第74話 やっぱりモデルって難しい
東雲さんの撮影姿に見取れていると、あっという間に俺の番がやってきた。
「奈黒さん、出番だよ」
「あ、はい!」
返事をして、俺は
代わりに、東雲さんが俺の方に歩いて来る。俺を見据えた東雲さんの目は挑発的で、モデルの自分に圧倒的な自信があるのか、薄く笑みすら浮かべていた。
モデルである東雲さんに、素人に毛が生えた程度の俺が勝てる訳が無い。
でも、榊さんは俺を信じて仕事を任せてくれたのだ。なら、俺はその信頼に応えるために全力で撮影に挑むだけだ。
小走りで、カメラの前に向かう。
東雲さんが撮影を始めた頃から集まり始めた人だかりは数を減らす事は無く、むしろ時間が経つにつれて増えていく。
「ねえ、あれってポスターに写ってた子じゃない?」
「あ、本当だ。メークでちょっと印象違うけど、そうだ」
「え、あの和泉深紅と一緒に写ってた?」
「そうそう! めっちゃ可愛い子! ポスター以来どのメディアにも露出無かったから、一度きりの一般起用だと思ってたけど……」
「もしかして、Eternity Aliceの専属とか?」
「そうかもね。なんにしても、ポスターで見るより可愛いねぇ」
皆、Eternity Aliceのポスターを知っているのか、俺を見て口々に話をする。
こんなに多くの人に知られていたのかと少しだけ恥ずかしくなりながらも、俺は仕事に集中するためにカメラのレンズに視線を向ける。
そうすれば、カメラマンさんが苦笑をする。
「奈黒ちゃん。緊張するのは分かるけど、表情硬いぞ~。もっとスマイルスマイル!」
「は、はいっ」
す、スマイル……。
俺は試しに一つにこっと笑ってみる。が、カメラマンさんの苦笑いは継続中。芳しくないようである。
視界の端で東雲さんが俺に厳しい目を向けているのが分かる。
……そうだ。俺は東雲さんのお友達の代わりにこの仕事を受けたんだ。榊さんが俺になら任せられると思って、俺に話を持ってきてくれたのだ。榊さんにも、東雲さんにも、なにより東堂さんに顔向け出来るように、しっかりしなくちゃ……!
「すぅ……はぁ……」
一つ、緊張を和らげるために深呼吸をする。
大丈夫。俺なら出来る。前だって出来たんだ。また、出来る。
「よし」
閉じていた
自然と笑顔が浮かぶ。
「ポーズの指定、お願いします!」
「了解! じゃあ、自然に歩いてみて」
「はい!」
指示の通り、俺は浜辺を歩く。
歩くときの美しさもそうだけれど、モデルは視線の先も重要だ。このモデルは視線の先に何を捉えているのだろう。そこには、何があって、誰が居るんだろう。そう思わせるように、視線にも意味を持たせなければいけない。
モデルは写真から出て見ている人に情報を語りかける事が出来ない。だから、ポーズの一つ一つ、視線の方向や距離、表情など、写真に写る全てで語りかけなくてはいけない。
言葉ではなく自分の
やっぱり、自然にそういう構図を作る東雲さんは凄いと思う。
「いいよー! 次は、波打際まで行ってみようか!」
「はい!」
波打際まで歩く。途中、なんとも無しにちらりと人だかりの方を見る。
そうすれば、目が合った。
良い笑顔でスマホを向ける桜ちゃんと、呆れたような顔で俺を見る花蓮と。どちらも当然水着姿だ。
思わず、苦笑いが浮かんでしまう。
俺と目が合った事が分かった桜ちゃんが、俺に向かって大きく手を振ってくる。花蓮も、小さくだけれど手を振ってくれる。
俺は苦笑をしながらも、小さく手を振り返す。
途端、人だかりがにわかに騒がしくなる。
どうやら、ファンサービスで手を振ったと思われたらしく、見ている人達がこぞって手を振りはじめた。
ど、どうしよう……二人だけに手を振ったつもりだったんだけど……。
戸惑いながらも、このまま放っておくのも申し訳ないので、俺は控え目に手を振ってから、カメラに視線を戻す。
途中、東雲さんと目が合ったけれど、これでもかというほど目が吊り上がっていた。
あ、明らかに怒ってる……。
不用意な事をした事を怒っているのか、それとも真面目に撮影に取り組んでいないと思われたのか……。休憩の時に何か言われそうで怖い……。
後が怖いけれど、今は撮影中。俺は、集中をし直してカメラに視線を向ける。
その後、俺単体での撮影は粛々と進んだ。東雲さんが眼光を鋭くさせていたので、この間よりも集中していたと思う。
少し緊張しながらも、残りの撮影を終わらせた後、次は東雲さんとセットで撮る事に。
カメラマンさんから離れ、俺の隣に並んだ時、ぼそっと呟いた。
「中途半端な気持ちで撮影に臨まないで。不愉快だわ」
低い、不機嫌さを隠しもしない声音。
「あ、すいません……」
けれど、それも一瞬の事。直ぐに最高の笑顔を浮かべてカメラに視線を向ける東雲さん。
こういうとき、プロというのは本当に凄いと思う。俺なんて先ほどの東雲さんの言葉に動揺して笑顔が固くなってしまっている。
だけど、東雲さんの言うことももっともだ。撮影中に、知り合いとは言え軽率に手を振るべきではなかった。まだ撮影の途中だったのだし。
反省しながらも、俺は撮影に集中する。
カメラマンさんの指示に従いながら、東雲さんと一緒に色んな構図を作り出す。
ちょっとふざけた様子だったり、手をつないでみたり、並んで歩いたり。
「うーん……」
だけど、カメラマンさんの表情は固い。
榊さんと撮った写真を確認しながら話し合っている。二人とも渋い表情をしながら話し込み、結局、午前の撮影はこれにて終了となった。
俺は一つ息を吐いてパラソルの下に戻る。
多分、撮った写真が
表情固かったかなぁ……。
むにむにとほっぺをいじくってみるけど、自分じゃ分からない。
撮影がとりあえず一段落ついたところで、人だかりも散っていく。花蓮と桜ちゃんも、もうそこにはいなかった。
まぁ、当たり前か。臨海学校に来たのに海に入らずにいるなんてもったいないし。
一息ついて、用意された折り畳み椅子に座る。
「どうぞ」
「あ、ありがとうございます」
スタッフさんから飲み物をもらい、くいっと
「お疲れ様です、如月さん」
「お疲れ様です、榊さん」
言って、榊さんは俺にビニール袋を渡してくる。中には、出来たての海鮮焼きそばが入っていた。
「どうぞ。お昼ご飯です」
「わぁ、美味しそう……!」
こういうとき、本当はロケ弁とかなんだろうけれど、俺はこういうB級グルメというのも大好きだ。それに、海の家の焼きそばって美味しいし。
取り出して、早速いただく。
「美味しい……!」
「喜んでいただけたようでなによりです」
食べている俺の姿を見て、榊さんは優しく笑う。
けれど、直ぐに表情を戻すと、周囲を確認してから少しだけ声を潜めて言ってくる。
「休憩して、お昼を挟んだら水着の撮影になります。大丈夫ですか?」
「うっ……忘れてましたぁ……」
そういえば、そうだった。撮影はこれで終わりじゃない。午後には水着の撮影が待っている。
前と同じカメラマンさんなので、
「
「ですよね……」
確かに、午前の撮影だけでも人が多かった。大勢の人はプロモデルである東雲さん目当てだろうけれど、俺もそこそこに見られていたはずだ。ちゃんと注意しないと……。
「一応、アングルが下がる事はありません。あくまで服が主役ですので。ただ、
「そんな属性持ってませんよ!」
「なら安心です。では、ゆっくり休んでください。如月さんにとって本番は午後ですから」
言って、榊さんはスタッフさんの集まるテントに行ってしまった。
確かに、俺にとっての本番は午後の水着だ。撮影の方もそうだけど、男だってばれないようにしないと。
……一つだけ、男だってばれない方法があるにはあるけど、これは本当に最終手段にしたい。
ともあれ、今は食事だ。倒れちゃわないように、しっかり栄養補給しないと!
海鮮焼きそばを食べながら、とくにやることも無いので海で遊ぶ人達を眺める。
皆楽しそうだなぁ……。
大人も楽しそうだけど、やっぱり子供達の方が楽しそうだ。浮輪を使って海を楽しむ子供。おもちゃのシャベルで砂を掘ったりして遊ぶ子供。ビーチボールで楽しそうに遊ぶ子供。
そうやって見ていると、ビーチボールが大きく飛んでしまい、俺達の撮影するスペースにまで飛んできてしまった。
カラーコーンを越えてぽてぽてと砂浜に落ちるビーチボール。子供達は、入って良いのか分からずにオロオロしてしまっている。
見やれば、スタッフさんは気付いていない様子。
俺は、焼きそばを置いて、ビーチボールの方へと小走りで向かう。
ビーチボールを持って子供達の方へと向かい、手渡しで返す。
「はい、どうぞ」
「「あ、ありがとう、お姉ちゃん!!」」
どうやら、子供達は双子なようで、容姿がとても似通っていた。着ている水着も、柄が同じだ。けど、片方はメンズ、片方はレディースだ。幼い顔立ちなので分かりづらいけれど、男女の双子らしい。
お礼を言うタイミングもぴったりだなと思いながら、可愛い
「ふふ、どういたしまして」
本当はお姉ちゃんじゃないけど、今はそれを言えない。
「悪いな、お嬢ちゃん。取ってもらって」
双子の後ろから、背の高い綺麗な女の人がやって来て申し訳なさそうに言う。
どうやらこの人が二人の保護者らしい。
スポーティーな水着に身を包んだ女の人は、健康的な小麦色の肌をしており、身体も引き締まっていた。
腹筋も綺麗に割れており、腹筋が割れていない俺はちょっとだけ羨ましく思う。ちなみに、深紅はトレーニングを欠かしていないので、身体はしっかりと引き締まっている。
「いえ、大丈夫ですよ」
「本当にすんません。ほら、お前等ももっと離れて遊べ」
「「はーい」」
返事をして、楽しそうにボールを持って離れていく双子。
「可愛いですね。ご
「いや、
言いづらそうにしながら、背の高い女の人は子供達の後を追うようにして去って行った。
何か悪いことを聞いてしまったかなと思いながらも、俺はお昼の途中だった事を思い出して、パラソルの方へと戻った。
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