第91話 輝夜 デート1
ポスターモデルの撮影が終わってから数日後のとある夏休みの一日。
この日、俺はプールに来ていた。
「さ、行きましょう、黒奈」
「う、うん」
嬉しそうに俺の手を引っ張るのは、アイドルであり、魔法少女であり、お友達である少女、星空輝夜だ。
イベント事が目白押しの夏に、ようやっと休みのもらえた輝夜さんと一緒にプールに来た。理由は、輝夜さんが今話題のレジャー施設、バミューダトライアングルランドのチケットを二枚入手したからだ。
めったにない休日という事もあり、輝夜さんに俺は誘われたのだけれど、花蓮と桜ちゃんは用事があったらしく、今日は来られなかった。こういうレジャー施設は大勢で来るのも楽しいので、ちょっと残念だ。
ていうか、施設名大丈夫かな? バミューダトライアングルって確か魔の三角海域って言われてるところじゃなかったっけ?
施設名に一抹の不安を覚えながらも、楽しそうにしている輝夜さんに手を引かれ、俺達はバミューダトライアングルランドに足を踏み入れた。
輝夜さんは変装の一環でサングラスをしているけれど、綺麗な金髪や隠しきれないオーラもあいまって、周囲の注目をこれでもかと引いていた。
「黒奈、更衣室に行くわよ」
しかし、輝夜さんは周囲の目を気にした様子もなく、更衣室まで――って、ちょっと待って!!
「か、輝夜さん! 俺
「え、あ、ああ、そうね。自然に
それはそれでどうなのだろう? 俺は男なのだから、もう少し意識してほしいものだ。
「それじゃ、入り口付近に集合ね! 一人で泳がないでよ?」
「うん、待ってるよ」
「じゃ、またね!」
笑顔で手を振って、輝夜さんは女子更衣室へ入っていく。
本当、楽しそうだなぁ。まだプールに入ってないのに。それだけ今日が楽しみだったのかな?
まぁ、かくいう俺も今日は楽しみだった。プールなんて久しく行ってないし、そもそもこういうレジャー施設にあまり来た事が無いから。
楽しみだなぁと思いながら男子更衣室に入れば、なぜだか俺を見た人はぎょっと目を見開く。え、何?
「……?」
俺は自分の恰好を確認してみるけれど、特におかしな点は無い。
……? ま、いっか。なんか驚くような事があったんだろう。
そんな風に考えて、俺はすぐに水着に着替える。男の着替えなんて簡単だ。脱いで履くだけ。
水着に着替えた後、俺は上にラッシュガードを羽織る。なんか、プールに行くって言ったら深紅が貸してくれたんだけど……すっごい念を押して絶対に着ろって言ってた。なんでだろう? そんなに着心地良いのかな?
ま、せっかく借りたんだし、着てみようと思う。って、深紅の奴、値札ついたままじゃないか。まったく、ずぼらだなぁ。
いつも持ち歩いているソーイングセットからハサミを取り出して、ちょきんと値札を切る。
ロッカーに鍵をかけて、腕にバンドと一体になっている鍵を付ける。
輝夜さんを待たせても悪いので、さっさとプールの入り口まで向かう。
更衣室を出て通路を少し進めば、プールにたどり着く。
「わぁ……おっきい」
予想していたよりも大きいプールに、思わず感嘆の声をあげる。
ウォータースライダー、流れるプール、波のプール。その他にも、浅いプールや温水プールなど、様々なプールがある。
浮き輪を使って遊ぶ子供や、ナンパをする男の人。家族で一緒に遊んだり、友達同士で楽しそうに泳いだりもしている。
海の時と同じで、皆笑顔だ。
プールの様子を眺めながら輝夜さんを待っていると、ぽんと肩を叩かれる。
「お待たせー」
「ううん、そんなに待ってないよ」
言いながら、振り返る。
そこには、黄色を基調としたビキニに身を包み、腰にパレオを巻いた輝夜さんが立っていた。
「どお?」
にっと自信満々に笑み、ポーズをとる輝夜さん。さすがにアイドルだけあって、ポーズも表情もさまになっている。
「うん、とっても似合ってる。あ、パレオに薄く星がある。輝夜さんにぴったりだね」
「お、おお……普通に褒められるとは……」
俺の反応を見て苦笑いを浮かべる輝夜さん。
「ん、何かおかしかった?」
「ううん、おかしくはない。ただ、もっと男子らしい反応を期待したんだけど……」
言って、諦めたように笑う。
「黒奈に期待するだけ無駄ね」
「む、それはどういう意味かな?」
「そのままの黒奈で良いって事よ。それよりも、早く遊びましょう!」
「むー……」
なんだか誤魔化されたような気がしないでもないけれど……まあ、こだわる事じゃないか。それよりも、輝夜さんのたまの休日なのだ。輝夜さんが満足いくまで、めいっぱい遊ぼう。
輝夜さんに手を引かれ、俺はプールへ向かう。
「まずはどれから入る? ウォータースライダー?」
「最初から飛ばし過ぎじゃない? 普通のプールでならそうよ」
「え~? 普通のプールじゃ面白味ないじゃない」
「じゃあ、流れるプール?」
「うん、よろしい。じゃ、流れるプール!」
テンション高めに言って、流れるプールへ向かう輝夜さん。
流れるプールにゆっくりと入り、俺達は流されるままぷかぷかとプールに浮かぶ。
「黒奈、ラッシュガード脱がないの? それってプールに入る前に脱ぐものでしょう?」
「うん、深紅が着てろって。なんでだろうね?」
「あ、あぁ……なるほど。納得だわ」
酷く納得したように頷く輝夜さん。
え、今ので分かったの? 俺は分からなかったのに……。
「ねぇ、なんでこれ着てないとダメなの?」
「それはアタシの口からは言えないわ。後で和泉くんに聞きなさい」
「深紅、答えてくれなかった」
「ならまだ語るべき時ではないのかもしれないわね……」
うんうんと訳知り顔で頷く輝夜さん。むぅ、俺だけ仲間外れ……。
「そんなことよりも、この間は大丈夫だった?」
輝夜さんがあからさまに話題を変える。俺だけ知らないのは納得いかないけれど、ここで問い詰める事でもない。後で深紅に問いただそう。
「この間って、撮影の事?」
「そーそ。上手くいった?」
「うん。あっ、あの時はありがとう。来てくれて嬉しかった」
「気にしないで。アタシが好きで行っただけなんだから。それに、花蓮と桜と一緒に遊べたのも楽しかったしね」
そう言って、屈託なく笑う輝夜さん。
「それより、後でポスター送ってよ? 部屋に飾るんだから」
「うん、分かった」
「そういえば、東雲さんSNSにあんたの写真載っけてたけど、大丈夫なの?」
「俺として撮った訳じゃないから、大丈夫だよ」
「ああ、まぁ確かに。けど、あんたも気を付けなさいよ? 今回の事でいろんな人に知られちゃったんだから。芸能界でも大変よ? 例のあの人が芸能界進出か!? とまで言われてるんだから」
「え、そんな事になってるの!?」
俺、別に芸能界に進出しようなんて考えてないんだけど……。
「ええ。あんたにその気が無いなら、しばらくは仕事引き受けるのは控えた方が良いわよ」
「う、うん……そうする」
騒がれてるって事は、榊さんと深紅、輝夜さんにも迷惑かけてるかもしれない。深紅達は俺の知り合いの中で芸能界に通じている人達だ。深紅達から俺の連絡先を聞き出すか、俺と会わせてくれって連絡が来てても不思議じゃない。
「ねぇ、輝夜さん。その、俺に会わせてくれって言われたり、してる?」
「ええ、マネージャーとか事務所に日に何度も来てるわよ。多分、榊さんも同じ状況なんじゃないの?」
「ご、ごめんなさい! 迷惑かけちゃって……」
「気にしないでよ。芸能界じゃよくある事だから。なんて言われても、あんたの事を教えるつもりはないから安心して」
「……ありがとう。でも、あまりにしつこかったら言って? 俺、一回だけなら出ても良いから」
「ダメよ。あんたにその気が無いなら、一回でも出ちゃダメ。味をしめて何度だって声をかけてくるんだから。それに、このアタシを橋渡しに使うような奴に情報なんてあげてやるもんですか」
ふんっと怒った調子で言う輝夜さん。
輝夜さんのところに連絡が行ってるって事は、深紅や榊さんのところにもそういった連絡が来てる可能性が高いよね。後でちゃんと確認しとかないと……。
「それに、あんたとまだ一緒のステージに立ててないのに、他の人にこれ以上先を越されるのも嫌だしね」
そういえば、輝夜さんに一度共演しても良いという旨を伝えていたっけ。確かに、先に約束したのは輝夜さんだ。
「オファー待ってる」
「あ、言ったわね? 言っとくけど、ゲストじゃなくて、アタシとあんたで最後まで歌うんだからね?」
「え」
げ、ゲストじゃないの……?
「ゲストじゃないわよ? アタシのライブじゃなくて、あんたとアタシのライブにするつもりなんだから。そのための準備も実は進めてるのよ?」
「え、本当に!?」
「ええ。アタシも作詞頑張ってるわ」
えっへんと胸を張る輝夜さん。
お、俺の知らない間に、そんな事になってたなんて……。てっきり、ゲスト出演くらいだと思ってた……。
安請け合いしたけど、大丈夫だろうか? ライブは体力が必要だと聞くし、果たして大勢の前に長時間立つ事が出来るだろうか……。緊張でぶっ倒れやしないだろうか?
不安だ……。
「今日は作詞のインスピレーションを得るためにあんたを誘ったんだから。目一杯楽しむわよ!」
言って、流れるプールから上がる輝夜さん。
「次は波のプール! さ、行くわよ!」
「う、うん」
慌てて流れるプールから上がって、輝夜さんの後を追う。
まぁ、今日は目一杯楽しむ事にしようか。せっかく輝夜さんが誘ってくれたんだし。
「あ、黒奈、アイスがあるわよ! 食べましょう!」
「お腹冷やすから後にした方が良いと思うな!」
それはそうと、輝夜さんはっちゃけてません? もしかして、作詞のインスピレーションとか関係なく、今日を楽しみにしてたとか?
まぁ、人気アイドルだから仕事仕事の連続で、遊んでる暇なんて無いだろうからな……。
「それもそうね。お昼に食べましょうか。なんだか目移りするものが一杯ね」
楽しそうに色んなものに視線を移す輝夜さん。
うん、今日は俺も輝夜さんと一緒に目一杯楽しむぞ!
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