第76話 助っ人? 登場!

 東雲さんの撮影が終わり、再び俺の番が戻ってきた。


 けれど、どんなに頑張ってポーズをとってもカメラマンさんは表情かおをしかめるばかりで、笑顔一つ浮かべない。


 結局、東雲さんとツーショットを幾つか撮ってその日の撮影は終了してしまった。


 もう一着あるのにも関わらず撮影が終了してしまったのは、やはり俺のせいだろう。俺のポーズとかが悪いから……。


 水着から着替える事もせず、俺はトレーラーの中で座る。


 ……俺のせいで、撮影遅らせちゃったなぁ……。


 遅れさせてしまった事も申し訳なければ、俺を頼ってくれた榊さんにも申し訳ない。


 明日はしっかりしなきゃと思いながらも、具体的にどうすれば良いのかが分からない。


 ドレッサーの鏡と向き合い、微笑んでみる。


 百点満点……とは言わないけど、充分に笑顔だと思う。でも、この笑顔でオーケーが出なかったのだ。だから、この笑顔ではダメだということだろう。


 ……いったい、何がダメだったんだろうか?


 むにむにと頬を押したり引っ張ったりしても笑顔が魅力的になる訳でもない。せいぜい変な顔になるくらいだ。


「どうすれば……」


 一人悩んでいると、不意にトレーラーの扉がノックされる。


「如月さーん。少し良いですかー?」


「あ、はーい」


 声をかけられ、俺は返事をしながらトレーラーの扉に手をかける。


 あれ、聞いたことあるような声……。


 聞き覚えがあると思いながらも、扉を開ける手は止まらない。


 扉が開け放たれれば、そこには――


「久しぶり、黒奈。遊びに来たわよ」


 ――アイドル、星空輝夜さんが立っていた。


「か、輝夜さん!?」


 突然輝夜さんが目の前に現れ、驚きを隠せない俺。だって、輝夜さんは今日撮影のはずじゃ……。


 輝夜さんとは頻繁ひんぱんにやり取りをしているので、今日のスケジュールも知っていた。それに、輝夜さんに言われて始めた投稿型SNSでも輝夜さんをフォローしているので、撮影をしている事をちゃんと確認していた。


 そんな輝夜さんが、なんでここに……。


 頭の上に疑問符を浮かべる俺を見て、輝夜さんはにししっと楽しそうに笑う。


「桜から連絡があったのよ。あんたが元気無いって。それに、撮影してるっていうじゃない。そりゃあもうさっさと撮影終わらせて来るしかないじゃない? あ、安心して。撮影は全力で挑んで終わらせたから。それはもう完璧パーフェクトにね」


 言いながら、輝夜さんは俺の格好をまじましと見る。


「うん、完璧。さすがは黒奈。あ、今は奈黒だっけ? まぁ良いわ。とりあえず、せっかくの海なんだし遊びに行きましょう?」


「え、あ、ちょっと!」


 輝夜さんは俺の腕を掴むと、無理矢理引っ張っていく。


 よく見れば、輝夜さんの格好は上にパーカーのみであり、その綺麗な生足が惜し気もなくさらされていた。多分、中に水着を着ているのだろうけれど、それでもその格好はあまりにも刺激的であった。


 って、見とれてる場合じゃない。俺は今遊んでる場合じゃないんだ。


「ま、待って! お、私、遊んでる場合じゃ……!」


「遊んでる場合よ。あんた、ひっどい顔してるわよ? そんな顔で明日もカメラの前に立たれたら、スタッフみんなが困るの」


「酷い顔って……そんなに、酷い……?」


「そりゃあもう」


 言って、輝夜さんは足を止めて振り返る。


「何があったか知らないけど、そんな顔でカメラの前に立たせられないわ。あんたのひっどい顔がポスターになって全国に貼られるなんて、アタシ嫌よ? 見る度にがっかりしちゃうわ。もっと良い顔出来るのにって」


「……買い被り過ぎだよ。私なんて、元々こんなんだし……」


「やーね。なに卑屈になってんの? ……ああ、そういえば、今日の相方って東雲さんだっけ? あんたそれで自信無くしちゃったの?」


 自信を無くす? 確かに、自分に東雲さん達のような魅力があるのかって一瞬思っちゃったけど……。


「はぁ、呆れた。あんたモデルじゃないんだから、そんな事気にしなくても良いのに」


「で、でも! お、私は……」


 男だし、素人だし……。


 思わず、俯いてしまう。


 そんな俺の頭に唐突に衝撃が走る。


「――っ!?」


 驚いて頭を上げれば、輝夜さんはむすっとしながら手刀を構えていた。多分、俺はチョップされたんだと思う。


 あんまり痛くないけど、俺は思わずチョップを受けた頭をさする。


「あんた、昨日今日撮影をしたひよっ子が、アタシ達プロに勝てると思ってる訳? もしそう思ってるなら生意気なんだけどー」


「い、痛い! 鼻摘まないで!」


 むすっとした表情のまま俺の鼻を指で摘んでくる輝夜さん。


 俺の言葉に耳を貸すことも無く、輝夜さんは俺の鼻を摘んだまま言う。


「アタシ達はね、あんたと違って毎日頑張ってんの。あんたがすこーし、いや、超絶可愛くても、技術力や経験でアタシ達に勝てるとは思わない事ね」


 言って、輝夜さんは俺の鼻を乱暴に離す。


 俺は摘まれた鼻を涙目でさする。


「……別に、勝てると思ってないよ。ただ、こんな魅力的な人と比べて、お、私は魅力的なのかなって、ちょっと思っただけで……」


 素直にそう言えば、はぁと盛大に溜息を吐く輝夜さん。


「あんた、お馬鹿ねぇ……。榊さんあのひとが魅力的じゃない子を選ぶわけ無いじゃない。ポスターモデルの人選は全部榊さんがやってるのよ? あの人の審美眼は本物よ。まぁ、アタシは一回も声かけられてないけど……」


 最後はやや不満そうに言いながらも、輝夜さんは続ける。


「それに、あんたは曲がりなりにも仕事を引き受けたんでしょう? なら、あんたのやる事って何? 悩んで不細工ぶさいくな笑顔を披露ひろうすること? 違うでしょ? あんたはただ全力で仕事をするの。今のあんたに出来ることなんてそれくらいしかないんだから」


「全力で、仕事をする……」


 ……確かに、そうだ。俺のモデルとしての撮影回数なんて数回だけだ。そんな俺が、今まで血の滲むような努力をしてきた東雲さんに勝てる訳がない。東雲さんよりも魅力が無くて当たり前だ。


 俺は気後れしてる場合じゃない。技術や経験で劣ってるなら、気持ちだけは負けちゃダメだ。


「お、良い顔になってきたわね」


 言いながら、輝夜さんは指でフレームを作って俺に向けてくる。


「今なら良い写真撮れそうね」


「うん。全力で頑張れる気がする」


「そう。それなら良かった。さて、それじゃあ遊びに行きましょう! アタシ海で遊ぶの久し振りなのよね!」


「あ、待って! これ衣装なんだけど!」


「予備があるからそのまま使っていいって榊さん言ってたわよ。それに、良い宣伝になるんじゃない?」


 言いながら、輝夜さんはパーカーを脱いだ。


 パーカーを脱いだ事により輝夜さんの水着姿が晒される。


「――っ! それって……」


「ふふっ、おそろってやつね」


 輝夜さんが嬉しそうに笑う。


 輝夜さんの言う通り、輝夜さんの着ている水着は今俺が着ているトランクスタイプの水着と同じデザインの物であった。


「どーお? 似合ってるでしょ?」


 即座にポーズをとる輝夜さん。さすがと言うべきか、どのポーズをとっても魅力的だ。


「うん。とっても似合ってる」


「でしょ! あんたも似合ってるわよ」


 お揃いペアルックというのは少しばかり恥ずかしいけれど、前回の撮影のときに深紅とペアルックした時よりはマシだ。


「さ、行くわよー!」


 輝夜さんは俺の手を引っ張って歩き出す。


 が、直ぐにその足を止める。


 なんだろうと思い進行方向に目を向ければ、そこには眉間にしわを寄せた東雲さんが立っていた。


 東雲さんは一瞬輝夜さんの方を見た後で、俺の方に視線を向ける。


「良いご身分ね。あなたのせいで撮影がストップしてるっていうのに」


「……あ……」


 刺すような鋭い言葉に、俺は何も言えなくて思わず視線を逸らしてしまう。


「東雲さんこそ良いご身分ですね。リードすべき先輩なのに、後輩を萎縮いしゅくさせて」


 庇うように俺の前に立って東雲さんと向き合う輝夜さん。そんな輝夜さんに、東雲さんはまなじりを吊り上げて睨む。


「なんですって……」


「本来であれば、先輩である東雲さんがリードするべきですよね? 経験豊富なんですから、後輩のリードの一つや二つ簡単な事でしょう?」


「なんで私がそんな事。それに、一般登用でしょ、その子? モデルならともかく、右も左も分からないような素人に出しゃばってほしく無いのだけど?」


「誰でも最初は右も左もわかりませんよ。けど、それを教えるのが先輩の役目なんじゃないですか? それに、この子は榊さん自ら仕事の依頼をしたんです。出しゃばった訳じゃないですよ」


「でもその子じゃなくても良いでしょう? 他にももっと納得できる・・・・・モデルは居たはずよ」


「それは知りません。そんな事をこの子に言っても仕方ないですし、それにもう過ぎた事です。過ぎたことに文句を言うより、現状でどれだけ良い結果を出せるかを追求するべきなんじゃないんですか? 東雲さんにとってこの仕事って、自分だけが綺麗に写ればそれで満足なんですか?」


「そんな訳無いでしょ!!」


 輝夜さんの少しだけ挑発するような言葉に、東雲さんはここで初めて声を荒げる。


「私はプロとして失敗できないの! それに、今回来れなかった詩織の分まで私は頑張ってるだけよ! あんたも、詩織の変わりに来たっていうならちゃんと頑張りなさいよ! へらへら観客に媚びへつらって……ちょっと可愛いだけじゃこの仕事が出来ると思わないでよ!!」


 言うだけ言って、東雲さんは俺達をひと睨みすると、足音荒く俺達から離れて行った。


 離れていく東雲さんの背中に、輝夜さんが言う。


「東雲さん。この子は媚びへつらうような器用な事は出来ません。それに、この子もこの子なりに真剣です」


「どうだか……!」


 一瞬止めた足を、再び荒く進める東雲さん。


「行きましょ、黒奈」


 輝夜さんは俺の手を引っ張って歩き出す。俺は輝夜さんに腕を引かれて歩き出す。

 

 俺はその背中がなんだかとても不安で、何度も振り返ってしまった。

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