第119話 その存在は

 碧に監禁されてから早二日。いや、俺が寝てた時間を考えるともう五日も経ってるのか。


 ともあれ、俺は何をされる訳でもなく快適に過ごしていた。


 朝は規則正しく起き、碧の持ってきた勉強道具で勉強をし、お昼は美味しいご飯を食べて、少し休んだらまた勉強。夕方になれば碧と一緒にゲームをし、お夕飯を食べてからこの部屋に隣接しているお風呂に入り、少し早めに就寝。


 うん、普通。学校に行ってるか行ってないかくらいしか違いが無い。後、部屋か出られるか出られないかも違いの一つか。


 そんな風に、昨日今日と過ごした。


 ベッドに寝ころびながら、呑気に欠伸あくびをする。けれど、ちゃんとこの状況については考えている。


 碧が無意味にこんな事をするとは思えない。いや、悪い方に天元突破したら分からないけど、あの碧の様子を見る限り何か理由があるはずだ。碧は良し悪しの判断を間違える様な子じゃない。これが悪い事だっていう事には気付いているはずだ。それでもそれを押し通すのは、碧にも譲れない何かがあるからだろう。


 俺としてはそれをちゃんと説明してほしいのだけれど、碧は話そうとはしない。勉強の合間や、ゲームをしてる時に尋ねたりはしているけれど、無視されたりはぐらかされたりする。碧が俺を無視する事なんて今まで無かったので、ちょっとだけショックを受けている。


 ともあれ、俺を無視するくらいには言いたくはない事なのだろう。


 碧が嫌がる事を俺もしたくは無いけれど、現状がずっと続くのも考えものだ。今は碧の好きなようにさせているけれど、ずっとこのままで良いとは思ってない。


 碧はバレないように誰とも連絡を取っていないだろう。深紅にも、花蓮にも、学校にも。それこそ、自宅にも。


 この家にもネットが繋がっていないし、俺のスマホも電源を落とした状態で保管してるはずだ。碧自身も、スマホを一切使ってないだろう。情報面で完全に外との繋がりを断っている。


 これじゃあ誰かに助けを求める事も出来ないしなぁ……。


 初日にメポルを呼んでみたけど、メポル出てこないし。どこ行ったんだろ、メポル。


「皆、どうしてるかなぁ……」


 デートは滅茶苦茶になっちゃったけど、乙女とは友達になれた。けど、それを知らないで深紅が攻撃していたらと思うと気が気じゃない。深紅に限ってそんな事はしないと思うけど、無いとも言い切れないんだよね。あいつ容赦無いし。


「脱出できる方法探さないとなぁ……」


 一番確実なのは手枷の付いた腕の切断だけど、そんな痛い事はしたくない。それに、そんな事をすれば碧の心にトラウマを植え付けてしまう事になる。それは望むべくところじゃない。


「後は外が俺を見付けてくれるのを待つとかだけど……」


 GPSも使えない。ネットも使えない。そんな状況で、果たして皆は俺を見付けられるだろうか? 


「どうしよっかなぁ……」


 寝っ転がりながらうんうん頭を悩ませていれば、気付けば眠りこけってしまっていた。この布団、家のよりふかふかだぁ……。


 ぐぅ……。



 〇 〇 〇



 碧が黒奈を連れ去ってから早くも一週間が経過した。


 あの後、俺はスコルピオンの毒の影響で意識を失い、目覚めた時には一日が経過してしまっていた。その時点で、碧を追うのは困難を極め、また、黒奈のスマホのGPSも反応を示さず、碧のスマホも応答は無い。痕跡をことごとく消しての逃亡に、碧がどれだけ本気なのかが窺える。


 俺は起きるや否や黒奈を探しに行こうとしたけれど、俺の見舞いに来ていた家族に強く止められたため、探しに行く事が出来なかった。


 黒奈の事は心配だけれど、家族を蔑ろにして良いわけでもない。家族には散々心配させているため、これ以上心配させる事もしたくはない。


 もし碧が俺の心理も織り込み済みにして行動していたのなら末恐ろしい。


 それに、毒が完全に抜けきっていなかったのか、俺の手足は若干の痺れが残っていた。これでは、碧と戦った時に支障をきたすたのと、医者と家族の強い勧めで二、三日入院をする事になった。


 その間はずっと焦燥に駆られ、気付くと険しい顔ばかりしていた。


「やぁ、深紅くん。随分と良い面構えじゃないか」


「仁さん……」


 入院中、俺がお世話になっている人がお見舞いに来てくれた。


 眼鏡をかけた誠実そうな青年。彼は、とある事件をきっかけに出会った人物で、名前を花河はながわじん。仁さんは俺と同じヒーローで、ヒーロー名はディフェンドだ。


 盾を扱うヒーローで、派手な戦闘は苦手だけれど、その分戦い方に遊びが無く、俺でも攻めきれない時があるかなりの実力者だ。


 仁さんは『真柴製菓店』と書かれた箱を棚の上に置いてから、パイプ椅子を開いて座る。


「これ、たちばなさんから。早く治せだってさ」


 橘さんとは、仁さんと出会うきっかけになった人物の事だ。本名、橘葉一よういち。刑事をしており、主にファントムやヒーロー絡みの特殊犯罪を担当している。因みに、仁さんも同じく刑事で、橘さんと同じ課に配属されているらしい。


 よれよれのスーツに気の抜けるような表情を顔に貼り付けてはいるけれど、その実抜け目なく、油断ならない人物だ。


「俺、甘いの苦手って知ってるでしょうに……」


 因みに、橘さんは甘党だ。俺をケーキバイキングに連れ出すくらいには甘党だ。仁さんもたまに被害にあってる。


「まぁ、橘さんなりの気遣いだろうさ。それよりも、体調の方はどうだい? 毒を受けたと聞いたけど」


「もう大丈夫です。熱で殆ど焼き尽くしていたので」


「君らしい荒技だね」


 俺の答えに苦笑する仁さん。俺、そんなに変な事言っただろうか?


「まぁ、君が元気そうで何よりだよ」


「ええ。もうばっちりです」


 身体の調子はすこぶる良好だ。毒気も抜けたし、もう問題は無い。


「退院したら、君はすぐにでも如月くんを探しに行くのだろうけど、場所は分かっているのかい?」


「なんで仁さんがそれを……」


 言いかけて、仁さんも刑事であることを思い出す。


 仁さんは、特に何を言うでもなく説明をしてくれる。


「今回はファントム絡み、それも、暗黒十二星座ダークネストゥエルブ絡みと来たもんだ。一応、僕の管轄内でもあるからね」


「そりゃあ、仁さんが関わってない訳無いですよね」


「ああ。という訳で、僕は目下調査中。そんでもって、今日は君のお見舞いも兼ねて事情聴取なんかできたらなと思ってたんだけど……」


「すみません。碧の行く当てに心当たりはまったく無いです」


「だよね。知ってたら深紅くん、血相変えて飛び込んで行ってそうだし」


「そんな事しませんよ……」


「本当かな? 聞くところによると、意識が回復した時物凄い暴れまわったみたいだけど」


「いや、暴れてませんよ……」


 抵抗はしたけれど。


 黒奈を探しに行くのは俺の決定事項だ。そして、黒奈を守るのは俺の役目であり、預かった・・・・使命だ。だから、俺が黒奈を助けに行くのは当たり前だ。


 意識が戻った俺は即座に碧を探しに行こうとしたけれど、警察の人や医者にも止められた。俺が行こうとすれば皆で俺を拘束するので、力尽くで全員ぶっ倒してでも進もうとしたところで、ちょうど見舞いに来た姉さんにひっ叩かれて冷静になった。


 断じて暴れてはいない。抵抗をしただけだ。誰だそんな人聞きの悪い事言った奴は。


「まぁ、君は何も知らないとは思ってたよ。なにせ、彼女の御両親ですら知らなかった事だ。本当に内密に進めていたんだろうね」


 両親にも、黒奈にさえも知られないように徹底していたのだろう。そんな徹底ぶりだったのなら、俺は知る由もない事だ。


 何せ、俺と碧は幼馴染というだけで、親しい友人という訳ではない。友人ではあるのだろうけれど、基本的に黒奈を間に挟んでしか会う事は無い。


 黒奈は俺と碧の両方と二人きりで遊ぶことはあるだろうけれど、俺と碧は二人で会うような事はしない。それくらいに、俺と碧の関係はドライだ。


 別段、碧が嫌いだとか、苦手だとか言うわけではない。けれど、俺達は互いに線を引いていた。


 碧が黒奈に対して並々ならぬ執着を持ち、黒奈を守ろうとしていた事に俺は気付いていた。俺も黒奈を守ろうとしているから、碧を見ていればその意思を感じとる事は容易かった。


 そして、それは碧も同じだった。碧も俺が黒奈を守ろうとしている事に気付いていたのだろう。


 同族嫌悪とはまた違うけれど、俺達は互いに深く関わらないようにしていた。


 碧と俺とでは、守る方向が違うと分かっていたから。


 碧と一緒にいても、その距離はずっと離れている。そんな俺が、碧の企みに気付ける訳が無かった。


「そう言えば、碧の御両親は?」


 マイナスの思考にふけっていても埒が明かない。とりあえず、俺は気になっていた事を仁さんに尋ねる。


「ああ。彼等なら、今は自宅で待機してもらっている。彼等もファントムだし、こう言ってしまうのは憚られるけれど、加害者の家族だからね」


「やっぱり、弓馬さん達も……」


 長年の付き合いがあるけれど、まったく知らなかった。弓馬さんと美弦さんがファントムだったなんて。


「これは、深紅くんにだから話すんだけどね」


 言って、仁さんは周囲を確認した。病室から少し出て、誰も居ない事を確認した後、扉を閉めて俺のところに戻ってくる。


「極秘事項だから、口外はしないでくれよ? まぁ、君の事だから心配はしてないけどね」


 そう前置きしてから、仁さんは神妙な面持ちで言った。


「実はね、ファントムなんて者は存在しない・・・・・んだよ」


「……は?」


 仁さんからもたらされた情報に、俺は思わず呆けた顔をしてしまう。


 だって、それじゃあ今まで俺達が戦ってきた相手って……いったい誰なんだ?


「僕も、初めは今の君のように混乱したよ。けど、これは紛れもない事実だ。ファントムなんて存在しない」


「じゃあ、ファントムっていったい……」


「彼等を、僕達は便宜上ファントムと呼んでいる。けれど、彼等の本当の名前はファントムなんかじゃない。彼等は――」


 一拍置いて、仁さんは少しの遊びを見せる事も無く真剣な表情で言った。


「――精霊だよ。君の契約している、アルクと同じ、ね」

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