第6章 幼馴染はファントム
第118話 監禁生活
「む、ぅぅ……」
ふかふかな感触と、寝起き前の独特な意識の浮遊感が、俺を起き上がらせまいと誘惑してくる。
む、むぅ……起きなきゃ……でも眠い。でも学校あるし、起きなきゃ……。ていうか今何時?
「うー……」
眠気に負けないようにしながらも、俺は枕元に置いているはずのスマホを探すために手を動かす。そのたびに、ジャラジャラと音が鳴る。
ん……? ジャラジャラ?
俺はその音に違和感を覚え、面倒だけれど薄っすらと目を開けて確認する。
俺の左手には手枷が嵌められており、その手枷に太い鎖が繋がっているようだ。その鎖が俺が手を動かすたびにジャラジャラなってたらしい。
「なんだ、手枷か……………………手枷!?」
なんだどころの騒ぎではない。普通の生活をしていれば手枷なんて嵌める事はまずもってあり得ないし、そもそも俺は寝る前に手枷を嵌めるような趣味は無い。
慌てて飛び起きれば、直ぐに自分が置かれている状況のおかしさに気付く。
「ここ、どこ……?」
周囲を見渡せば、そこは見慣れた俺の部屋じゃなかった。
木目調の壁と床、天井も同じだ。おしゃれなログハウスのような内装に、壁などに合わせて置かれた木目調の家具。見た感じはとてもおしゃれだ。
しかし、その景観を崩す俺の手枷から伸びた無骨な鎖。その鎖は部屋の角に伸びており、その鎖が繋がっている場所だけ木ではなく鉄で出来ている。一応木目調のシールを貼ってるみたいだけど、鎖がぶつかった音で分かる。
「なにここ……ていうか、俺なんでここに……」
自身の条状況を確認した後で、自分が眠る前に何があったのかを思い出す。
「――っ! そうだ、俺、碧にやられて……!!」
碧がファントムで、そんでもって
慌てて部屋から出て行こうと、この部屋に唯一ついている扉の方へと向かってドアノブを捻る。
けれど、堅い感触が返ってくるばかりで扉は開かない。どうやら鍵がかかっているようだ。
「鍵かかってる……!! 誰か!! 誰かいませんか!?」
どんどんと扉を叩いて部屋の外に声をかけるけれど、返事は返ってこない。
どうすれば……そうだ! この部屋には窓がある!
俺が寝ていたベッドの横に窓があった事を思い出し、俺はベッドの方へと引き返す。
しめられていたカーテンを開け、窓を開けようとして愕然とする。
窓の外には綺麗な海が広がっていた。けれど、問題はそこではない。窓のすぐ外に付けられた
「嘘……」
海、鉄格子、俺の知らない場所。俺の街に海は無いから、この状況を言い表せる言葉はただ一つ。
監禁。
しかも、状況的に考えてその相手は……。
「あ、起きたんだね、くーちゃん」
ちょうど、その張本人が現れた。
びくともしなかった扉を開けて現れたのは、俺の幼馴染であり、|暗黒十二星座(ダークネストゥエルブ)の一人である少女――
碧はいつもの姿をしており、片手にバケットと器に入ったシチューを持っていた。
「そろそろ起きるかなと思って
「おれ、そんなに眠っ……って、三日!? 俺三日も眠ってたの!?」
「うん。薬の調合間違えちゃった。てへっ☆」
「可愛く言って済ませられないよね!?」
「やーん、くーちゃんに可愛いって言われちゃった~」
「そこはどうでもよくない!?」
三日!? 俺三日も眠ったままだったの!? どうりで身体がちょっと痛いわけだよ!! 三日も眠ってたなら身体だって痛くなるよ!!
「……ていうか、状況的に考えて碧が俺をここに連れてきたって事で良いのかな?」
「うん、おふこーす。アタシがここに連れてきたんだよ」
にこっと笑顔で頷く碧。悪気が一切ないのか、その笑みに罪悪感の陰りはない。
その時点で俺は少し落ち着いた。
「そう。じゃあ碧、俺をここから出して。三日も家空けてたら、花蓮が寂しがっちゃうから」
「だ~め。くーちゃんはずっとここにいるの」
「そうもいかないよ。学校も行かなきゃいけないしさ」
「アタシが手続きして海外留学中って事にしとくから問題無いよ」
「それはずるしてサボってるみたいだから俺がやだよ」
「じゃあ二人の新婚旅行って事にしておこ~」
「碧はともかく、俺は結婚できる歳じゃないんだけど? ……とにかく、俺を家に帰してくれる? 花蓮とか、深紅とか心配するだろうし」
碧の物言いに少しだけ呆れながらも、俺はもう一度家に帰してくれと言う。しかし――
「駄目だよ」
――俺の言葉に返って来てのは、思いのほか強い否定の言葉だった。
先程の常のような笑みは消え、表情の消えた顔で俺を見る碧。
「なんでダメなの?」
「くーちゃんが危険だから」
「危険って何? 何が危ないの?」
「それはくーちゃんが知らなくても良い事だから。くーちゃんは大人しくここにいてくれれば良いの」
「それじゃ説明になってない。なにが危険か教えてくれないと、俺も頷きようが――」
「くーちゃんは黙ってここに居れば良いの!!」
俺の言葉を遮って、碧が怒鳴り声を上げる。
今まで聞いた事のないような声に、俺は思わず驚いて固まってしまう。
俺の様子を見た碧ははっとなって我に返り、取り繕うかのように持っていたシチューの乗ったお盆をテーブルの上に置いた。
「……ごめん、怒鳴って……。でも、くーちゃんのためだから。これだけは信じて」
それだけ言うと、碧は部屋から出て行った。扉からがちゃんと音が聞こえてきたので、しっかりと鍵はかけたのだろう。
あんなに取り乱した碧を、俺は初めて見た。何が碧をあんな風にしたんだろう……。よっぽど良くない事が起こっているのか、あるいはこれから起こるのか……。
「……なんも分かんないな。今はとりあえず……」
タイミングよく、くぅ~っと腹の虫が主張をする。
「腹ごしらえだ。うん、美味しそうなシチュー」
バケットをシチューに付けて食べる。匂い通り、とても美味しい。
それはそうと、しばらくはこのままだろうなぁ。
「花蓮、寂しがってないと良いけど」
シチューを食べながら、今後をどうするかを考えるけれど、あまり良い案は思い浮かばなかった。
〇 〇 〇
くーちゃんの部屋に鍵をかけ、アタシはリビングに向かう。
ここはアタシとくーちゃん
だから、
アタシはリビングに置いてあるソファに腰掛ける。そして、ソファーの前に置いてあるテーブルの上に置かれた少し大きな動物を飼うためのケージを見る。
「いい気味だね、メポル。ずっと前からケージの中が似合うと思ってたんだ」
「……メポルもいつか碧がやらかす日が来るとは思っていたメポ」
ケージの中にはくーちゃんの契約精霊であるメポルが入っている。メポルが深紅とかに場所を教えると面倒だから、こうして隔離しているのだ。ケージには魔法による転送ができないように細工をしてあるため、メポルはここから逃げられない。
「やらかすだなんてとんでもない。アタシはくーちゃんを守るために行動してるだけだよ。無能などこかの誰かさんとは違ってね」
「無能とは失礼だメポ。メポルも悩みに悩んだ末の事だメポ。それに、黒奈に自衛手段があるのは良い事だメポ」
「うん、それには同意するよ。でも、なんでよりにもよって魔法少女なの? あんた、くーちゃんの
「それについては以前も説明した通りメポ。精霊は、契約者の望んだ姿にしか変身させられないメポ。黒奈が魔法少女であることを望んだから、メポルは黒奈を魔法少女にしか出来ないんだメポ」
「なら契約を破棄すればいいでしょ? 自衛手段が危険を招く要因だなんて笑えないんだけど」
「けど、今まではなんともなかったメポ」
「そうだね。要はくーちゃんがブラックローズだってバレなきゃよかったんだからさ」
そう言った直後、アタシはケージに勢いよく拳を叩きつける。
ケージには魔法的防御が施されており、その程度ではびくともしないけれど、代わりにがしゃんと派手な音が鳴り響く。
「でももう結構な数の人にバレちゃったよね? 花蓮ちゃん、桜ちゃん、星空輝夜、ポスターモデルの時の撮影スタッフ、それに東堂詩織とかいうモデルに、果ては
「黒奈を守るのはメポルの
「甘いのよあんた。そんなんでくーちゃん守れると思ってるの? 深紅だってそうよ。くーちゃんを守るとか言っておきながら、全然くーちゃんを守れてない。自分の事で手一杯なくせに、くーちゃんを守るとか大口叩くなっての」
ここにはいない深紅の事を言いながら、アタシはケージから手を離して、少し浮かしていた腰を下ろす。
「深紅はともかく、あんたのその体たらくには怒りを通り越して呆れさえするわ。あんたはくーちゃんの事情を知ってるくせに、なんでそんなに甘いの? アタシが
「それについては申し開きも無いメポ。やつら、恐ろしい速度で作業してて、こっちに情報が回ってきた時にはすでに手遅れだったメポ」
「……本当に、なんであんたがくーちゃんの護衛をやってるのか、理解に苦しむわ」
心底呆れたような目をメポルに向ければ、メポルは少しだけ申し訳なさそうにする。
「まぁ良いわ。あんたも大人しくしてて。そうすれば悪いようにはしないから」
「言われなくとも、メポルは大人しくするメポ。メポルは防御魔法は使えても、攻撃魔法はへたっぴメポ」
「……あんた本当になんで護衛やってる訳?」
「メポルも分からないメポ」
「はぁ……呆れた」
本当に、心の底から呆れるわ。
アタシはソファから立ち上がると、キッチンへと向かう。そろそろくーちゃんもご飯を食べ終わる頃だろう。デザートを持って行かなくては。
冷蔵庫を漁りながら、デザートは何にするかを考える。
大丈夫、安心してくーちゃん。くーちゃんは絶対にアタシが守るから。
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