第120話 それぞれが思う者
ファントムが精霊と同じ。そう聞いて、驚かないわけが無かった。
「……それは、本当なんですか?」
「ああ。さっきも言った通り、秘匿事項だけどね」
その情報は飲み込むにはあまりにも大きすぎて、みっともなく
「まぁ、正確にはまったく同じ種族の精霊って訳でもないらしいけどね。詳しくは、僕もよく知らないんだ」
「そう、なんですね……」
「それに、これはツィーゲ君から聞いた事なんだけど、ファントムは別段人の精神エネルギーを必要とはしていないらしい。だからこそ、浅見さん達は今まで生きてこれている訳だしね」
確かに、人の精神エネルギーが生命活動に必要なのであれば、碧や弓馬さん達も常習的に精神エネルギーを摂取しているという事になる。浅見家ならそれくらい訳も無くできそうだけど、こっちにずっといるツィーゲにはそんな事は出来ないだろう。
けれど、ツィーゲは不調そうには見えなかった。顔色も、悪く無かったし……。
「でも、なんでそれを俺に? 秘匿事項なんじゃ……」
「ああ。けど、君は今回の案件に必ず首を突っ込むだろう? なにせ、君の幼馴染が関わってるんだから」
「ええ、まぁ……」
「なら、これくらいは知っておいた方が良いだろうと思ってね。あ、流石にこれ以上は話せないよ? 秘匿事項だからね」
「いえ、ありがとうございます」
「いえいえ。土産話ならぬ、見舞い話にはなったかな?」
「はい、充分に」
「そうか。なら良かったよ。さて、それじゃあ僕はもう行くよ。あんまり外してると、橘さんから連絡来ちゃうからね」
言って、椅子から立ち上がる仁さん。律義にパイプ椅子を折りたたんで、元あった場所に戻す。
帰ろうと背を向けた仁さんを、俺は呼び止める。
「あの」
「なんだい?」
振り返り、脚を止める仁さん。
「俺を、止めないんですか?」
俺がそう問えば、仁さんは穏やかに笑う。
「なんだい。止めてほしいのかい?」
「いえ、そういう訳じゃ……」
「ははっ、冗談だよ。君がそういう性格じゃないのは知ってるさ」
笑い、仁さんは少しだけ真面目な顔をして言う。
「僕は警察官だけど、君は違う。だから、僕は君を止める権限を持っていない。危ない事に首を突っ込んでほしくは無いと思うけど、あの時の事件で、君が自分の大切なもののためなら止まらない事をよく理解しているからね」
「でも、ヒーローであることを取っ払ったら、俺はただの高校生です。それに、今回は俺は依頼が来てないし……」
「そうだね。僕は警察官だ。だから、住民の安全を守る義務がある。勿論、君も僕の護るべき対象だ。けどね、深紅くん」
一区切り。仁さんはにっといたずらっぽく笑ってから言った。
「それで君を止めてしまうのは、野暮というものだろう? それに、君はあの時みたいに僕の反対を押し切って首を突っ込むに違いないからね。なら、僕は君を応援するよ」
「仁さん……」
「それに、僕は思うんだ。君なら、二人とも助けられるって。あの時は無理だった。けど、今の君なら出来るはずだ、ってね」
真正面から臆面もなく、また恥ずかしがる事も無くそう言われ、思わず俺は気恥ずかしくなってしまう。
「けど、君が無理だと思ったら諦めたって良い。誰も君を責めやしない。本来なら、こういうのは大人の仕事だからね」
「いえ、諦めませんよ。仁さんにそこまで言われて諦められる程、俺格好悪く無いつもりですから」
言って、俺は立ち上がる。今日も親が来る予定だったけど、まだ親は来ていない。けど、電話なら出来る。今の時間なら、母親は家にいるはずだ。
善は急げ。すぐさま電話して俺の考えを全部伝えないと。
「ちょっと、電話してきます! 仁さん、お見舞いありがとうございました」
本来なら見送る側なんだろうけど、俺は仁さんを置いて病室を後に――
「あ、そう言えば」
――する前に、仁さんに一言だけ言っておこうと思う。
振り返り、仁さんを見ていたずらっぽく言ってやる。
「仁さん、橘さんに似てきましたね。言い方と表情そっくりでしたよ」
言いたい事だけ言って、俺は自分の病室を後にする。
背後から、そいつはどうもと苦笑交じりに聞こえてきた。
〇 〇 〇
「よっ! ほっ! やっ!」
運動をしないと言うのも身体に悪いので、俺は絶賛運動をしている。
なんか、世間で今話題になっている、輪っかの形をしたコントローラーで遊ぶやつ。これが結構力がいるんだ。まだ一時間しかやってないけど、けっこう良い汗かいてきた。まぁ、俺の場合は手に
「ふぅ……良い汗かいたぁ……。疲れたから碧と交代!」
はいっと碧にコントローラーを渡せば、にこっと笑って俺から受け取る。
「うん。よーし、頑張るぞー!」
コントローラーを手に取って、碧は意気揚々と画面と向かいあう。
こうして二人で遊んでいると、いつも通りの日常みたいだけれど、場所も違えば状況も違う。此処は俺の家でもなければ碧の家でもない。
いつも通りにしているつもりだけど、少しだけ寂しさを覚えてしまう。そして、それは多分……。
「よっ! ほっ! くーちゃん、これ結構難しいね!」
「でしょ? 腕ぷるぷるになっちゃうよ~」
碧といて、楽しくない訳じゃない。だって、碧は俺の幼馴染で、友達で、大切な人だから。
これは違うと思ってしまう。けど、必死な碧を見ていると何も言えない。泣きそうな顔をしている碧を助けたいけど、俺には強がって何も言ってくれない。大丈夫だって、辛そうな顔で笑うだけなんだ。
情けないけど、この状況は俺じゃどうしようもない。碧は徹底的に俺を逃がさないための対策をしてる。
食器とかも木製を使ってるし、刃物の類も一切無いし。
ごめん、いつも助けてもらってばっかだけど、今回も助けて。深紅。
俺は心中でそうお願いをしながら、碧を安心させるために一緒にゲームを楽しむ。けれど、碧が心からの笑顔を見せてくれる事は無かった。それが、とても寂しかった。
〇 〇 〇
いつもの、光の制限された部屋。そこにある席は十三。埋まっているのは、八席のみ。残りの五席は空白だ。
「だいぶ数が減ったね」
一人だけ隣席が無い席に座っている者が、特に残念そうでもなく言う。
「まぁ、最後まで全員いるとは思ってなかったよ。仕方ないね」
「随分と薄情じゃねぇか大将。あんたがスカウトしたくせによ」
「意思の弱い子もいたからね。ツヴィリングなんて特にね。ああ、責めてる訳じゃないよ? あの子には荷が勝ちすぎちゃったんだ。まだ子供だし、仕方ないよ」
特に責める様子も、
「まぁ、それはそれとして。ヴァーゲ、進捗はどう?」
「十一本打ち込みました。あと一本はただいま進行中です」
「うん、良いペースだ。でも油断しないでね? 成功間近が一番気が緩むんだから」
「心得ておりますとも。同じ轍を踏むような失敗はごめんですからね」
「うんうん、良い心がけだよ」
満足そうに頷く。実際、ヴァーゲの働きには満足している。予定よりも早く事が進んでいるのだから。
上機嫌のまま、今度はレーヴェに尋ねる。
「そうそう、レーヴェ。クリムゾンフレアはどうだった?」
「容易に倒せるとは思えない。スコルピオンの本気の一撃を受けてあれ程戦えるとは思っていなかった」
スコルピオンは戦闘経験こそ少ないけれど、その実力は本物だ。スコルピオンの繰り出した技『
力を一点に集中しているので、ピンポイントに高威力の打撃を与えられ、巨大な岩すら砕く程の力を持つ。
それを食らっておきながら鼻血だけで済ませられるクリムゾンフレアの実力は侮れるものではない。
「ほうほう。君がそこまで言うだなんて、流石と言う他無いね、彼は」
「ああ。次があれば、是非とも戦いたい」
笑みを浮かべながら言うレーヴェ。穏やかな笑みだけれど、その目には確かな闘争の炎がともっていた。
やる気満々のレーヴェを見て、満足そうに頷く。
「そういえば、シュツェはどうしたんだい? あの子は脱落してないよね?」
誰か知ってる? と全員の顔を見て確認すれば、皆知らないと首を横に振る中、ヴァーゲだけが返答をした。
「シュツェはブラックローズを連れてどこかへ逃亡しました。そこから雲隠れですね。まったく連絡が取れません」
「は?」
ヴァーゲの報告を聞いた瞬間、一瞬にして声から熱が消える。
「え、何? あの子、ブラックローズを連れてったの? なんで?」
「さぁ? 彼女の考える事は分かりませんか――」
「ふざけんなッ!!」
ヴァーゲの言葉を遮り、怒鳴り声を上げる。同時に、周囲に無差別に高威力の魔力の波動を放つ。
アクアリウスはヴィダーを背に庇い水の防御壁で防ぎ、
レーヴェとヴァーゲは椅子に座ったまま、何事もないかのように微動だにしない。
皆が魔力の波動に対処している中、それを放った張本人はテーブルに拳を叩きつけて怒りで震えている。
「ふざけんなふざけんなふざけんなふざけんな。あの雌豚調子に乗りやがって。あれは私のだ。私の
拳を何度もテーブルに叩きつけた後、血走った目を皆に向ける。
「特別任務だよ。あの雌豚をとっ捕まえてお兄ちゃんをここに連れてきて。達成した者には特別ボーナスをあげるよ。さぁ行って」
突然の言葉と荒れように皆困惑しているけれど、そんな皆に向かって焦れたのか怒鳴り声を上げる。
「行けッ!!」
言われ、彼等は訳も分からぬまま部屋を後にする。
レーヴェはちらりと一瞥した後、けれど、何も言わずに部屋を後にした。
皆がいなくなった部屋で、しかし、ヴァーゲだけは残っていた。
「良いのですか? 素を見せてしまって」
多少落ち着いたのか、椅子に深く腰掛けてヴァーゲを見る。
「良いよ、後少しだから」
言って、懐からペンダントを取り出す。
ペンダントはロケットになっており、蓋を開ければそこには一枚の古めかしい写真が入れられていた。
そこに映るのは、幼い男の子と女の子だ。
「待っててね、お兄ちゃん。もうすぐ本当の私になれるから」
言って、愛おしそうにペンダントを胸に押し当てた。
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