第116話 プロテクション・ローズ
普段であれば人でごった返すであろう園内に、今や人の気配は無い。それもそのはずだ。今や園内では魔法少女とファントムの戦闘が繰り広げられているのだから。
「くっ、この!!」
ユングフラウの魔弾が飛来する。その魔弾を、自分の魔弾で撃ち落とす。
近接戦では捌きにくいと判断したため、少し前から俺はガンスリンガー・ローズにフォルムチェンジしていた。
二丁拳銃で正確にユングフラウの繰り出す魔弾を撃ち抜く。
「こん、のっ!! なんであんたそんなに強いのよ!!」
「場数踏んでるからね」
とはいえ、俺は防御に徹するしかないし、数というのはそれだけで暴力だ。余裕ぶってもいられない。幸いなのは、ユングフラウが戦闘に関してはまるで素人だという事だ。攻撃に捻りが無いため、迎撃がしやすい。
ユングフラウの魔弾を正確無比に捌けば、ユングフラウは悔しそうに、妬むように顔を歪める。
「そんなにっ……そんなに力も持ってて! 友達だっていて、人気もあって! モデルやって魔法少女やってチヤホヤされて……!! 私には無いものいっぱい持ってるのに、なんであんたは和泉くんの心まで掻っ攫っていくの!?」
深紅の関心を俺が奪ってはいない……とは、多分言ってはいけないのだろう。深紅が俺を気にかけているのは事実だし、深紅が事あるごとに俺を案じてくれているのも事実なのだから。
初めてのモデル撮影の時だって、俺のために仕事を受けてくれたし、この間の撮影の時だって忙しい合間を縫って俺に会いに来てくれた。いつも頼ってばっかりだと分かってはいたけれど、最近になって俺の事を見ていてくれた事が良く分かった。
「深紅が私に関心を向ける理由は、正直分からない。ただ……」
一瞬、あの人が脳裏によぎる。
その一瞬、俺の反応が遅れる。
「――っ!!」
反応が遅れた分、俺に魔弾が襲い掛かる。
迎撃は間に合わない……!!
咄嗟に腕を交差させて防御の構えを取る。けれど、その防御を易々と破って魔弾は俺に直撃する。
「――きゃあっ!」
衝撃によって、大きく後方へと飛ばされる。
ごろごろと転がって衝撃を殺しながら立ち上がる。
戦いの素人とは言え、魔弾に込められた魔力量は相当なものだ。一発一発の威力が大きい。
魔弾が直撃したところがずきずきと痛む。
でも、俺に当たったなら良い。俺以外に当たっていないなら良い。
「……」
ユングフラウが訝し気に俺を見る。そればそうだ。先程まで完璧に防いでいたのが、急に隙を見せて被弾したのだから。けれど、ユングフラは訝しみながらも魔弾を撃ちだす。
ユングフラウの魔弾を捌きつつ、俺は先程の話の続きをする。
「……深紅は、律義に何かを守ってる」
それは約束かもしれない。それは意思かもしれないし、誰かの遺志かもしれない。呪縛で無い事は、ずっと祈っているけれど……。
深紅が、何を律義に守り続けているのかは分からない。けど、深紅は義理堅くて、こうと決めたら聞かなくて、それをすると決めたら貫き通す意思の強さがある。
けど、深紅が守ってるのはそんなたいそうなものだけではない。
「深紅は、私を守ってる。それは否定しない。けど、深紅は私だけを守ってない。深紅は、もっといろんなものを守ってる。その中には、もちろん君だって居たの、戦さん」
深紅は、色んなことを守ってる。
うん、知ってるよ。深紅が約束を破らない事も。女子に告白されても律義に全部出向いて答えを言ってあげてることも。友達と遊ぶときも皆の意見を織り交ぜて少しでも皆が楽しめるように考えてることも。
深紅は完璧超人じゃないけど、最善を尽くす人だって知ってるよ。
「言ったよね、深紅は私の顔を立てるためにデートの誘いを受けたりしないって」
「それが何よ……」
「深紅はね、戦さんがデートの誘いをする時、私の事なんて考えてなかったよ。だって、目の前には戦さんしかいなかったんだから。目の前にいる人を差し置いて、他の人の事を考える様な不誠実な人じゃないよ。相手が告白するかもしれないって時なんだから、なおさらだよ」
「だから、それが何よ!! じゃあなんで和泉くんは私とのデートなんて承諾したのよ! 接点も無い! 魅力だってあんたに劣る! あんたを脅して、誰かに発破かけて貰えなかったデートにも誘えないどうしようもない私なんかとどうして!!」
あぁ、本当に……
「そんなの、戦さんが深紅をデートに誘おうって頑張ってたからに決まってるでしょ!!」
戦さんを正面から見据えて声を上げる。
「少なくとも、深紅は戦さんがオシャレを頑張っているのを知ってる! それが自分とデートをするために頑張った結果だって分かってる!! 自分とデートをするためにそこまで頑張ってくれる子を無碍に扱う程、深紅は不誠実じゃない!!」
「なによ、それ……そんなの、ただの哀れみじゃない!! あんなに頑張ったのに、私は哀れみでデートしてもらってたって事!?」
「違う!! 深紅だって嬉しかったはずだよ!! 絶対に哀れみなんかじゃない!!」
「なんであんたがそんな事断言できるのよ!!」
「自分のために頑張ってくれた事が嬉しいからだよ!! 誰だってそうでしょう!?」
「――っ!!」
戦さんの魔弾がぶれる。俺には当たらない軌道。でも、俺は撃ち落とす。
「深紅は嬉しかったんだ!! 戦さんが自分とデートに行くために頑張ってくれた事が!! そんなの、誰だって嬉しいに決まってるでしょ!!」
誰かが自分とデートをするためにオシャレをしたり、髪型を変えたり、努力をしてくれるのを嫌がる人なんていない。深紅じゃなくたって嬉しいと思うはずだ。
「戦さんが本気だって分かってたから、深紅だって本気で返すんだ!! だからデートにだって来た!! 戦さんの気持ちに答えるために!!」
俺は戦さんを見据える。戦さんの顔に動揺が現れる。
「深紅の気持ちから……自分の気持ちから逃げたのは戦さんの方だよ!! 深紅が自分に気が無いのが分かって、戦さんは自分から安易な方に逃げ出したんだ!!」
「だって……だって仕方ないでしょう!?
「仕方ないで自分の気持ちから逃げて、深紅の気持ちも踏みにじるの!?」
「うるさい! うるさいうるさいうるさい!! あんたには分かんないわよ!!」
魔弾の威力が増す。数も、速度も、先程の非ではないくらいに増している。二丁拳銃じゃ捌き切れない。
……なら、受け止めるよ。全部、全部受け止める。
「確かに、私は恋をしたことが無いから、戦さんの気持ちは分からない。失恋する怖さも、デートに誘う怖さも、何にも分かんない。でもね」
二丁拳銃を下げる。魔弾が迫る。
「戦さんが本当に深紅を好きだって気持ちは分かってるよ」
――フォルムチェンジ。プロテクション・ローズ。
黒色の光が俺を包み込む。そして、一瞬で俺の姿を別のものに変える。
魔弾の嵐が俺に直撃する。
「……あっ」
戦さんが声を漏らしたのが聞こえる。うん、知ってるよ。大丈夫だから。ちゃんと、分かってるから。
両手に持った身体を覆い隠すほど大きな盾を振る。そうすれば、魔弾が弾けた事によって広がった魔力の煙が周囲に押し広がって霧散する。
魔力の煙から現れたのは、全身を重厚な黒の鎧で覆ったブラックローズだった。そして、両手には大きな盾を半分に割ったような形状をしている盾を持っている。
プロテクション・ローズ。防御特化のフォルムである。
「来なよ、戦さん。全部受け止めるから」
「――っ!! 後悔したって、知らないんだからっ!!」
俺の言葉に、戦さんは全力全開で魔弾を撃ちこんでくる。
それを、俺は両手に持った盾で防ぐ。
その場から動かず、じっと戦さんの放つ魔弾を受け止める。
物凄い衝撃が連続して盾を叩く。けど、耐えられない訳じゃない。いや、耐えなくてはいけないのだ。
暫く耐えていると、一瞬、魔弾が止む。けれど、それで攻撃が終わった訳ではない。
戦さんが右腕を左腕で掴む。そして、右腕を天へと掲げる。掲げた右手の少し先に、魔方陣で形成された超巨大な砲身が現れる。
砲身が俺に向けられる。
まずい! この場所で受けちゃダメだ!!
俺は空に浮く戦さんに向けて飛び出す。飛び出す俺に向けて、戦さんは魔砲を放つ。
「
放たれる、極光。
両手に持った盾を合わせて一枚の大きな盾を作る。
「
黒の
黒薔薇の壁と魔砲の極光がぶつかる。
「う、うぅぅぅぅぅぅぅっ!!」
「はああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
お互いの魔力が衝突しあい空中で小規模な魔力爆発が起こる。
魔力爆発によって生まれた衝撃波は全て黒薔薇が飲み込む。戦さんの必死の一撃を、
「……なによ、それ……」
渾身の一撃を防がれた戦さんは気の抜けた声を出して、ふらりと身体を倒れさせ、重力に逆らう事無く地面に落ちていく。
「――っ! 戦さん!!」
俺は慌ててフォルムチェンジを解き、戦さんの元へと飛ぶ。プロテクション・ローズは頑丈だけど、速度が極端に下がるのだ。
最速で戦さんの元へと向かい、墜ちる途中の戦さんを優しく抱き留め、そのまま地面に降りる。
魔力切れの症状があるけど、特に大きなけがとかはしてないし、命に別状もなさそうだ。
その事にほっとしながらも、そっぽを向く戦さんに、厳しいだろうけれど俺の本当の気持ちを更にぶつける。
「……深紅を馬鹿にした事もそうだけど、私は戦さんが自分を卑下した事にも怒ってるんだ」
ちらりと、視線だけ俺に向ける戦さん。
「戦さんは、深紅がデートしたいって思うくらい魅力的になったんだよ? だから、魅力的になった自分にもっと自信を持ってほしい。今日の戦さんは……ううん、好きな人のために頑張ってた戦さんは――」
ちゃんと目を見る。戦さんも俺の目を見る。
だから、俺は俺の素直な気持ちを伝える。
「――とっても、綺麗なんだから」
俺がそう言えば、戦さんは目を見開いた後、苦笑いをする。
「……ほんと、あんたには敵わないわ……。ありがとう、
「――っ。……ううん、私こそ、きつい言い方してごめんね、
「……ちょっとこっ
「乙女が言ったんじゃん」
「ふふっ、そうね……」
顔を合わせ、おかしそうに俺達は笑いあう。
こんな時だけど、ようやく俺達は友達になれた気がした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます