第92話 輝夜 デート2

 輝夜さんとプールを満喫していると、そろそろお昼を食べる時間になった。


「黒奈、そろそろお昼にしましょう」


「うん。じゃあ、近くのフードコート行こうか」


 という事で、施設内にあるフードコートへ。


 フードコートには様々な種類のお店があり、ホットドック、たこ焼き、焼きそばなどの定番から、タコス、ピザ、ケバブなどの少しだけ変わったものもある。


 場所が場所なので、ジャンクフードしかないのは仕方ないだろう。


「うーん……これだけあると迷うわねぇ。黒奈は何食べる?」


「ケバブとか美味しそう」


「ケバブ、確かに。食べた事ないし、食べてみようかしら」


「でも、焼きそばも美味しそうなんだよねぇ」


「そうね。こういうところって目移りしちゃうわよね」


 何を食べるか話しながら、俺達はとりあえず何があるのかを見るためにぐるっとフードコートを回る。


 そうして歩いていると、やはり輝夜さんは目立つのだろう。大勢の視線を釘付けにしていた。


 まぁ、今をときめく人気アイドルだもの。注目を集めてしまうのは仕方のない事だ――って、それはダメだよ。


「むっ」


 俺は輝夜さんより少し前を歩き、スマホのカメラ・・・から輝夜さんを隠す。


 そして、ギロリとカメラを向けていた人を睨む。


 そうすれば、輝夜さんにカメラを向けていた人は、慌ててスマホを下ろす。良かった。あんまり睨んだ事無いから、効果があるか心配だったんだよね。


 しかし、それを顔に出してしまっては台無しだ。俺は怒ったような顔を維持して、輝夜さんの横に並ぶ。


 輝夜さんの横に並べば、輝夜さんはにまぁっとした笑みを俺に向けてくる。


「な、なに?」


「ふふっ、なぁんでも♪」


 やけに上機嫌に言う輝夜さん。


 ……いったいなんだというのだろうか?


 まぁ、機嫌が悪いより良いか。


 やけに機嫌の良い輝夜さんを連れ、フードコートを一周すれば、お互いに食べたいものが決まる。俺がたこ焼き。輝夜さんがケバブ。


 お互いそれぞれの出店に行き、食べ物を買う。


 早く買えた方が席をとっておくって事だったけど……あ、輝夜さんもう座って――


「ねぇ、アイドルの星空輝夜だよね? 俺ファンなんだよねぇ、一緒に写真撮って良い?」


「てかさ、SNS交換しない? めっちゃメッセ飛ばすよ?」


 ……ナンパされてる。


 つーんとすました顔でそっぽを向いている輝夜さんに、執拗に声をかけるナンパ男二人。


 はぁ……さっきのカメラの事があったんだから、ナンパこっちも警戒しなくちゃいけなかったのに……。


 無警戒に一人で行かせてしまった事を反省しながら、俺は輝夜さんのところまで向かう。


 こういう時、深紅がいれば速攻でナンパを撃退出来るんだけど、今日は深紅はいない。さて、どうしようか……。


 うーんと考えるけれど、考えがまとまる前に輝夜さんのところまでたどり着いてしまった。


 ナンパ男二人の視線が輝夜さんではなく俺に向く。


 うん、とりあえず邪魔かな。


「そこ俺の席なんで退いてくれませんか?」


 俺は、輝夜さんの真ん前の席を陣取っている男に言う。このテーブルは二人掛けで、椅子は二つしかない。つまり、この男は俺の席を奪っているという事だ。


「なに君? 輝夜ちゃんのお友達?」


「へぇ、お友達も可愛いね。ボーイッシュ系? 俺とか言っててちょー可愛いんだけど」


 へらへらと笑いながら、男は席を譲るどころか、まともにとりあうつもりも無いらしい。


 ていうか、ボーイッシュじゃない。俺は男だ。


「あの、退いてくれませんか? 邪魔なので」


 ストレートに言えば、男のにやけ面が少しだけ歪む。


「えー、酷くない? 俺達、輝夜ちゃんと遊びたいだけなんだけど?」


「そーそ。君も、俺達と一緒に遊ばない? 楽しいよー」


「お断りします。輝夜さんと一緒に遊んでるだけで充分楽しいので」


 花蓮とか桜ちゃんとか、俺の知り合いだったら話は別だけれど、相手は名前も知らない人だ。そんな人が加わったところで邪魔なだけだし、俺達が気を遣うだけだ。


「輝夜さん。別のところに行こっか」


「う、うん」


 輝夜さんはケバブとジュースを持って立ち上がると、俺の隣までくる。


 そのまま別の席に移動しようとするけれど、男達は俺達に着いてくる。


「ねぇ、そんな連れない事言わないでさ」


「俺達と一緒に遊ぼうよ~。損はさせないよ?」


 こうして絡まれる事自体が損だよ。


 俺は輝夜さんの手を引いて、無言で歩く。


 そんな俺の態度にれたのか、男の一人が俺の手を引っ張る。


「なぁ、無視すんなって」


 むっ、さすがにしつこい……。


 どうしてくれようかと考えを巡らせていると――


「ぐあっ!?」


「いでぇっ!?」


 ――唐突に、男達が痛みに呻き始める。


 何が起きたのかと思えば、聞き覚えのある声が聞こえてくる。


「お客様、他のお客様への迷惑行為はご遠慮願うメェ・・


 男達の頭を掴み、俺達から引き剥がしたのは、意外な人物であった。


「ツィ、ツィーゲ!?」


 山羊の角を生やした、片眼鏡モノクルをかけた美青年――ツィーゲは俺を見ると薄く微笑む。


「久しぶりだメェ、お兄さん・・・・


「あ、うん、久しぶり……」


「ちょっと待つメェ。こいつらを警備員室に突っ込んでくるメェ。今日はうちの店長が来てるから、こってり絞ってもらうと良いメェ」


「ちょっ、待て! 離せ! まず手を離せ!!」


「いでぇ!! 頭もげる!! もげちまう!!」


 男達が喚くけれど、ツィーゲは構わず引きずって行った。


「く、黒奈。あの人誰?」


「えっと……一応、友達、かな?」


 多分、きっと。強敵と書いて友と呼ぶ奴ではないと思う。


「なるほど」


 頷く輝夜さんに、俺は言う。


「とりあえず、ご飯食べようか」


「そうね」


 輝夜さんと席に着いて、ご飯を食べる。お互いの食べ物をシェアしたりと、中々に仲良しさんな事をしたりしていると、空いている席に戻ってきたツィーゲが座る。


「ふぅ……疲れたメェ」


「お疲れ様。ありがとうね、ツィーゲ」


「別に、これもメェの仕事のうちメェ」


「そういえば、何でツィーゲがここに? たい焼き屋さんは?」


「こっちの出店が急に人手が足らなくなって、メェと店長が駆り出されたメェ。あそこのたい焼き屋にいるメェ」


 言って、ツィーゲがタイ焼き屋さんを指差す。


「あの、アタシからもありがとう。助かったわ」


「メェは困ってるお兄さん・・・・を助けただけメェ。別にお前を助けた訳じゃ無いメェ」


 ツィーゲが素っ気なく言えば、輝夜さんは少しだけむっとしたような顔をする。


 っていうか、さっきからお兄さんって言ってる。てことは……。


「あの、ツィーゲ。俺の事、正しく認識してくれたって事で良いの、かな?」


 俺が恐る恐る言えば、ツィーゲはああと頷く。


「さすがに、その恰好を見れば分かるメェ。今までお姉さんだなんて言って、申し訳なかったメェ」


「い、いや、あの時は女装してたから……」


 思えば、ツィーゲと会うときは、女装かブラックローズの姿だけなような気がする。まともな姿を見せてないから、勘違いされても仕方ないだろう。


「それよりも、食べ終わったのなら遊んでくると良いメェ。メェは少し休んだら仕事に戻るメェ」


 言って、戻ってくる時に持ってきていた焼きそばを食べるツィーゲ。


 多分、ツィーゲなりに気を遣ってくれているのだと思う。ここは、素直に頷いておこう。


「うん、ありがとうツィーゲ。それじゃあ、行こうか輝夜さん」


「ええ……」


「じゃあね。今度お店に遊びに行くね」


「お待ちしてるメェ」


 ツィーゲに別れを告げ、俺達はゴミを捨ててからプールに向かう。


 その間、輝夜さんは少しだけ機嫌が悪そうだった。ナンパされた事が嫌だったのだろうか?


「ごめんね、輝夜さん。ナンパされるって考えてなかった」


「え? ああ、それは別に良いのよ。アタシも今日は油断してたから。それよりも」


「それよりも?」


 輝夜さんは不満そうに頬を膨らませる。


「あのツィーゲって男、なんかムカつくわ。アタシの事邪険にして。それに、黒奈とも仲良いし」


「初対面だったから、距離感が掴めなかったんだよ。それに、輝夜さんとの方が仲良しだよ?」


 ツィーゲとは遊びに行った事が無いけれど、輝夜さんとは一緒に遊んだ事がある。まぁ、ツィーゲは誘って良いのかどうか分からないから、誘えていないっていうのも理由の一つだけど。


 いまだに、ツィーゲがどういう扱いになっているのか分からない。


 そこら辺、詳しい人に聞けば良いんだろうけれど、俺には詳しい人の知り合いは一人もいない。深紅ならコネとかありそうだけど、難しい話なら俺は理解できないだろうし。


 まぁ、ツィーゲとは機会があれば遊びに行こう。ツィーゲ、何をするのが好きなんだろうか?


「ちょっと、考え事?」


「え、ああ、うん、ごめん」


 俺が正直に頷けば、輝夜さんはむっとした顔をする。


「黒奈、今日はアタシと遊んでるの。このアタシから意識を逸らそうなんて、許されないわよ?」


「ご、ごめんなさい」


「もうあの男の事は忘れなさい。今からは、アタシと全力で遊んで楽しむの。良い?」


「うん、分かった」


「よろしい」


 鷹揚に頷き、すぐに笑顔になる輝夜さん。


「さ、それじゃあ遊びましょう! ウォータースライダー乗るわよー!!」


「か、輝夜さん! 食後にウォータースライダーはきついと思うな!!」


 ウォータースライダーに乗ろうとする輝夜さんを必死に止め、お腹を慣らすためにまずは流れるプールなどに行こうと提案をする。


 渋々だけれど提案を受け入れてもらえ、俺達は流れるプールに向かった。


 一緒に流れてるだけで充分楽しいし、それに、輝夜さんとなら、きっとどこでだって楽しい。


 俺達はプールを満喫した。花蓮や桜ちゃん達が来られなかったのは残念だけど、たまには二人っきりで遊ぶのも悪くないなと思った。


 でも、今度は皆で一緒に来よう。深紅には絶対来てもらう。深紅は男除けになるから。今度はしっかり|深紅(たて)を装備しよう。


 そんな事を頭の片隅で考えながら、俺は輝夜さんとのプールを楽しむ。


「うーん。パーカーが邪魔だから、脱いでくるね?」


「ダメよ!! それだけは絶対にダメ!!」


「え、なんで?」


「ダメったらダメぇ!!」


 ……解せぬ。

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