第75話 俺って魅力的ですか?

 休憩が終わり、俺はトレーラーで水着に着替えていた。


「うん、完璧です!」


 言いながら、満足げに何度も頷くスタイリストさん。


 俺は今、午後の撮影用のトランクスタイプの水着に着替えていた。


 鏡の前で自分の格好を確認する。うん、大丈夫そう。


 胸にパッドを入れて、肉を寄せて偽乳も作ったし、ぱっと見では俺が男だってバレない……はず。


「あの、本当に大丈夫ですか……?」


 俺は心配になってスタイリストさんに確認する。そうすれば、スタイリストさんは笑顔で親指を立てる。


「大丈夫です! もうどこからどう見ても可愛い女の子です!!」


「あ、あはは……それなら、安心……かな?」


 どこからどう見ても女の子と言われるのは少しばかり複雑だけれど、今回の仕事の事を考えれば安心といったところだ。本当に、心中は複雑だけれど……。


 ともあれ、一着目に問題は無い。トランクスタイプなのでばれる事も無い。


 問題は、二着目だ。ワンピースタイプなので、フリルのスカートが守ってくれるとは言え、トランクスタイプよりはガードが薄い。少しのアクシデントで直ぐにばれてしまうだろう。


 ……やっぱり、こっちはあれ・・を使うしかない。腹をくくろう。


 俺が心中で決断をしていると、スタイリストさんが時計を確認して俺に声をかけてくる。


「あ、そろそろ時間ですね! それじゃあ行きましょう!」


「はい」


 頷き、スタイリストさんと一緒にトレーラーから降りる。


 少し恥ずかしいのでタオルを肩に巻きながら、俺達はビーチに向かう。


「……わぁ……」


 ビーチに到着し、すでに俺より先にビーチに着いていた東雲さんを見るなり、俺の目は自然と東雲さんに釘付けになる。


 東雲さんは白を基調とした大人っぽい水着に身を包んでおり、抜群のプロポーションも相まってとても綺麗だった。


 パラソルの下でドリンクを飲む東雲さんはそれだけで絵になっており、スポーツ飲料水のポスターとかに採用されそうだと思った。


 東雲さんは俺より一つ年上だ。けれど、一つしか変わらない。そのはずなのに、自分や学校ですれ違う先輩達よりも断然大人っぽく見える。ブラックローズも大人っぽい印象を受けるけれど、比較にならないくらいに東雲さんには大人の魅力があった。


 ぽーっと東雲さんに見とれていると、俺の視線に気付いた東雲さんが俺に目を向ける。


「何?」


「あ、いえ! すいません!」


 不機嫌そうに言われ、俺は思わず謝ってしまう。

 

 ちょっと不躾に見過ぎた。あんなにガン見してたら、東雲さんも良い気分じゃないだろう。


 俺はそそくさと皆の集まるところに向かう。


 東雲さんはそそくさと歩く俺を一瞥いちべつすると、ドリンクを保冷バッグに戻してから皆の元へと歩く。


 ていうか、すっごい見惚れちゃった。恥ずかしい……。


 どうしてこう、輝夜さんと言い東雲さんと言い、芸能人の人は見惚れる程魅力的なのだろう? いや、魅力的だから芸能人をやっているのか。


 輝夜さんと東雲さんの魅力は全然違うけど、それでも両者とも確実に人を魅了するだけのものがある。そんな東雲さんと一緒に撮影をする予定だった東堂さんも、さぞ魅力的な人なんだろう。


 そこまで考えて、ぴたりと足が止まる。


 ……俺って、そんな人達と並べるくらい魅力的なのだろうか? 


「ちょっと、急に止まらないでよ」


「あ、す、すいません」


 急に心に飛来した疑問に思わず足を止めてしまうと、俺の後から来ていた東雲さんに怒られてしまう。


 慌てて謝り、俺はそそくさと残りの距離を歩く。


「二人とも揃いましたね。では、午後は水着の撮影になります。まずは如月さんから始めましょう」


「は、はい!」


 早速、撮影が始まる。午前とは違い、午後は俺が先に撮影をするようだ。


 午前と同じく、ビーチに一人で立って撮影が始まる。


 カメラマンさんの指示通りにポーズをとり、笑顔を作って・・・撮影をする。


「うーん……」


 が、カメラマンさんの表情は芳しくない。ポーズや位置の指定をしてくるけれど、写真一枚一枚撮った後に難しそうに一つ唸っている。


 段々、不安が胸に広がってくる。


 俺、ちゃんと出来てない? 笑顔とか、ポーズとか変になってる?


 俺が心中で色々考えている間に撮影がいったん中断する。


 そして、榊さんとカメラマンさんが何かを話し合う。


 その間、他のスタッフさんもざわざわとなにやら話しあっている。


 何かやっちゃった? え、俺が男だってばれた?


 不安が脳内を駆け回る。


「如月さん」


 俺が不安に駆られている中、榊さんが俺の元へやって来る。


「大丈夫ですか? どこか体調でも悪いですか?」


「いえ、大丈夫です」


「本当ですか?」


「はい」


「……とても、そうは見えませんが」


 心配そうに俺の顔を覗き込む榊さん。


 そんなに俺の顔色は悪いのだろうか?


 榊さんは何やら思案すると、俺の背中に手をあてた。


「如月さん、少し休憩しましょう。すいません、東雲さんの撮影を先に進めてください」


「分かりました」


 榊さんは俺の背中に優しく手を添えながら、俺をパラソルの下まで誘導してくれる。


 途中、東雲さんが物言いたげな顔で俺を見たけれど、何も言わずにカメラの前に向かった。


 簡易椅子に座らされ、タオルを肩からかけられる。


 榊さんは俺の前にしゃがみ込む。


「何かありましたか?」


「いえ、別に……」


 一瞬やって来て俺の心中を一瞬で戸惑わせたものがあった。けれど、それを口には出せない。口に出すには情けないし、俺を信じて仕事を振ってくれた榊さんに申し訳ない。


「……正直に申し上げますと、今の如月さんは見ていて不安です。体調が悪いようでしたらきちんと仰ってください」


「はい……」


 そんなに顔色が悪いだろうか。


 手鏡が無いので分からないけれど、自分の顔色など確認できない。


「……無理なさらないでくださいね? まだ時間はありますから、撮影は明日でもーー」


「だ、ダメです! 明日は予備日じゃないですか! お、わ、私、頑張ります!」


「ですが……」


「大丈夫です! やれます!」


 俺一人のせいで撮影が遅れるのはダメだ。それに、撮影だけじゃなくて他の人の仕事も遅れる事になる。急遽きゅうきょ決まり、それなりに時間はあるけれど、それでも余裕だという訳ではない。無理なく撮影が進められる日程であるのなら、俺が休んで無理のある撮影にする訳にはいかない。


 それに、別に体調が悪い訳でもない。……大丈夫。俺ならちゃんと出来る。


「……分かりました。ですが、体調が悪いときは正直に言ってください。如月さんに何かあったら、妹さん達も心配されますから」


 言いながら、榊さんは視線を野次馬の方へと向ける。


 俺も榊さんにつられて視線を向ければ、そこには花蓮と桜ちゃんが居た。遠目に見ても分かるくらい、二人は心配そうに俺の方を見ていた。


 それと、どうやら榊さんは花蓮達の存在に気付いていたようだ。って、当たり前か。二人に手振ってるし。


「お二人の様子を見たくてこの仕事をけたんですか?」


「あ……すいません……」


 いきなり核心を突かれ、思わず素直に謝ってしまう。けれど、榊さんはくすっと優しげに微笑むだけで、俺の不純な動機を責めたりしなかった。


「謝る事はありませんよ。むしろ、良かったです。如月さん、妹さんの件が無かったら、この仕事を請けてはくれなかったでしょう?」


「それは……」


 どうだろう。正直、どちらとも言えない。花蓮の件が無かったら、俺は断っていたかもしれないし、請けていたかもしれない。


「……分かりません。断ってたかも、しれないですけど……」


「なら、やっぱり良かったです。断っていた可能性があるのであれば、花蓮さんには感謝しないといけません」


 言って、微笑む榊さん。


 そんな榊さんに、俺は思わず聞いてしまう。


「……怒らないんですか?」


 俺が聞けば、榊さんはきょとんとしたような顔をする。


「怒る? なぜです?」


「だ、だって、不純な動機ですし……」


 本気で撮影をしに来ている東雲さんとは違う、花蓮の様子を見たかったから仕事を請けただけだ。これが不純と言わずになんと言う。


「別に、関係ありませんよ。私には如月さんが必要でした。正直に申し上げれば、如月さんの動機はどうだって良いです。むしろ、それで如月さんのモチベーションが上がるのであれば、不純でも良いくらいです」


「どうでも良いって……」


 そんなに適当で良いのだろうか? 仕事に対する熱意とか、やる気とか、気にしないのだろうか?


「それに、本当はモデルが見付からずに東雲さんに全て頼む予定だったんです。彼女にとってはそれで良いかもしれないですが、私どもとしてはやはりイメージに合った方で撮影をしたいのです。ですから、どんな理由があれど、如月さんに仕事を請けていただいた事は幸いです。前回同様、魅力的な写真が撮れると安堵していたんですから」


 イメージに合った人で撮影をしたい。その榊さんの意見は分かる。けれど、俺はイメージに合っても果たして東堂さん以上の魅力があるのだろうか? 俺は東堂さんを知らない。見た事も無い。けれど、東堂さんはプロのモデルだ。そんな人に、俺が肩を並べる事なんて出来るのだろうか?


 そう考えていたからだろうか。ぽつりと、思いがけずに言葉が出てしまう。


「俺って、魅力的ですか……?」


「え?」


 榊さんの驚いたような声で、自分が思いもよらず言葉を漏らしていた事に気づく。


「あ、すいません。なんでも無いです」


「如月さん、私は――」


 榊さんが何かを言いかけたところで、スマホから軽快な音楽が流れる。どこかで聞いた事があるなと思ったら、輝夜さんの曲だった。


「すいません、クリエイターからなので、ちょっと出ますね」


 榊さんは俺を心配そうに見ながらも、仕事の電話なので後回しにする事が出来ずに電話に出る。


 一人だけになり、俺はパラソルの下で東雲さんの撮影を眺めた。やっぱり、俺と比較にすらならないくらいに魅力的だった。

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