第90話 十二星座会議
光源の乏しい真っ暗な空間。もうそろそろ光源の一つでも足して良いのではと思っているけれど、かたくなに却下されているために、今日もこの空間は薄暗い。
そんな空間の中、不機嫌そうにテーブルに足を乗っけて椅子にふんぞり返る女が一人。
「んで、言い訳があるなら聞こうか? なんでブラックローズと戦う事を止めた?」
誰がどう見ても怒った様子の女――シュティアは、同じく席に着く双子――ツヴィリングを睨みつける。
「ええ、それはぜひとも聞きたいところですわね」
シュティアに便乗してしかめっ面のアクアリウスが言う。
ヴィダーも言葉には出さないけれど、なぜ戦う事を拒否するばかりか、戦おうとしたシュティアを止めたのか疑問に思っているようであった。
アクアリウスもヴィダーも魔法少女に
他の者も差はあれど、気になっているようではあった。
「「それは……」」
言い淀むツヴィリング。
「まぁまぁ、良いじゃない。戦いたくないなら戦わなくたって」
そんなツヴィリングを擁護するように、一人お誕生日席に座った者が軽い調子で言う。
「おい、そりゃあどういう事だ?」
額に青筋を浮かべてシュティアは言う。
「オレ達の目的を果たすのに、厄介な奴はいないに越した事はねぇだろうが。それを分かってるから、あんたは要注意人物としてブラックローズの名前を出したんじゃねぇのか?」
「要注意ではあるけどね、そこまで気にする事でもないんだ。ヴァーゲ、
「上々です。
「うん、良い進行速度だね。ありがとう」
ヴァーゲの返答に満足げに頷く。
「良い? 私達の最終目的は
「はっ! だからなんだ。そんな事が聞きてぇ訳じゃねぇんだ。そいつが戦わないのは良い。けど、戦う意志のあったオレを何で止めたのか、それが聞きてぇんだよ」
シュティアの言葉に、アクアリウスがこくこくと頷く。
「ふむむ、それもそうだね。ツヴィリング、理由を説明してあげてくれない?」
そう言えば、ツヴィリングは言いづらそうに口を開く。
「「戦いたくないって思った。それに、
ぽつりぽつりとツヴィリングは言葉をこぼす。
「「お姉ちゃん、悪い人じゃなかった。優しくて、格好良くて……」」
「うんうん、そうだねぇ」
「おいボス、あんたが頷いてどうするよ」
ボスと呼ばれた人物はツヴィリングの言葉にうんうんと深く頷いていた。それを、呆れた目をしてシュティアがつっこむ。
仮にも
そんなボスを気にする事もなく、ツヴィリングは続ける。
「「……僕、お姉ちゃんの事を好きになっちゃったんだと思う。だから、戦いたく無しい、大好きな皆にも戦ってほしくないんだ……」
大好きな皆という言葉に、シュティアは恥ずかし気に頬を掻く。
「ヴィダー、あれが天然よ」
「な、なにが言いたいんだか、ちっともわかんね」
アクアリウスがヴィダーに言えば、ヴィダーは視線を逸らしてぼそぼそと言う。
「け、けど、それはお前の意見だろ? お前には悪いと思うが、オレは戦うぞ」
「「……」」
シュティアがそう言えば、ツヴィリングはしゅんと落ち込んだように肩を落とす。
ツヴィリングも分かっているのだ。これが自分の我が儘で、全体の目的とは反してしまっている事を。
「そうだね。戦う必要が無ければ戦わなくても良いけど、戦う必要があるなら戦ってほしいな。本筋から逸れなければ良いけど、本筋から逸れるようであれば私も罰を与えざるを得ないしね」
すっと冷えた声。その罰というのが冗談ではない事を言葉一つで知らしめる。
その一言で、ツヴィリングは覚悟を決めたようにボスを見る。
「「……分かった。じゃあ、僕は、この件から降りるよ。十二星座も辞める」」
ツヴィリングがそう言うと、皆が驚愕の表情を浮かべる。
そんな皆に何を言うでもなく、ツヴィリングは椅子から降りる。
「え、おい待てよ! 何も辞める事ねぇだろ!」
シュティアが慌てて言うけれど、ツヴィリングは足を止めない。
ツヴィリングはどちらかだけの味方を出来なくなった。どちらの敵にも回れず、どちらの味方にもなれないのであれば、自分は邪魔にしかならない。ここに居ても、意味が無い。ここは、居るだけではダメなのだ。
「「皆の邪魔はしないよ。このことを、誰かに話すつもりもない。僕は、皆が大好きだからね」」
皆の目的の果てにあるものを否定はしない。自分も、それを望んだ口だから。けれど、それにブラックローズが立ちはだかるのであれば、自分は戦えない。
「「じゃあね、ばいばい」」
それだけ言うと、ツヴィリングはその場を後にした。
しばらく静まり返っていたけれど、ヴァーゲが一つ溜息を吐く。
「はぁ、これでまた一人脱落ですか」
「そう言わないであげてよ。あの子も心苦しいと思ってるんだからさ」
けれど、戦力が一つ減った事は確かだ。
結果、取れる行動も一つ減ってしまった。
けど、まぁ、さしたる問題は無い。目的達成まであと半数。
「さて、それじゃあ気を取り直して、会議を始めようか」
ボスが陽気に手を叩いて会議を再開させる。
他の者はそのまま会議を進めるけれど、シュティアだけは納得がいかないような顔をして、終始不機嫌だった。
会議が終われば、各々はそれぞれの持ち場に戻る。
「ねぇ、スコルピオン」
いつもなら、普通に解散して終わり。けれど、今日は違った。
「んむ? なんじゃユングフラウ」
ユングフラウがスコルピオンを呼び止める。そして、スコルピオンに向けて、一枚の裏返された写真を渡す。
「これ、貴女にあげようと思って」
唐突に差し出された写真に、スコルピオンは思わず警戒したような顔をしてしまう。
「……御主が儂に贈り物とは……。さては、何か企んでおるな?」
「ふふ、やあね。私、そんなに腹黒じゃないわよ?」
「どうだか……」
普段のユングフラウの行いを見ていれば、彼女が腹黒くないとは言えない。なまじ、彼女の普段を知っているスコルピオンには、彼女が何かを企んでいるとしか思えなかった。
最大限の警戒をするスコルピオンを見て、ユングフラウはふふっと笑う。
「大丈夫よ。確かに少し頼み事をしたいけれど、簡単な事だから」
「簡単な事ぉ? 御主が言うと怪しさ満点じゃのう……。まぁ良い。物と要求次第じゃな」
「ふふっ、そうこなくっちゃ」
笑っているユングフラウの手から|物(ぶつ)を受け取ると、スコルピオンはカッと目を見開く。
「こ、これは……!! ブラックローズの水着写真!!」
そう、ユングフラウが渡したのはブラックローズの水着写真だ。それもEternity Aliceの撮影の時に着ていたものだ。しかし、それだけではない。
「お、御主! これをどうやって手に入れた! いや違うな。
「へぇ、やっぱり分かるんだ」
にやりと、ユングフラウが黒い笑みを浮かべる。
「当り前じゃ! これはSNSに上がってないアングルのものじゃ! 儂はブラックローズの写真が無いか、毎日ハッシュタグブラックローズで検索しておるのじゃ!! 全ての写真を
「え、それはキモ……」
キモイと言いかけて、無理矢理止める。
まさか同僚がこれほどまでにブラックローズへ心酔しているとは思っていなかった。
目を
「ま、まぁ良いわ。それで、受けてくれるかしら?」
「枚数が足らん。これ一枚で動くほど、儂は安くは無いぞ?」
「まさか。一枚だけな訳ないでしょ?」
言って、どこからともなく写真の束を取り出す。
「これ全部上げる」
「やろ――いや待て、待つんじゃ儂。目的をまだ聞いておらん」
写真の束に即答しそうになったけれど、ぎりぎりのところで踏みとどまる。
「して、儂に何をしてほしいのじゃ?」
「逆よ、逆。何もしないでほしいの」
「どういう事じゃ?」
「私が動けばあなたもすぐに分かるでしょう?」
「まぁ、
「だから、私が何をしても動かないでほしいの。今回は誰の邪魔もされたくないのよ、私」
「ふむ……それだけならば問題無かろう。分かった。儂は今回は何もせぬ」
スコルピオンがそう言えば、ユングフラウはにやりと笑う。
「言質は取ったわよ? じゃあ、それ全部上げるわ」
「むふふ、感謝するぞ、ユングフラウよ。あ、待て! データも持っていたら置いていけ! 儂のブラックローズフォルダに追加するんじゃ!」
スコルピオンの要求に一瞬考え、けれどすぐに頷く。
「ええ、良いわよ。ただ、すぐに使いたいからちゃんと返してちょうだいね」
「分かっておる。コピーが終われば御主の家まで持っていこう」
「ええ、お願いね」
言って、スコルピオンにピンク色のメモリーカードを渡す。
「随分とまぁ可愛らしいメモリーカードじゃのう」
「良いでしょう、別に」
「悪いとは言っておらん。では、またな」
うきうきとスキップをしながら帰るスコルピオン。
その後姿を見送りながら、ユングフラウは一つの写真を眺める。
「さて、どう利用してくれようかしら」
ふふっと悪い笑みを浮かべるユングフラウ。その写真には、楽しそうに話す和泉深紅と如月黒奈が写っていた。
その写真を懐にしまうと、ユングフラウは軽い足取りで歩きだす。
「ふふっ、待っててね、私の王子様」
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