第117話 アタシの宿命
乙女を降ろしてベンチに座らせ、俺もその横に座る。
「大丈夫?」
「ええ。魔力切れでちょっと気持ち悪いけど……」
少しだけ顔を青くしながらも、それ以外に痛めたところは無いようで安心する。
「良かった、何ともなくて」
「お陰様で、あんたが
「やっぱり、友達だからさ。攻撃できなかった」
「それじゃあ私が友達でも攻撃するみたいになるんだけど?」
「え、違うの?」
「違っ……わないわね、この状況だと……」
ずーんと項垂れる乙女。
「……あんたの言う通りよ」
「え?」
「安易な方に逃げたって話。あんたの、言う通りだわ」
項垂れたまま、乙女は続ける。
「和泉くんが私に脈が無いって気付いた時、私、告白するのが凄く怖くなった。今までだってずっと怖かったけど、それ以上に怖くなったの。だから、無理矢理……」
顔を上げて、苛立ったように頭をガシガシと掻く乙女。
「あー、もう!! 本当に安易な方選んだわ! あの美針が和泉くんに勝てる訳無いし、私だってあんたに勝てる訳無かったのにさ!!」
はぁと一つ溜息を吐いて、園内を見渡した後、優し気な目をして俺を見る。
「あんたが攻撃しなかったのも、当たらない魔弾を全部撃ち落としてたのも、ここを壊さないためでしょ? だって、あんたが本気で戦ったら、私なんて相手にもならなかったはずだし」
俺は乙女の言葉を否定しない。このニャンニャンパラダイスを守るために乙女の攻撃を受け続けたのは本当の事だから。
それに、本気で戦ったらってところも否定するつもりは無い。撃ち合いならガンスリンガー・ローズの魔法やブラスター・ローズの魔砲を使って戦えばすぐに終わった。それくらい、乙女の戦い方には稚拙さがあった。ともすれば、力技で倒せると思えるほどだ。
「まぁ、遊園地は楽しむ場所だからね。壊れちゃったら、嫌だし。それに、乙女の初デートの場所が壊れちゃったら、悲しいし」
「ちょっ……あんた、よくそんな恥ずかしい事言えるわね……」
俺の言葉に顔を赤くして照れる乙女。
「だって本当の事だし」
「む、むぅ……」
むぅと唸るも、特に何も言い返してこない戦さん。顔が赤いからまだ照れてるのだろう。
「あっ、ああ、そうだったわ! 一個大事な事忘れてたわ!」
誤魔化すように声を上げて立ち上がる乙女。
「これ、憶えてるでしょ?」
そう言って見せてきたのはいつぞやのボイスレコーダーだ。あの時の俺の白状ボイスが入ってるやつだろう。
「うん、憶えてるけど……」
「これには、あんたの白状した時の声が入ってるわ。それを……せいっ!」
ボイスレコーダーを両手に持った乙女は、ふんっと力を込めてボイスレコーダーを真っ二つに折る。
「えっ、何してるの!?」
突然の奇行に驚いていると、乙女はなけなしの魔力を使って真っ二つになったボイスレコーダーを魔弾で粉々にする。
「あぅ……」
魔力切れしている時に魔弾を使ったから、ふらりと倒れそうになる乙女を、俺は後ろから支える。
「大丈夫?」
「ええ。うおぇっ……」
吐きそうになったのか、口元を手で覆う乙女。
多分、さっきのは白状ボイスを消したって意味なんだろうけど……。
「なにも壊す事無かったのに……」
「いーのよ。あんな物もう必要無いし」
そう言った乙女の表情はやけに清々しく、胸のつっかえが一つ取れたような顔をしていた。
「……ねぇ、黒奈。こんな事、私が言えた義理じゃないのは分かってるけどさ」
言いづらそうにしながらも、乙女は少しの間を置いてから絞り出すようにその言葉を口にした。
「……あの、私と、友達になってくれる?」
「うん、良いよ」
「……こっちが勇気振り絞って言ったのに軽いわねあんたは……」
「俺も友達欲しいと思ってたし、丁度良いかなーって思ってさ」
「丁度良いって、あんたねぇ……」
「ふふっ、嘘だよ。乙女とはもうとっくに友達だと思ってたからさ。今更過ぎて他に何も言う事が無いだけ」
「それもそれでどうなの? 私あんたを脅してたのよ?」
「そんなの関係なーい。……それに、いずれは皆に教えなくちゃいけない事でもあるしね。考える良いきっかけになったと思えば、そう悪い事でも無いよ」
「あんたねぇ……ちょっと人が
「大丈夫、相手は選んでるから」
誰にだってこんな事言わない。友達だから、もう終わった事だからって済ませられる。
「それにしたって、あんたはもっと怒って良いと思うけど……」
「じゃあ怒ってほしいの? こらっ、もうやっちゃダメだよ?」
腰に手を当ててぷんぷんと怒ってみれば、乙女は呆れたように俺を見る。
「子供扱い受けてる気分だわ、それ……」
「ふふっ、嫌ならもうやっちゃダメだよ?」
「うっ……分かってるわよ。もうしないわ、こんな事……だって、友達だし……」
「友達じゃなくてもしちゃダメだけどね」
「わ、分かってるわよ! しないわよ、もうっ!」
ぷいっとそっぽを向く乙女。ちょっとからかい過ぎちゃったかな?
「ふふ、ごめんごめ――」
「やっぱり、バレちゃってたのか」
戦さんに謝ろうとしたその時、誰かの声が遮る。
二人とも誰かが近付いてきているとは思わなくて、驚いて声の方を見る。
そこには、俺も戦さんも知る人物が立っていた。
「え、なんでここに……」
「うん、戦がちょっと怪しいなと思って着けてきたの。そしたら、案の定だよ」
「――っ! 違うの! 乙女はファントムだけど、敵って訳じゃ――」
「違うよ、そっちじゃない。そっちはどうでも良い」
乙女がファントムである事に対しての言葉と思い乙女を擁護しようとしたけれど、どうやらそうではなかったようだ。
「アタシが言いたいのはね、
言って、
咄嗟に、俺は乙女の前に立つ。
けど、動揺しない訳じゃない。なんで、碧が弓なんて……それに、乙女の正体がファントムだってわかって、どうして動揺しないの?
「浅見、あんた……初めから知ってたの?」
俺の後ろから顔を出して、乙女が碧に問う。
「うん、知ってたよ。だって幼馴染だもん。知ってるよ、くーちゃんがブラックローズだって」
碧が普段と打って変わって静かな声音で言う。
「そう。じゃああんたは、あえて報告しなかったって事で良いのね?」
「うん、そうだよ。アタシの願いは……アタシの望みはただ一つだから」
直後、碧の身体を魔力の奔流が包み込む。
そして、魔力の奔流が晴れれば、そこには一人の
碧色を基調とした服を着て、目元に影を差すつばの広い帽子をかぶり、黒の胸当てをして腰に矢筒を添えた一人の少女。
「う、そ……」
思わず漏れた声。その声に、射手の少女は静かに返す。
「ううん、嘘じゃない。アタシは、
碧……いや、射手座のシュツェは言って、番えた矢を放つ。
「フォルムチェンジ!! プロテクション・ローズ!!」
咄嗟の事だ。迎撃は出来そうにない。だからこその防御。
大盾二枚を持つ鎧の少女になった俺は放たれた矢を大盾で受け止める。
「……碧……っ!!」
「どいて、くーちゃん。その子、排除しないと」
「排除って……仲間じゃないの!?」
「仲間? ううん、違うよ。戦とはただの行きずり」
「だからって! 排除するだなんて!!」
「分かって、くーちゃん。これはくーちゃんを守るためなの」
「守る? 私を?」
戦さんを排除する事が俺を守る事につながるの? いったい、どういう事なの?
「ねぇ、お願い碧! ちゃんと一から説明して!」
「うん、後で説明するね。とにかく、早くその子を排除させて?」
「……っ!」
ダメだ。今の碧には話が通じない。一度落ち着かせてから…………。
「……っ、あ、れ……?」
不意に、身体から力が抜ける。それに、なんか、眠い……。
「ようやく効いてきたね。安心して、眠くなるだけだから」
「な、にを……」
「アタシの矢。ちょっと、かすっちゃったね」
言って、碧は俺の膝辺りを見る。そこは、鎧と鎧の隙間がある場所。そこから、いつの間にか血が流れていた。
「一発だと思って油断したね。ダメだよ、次も考えなくちゃ」
……多分、俺が盾を開くのを分かっていて一矢放った後にもう一矢放っていたんだ。かすり傷程度だったから、気付かなかったのか、それとも矢じりに何か他に塗られていたのか。
そんな事を考えている内に俺の意識は落ちていく。
「お休み、くーちゃん」
最後に、間近にそんな声が聞こえてきて、俺は意識を失った。
〇 〇 〇
変身の解けたくーちゃんを抱きかかえ、アタシは一安心する。
これで、第一目標はクリア。後は……。
「あんた、黒奈になにしたの!!」
ベンチから立ち上がり、アタシを睨みつけるユングフラウ。
「眠ってもらっただけだよ。まぁ、貴女にもすぐに眠ってもらうけど」
今のユングフラウであれば、くーちゃんを抱えていても問題なく排除できる。
ユングフラウに右手を向ける。腕には隠し弓が仕込んである。これだけでも、十分に――っ!!
突如飛来する炎の弾をアタシは咄嗟に後方に退避しながら躱す。が、退避した先にすでに回り込まれていた。
「お姉様を……返すのじゃ!!」
蠍の尾をアタシに向けてくるのは、蠍座のスコルピオン。
けど、お生憎様。貴女の攻撃は通用しない。
尾をひらりと避けて、更に距離を取る。炎が飛んできたって事は、あいつがいるって事だからね。
「……やっぱり来たね」
いつの間にかユングフラウの前に立っていたのは、炎の化身クリムゾンフレア。アタシの、二人目の幼馴染。
体中から熱気を放ち、明らかに怒り狂っているクリムゾンフレアを見て、少しだけ意外感を覚える。
「二度は言わない。よく聞け」
余裕のない、怒気を込めた声音でクリムゾンフレアは言う。
「そいつは俺の大切な幼馴染だ。返せ」
「ダメだよ、渡せない。アタシにとっても大切な人だから」
クリムゾンフレアの言葉を当然拒む。当たり前だ。くーちゃんを守るためには、誰にも渡すわけにはいかない。
「なら力尽くで――」
「ま、待って和泉くん! 黒奈を持ってるの、浅見なの!」
「…………なんだって?」
一瞬、怒気が無くなる。が、直ぐにその怒気が再燃。
「なら、なおさらだ。碧、黒奈を返せ」
「ダメ。深紅じゃくーちゃんを守れない」
「返せって言ってんだよ!!」
「やだ」
怒声を上げるクリムゾンフレアは珍しい。そこまで取り乱してるって事だろう。
「……ならやっぱり力尽くだ」
「それでも良いけど、今の深紅でアタシに勝てると思ってる? スコルピオンの毒が効いてそうだけど」
「――っ」
図星なのだろう。スコルピオンは弱いけれど、その毒性だけは本物だ。それを真正面から受けたのだから、鎧に傷が無くても呼吸によって毒素は体内に入り込んでしまっているだろう。
見たところ、全員フルコンディションじゃない。戦えば勝てるけど、全てが終わる前にくーちゃんが起きても面倒だ。一度目は当てられたけど、二度目は無いだろう。最速のクーちゃんをアタシの矢で捉えるのは至難の業だから。
「……今日は、いったん退くね」
「なっ、待て!!」
「やだよ」
クリムゾンフレアの静止の声を無視して、アタシはこの場から撤退する。今はクーちゃんを安全な場所に移さなきゃいけないから。
「待てよ碧!! 碧ぃぃぃぃぃぃぃいいいいいいいいいいいいッ!!」
クリムゾンフレアが叫ぶ。負えない程身体に毒が回っているのだろう。ここの被害を気にしなければアタシと戦えたっていうのに……本当に、甘いね。あんたも、くーちゃんも。
クリムゾンフレアの怒号を背に、アタシはくーちゃんを連れて撤退する。
「安心して、くーちゃん。今度こそ、今度こそアタシがくーちゃんを守ってみせるから」
眠っているくーちゃんに言い聞かせて、アタシは飛ぶ。
大丈夫。何が来ても、何が相手でも、アタシは、絶対にくーちゃんを守る。それが、アタシの使命であり宿命だから。
だから、アタシの邪魔をするのが幼馴染であっても許さない。
次にアタシの前に立ちはだかったら、容赦しないから。クリムゾンフレア。
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