第77話 ビーチ

 輝夜さんに手を引かれて連れていかれたのは、当然ながらビーチである。


 ビーチは人で溢れ返っており、皆一様に楽しそうに笑みを浮かべている。


 が、その笑みも一変、輝夜さんを見た事で驚愕に変わる。


「え、星空輝夜!?」


「本当に!? わっ、本当だ!!」


「すっげ! 生で見てもめちゃくちゃ可愛いんだけど!」


「腰ほっそ~い! スタイル良すぎ!」


「ねぇねぇ、隣にいる子、さっき撮影してた子じゃない?」


「ほんとだ! それにお揃いじゃん! 可愛い~!」


 アイドル、星空輝夜はよくよく人の目を引いてしまう。多分、前みたいにサングラスしてても芸能関係者って直ぐにばれると思う。


 それにしても、色んな人の視線を浴びても堂々としてるなぁ。てか、今更ながらだけど、手をつないでるのすっごく恥ずかしいんだけど……。


「ここら辺だと思うんだけど……あ、居たわね。花蓮ー! 桜ー!」


 輝夜さんが笑顔で手を振るその先には、花蓮と桜ちゃんの姿が。


 二人も俺達に気付いたのか、花蓮は控え目に、桜ちゃんは大きく手を振っている。


 輝夜さんが駆け足になるから、手をつないでいる俺も自然と駆け足になってしまう。


「久しぶり、二人とも~! 元気してた?」


「もちです! 輝夜さんこそ、撮影だったんですよね? スケジュール大丈夫だったんですか?」


「速攻で終わらせて来たわよ。あ、もちろん、仕事は本気でこなして来たわよ?」


「輝夜さんが手を抜くとは思ってませんよ。手を抜いてたらあんなに魅力的に歌ったり出来ないだろうし」


「ん~~~~! 花蓮! 嬉しい事言ってくれるじゃない!」


「わっ、ちょっ、抱き着かないでください!」


 花蓮に抱き着いて頬擦りをする輝夜さん。仲がよろしいようで、お兄ちゃんはたいへん嬉しい。


「あの、黒奈さん。撮影中元気なさそうでしたけど、大丈夫ですか?」


 仲良くしている二人をよそに、桜ちゃんが心配そうな顔で聞いてくる。


 俺は、桜ちゃんを安心させるために笑みを浮かべて言う。


「うん、もう大丈夫。輝夜さんに良いパンチもらったから」


「えっ!? 輝夜さんに殴られたんですか!?」


「いや言葉のあやだから! 別に本当に殴られた訳じゃないから!」


 チョップされたり鼻摘まれたりしたけど……それは言わない方が良いだろう。


 俺の事それより、俺には今やらなくてはいけない事があるだろう。


「ごめんね、心配かけて」


 言って、俺は桜ちゃんの頭を撫でる。


「ひゃわわっ! い、いえ! 黒奈さんが元気で良かったです!」


「ふふっ、ありがと。それと、今は奈黒って呼んで? 一応、お……私の事を知っている人も居るしさ」


「さ、差し支えなければ、この間みたいにお姉ちゃんと呼ばせてください!」


「よ、欲望に忠実だね……まぁ良いけど」


 桜ちゃんが欲望に忠実なのはいつもの事だし、それに、ふとしたときに本名が出てくるよりもずっと良い。ようは、ばれなきゃ良いのだから。


「どうする、花蓮? あの二人いちゃついてるわよ?」


有罪ギルティですね。黒奈おねえちゃん協定法違反です」


「何それ!? そんなルール初耳なんだけど!?」


「ま、待ってください! 黒奈おねえちゃんから仕掛けてきた場合はその限りじゃないと決議されたじゃないですか!」


「え、まさかの共通認識なの!?」


 黒奈協定法って何!? 俺そんなの聞いたこと無いんだけど!?


 三人は協定がどうとか、ルールがどうとか言い争う。


 輝夜さんが居るのでだいぶ人目を引いてるし、それに、花蓮は身内贔屓無しにしても可愛いし、桜ちゃんも可愛いし知名度の上がり始めた魔法少女だ。人目は途切れる事が無い。


「すとーっぷ! 三人とも落ち着いて! せっかく海に来たんだから、泳ご? ね?」


 俺が慌てて三人を止めに入れば、三人は互いに顔を見合わせた後、一つ頷いた。


「夜にテレビ通話で」


「はい」


「わ、わかりましたぁ……」


「まだやる気!?」


 随分とやる気満々で驚いてしまう。


 それに、多分行われるのは協議じゃなくて裁判だろう。被告、弁護人桜ちゃんで、その他を花蓮と輝夜さん。


「一応、裁判長として深紅さんを喚んでおきますね」


 あ、深紅が巻き込まれた。俺知ーらない。深紅、頑張って。


 なぜか巻き込まれた深紅に適当にエールを送りつつ、とりあえず三人を引き連れてこの場を離れて、学校が用意したらしい休憩所まで向かう。


 俺の荷物は榊さんの車の中に入っているのと、トレーラーに置いて来てしまったので特に預ける物は無い。けれど、輝夜さんには手荷物があるので、学校の休憩所に置く必要があるのだ。先生に頼めば、置かせてくれるだろう。


 学校の休憩所のところまで来れば、必然的に高校生達は輝夜さんを見て騒ぐ。ライブにでも行かない限り、アイドルと出会う事なんて出来ないし、騒ぎたい盛りの高校生達が騒いでしまうのも仕方のない事だ。


 凄い騒ぎになっているけれど、輝夜さんは動じた様子は無い。


 逆に、ウィンクしたりする程サービスが良い。


「あ、あの!」


 そんな輝夜さんの元に、一人の女子生徒が――って、いつか俺の事を深紅の彼女って言った子じゃないか。


「ん、なにかしら?」


 声をかけてきた女子生徒に、輝夜さんは笑顔で対応する。


 笑顔の輝夜さんを見て頬を赤らめながらも、女子生徒は言う。


「あ、握手してもらっても良いですか!?」


 精一杯といった感じで言う女子生徒。


「ダメよ」


 しかし、それをばっさりと断る輝夜さん。あまりにオブラートに包む様子の無さに、俺達は少し驚いてしまう。


 そして、それは女子生徒も同じだったらしく。少しだけ青い顔をしながら下を向いてしまう。


「そ、そうですよね。すみま――」


「でも、一緒に遊ぶのなら良いわよ。今日はアタシもあなたも遊びに来たんだから」


 言って、鞄の中から膨らましていないビーチボールを取り出して、ウィンク一つする。


「ビーチバレー、する?」


「し、ししししししししますぅ!! ぜひ!!」


「そ、じゃあ一緒に遊びましょうか」


 笑顔で言って、ビーチボールを俺に渡してくる。


奈黒・・膨らませて。ほっぺ痛くなっちゃう」


「ふふ、はいはい」


 輝夜さんらしい対応に、思わず笑いながら俺はビーチボールを受け取る。が、膨らませる事無く、近くにいてこちらの様子を伺っていた輝夜さんのファンであり、俺達のちょっとした知り合いでもある人物に声をかけた。


「そこの君、これ膨らませてくれないかな?」


「え、お、俺!?」


 俺に名指しされた人物――七ヶ岳なながたけ明弘あきひろくんは、驚きながらわたわたと慌てる。七ヶ岳くんの隣に居る陵本おかもと尚人なおとくんも慌てている。


 二人は、以前に俺が痴漢に遭ったときに痴漢を取り押さえてくれたのだ。あれ以来、廊下ですれ違ったらちょっと話をしたりするし、チャットで輝夜さんの歌について話をしたりもしてる。


 俺が声をかけた事で、輝夜さんも気付いたのか、二人の方を見て笑みを浮かべる。


「ああ、あの時の二人ね。あの時はありがとうね。黒奈が世話になったわ」


「え、お、俺なにかしましたか!?」


「それに、黒奈先輩? ……えっと、マジでなんだ……?」


「そっか。あの時サングラスしてたわね。ちょっと来なさい」


 ちょいちょいと手招きして二人を呼ぶ輝夜さん。


 二人は戸惑いながらも輝夜さんの元へ向かう。


 輝夜さんは少しだけ声を抑えて二人に言う。


「前に黒奈が痴漢に遭った事があったでしょう? その時、黒奈の隣に居たサングラスした金髪の女、あれアタシよ」


「え、あ、え? あ、あ――!!」


「ほ、本当ですか? うわ、マジか……」


 輝夜さんに言われて合点がいったのか、二人とも納得したように驚く。


 ようやっと思いあたった二人に、輝夜さんは言う。


「あの時はありがとうね。黒奈の友人として改めてお礼を言うわ」


「いや、お、男として、当然の事をしたまでですんで!」


「そ、それに、あの時一番黒奈先輩のために動いてたの星空さんなんで……お礼を言われるのは心苦しいというか……」


「それでもよ。あの後に動いてくれた君達にちゃんとお礼を言いたいの。黒奈の友人としてね。受け取ってくれると、嬉しいのだけど……受け取って、くれる?」


 小首を傾げて、上目遣いに言う輝夜さん。狡いなぁ、輝夜さん。これで落ちない男子は居ないよ。いや、深紅は落ちないだろうけど。


 二人とも顔を赤くして顔を縦に振っている。効果は抜群のようだ。


「ふふっ、ありがとう」


 そして、駄目押しとばかりに素敵な笑顔を向ける。本当に狡い人だ。


 友人として、二人に少しでも輝夜さんと話せる場面を設けようと思って声をかけたんだけど……供給過多かな? 太陽よりも輝夜さんのせいで熱中症になりそうな程顔が赤いけど。


 とりあえず、七ヶ岳くんにビーチボールを膨らませてもらって、輝夜さんは怪我をしないようにと準備体操をする。


 意外とまめなんだなと思いながら眺めていると、陵本くんが隣にやって来て言う。


「そういえば、自己紹介してませんでした。陵本尚人です。あっちのバカが七ヶ岳明弘です」


「ぷはっ! 聞こえてんぞ、尚人ー!!」


「聞こえるから言ったんだよ」


 少し離れたところでビーチボールを膨らませている七ヶ岳くんに、陵本くんが呆れたように言う。


 まぁ、うん、ごめんね七ヶ岳くん。後ろに置いてある空気入れを使わずに空気入れてるのを見ると、おバカだなって思っちゃう。


「私は如月奈黒。黒奈と花蓮の従兄弟です」


 もちろん、そういう設定だ。もし知り合いに出くわしたらと少し心配だったので、事前に考えておいたのだ。


「そっすか。なんか、黒奈先輩と似てたんで、親戚かなとは思ってたんすけど」


「よく言われるよ」


 まぁ、本人なわけだけど。


「ぶはぁ――――っ! 膨らまし終わりましたー!」


 肩で息をしながら、七ヶ岳くんがビーチボールを掲げる。


「ありがとう。それじゃあ、遊ぼっか」


 輝夜さんが言えば、七ヶ岳くんは元気に「うっす!」と返事をする。


 輝夜さんの計らいで、皆で平等に順番が回るように交代でビーチバレーを楽しむ。


「夏の思い出作りに良いでしょう? アイドルとビーチバレーって」


 言ってウィンクをする輝夜さんは、正真正銘のアイドルだなと思った。



 〇 〇 〇



「なんだ、元気じゃん」


 黒奈達がビーチボールで遊んでいるのを、近くの駐車場から眺める。


 花蓮ちゃんから連絡があったから何かと思って様子だけ見に来たけど、輝夜さん助っ人が居るなら大丈夫だな。


 用事・・が臨海学校の近場だったから直ぐに来る事が出来たけれど、自分が仕事・・をしてる最中に海で遊んでいる人達を見ていると酷く恨めしい。


「って、あいつ水着の撮影だったのな。よく引き受けたな……」


 まぁ、十中八九花蓮ちゃんが心配だったからだろうけど。


『深紅くん、今どこだい?』


「今綺麗な海が見えますね。後、可愛い女の子も」

 

 インカム越しに聞こえてくる立花さんの声に、俺は目の前の情報をしっかりと送ってやる。


『海か、良いねぇ。水着の美女がわんさかだろう?』


「わんさかですね。それと、アイドルの星空輝夜も居ますよ」


『本当かい!? いやー、それは見てみたいなぁ』


『ちょっと二人とも、ふざけてる場合ですか。深紅くん、ちょっとこっちが慌ただしくなった。すぐに戻れるかい?』


 ふざけていた俺と立花さんに、仁さんが窘めるように言う。


「了解です。すぐに戻りますよ」


『あ、深紅くん! サインと写真お願い!』


「今から合流しまーす。サインは後で頼んでおきますよ」


 言いながら、愛車バイクまたがり、ヘルメットを被る。


「じゃ、頑張れよ、黒奈」


 遠くから写真を一枚撮り、黒奈にメッセージを送る。もちろん、ぞんぶんに水着姿を煽ってやるメッセージだ。


 橘さん達に合流するために、バイクを走らせた。

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