第121話 田波牡丹

 今回、黒奈を探すにあたって、俺は黒奈を全力で探す事、そして碧を連れ戻す事を俺の家族だけではなく、この件に関係している弓馬さんと美弦さん、そして花蓮ちゃんにも伝えた。


 いったん浅見家に集まってもらい、俺は俺の意見を、俺の意思をきちんと伝えた。あの時みたいに、もう一人で突っ走ったりはしない。俺を心配してくれている人を必要以上に心配させないためにも、俺はきちんと報告をしなくてはいけない。


 弓馬さん達は申し訳なさそうに頷き、家族も珍しく神妙な顔で頷いてくれた。


 花蓮ちゃんは黒奈が攫われた事が相当ショックだったのか、終始落ち込んだ様子だった。俺の話にも特に頷きはしなかった。


 多分、黒奈が攫われた事だけじゃなくて、碧が黒奈を攫った事もショックなのだろう。


「花蓮ちゃん。多分、碧にも考えがあっての事だと思う。俺が必ず二人とも連れて帰るから、その時に一緒に話を聞こう」


「うん……」


 最後に花蓮ちゃんにそう言ったけれど、花蓮ちゃんは何か考え事をしているのか生返事だった。


 花蓮ちゃんの事は、正直俺じゃどうしようもない。こういう時、花蓮ちゃんの両親がいれば良いんだけど……いったいどこにいるのやら。


 とりあえず、暫く花蓮ちゃんは家で預かる事になった。あの状態で一人きりにするのは良く無いと俺の両親と姉さんが判断したからだ。


 俺としても、花蓮ちゃんを見守ってくれていると助かるので、反対はしない。本当は浅見家の方が良いのだろうけれど、碧に対して若干の不信感がある今の花蓮ちゃんは浅見家に居るだけで辛いだろう。


「さっさと見つけないとな」


 とはいえ、俺は探査系があまり得意ではない。それに、碧がどこに行ったのか分からない以上、闇雲に探すしか手段が無い。


「ま、俺一人ならな」


 今の俺は一人じゃない。幸い、仁さん達も捜査をしてくれている。


刑事デカは脚で、だよな。俺は刑事デカじゃないけど」


 ひとまず、俺は碧の居場所に心当たりのありそうな人物のところへ向かう。


 今日は学校だけれど、俺だけ特別休暇だ。いや、普通に欠席扱いで、補習を受けなくちゃいけないけど……。


「ま、あいつらも補習受けるんだ。罪は同じだな」


 言いながら、俺はまず最初の聞き込みに向かう。


 向かう先は、ツィーゲの働くタイ焼き屋だ。碧もツィーゲもファントムで、暗黒十二星座ダークネストゥエルブの一人だ。何かしら情報を持っているだろう。


 そう思って尋ねたのだけれど……。


「申し訳無いが、シュツェの事は何も知らないメェ。メェとあいつはそれほど仲良くも無かったメェ」


「そうか……」


「おそらく、他の奴らに聞いても同じメェ。シュツェは極力他との接触を避けていたメェ。皆、似たり寄ったりの情報しか無いと思うメェ」


 タイ焼きを焼きながら、ツィーゲが言淡々と言う。


 同じ暗黒十二星座ダークネストゥエルブだから何か知っているかもしれないと思ったけれど、碧の奴め、そっちでも完全に情報を漏らしてなかったのか。


 こうなる事が分かっていたのか。それとも、本当に奥の手なのか……。


 どっちにしろ、なんで俺達に何も言わないで決めちまうんだよ。


「おい色男。そっちが接触できる暗黒十二星座ダークネストゥエルブは誰だメェ?」


「なんだよ色男って」


「色男は色男だメェ。それよりも、どうなんだメェ?」


 ツィーゲの俺の呼称はさて置き、俺は脳内で|暗黒十二星座(ダークネストゥエルブ)を思い浮かべる。


乙女座ユングフラウ蠍座スコルピオンくらいだな」


「ふん、ユングフラウはともかくとして、スコルピオンは当たりだメェ」


「どうしてだ?」


「スコルピオンは眷属ペットの数が多いメェ。それに、その気になれば他の虫にも捜索を指示できるメェ。まぁ、蛛形類に限られるらしいけどメェ」


「そうなのか?」


「ああ。いつぞやに自慢してきたメェ。その時は興味も無かったけど、こんな時に役に立つのなら、もっとコミュニケーションをしておくべきだったメェ」


 言いながら、ツィーゲは着けていたエプロンを外す。


 そして、お店の奥に向かって声をかける。


「店長、メェは休憩に行ってくるメェ」


 ツィーゲが声をかければ、お店の奥から声が返ってくる。


「はぁーい。いってらっしゃぁい。あ、ちょっと待ってツィーゲちゃん。今お話ししてるのって有名な和泉深紅くんよねぇ? ちょっとお話したいと言うかご相談があると言うか――」


「こいつも店長の結婚の話や相談には乗りたくは無いと思うメェ。他を当たるメェ」


「嫌よ! その子優良物件じゃない! ねぇ、お話しするだけだから! この縄解いてちょうだい! ちょっとお話してちょっと判子はんこ押してもらうだけだから!!」


「ちょっと押しただけで不良物件押し付けられるこいつの身にもなるメェ」


「今不良物件って言った!? わたしはまだ不良物件じゃないわ!! 後三日で三十代突入するけど、まだまだ優良物件よ!! だからこの縄解いて!! あ、ツィーゲちゃんが判子押してくれるように頼んでくれるだけで良いから!! 拇印ぼいんでも良いから!!」


 なんだろう、会わない方が良い気がする。俺の本能がそう告げている。


「色男、お前は先に行ってるメェ。お前が行かなきゃ、店長あれを解き放てないメェ」


「あれって言った!? 今わたしをあれって言った!? まぁ、もう亭主気どりなのね!! そういうの嫌いじゃないわ!! 結婚しましょうツィーゲちゃん!!」


「お前、大丈夫か?」


 果たしてツィーゲをここに一人残しても良いのだろうか? 知り合いという認識しかないけれど、それでも気の毒に思ってしまう。


「気にするなメェ。もうすぐ助っ人も来るメェ」


「助っ人?」


「ああ。っと、噂をすればメェ」


「師匠ー! 田波たなみ牡丹ぼたん、ただいま到着いたしましたー!!」


 助っ人というツィーゲにしては似合わない単語に首を傾げていると、何やら騒がしい声が店内に入ってくる。


 見やれば、そこに居たのは一人の少女だった。


 年の頃は小学生程で、天真爛漫を絵に描いたような、明るい笑顔の少女だ。


 しかし、聞きなれない単語があったな。


「師匠?」


 俺がそう尋ねれば、ツィーゲは少しだけ苦々し気に答える。


「成り行きだメェ。たまたま戦ってるところを見られて、紆余曲折あって何故だかメェが牡丹の師匠になったメェ」


「てことは、魔法少女か?」


「そうだメェ。まったく、なんでメェが魔法少女の師匠なんかに……」


「師匠! 今日はどうしましょう!? 町内一周清掃活動ですか!? それともお店のお手伝いですか!? はたまた悪の大幹部を倒しますか!?」


「お前一体なにやらせてんの?」


「メェがボランティアで町内清掃してる時について来ただけメェ。それに、お店の手伝いは店長がやらせただけメェ。最後に、元悪の大幹部に勝てない牡丹じゃ、まだまだその時ではないメェ」


 前二つは俺に、最後は牡丹に言うツィーゲ。


「やや! そうですか! では今日は何をしま――どぉうぅええぇぇぇぇぇぇぇっ!? あ、あああああなたは、もしやクリムゾンフレアじゃございませんかー!?」


「お前中々愉快な人達と一緒にいるんだな」


「そうよ!! わたし愉快よ!! 家でも職場でも愉快な女よ!! だから結婚しても飽きさせたりしないわ!! もちろん昼でも夜でも!!」


「店長!! 子供の前でそんな事を言わないでほしいメェ!!」


 珍しく、ツィーゲが慌てて牡丹の耳を塞いで大声を上げる。


 少し聞こえたかもしれないけれど、牡丹は気にも留めていない様子で、キラキラした目で俺を見てくる。


「く、クリムゾンフレアですよね!? 初めまして、私田波牡丹と言います!! 小学五年生です!!」


 耳を塞がれながらも自己紹介をする牡丹に、俺は牡丹と視線を合わせてにこりと微笑む。


「初めまして、牡丹ちゃん。俺は君の言うとり、クリムゾンフレアの和泉深紅だ。よろしくね」


「は、はい! よろしくお願いします!!」


 俺が差し出した手を元気よく握り返す牡丹。因みに、俺が腰をかがめた段階でツィーゲは耳から手を離している。


「和泉くん!! ぜひともわたしともよろしくしてほしいわ!! 朝でも夜でも!!」


 お店の奥からそんな声が聞こえてくるけれど、そちらは無視をする。多分、そうするのが正解だろうから。


「む、無視!? あぁ、でもイケメンに袖にされるのも嫌いじゃないわ!!」


 どうしよう、何が正解なんだろう……。店長さんが分からない……。


「基本無視して良いメェ。反応すればするだけ面倒くさいメェ」


「どうしよう。すでに反応しなくても面倒くさい……」


 こんな店長と四六時中一緒にいる羽目になっているツィーゲが少しだけ可哀想に思う。


「ほら、お前はさっさとスコルピオンのところに行くメェ。お兄さん・・・・が攫われてから結構日が経ってるメェ。日が経つにつれて証拠は少なくなる一方だメェ」


「分かった。……って、お兄さん? お前、黒奈の事お姉さんって言ってなかったか?」


「夏にお姉さんがお兄さんだと判明したメェ。まぁ、メェに言わせればさほど違いも無いメェ」


 あっけからんと言うけれど、普通黒奈が男だと知ったら驚くと思う。そして、ブラックローズの正体が男だと分かったとしてもそれは同じだ。


「ほら、さっさと行くメェ。これ以上店長を縛り付けておくのも――」


「イケメンに縛り付けられるのは興奮するわ!! できればもっと強めに!!」


「――メェの気分が下がるからさっさと解きたいメェ……」


「わ、分かった。それじゃあ、ありがとうな」


「気にする事無いメェ」


 しっしっと手を払うツィーゲ。その隣で、牡丹が元気いっぱいに手を振る。


 本当に、どういう成り行きで師弟関係になったのやら……。


「そういえば、牡丹。学校はどうしたメェ?」


「今日は運動会の振り替え休日です!」


「なるほどメェ」


 のほほんとした師弟の会話を背に、俺はタイ焼き屋さんを出る。背後から「また来てねぇ~~!!」と店長さんの声が聞こえたけれど、正直今度は黒奈を連れてこようと思う。黒奈じゃなくても、誰かと一緒の時にしようと思う。





 クリムゾンフレアが店を出た後、メェは仕方なく店長を開放するメェ。本当であれば社会に出すのも恐ろしいけれど、これでももう三十手前。社会に出ればそれなりの態度をするものだから始末が悪いメェ。


オンオフがはっきりしていると本人は言うけれど、メェに言わせれば店長は猫を被ってるだけだメェ。


「師匠! 今日の特訓はどうしますか!?」


 牡丹が挙手をしながら訪ねてくるメェ。


 いつもなら牡丹への返答に困るけれど、今日ばかりは大丈夫だメェ。何せ、やる事は決まってるメェ。


「牡丹、今日は町を探索するメェ」


「探索ですか?」


「メェ。題して、囚われの御姫様救出大作戦、だメェ」


「お姫様!! お姫様を見つけ出せばいいんですか!?」


「そうだメェ。ただ、お姫様はそう簡単に見つからないところにいるメェ。頭を捻って探すメェ」


「承知しました!! 師匠の一番弟子であるこの牡丹が、必ずや見つけだします!!」


 では! と慌ただしくお店から出て行く牡丹。まぁ、牡丹でも居ないよりはましだメェ。あれでも魔法少女だメェ。


「あー、師匠の立場を利用してるー。いけないんだー」


 そんな事を言いながら、店長がメェの頬を指で突いてくる。


「鬱陶しいメェ」


「しどい! 女の子に向かって鬱陶しいだなんて!」


「女の……子?」


「なーんで疑問形なのかなー?」


「深い意味は無いメェ」


 理由が明白だから、深い意味なんて無いメェ。


「まったく、失礼しちゃう。いい、ツィーゲちゃん。女ってのはね、いつだって少女のように居たいものなのよ?」


「分かったメェ。メェが悪かったメェ」


 まともにとりあっても面倒くさいメェ。ここはメェが折れておくのが一番早いメェ。


「むぅ、ツィーゲちゃん冷たーい」


「はいはいだメェ。それより店長、メェは休憩を貰うメェ」


 脱いだエプロンを店のロッカーにしまう。


「良いけど、何処か行くの? いつもはここでゆっくりしてるのに」


「ちょっと野暮用だメェ」


「ふーん。まぁ、気を付けてね。それと、帰ってこないと寂しさで泣いちゃうからね」


「良い年した大人が泣かないでほしいメェ」


「ふふっ、分かってないわねツィーゲちゃん。独り身の夜は寂しくて何でもない事で涙が出ちゃうのよ……」


「……行ってくるメェ」


 多分、あまり突っ込んじゃいけない場面だメェ。


 メェはさっさとお店を出る。


 さて、ちょっと探し物でもするメェ。


「まったく。メェも甘くなったメェ」


 多分、タイ焼きを食べ過ぎたせいだメェ。後で店長に文句言ってやるメェ。

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