第122話 特異点
ツィーゲのアドバイスで、俺はスコルピオンこと、
蛛形さんの居場所は仁さんから聞いてあるのですでに知っている。というか、昨日行ったばかりである。
俺は、ショッピングモールから慣れ親しんだ幼馴染の家、浅見家に来ていた。
浅見家には蛛形さんだけではなく、
一応、二人は
浅見家にもいつ碧が帰ってくるか分からないので警察が常駐しているため、戦さんと蛛形さんの見張りの意味もかねて浅見家にしばらく寝泊りをしている。因みに、これは弓馬さんが言い出した事であり、警察の方も二人も納得をしている。
蛛形さんが直接外に出る事は出来ないだろうけれど、それでも室内から虫たちに呼びかける事は出来るはずだ。
今は少しでも頼りになる戦力が欲しい。
浅見家の呼び鈴を鳴らし、蛛形さんに用があると伝えると、案外あっさりと中へと通してくれた。一応、敵の幹部なので、接触は出来ないかもしれないと思っていたのだけれど……まぁ、通してくれるならそれでいい。
慣れ親しんだ浅見家の屋内を歩き、俺は最初に教えて貰った蛛形さんが寝泊りする部屋へと向かった。
ぴんぽんと、インターホンを鳴らす。
『どうぞですわ』
ほどなくして、中から応答があったので、俺は扉を開けて部屋に入る。ていうか、改めて思うと部屋にインターホンついてるって凄いよな。
「お邪魔します」
「あら、和泉先輩ではありませんの」
「え、い、和泉くん!?」
部屋の中には蛛形さんだけではなく、戦さんも一緒にいた。二人は手にゲーム機を持っているので、二人で仲良くゲームをして遊んでいたのだろう。
「ちょっと待っててくださいな。今から乙女先輩を殺してその人間性を奪ってやりますの」
「あ、ちょっ、悪霊になって入ってこないでよ!! 待ちなさい! 協力してボスを倒そうって言ったでしょ!? それに和泉くん来てるんだから中止よ中止!!」
……どうやら仲良く遊んでいた訳ではないらしい。
ちょくちょく良く分からない単語が出てきたので、俺がやった事のないゲームだと思う。まぁ、最近あまり腰を据えてゲームできてないけど。俺もこの件が終わったらゆっくりゲームでもしよう。
「ああ、ゲームしながらでも平気だよ。ちょっとお願いがあって来ただけだから」
「お願い? 美針の部屋に来たって事は、美針によね?」
「うん。蛛形さん、ツィーゲから聞いたんだけど、虫と意思疎通が出来るみたいだね」
「ええ。節足動物に限りますけれど」
「その能力を使って、黒奈を探してほしいんだ」
「あ」
俺がお願いをした直後、戦さんがやってしまったという顔をする。
がたんと持っていたゲーム機を落とし、あからさまに落ち込む蛛形さん。
「黒奈お姉様……嗚呼、私のお姉様……美針を置いて、いったいいずこへ……?」
ずーんと落ち込んだ蛛形さんは、その場に
「えっと……もしかしなくてもまずった?」
「うん……」
俺の問いに、戦さんは面倒くさそうに頷く。
「美針、黒奈ロスに陥ってるの」
「黒奈ロス……」
なんだそのペットロスみたいなの。
「なんでも、オネエサマニウムが足りないとか」
「あいつは何かの成分か」
「足りませんわ……足りませんの……いっそお姉様の御布団に潜り込んで二、三時間くらいそこで深呼吸をしながら瞑想をして、お姉様の衣服を身に纏ってお姉様と一体になりながらお姉様の部屋で朽ち果てたいですわ」
「朽ち果てるな。ていうか、それ花蓮ちゃんが嫌がるから止めなさいよ?」
黒奈の意思は良いのか。ああ、いや。あいつなら困った顔して笑ってるだけだろうな。
ともあれ、黒奈がいなくなったという事は、蛛形さんにとっては大ダメージだったらしく、思った以上に落ち込んでいた。
ごめん寝状態で落ち込む蛛形さんの背中を撫でながら、戦さんが困ったように俺に言う。
「一応、この子ももう探してはいるの。けど、やっぱり見つからないみたいで」
「うぅ……お姉様。不甲斐無い美針をお許しください……。あぁ、でも、お姉様の瑞々しい御口で罵倒されるのも悪く無いかもしれませんわ」
「だいぶ
「少し前からずっとこんな調子なの。発作みたいに定期的にこの状態になっちゃって……挙句に少しだけ性癖も拗れてきてるからもう大変」
「その拗れ方もどうなんだろうね……」
新たな道に進まなければ良いけど……。
ともあれ、蛛形さんももう手を打ってるのか。それじゃあ、広範囲の捜索は蛛形さんに任せるとしよう。少し、心配だけど。
「ねぇ、和泉くん」
「なに?」
「その……この間の事、ちゃんと謝ってなかったと思って。本当に、ごめんなさい」
ぺこりと、頭を下げる戦さん。
この間の事と言えば、デートの日の事だろう。それ以外で、彼女が謝る理由に思い当たらない。
「その謝罪を、俺は受け入れるよ。だから、もう俺に悪いと思う必要は無いよ」
「……ありがとう」
俺の言葉に、戦さんは目に見えて安堵した。
「けど、俺以外の人は、戦さんをどう思うか分からない。子供はトラウマになってしまったかもしれないし、友達同士で思い出を作りに来た人達にとっては最悪の一日になったかもしれない。遊園地にとっても、大きな痛手だ」
真面目な顔、真面目な声でそう言えば、戦さんは顔を|強張(こわば)らせる。蛛形さんも、ゲームを止めて申し訳なさそうな顔で正座をする。
「君にどんな覚悟があったのか、俺には分からない。けど、その覚悟が誰かの日常を踏みにじった事はちゃんと憶えておいてほしい」
「……ええ、分かったわ」
「わかりましたの……」
俺の言葉に、二人は素直に頷く。
うん、分かってるのなら大丈夫だろう。他の大人にもこってり絞られただろうし、俺がこれ以上言う必要も無いだろう。
「それじゃあ、今度二人ともアルバイトをしようか」
「あ、アルバイト? え、どうして?」
「今度、ニャンニャンパラダイスのヒーローショーに出る事になってね。二人も、着ぐるみ着たり園内清掃したりしようか」
「……分かったわ。やる」
「うぅ……着ぐるみは臭そうですの……」
「着ぐるみなら黒奈も抱き着くかもしれな――」
「是非やらせていただきますわ!! お姉様専用の着ぐるみに!!」
返答早いな。ていうか、黒奈専用じゃないけど。
まぁ、良い返事を貰えただけ良しとしよう。
「それじゃあ決まりね。日付は追って伝えるから」
それだけ伝えて、俺は浅見家を後にしようとする。蛛形さんがすでに動いてくれている以上、ここに用は無い。
「それじゃあ、俺は行くね。あの馬鹿二人捜し出さなくちゃいけないからさ」
「あ、あの、和泉くん!」
「ん、なに?」
「それ、私にも手伝わせてくれないかな? 元はと言えば、私にも原因がある訳だし……」
「でしたら、私もお手伝いいたしますわ!! ここだと捜索範囲に限界がありますの!!」
二人は真摯な目で俺を見る。
「そう言われても、俺の一存じゃ――」
どうしようもない。そう言いかけたところで、この部屋のインターホンが押され、ぴんぽーんと軽快な電子音が鳴る。
「どうぞですわ」
蛛形さんが手に持った電子端末で応答すれば、すぐに扉が開かれる。
開かれた扉から、よれよれのスーツを着た男が胡散臭い笑みを貼り付けて現れる。
「やーや、どうもどうも。ご機嫌いかがかなお嬢さん方……って、深紅くんじゃないか。どうしたんだい? あ、もしかしておじさん邪魔だったかい?」
「どうしたはこっちの台詞ですよ。なにやってるんですか、橘さん?」
部屋に入ってきたのは、俺の知り合いであり、仁さんの上司兼相棒でもある男――橘葉一であった。
橘さんは手に持ったケーキ屋さんの箱を見せつけるように少しだけ揺らしながら、変わらず笑みを浮かべて言う。
「いやね? おじさん、気を遣わせて退屈してるだろうと思ったお嬢さん方に
「え、ええ……」
「黒奈お姉様には劣りますが、好きですわ」
蛛形さん、その比較はおかしい。
「ははっ、じゃあ持ってきたかいがあるね。冷蔵庫開けても良いかい? 常温だとクリームが溶けちゃいそうだからね」
「今食べないんですか? なんならお茶くらい用意しますけど」
出来れば、橘さんから捜査状況を聞きたい。お茶をする時間くらいはとれる。
「いやいや、これは
戦さんが立ち上がり、橘さんからケーキを受け取って冷蔵庫に入れる。
「お土産って、いったい……」
「言ったろう? お暇してるだろうお嬢さん方にお土産を持ってきたって。まぁ、退屈しのぎになれば良いんだけどね」
少しだけもったいぶった後、橘さんは戦さんと蛛形さんを見て、目に少しだけ真剣な色を乗せて言う。
「君達、如月黒奈くんと浅見碧さんの捜索に協力するつもりはあるかい?」
「「「――っ」」」
橘さんの言葉に、俺達は思わず息を飲む。
まるで示し合わせたようなタイミングだっていう事もそうだけれど、橘さんの口からそんな提案が出るという事は、警察側がそれを許容したという事に他ならない。
そして、警察が
多分、戦さんと蛛形さんはそのメッセージに気付いていない。ただただ橘さんの言葉に驚いているのだろう。だから、これは俺へのメッセージだ。ここまでする程の事態が起きてしまっているという事を、俺に伝えているのだ。
詳細は教えてはくれないのだろう。こうして伝えるという事は、なんらかの良くない事態が起きており、それを俺に仄めかすくらいの事しか出来ない程の重要な事態だと言うことだろう。
一瞬だけ橘さんは俺に目配せをするけれど、直ぐにその視線を二人に戻す。
「それで、どうかな?」
「や、やります! 願ったりかなったりです!」
「で、ですわ! 私もやりますわ!」
二人の返答を聞いて、橘さんは顔を綻ばせる。
「そうかい! それを聞いておじさんも安心したよ! それじゃあ、現時刻より君達の謹慎処分を解除させてもらう。私達は、君達の助力に期待する」
言って、見た目に似合わない綺麗な敬礼をする橘さん。
「はい!」
「頑張りますわ!」
「お願いするよ。それじゃあ、おじさんはもう行くとしようかな」
一瞬の目配せ。それだけで、俺は橘さんの意思を理解する。
「それじゃ、俺もそろそろ行くよ。二人とも、無理だけはしないでね」
「うん。和泉くんも気を付けて」
「和泉さん、お姉様を見付けたら一番に教えてくださいまし! 音速を超えて会いに行きますわ!」
「ああ、分かったよ」
二人に別れを告げて、俺と橘さんは部屋を後にした。
「それで? 話ってなんですか?」
部屋を後にしてすぐ、俺は橘さんにそう切り出す。浅見家は防音性に優れている。壁一つ隔てただけでかなりの防音性を誇るので、日常会話程度の声量ならまず聞き取れはしない。
だからこそ、俺は部屋を出てすぐに尋ねたのだ。
俺の問いに、橘さんは少しだけ言いづらそうにしながらも口に出す。
「今回の一件ね、上は結構重く見てるんだ」
「まぁ、ファントムが一般人を誘拐した訳ですか――」
「一般人では無いだろう? 彼は、
なんの気負いも、なんの迷いもなく言うものだから、俺は一瞬反応に遅れてしまった。
けれど、橘さんが言った言葉の意味を理解すれば、俺は驚愕を|露(あらわ)にしてしまう。
「ははっ、君のそういう顔は初めて見た気がするよ」
少しだけおかしそうに笑いながらも、橘さんはそれ以上からかう事無く続ける。
「まぁ、知っていてもおかしくは無いだろう? 僕らは警察だからね。敵にも味方にもなりえる人物の調査くらいしているよ」
国民を守るのが警察の仕事だ。いくら魔法少女やヒーローがファントムを倒す正義のヒーローだとしても、その力の矛先が国民に向かないという保証はどこにもない。それは、俺は、俺達は良く知っている事だ。
「まぁ、そこら辺は正直どうでも良い。そもそも、彼が魔法少女になった事は、結構早い段階で警察は掴んでいたからね」
「え、そうなんですか?」
「ああ。そういう届け出があってね。あ、悪いけど誰が届け出たとか詳しい事は言えないよ? 機密事項だからね」
「分かってますよ。部外者には話せませんもんね」
「理解が早くて助かるよ。まぁ、深紅くんも無関係じゃないから話しても良いと思うけど……それは我々ではなく
「彼? って、聞いても答えてくれませんよね」
「ご明察。まぁ、そこら辺は置いておいてだ。深紅くん、君に一つ質問だ」
「なんですか?」
俺が尋ねれば、橘さんは少しだけもったいぶってから言った。
「君は、特異点って知ってるかい?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます