第127話 蟹座のクレブスちゃん

 翌朝。今日も今日とて黒奈を探しに出る。


 朝食を食べて家を出ようとした時、戦さんからメッセージが届いていた。


『戦力追加したよ。浅見家に来られる?』


 戦力? シュティアの事か?


 シュティアは一昨日に俺が倒したので、戦さんと蛛形さんと同じで脱落組でもある。でも、シュティアだったらそう言うだろうし……。


『分かった。今から向かう』


 ひとまず、俺は浅見家に向かう事にした。


 浅見家に向けてバイクを走らせる。と言っても、我が家と浅見家はそう離れていないので、バイクを走らせればすぐに到着する。


 だだっ広い駐車場にバイクを停めてから、浅見家にお邪魔する。


 場所は蛛形さんが寝泊りしている部屋なので、迷う事無くそこへと向かう。


 インターホンを鳴らして部屋に招き入れて貰い、俺はお邪魔しますと言ってから部屋に入る。


 室内には蛛形さん、戦さん、シュティアに、もう一人少女が居た。


 フリフリとフリル過多な衣服に身を包み、手には可愛らしいうさぎの人形を持っている。いわゆる、ゴスロリファッションという奴だろう。蛛形さんも同じような恰好――ただし、蛛形さんはピンク色――をしているので、見慣れてしまった感じはするし、なんだか魔法少女っぽい格好だとも思うので、あまり違和感は無い。


「おはよう。えっと、戦力追加って言われて来てみたんだけど……良かったよ、元気そうで」


「けっ! ぶっ倒された上に、手加減された相手に言われると嫌味にしか思えねぇよ」


 俺がシュティアに声をかければ、シュティアは不満げに言いながらついっとそっぽを向く。


 手加減した事バレてる……。まぁ、それについては弁明はしない。手加減した事は事実だし、俺は女の子相手に本気で戦うようなことをするつもりも無い。顔に怪我とか負わせちゃったら大変だしな。


「シュティアも、手伝ってくれるって事で良いのかな?」


「……負けちまったからな。勝者の言う事には従うしかねぇだろ」


「いや、別に強制するつもりはないけど……」


 それに、俺はシュティアに協力を申し出てはいない。まぁ、手伝ってくれるなら、それはそれで助かるけども。


「ありがとう。手伝ってくれるなら、助かるよ」


「けっ……」


 つーんとそっぽを向いたまま、シュティアはお菓子を食べ始める。どうやら、もう話す事は無いらしい。


「それで、そこの子だけど……このメンツ的に言って、ただの一般人って事は無いんでしょ?」


「ご名答ですわ! この子は私の友人にして暗黒十二星座ダークネストゥエルブが一人! かに座のクレブスちゃんですわ!!」


「……ども」


 蛛形さんが紹介し、ゴスロリ少女――クレブスが少しだけ頭を下げる。


「どうも初めまして、和泉深紅です。よろしくね」


「……よろしく」


「クレブスちゃんも私達の味方になってくれましたわ! これからはお姉様の捜索に協力してくれるそうですわ!」


「そうなんだ。ありがとう。少しでも人手が欲しかったんだ。手助けしてくれるなら、凄い助かるよ」


「……いえ」


 人手が増えるのは素直にありがたい。人探しで数に勝るものは無いからね。


「でも、一つ聞いて良いかな? どうして手伝ってくれる気になったんだい?」


「……」


 クレブスは俺の問いに少し考える様子を見せた後、隣に座る蛛形さんをちょいちょいと呼びよせ、耳元でこしょこしょとなにやら内緒話を始めた。


 どうしたのだろうと思っていると、蛛形さんがふむふむと頷いている。


「なるほどなるほど……ほう、ほうほうほう……ふむふむ…………分かりましたわ! 和泉さん、クレブスちゃんは暗黒十二星座ダークネストゥエルブに愛想が尽きたらしいですわ!」


「というと?」


「なんだか、うちのボス・・が突然癇癪を起したらしく、それに愛想を尽かして逃げてきたらしいですの」


 ボス。やっぱり上がいるのか。


「え、あの人癇癪起こしたの? 以外だわ。私が言うのもなんだけど、会議の時に好き勝手話しててもまったく怒った様子も無かったのに」


「だな。オレもちょっとびっくりした。……ていうか、それで辞めて良いならオレもそうすりゃ良かったわ……」


 自由に自身の所属しているチームを辞めているクレブスを見て、シュティアは落ち込んだように肩を落とす。


 そんなシュティアに深紅は苦笑をする事しか出来ない。


「……元々、自由意思で集まった。……抜けるのも、また自由」


「そうだけどよぉ……一応、俺達も賛同したんだから、こう……義理立てっつうの? そんなんあるじゃんかよ」


「……特に、無い。……向こうも明かしてない事、多い。……立てる義理、無し」


「……まぁ、お前はそういう奴だよな。ドライっつうか、冷めてるっつうか……」


「今はそんな事どうでも良いですの! 今一番大切なのは、黒奈お姉様を見つけ出す事ですわ!」


「そうね。ひとまず、手伝ってくれるならそれに越した事は無いわ。そこら辺の事情は後で良いから、今は黒奈を探しましょう。和泉くんも、それで良い?」


「ああ、大丈夫だ」


 本心を語るのであれば、暗黒十二星座ダークネストゥエルブのトップの事も気になるし、彼等が何を目的として集まったのかも気になる。


 けれど、それらの事情は後ででも良いだろう。戦さんの言う通り、今は黒奈を見つけ出す事が先決だ。


 ひとまずこの疑問は後回しにして、俺達は黒奈捜索のために動き出した。



 〇 〇 〇



 このままで良い訳ではない事は、アタシも分かっている。


 くーちゃんのためのお夕飯を作っている間、そんな事ばかり考える。いや、お夕飯を作っている間だけではない。お風呂に入ってるとき。トイレにいるとき。寝るために布団に入っているとき。お買い物をしている時。一人の時間に、必ずそんな事を思う。


 このままがくーちゃんのためにならない事は分かっている。分かっている、けれど……。


「いたっ……」


 料理中に違う事を考えていたからだろう。手元が狂い、包丁で指を少しだけ切ってしまう。


 くーちゃんの料理にアタシの血が入ってしまうのはいただけないので、調理を中断して傷口を水で洗う。


 ここまでした。けど、ここまでしか出来なかった。


 不安になる。くーちゃんを奪われてしまうんじゃないか。そう思えてならない。


 もう一回奪・・・・・われている・・・・・。もう二度と奪わせはしない。くーちゃんから、くーちゃんの大事なものを奪わせたりはしない。


 そう意気込むけれど、不安は拭えない。


「はぁ……アタシが弱気になってどうすんだ……」


 ぱしぱしと頬を叩き、気持ちを切り替える。


 ひとまず指先に絆創膏を貼って、料理を再開する。


 今日はくーちゃんも大好きな生姜焼きだ。くーちゃんは何を食べても美味しいと言ってくれるので、自分の料理が本当に美味しいのかちょっと不安になる事もあるけれど、くーちゃんは嘘を吐かないので、アタシの料理は上手くできているはずだ。


 料理を作り終わると、アタシは料理をお盆に乗せてくーちゃんの部屋に向かう。


 こんこんこんっと三回ノックをする。


「くーちゃーん。入るよー!」


「はーい」


 部屋の中からいつものくーちゃんの声が聞こえてくる。


 くーちゃんの声音は、いつもとまったく変わらない。ここに来てから、ずっと……。


 急に連れてこられて怖いはずなのに。困惑してるはずなのに、アタシにかける言葉はいつも通り優しくて……。


 扉を開けて、部屋に入る。


 くーちゃんはテーブルの前に座ってケータイゲームをしていた。一緒にストーリーを進めるゲームは一緒にやりたくて我が儘を言ってしまってるけれど、一人で出来るゲームは許している。


 ……許しているって、何様……。


 自己嫌悪に苛まれながら、アタシはそれを表に出さないように笑みを浮かべながらテーブルにお夕飯を置く。


「今日はくーちゃんも大好きな生姜焼きだよー」


「おー! 凄く美味しそう!」


 にこにこと嬉しそうに笑みを浮かべるくーちゃん。うん、可愛い。


 けれど、くーちゃんは何故だか笑みを引っ込めてから、アタシのひたいに手を当てる。


「え、な、なに?」


「んー……いや、顔色悪いから具合でも悪いのかなって思ってさ。でも、熱は無いみたいだね、良かった」


 顔色……。言われて、アタシは部屋に置いてある鏡を見た。けれど、特にいつもと変わりはない。いつも通りの、アタシのはずだけど……。


「大丈夫だよ。別に、体調悪く無いし」


「そお? 良かった。体調悪い時は無理しちゃダメだよ?」


「――っ」


 良かったって……無理しちゃダメって……。


「え、ど、どうしたの?」


 気付いたら、涙が溢れていた。


「ご、ごめんね……大丈夫だから……っ」


 涙を拭いながら、アタシは一回部屋を出ようとする。ダメだ。こんなアタシ見られちゃいけない。くーちゃんをここに閉じ込めて、どうして泣き顔を晒せるんだ。


 けれど、くーちゃんはそんなアタシの手を取って、ゆくりと自分の方に引き寄せた。


 くーちゃんはアタシを優しく抱きしめて、ぽんぽんとゆっくり背中を叩く。


「碧。もう無理だって思ったら、ちゃんと話してね。それはまでは、俺も付き合うから。……ふふっ、これで俺も共犯だね。怒られるときは一緒だ」


 ふふっと何がおかしいのかくーちゃんは笑う。


 おかしくなんてない。だって、悪いのは全部アタシなんだから。怒られるのも、罰を受けるのも、全部アタシなんだ。なのに、くーちゃんは一緒に怒られると言って笑う。


 なんで? なんでそんなふうにいられるの? くーちゃんは怒ったって良いんだよ? ていうか、怒るべきだよ。これどう考えたって拉致監禁だよ? 幼馴染だってやって良い事の線を軽く超えてるんだよ? なのに、なんでくーちゃんはアタシを心配するの? アタシに優しくするの?


 くーちゃんに対する申し訳なさが沸き上がるけれど、それと比例するようにくーちゃんを守らなくてはという思いも膨れ上がる。


 守んなきゃ……アタシはどうなっても良いから、くーちゃんだけは守らなきゃ……!! この優しさを、誰にも奪わせやしない!! 例え相手があの子・・・でも!!


 ……でも、でも、今だけは……。


 アタシはくーちゃんに抱きかかえられながら声を押し殺して泣いた。みっともないし、そんな資格は無いけれど、くーちゃんが許してくれるかぎり泣いた。


 守る。絶対に。何があっても。

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