第63話 鯛焼き屋の店員

 羊毛の攻撃をかわしながら、カウンターで桜の花弁を放つ。


 しかし、それを容易くかわされる。


 やっぱり、とろそうに見えて反射神経が良い……!


 ヴィダーは、わたしが攻撃を放つと同時にかわしている。攻撃を読んでいる訳ではない。攻撃が来ると分かってから避けているのだ。


 恐ろしいほどに反射神経が良い。それに――


「こ、のぉっ!!」


「わわっ!? 危ねぇだぁ!」


 隙を付いて、攻撃を繰り出す。


 それをヴィダーが体勢を崩しながらかわす。にも関わらず、ヴィダーはその崩れた体勢から鋭い攻撃を繰り出して来る。


 こいつ、反射神経だけじゃない! 体幹たいかんが恐ろしいほど良い!


 戦えば戦うほどわかる。戦闘向きじゃない見た目と挙動なのに、その実、身体能力はとても戦闘向きだ。それも、近距離特化型の、ばりばりの近接型インファイター


 アクアリウスもツィーゲもインファイトは強かったけれど、ヴィダーはその上を行く。


「う、羊毛武装ウールアームズ! ツインハンド!」


 ヴィダーの両腕を羊毛が包み込み、大きな腕を形作る。


 ヴィダーの細腕を二倍に膨れ上がらせたような羊毛の装備。一見柔らかそうに見えるけれど、魔法で作られたものである事は明白だし、その羊毛がコンクリートをえぐるところを見てしまった今、決して油断なんて出来ない。


 そもそも、インファイトに限らず運動に置いて、自分の身体の感覚はとても重要だ。わざわざ自分の身体を延長させたということは、その延長された身体の感覚にも慣れているということに他ならない。


 相手のバトルスタイルが変わる。または、相手の攻撃レンジが伸びる。


 ……どっちにしたって、厄介なことに代わり無い。


「……」


 わたしのバトルスタイルは変わらない。わたし達がバトルスタイルを変えるためには、フォルムチェンジが必要だ。


 ブラックローズが幾つも持っているのに対して、実際、フォルムチェンジは一つ持っていれば良い方だ。二つで珍しく、三つで驚愕だ。


 それを、わたしが知る限り、ブラックローズは五つ・・も持っているのだ。恐らく、歴代の魔法少女とヒーローを探しても、五つも持っている者は居ないだろう。


 それに、ブラスターローズはあの日あの時に出来上がったフォルムだと言う。


 多分、いや、確実に、ブラックローズのフォルムチェンジはまだまだ増えるだろう。それはファンとしては嬉しいけれど、仲間としては、置いてけぼりをくらったようで悲しく、悔しい。


 分かってる。ブラックローズとわたしでは戦ってきた年月が違うのだ。嫉妬しても、悔しがっても仕方が無い。追い付けるように、わたしが走り続けるしかないのだ。


 拳を強く握りしめる。


 この戦いは、わたしがブラックローズに追いつく第一歩だ。絶対に、勝ってみせる。


「行くだよ!!」


「来いっ!!」


 迫り来るヴィダーに、わたしから向かう。


 両手に桜色の魔力を纏い、ヴィダーを迎撃する。


 ヴィダーの攻撃をいなしつつ、こちらも反撃をする。が、やはり思った通り、相手のレンジが広がったせいか、こちらの攻撃が届く距離まで向かおうとするも、その前に相手の攻撃が繰り出される。


 こっちの攻撃のいとまが無い……!!


 こっちが攻撃する前に相手が攻撃を繰り出して来る。これでは防戦一方だ。


「くっ……!」


 繰り出される猛攻をなんとかしのぎ、わたしは体勢を立て直すために一度後ろに下がる。


 が、そうはさせないとばかりにヴィダーが追いすがる。


 後退してとった距離をヴィダーが即座に詰めてきて、また猛攻を繰り出す。


「お、お前、とっても弱いな。お、お前なら、ワチでも怖くねぇだぁ」


 そんな後ろ向きに言って、けれど、攻撃の手はむしろ好戦的なヴィダー。


「わたしだって、あなたなんて怖くない!」


「で、でも、お前じゃワチには勝てねぇだぁ」


 言いながら、猛攻を繰り出す。


 防戦一方。無理矢理距離を詰める? ツィーゲの時みたいに負傷覚悟で大技で……いや、無理だ。それに、ツィーゲはあの時は完全体じゃなかった。完全体ではないツィーゲに魔力の全てを注ぎ込んだ大技を放っても、ツィーゲは起き上がってきた。


 それに、ヴィダーは無理矢理距離を詰めても容易く背後をとって来るだろう。大技が不発であったのでは意味が無い。


 強引に勝ちはもぎ取れない。堅実に、己の技で戦うしか勝機は無い。ヴィダーはそんな相手だ。


「ぼ、ぼーっとしてんな?」


「――しまっ」


 少しの思考の没頭。その隙をついて、ヴィダーの拳が身体に突き刺さる。


「――はっ……」


 身体から無理矢理空気が押し出される感覚。直後、全身に走る衝撃。


 体中に風を感じながら、後方へと吹き飛ばされる。


「ぐぁっ……!」


 地面に身体を何回も打ち付ける。


 何回目かでようやく手足を踏ん張って飛んでいく勢いを殺す。


 手足を引きずって暫く地面を擦り、ようやく身体が止まる。


 強烈な一撃に咳込みながらも、ヴィダーを視界に捉える。


 隙だらけのはずのわたしを、けれど、ヴィダーは追撃をしない。


 不思議そうな顔でわたしを見ながら言う。


「お、お前、本当にブラックローズの仲間だか?」


「……な、仲間よ……っ」


 咳込みながら、なんとか口にする。

 

 しかし、ヴィダーは小首を傾げて言う。


「や、やっぱりお前、弱すぎるだ」


「……」


 否定は出来ない。わたしが弱いのは、わたしが一番よく知っている。


 クリムゾンフレアを見て思う。わたしはまだまだだって。


 ムーンシャイニングを見て思う。わたしは及ばないって。


 ブラックローズを見て思う。わたしなんか、敵うはず無いって。


 知ってる。そんな事、知ってるよ……。


「お、お前、アクアリウスにもツィーゲにも負けてる。わ、わちに勝てない事も、分かってるはずだぁ。な、なんに、なしてわちと戦うんだぁ?」


 ヴィダーが小首を傾げる。邪気の無い声音で言う。澄んだ瞳でわたしを見る。


 その全部が、わたしが弱者だという事に疑いを持っていなかった。


「なんで? そんなの、決まってるよ……」


 わたしは弱い。けれど、だからどうした?


 それが戦わない理由になるの? それが逃げていい理由になるの? それが守るべき人達から背を向けていい理由になるの?


 違う。そんなの、絶対違う。


 そんな事言ったら、皆逃げ出してる。わたしだって、一もニも無く逃げ出してる。


 だって、怖いもん。戦うの、すっごく怖い。


 だけど、戦う力を持たない人の方がもっと怖いはずなんだ。


 力に対して無力な人達の方が、ずっと、何百倍も怖いはずだ。


 だから、わたしは怖い事を理由に逃げ出したりしない! 敵わないからなんて言って逃げ出したりしない! わたしの弱さを理由にして逃げ出したりしない!


 わたしの憧れたブラックローズはいつだって逃げなかったから!!


「……強さとか、そういうの、関係無い……」


 拳を握りしめ、痛む身体に鞭打って構える。


「弱くたって、へっぽこだって、負けてばっかりだって……全然、関係無い……」


 視線を鋭く、ヴィダーに向ける。


「……わたしが戦う理由はただ一つ。わたしに守りたいモノがあるから。戦う理由なんて、それだけで十分だ!!」


 両手に桜色の魔力を纏う。


「それに、あなたの方が弱いわ!! 誰かを傷付ける事しか出来ない強さなんて、本当の強さなんかじゃない!! そんな思いもへったくれも無い力なんて、わたしは、全っっっっっっ然!! 怖くなんか無い!!」


 最後に盛大に溜めを作って言ってやれば、ヴィダーは傾げた小首をすっと元に戻すと、おどおどとした様子が嘘のようになりを潜め、感情のうかがえない瞳でわたしを見た。


「言いよるわ、小娘が」


 先程までの声音とは違い、低く、はっきりとした言葉がその口から紡がれる。


 直後、ヴィダーは目前まで迫っていた。


「え……?」


 速い。明らかに、先程よりも速い。


 困惑するわたしに、鋭い拳が突き付けられる。


「がっ――!?」


 受け身も、何も出来なかった。


 衝撃で身体が宙に浮く。


 しかし、それで終わりでは無かった。


「ぐっ!?」


 宙に浮いた身体にまたもや衝撃。


 どこから――!?


 視界が安定しない。気配が読めない。周囲の状況がわからない。


 不安定な状況の最中さなか三度みたび衝撃が襲う。しかし、それで終わりではなかった。


 四、五、六、七、八――――。


 連撃が繰り出される。


 どこからともなく衝撃が身体を襲い、その痛みを実感する間も無く次の衝撃が襲う。


 受け身なんて取れない。回避なんて出来ない。防御なんて出来ない。全てを無防備なまま受けるしか出来ない。


 何回衝撃が襲ったかなんて分からない。


 そうして、最後に一際大きな衝撃が身体に突き刺さり、大きく吹き飛ばされる。


 数秒の浮遊感の後、地面を無様に転がる。


 けれど、転がっている間も痛みは無い。殴られている途中から、もはや感覚が無かった。


「う、ぐ…………」


 地面に横たわり、視線をヴィダーに向ける。


 ヴィダーは息切れ一つもせずに静かに先程わたしが居た場所に立っていた。


 その両脚には両腕と同じく羊毛武装ウール・アームズが装備されていた。目にも止まらぬ機動力の原因は脚に装備された羊毛武装ウール・アームズだったのだ。


「どうだ小娘。わちの方が何倍も強かろう? これが強さだ。これが力だ。力無き者が力有る者よりも強いなど、力無き者の妄言に過ぎぬ」


 言って、不敵に笑うヴィダー。


「思い知ったか? お前程度ではわちには勝てぬ。接近戦でアクアリウスに勝てぬブラックローズとやらも、わちには勝てぬだろうな。わちは接近戦だけなら、仲間内で一、ニを争えるでな」


 その仲間内が何人居るかはわからないけれど、ツィーゲとアクアリウスの上を行くという事は理解できた。


 理解できた。けど、それは諦める理由にはならない。わたしを助けてくれたブラックローズは、ボロボロになっても立ち上がったのだから!


 わたしは痛みを訴えかける身体に鞭打って立ち上がる。


「……まだ立つか。見上げた根性だな。だが、些か鬱陶しい」


 直後、すぐそこまでヴィダーが接近する。


 ダメだ。身体が反応しない。


 腕があげられない。脚も動かない。


 だから、最後の抵抗。せめて、心は負けてないと、ヴィダーを睨む。


「その視線も……鬱陶しい!!」


 明確に怒りを表しながらヴィダーが拳を振るう。


 わたしは、その拳を睨みつける。わたしに当たる、その瞬間まで――


「はぁ……」


 ――わたしの視界に誰かが写る。


 溜め息一つ吐いて、わたしとヴィダーの間に誰かが入り込んだ。


 轟音、そして、衝撃波が飛ぶ。


 わたしはたわむ身体を必死に地面につなぎ止めるために踏ん張る。


 風に煽られて思わずつむってしまった目を開けば、そこには大きな背中があった。


 片足で立つその人は、驚いた事にヴィダーの拳を脚の裏で止めていた。


「なっ!? お前は!!」


 ヴィダーの驚愕の声が聞こえて来る。


「まったく、面倒な事になったメェ・・


 いつか聞いた独特の語尾。


 ヴィダーの拳を止め、片手に鯛焼き屋の紙袋を持ち、もう片方の手は無造作にポケットに突っ込んだその者は、手に持った鯛焼き屋のエプロンを身につけていた。


 酷く戦場には不釣り合いなその者はちらりと顔だけでわたしを振り向く。


「久しぶりだメェ、チェリーブロッサム」


 山羊のように捻れた角に片眼鏡モノクル。そして、山羊のような瞳孔。


 わたしは、思わずといった声がもれる。


「ど、どうして……」


「ま、通りすがりだ、メェ!」


 そう言って、鯛焼き屋の店員――ツィーゲは、面倒臭そうにヴィダーを蹴り飛ばした。

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