一人なのかは分かるだろう?」
なんとなく、分かる。けれど、口には出さない。橘さんが詳しく言えないと言った以上、答え合わせは出来ないから。
けれど、警察が
「また君に頼る事になってしまう事、本当に申し訳ないと思う」
「……そんなの、今更じゃないですか」
思考をいったん中断し、俺は苦笑を浮かべる。
「それに、これは俺の問題でもあります。特異点とか、そういうのは関係ないですよ」
そうだ。特異点だろうが何だろうが、俺は黒奈を助ける。ついでに、碧の馬鹿も連れ戻す。
「俺は黒奈を助けます。黒奈が何者であれ、黒奈は俺の……」
……そう言えば、こう言うのは久しぶりだな。なんだか気恥ずかしくて、避けてきた言葉だけど。
今だから言える。いや、今言わないでいつ言うんだ。
「俺の、親友ですから」
〇 〇 〇
しばらくバイクを走らせてみたものの、まったくもって黒奈の居場所は掴めないでいた。
休憩がてら、サービスエリアにバイクを停めて珈琲を飲む。高速を使って少し遠くに来てみたものの、闇雲に探し回っても無駄に時間を消費するだけだ。
「それにしても、特異点か……」
橘さんが言っていた事を思い出す。なんだか、黒奈の誘拐から、話がだんだん大きくなってきた気がする。
黒奈が特異点。魔力的に異常に優れた者、または、特殊な魔力を保有する者。
確かに、黒奈の魔力の質は異質の一言に尽きる。そも、男が魔法少女になっている時点でおかしな話なのだ。
基本的に、精霊との契約によって性別を変える事は出来ない。
まず、変身とは契約した精霊の
だから、俺達の変身は、言ってしまえば強化スーツに身を包むだけなのだ。
しかし、黒奈は強化スーツを身に纏っているだけではない。身体が男から女に文字通り変身してしまっているのだ。
変身の原理を知っている者はあまり多くは無い。大して気にならないし、気にしていない者が多いからだ。
けれど、俺は変身の原理を知っている。だからこそ、黒奈が男から女に変身している事を疑問に思っていた。
本人が気にしていないようだし、黒奈の契約精霊であるメポルも別段意識している様子は無かったため、今日までそのまま放置していたけれど。
「見つけたらそれも聞かないとな」
空き缶をゴミ箱に捨て、俺はバイクに
そろそろ日が暮れる。家族に無理だけはしないと約束したため、あまり帰りを遅くしたくはない。
ここから一時間ってところか。ま、夕飯には間に合うだろう。
鍵を刺し、エンジンをかけようとした時、目の前に見た事のある人物が立っている事に気付く。
背の大きな、チューブトップに短パンといった露出の高い女性。
確か、あの双子と居た女……。
「よぉ、色男。海以来だな」
俺は跨ったバイクから降り、女と対峙する。
「そうだな。俺と戦いに来たんなら、悪いがしばらくは勘弁してくれ。今はそれどころじゃないんだ」
「べっつに、んなつもりはねぇよ。オレはただ、あんたに聞きたい事があるだけだ」
「聞きたい事?」
「ああ。あんた、ブラックローズの居場所知ってっか?」
尋ねられ、即座に警戒心が強くなる。
「それを聞いてどうするつもりだ?」
「うちのボスが探してんだよ。まぁ、探してんのはブラックローズだけじゃねぇけど」
この女の言いぶりから察するに、
「で、どうなんだ? あんた知ってんのか?」
「さぁ、どうだろうな」
適当にはぐらかす。わざわざこちらから情報を与えてやる必要は無い。
「あっそう」
適当にはぐらかしたから、激昂すると思ったけれど、女は興味なさそうに相槌を打つだけだった。
あの日旅館で出会った時は感情的だったのに対して、今目の前にいる女はどうにも元気が無いように思える。
……あっちでも何かあったのか?
探りを入れようかと思ったけれど、それよりも先に女の方が口を開いた。
「なぁ、あんたんとこにユングフラウとスコルピオン居るんだろ?」
「ああ、いる」
俺のところじゃなくて、浅見家だけど。
「……ツヴィリングはいないのか?」
「ツヴィリング?」
誰だ? 初めて聞く名前だな。
「分からない。少なくとも、俺は知らない」
「そうか……」
あからさまに気落ちした様子の女。
なんだ? 大事な仲間だったのか?
「はぁ……なんか、もう疲れたわ……」
言って、その場に座り込む女。
「良いなぁって思ったから話に乗ったけど、オレの方は上手くいかないし。ツヴィリングはいなくなるし……」
座り込みながら、ぶつぶつと何やら呟く女。
話に乗った?
「結局何やれば良いか分からないからブラックローズ倒そうとしたけど、ツヴィリングに怒られるし……ツヴィリングいなくなるし……」
はぁと深い溜息を吐く女。
「なぁ」
「なんだ?」
億劫そうに顔を上げて俺を見る。
「オレはどうすれば良いと思う?」
知るか。
率直にそう言いたかったけれど、これほど弱っている相手にそれを言うのは何だか気が引けた。
ていうか、それを敵である俺に聞くのかよ……。
「他人に迷惑かけなければ、好きにしろよ。皆そうしてるだろ」
他人の迷惑にならない程度で楽しむ分には誰も文句は言わない。だから、誰かに迷惑をかけなければ、誰だって文句は言わない。
少なくとも、俺はそうしているつもりだし、大概の奴はそうしてる。
「それに、何がしたいのか分からないなら、いったん止めてみたって良いだろ。手を止めて気付く事もあるだろうしな」
「……確かにな」
よしっと一つ空元気な声を上げて女は立ち上がる。
「なぁ、喧嘩しようぜ」
「はぁ?」
なんの脈絡もない言葉に、俺は思わず呆けた声で答えてしまう。
「良いだろ? 今はそういう気分なんだよ」
「いや、良くは無い。今さっき他人に迷惑かけるなって言ったよな?」
「細けぇこと気にすんなよ。うっし、喧嘩だ! やるぞー!」
「やらねえよ! 俺は今から家帰る――」
言って、彼女の表情を見てふと理解する。
あぁ、こいつ、止めてほしいんだな……。
厳密に言えば、止めてほしい訳では無いのだろう。ただ、自分が何をすればいいのか分からないから、とりあえず俺と戦いたいのだ。戦って勝てばそれで良い。ヒーローを倒す事がファントムの、
けれど、負ければ、負けてしまえば、止まる理由が出来る。止まって良い理由が出来る。
彼女の今の表情は、俺の大好きだったあの人がしていた表情に、少しだけ似ていた。
「……ま、お前が悪さするんなら、俺が止めないとな」
「そーそ! 悪さすっから止められるもんなら止めてみろよ、ヒーロー」
にっと無理矢理笑う。
彼女にも、
「場所変えようぜ」
「おう」
バイクに跨り、バイクを走らせる。
なんにせよ、彼女を倒せば
バイクを走らせ、俺は人気のないところへと向かう。
悪い、黒奈。ちょっと寄り道するわ。
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