第89話 クランクアップ

 最終日。もう見慣れてしまったようなビーチで最後の撮影が始まる。


 俺達はさっそく水着に着替え、ビーチに集合する。


 榊さんが皆の前に立って、最後の開始の挨拶をする。


「さて、最終日です。皆さんお分かりの通り、今日が最後のチャンスです。まぁ、しかし」


 俺達スタッフの顔を確認して満足そうに頷く。


「大丈夫そうですね。なら、私から言えることは一つだけです。皆さん、最高の一枚ベストショットを撮りましょう!!」


「「「「「おう!!」」」」」


 榊さんの言葉に、全員が声を上げる。もちろん、俺も声を張り上げる。気合十分だ。


 挨拶もそこそこに、撮影は開始される。まずは東雲さんのピンでの撮影だ。


「黒奈よく見てなさい。最高の手本を見せてあげるから」


 自信満々にそう言い、俺に着ていたパーカーを預ける東雲さん。


 東雲さんがビーチに立つ。それだけで、空気が変わる。


 一つ一つ、自然な動作でポーズをとる。時に挑発的に、時に|蠱惑的(こわくてき)に、時に恥ずかし気に。まるで百の顔を持つかのようなそのポーズの数々に、俺は思わず魅了される。


 最後の撮影だけれど、野次馬の数は変わらない。いや、それどころか昨日よりも確実に増えている。


 多分、ブラックローズだとばれてしまったからだ。だから、人が増えた。魔法少女やヒーローというのは結構希少だ。だから、物珍しさに集まってきたのだろう。


 けれど、彼らは今俺を見ていない。皆が皆、東雲さんの一挙手一投足に魅了されている。


 それはそうだ。こんなにも綺麗で、こんなにも魅力的なのだ。目を奪われるのも当然だ。俺だって、食い入るように見入ってしまう。


 凄い……。


 感嘆かんたんは声にならない。胸中で思うのが精一杯だ。


 一つ一つが洗練されている。俺とは年期が違う。自分の見せ方が上手いのだ。


 かつて、輝夜さんが言っていた、自分を魅せるっていうのは、きっとこういう事なのだろう。それを実感するほど、昨日よりも、一昨日よりも、東雲さんは綺麗だった。


 わずかな時間で撮影を終わらせ、悠々と戻ってくる東雲さん。東雲さんも納得のできなのか、満足そうな顔だ。


「どお? 良いお手本になったでしょ?」


「はい、とっても! もう、すっごい綺麗でした! なんか、こう、洗練されてるって言うんでしょうか!? 見ていて引き込まれるような魅力があって、目を離せませむみゅぅ」


「そ、そこまで言わなくて良いから」


 俺のほっぺを両手で挟んで言葉を止めてくる東雲さん。ほっぺが赤いから、照れてるんだろうな。


「……んんっ。次はツーね。どう、いけそう?」


「ばっひりれふ!」


「あ、ごめん。放してなかったわね」


 東雲さんが俺のほっぺから手を放す。


「ばっちりです!」


「そ、なら良いわ。ツーショット、頑張りましょう」


「はい!」


 俺が元気よく頷けば、東雲さんはふっと穏やかな笑みを浮かべる。


「お~~~~~~~~い。雨音ちゃ~~~~~~~~ん」


 ふいに、どこからか東雲さんを呼ぶ声が聞こえてくる。


「この声は……」


 東雲さんはまさかといった表情で声の方を見る。俺も、つられて声の方を見る。


 声の方を見れば、黒髪のショートカットの女性が、ぶんぶんと手を振ってこちらまで走ってきていた。


 その少女を見て、東雲さんが驚いたように声を上げる。


「詩織!?」


「え、詩織って、東堂さんですか?」


「え、ええ。でも、なんでここに……」


 どうして食中毒で休んでいる東堂さんがここにいるのか。困惑している間に東堂さんは俺達のところへやってくる。


 近くで見れば分かるけれど、東堂さんは可愛いというよりは、綺麗めな美人さんだった。けど、雰囲気はどこかふんわりとしていて、とっつきにくい感じは無い。


「えへへ、来ちゃったぁ」


 そう言って笑う東堂さん。


「あ、あんた、体調は?」


「もうばっちり! 今日も来る前に牛丼三杯食べちゃったぁ」


 言って、お腹をぽんぽん叩く東堂さん。


「あんた、全然懲りてないじゃない……」


 笑いながらお腹を叩く東堂さんに、東雲さんは呆れたように溜息を吐く。けれど、その顔は若干ほころんでいて、東堂さんが来てくれたことが嬉しいようだ。


 ていうか、三杯も食べたのか。食べるのが好きなのかな?


「ていうか、あんたなんでここに?」


「なんか、撮影が上手くいってないみたいだったから、応援しに来たんだぁ」


 ふれーふれーと手を振る東堂さん。


「よくわかったわね、上手くいってないって」


「雨音ちゃんからメッセが全然届かないから、あぁ、上手くいってないんだなぁって思ったんだ。雨音ちゃん、上手くいってるときはメッセいっぱいくれるけど、上手くいってないときは周りにさとらせないように口数少なくなるんだもん」


 確かに、撮影中とか、それ以外のときの東雲さんはあまり口数が多くはなかった。俺と和解してからは、結構喋ってくれるようになったけど。


「ぐっ……」


 図星なのか、東雲さんは言葉を詰まらせる。


 そんな東雲さんに、東堂さんは申し訳なさそうな顔をする。


「ごめんね。わたしのせいだよね。雨音ちゃん、この撮影すっごく楽しみにしてたもんね」


 東雲さんにそう言った後、東堂さんは俺の方を見る。


「如月さんにも、迷惑かけちゃいましたね。多分、雨音ちゃんもきつく当たっちゃったと思います。本当にごめんなさい」


 ぺこりと頭を下げる東堂さん。


「い、いえ。大丈夫ですから、頭を上げてください!」


「そ、そうよ! 迷惑はかけたけど、ちゃんと仲良くなったんだから! ね?」


「はい! もうとっても仲良しさんです!」


 俺達がそう言えば、東堂さんは頭を上げてくれる。


「それなら良かったです。雨音ちゃん、今回の事、本当に楽しみにしてたから……わたしが食中毒になって撮影できなくなっちゃったから、拗ねちゃってるかなって思って……」


「べ、別に拗ねてないわよ……」


「そうでなくても、如月さんには急な話だったと思うから、本当にご迷惑おかけしました……」


「い、いえ。私もいい経験になりましたから。それに、東雲さんと撮影出来なかった東堂さんの方がお辛いでしょうし、Eternityエタニティ Aliceアリスの撮影はモデルさんにとっては重要な事だって聞きましたし……」


「はい。ですから、秋は・・食中毒にならないように気を付けないとですねぇ。いえ、食中毒だけではないですけど」


 Eternity Aliceの仕事が流れてしまったというのに、あまり落ち込んだ様子のない東堂さん。あれ、Eternity Aliceの仕事って、結構大事なんじゃ……。


 東雲さんも違和感に気付いたのか、東堂さんに尋ねる。


「ちょっと待って。秋はってどういう事? 秋になにかあるの?」


「あれ言ってなかったっけ?」


 東雲さんが尋ねれば、東堂さんは呑気のんきな声音で言う。


「今回の仕事は流れちゃったけど、秋の新作のモデルに起用してくれるんだって」


「は、はぁっ!?」


 東堂さんの言った内容に、東雲さんは盛大に驚く。


「え、ちょ、ちょっと待って! それ本当!?」


「うん。榊さんから直接連絡があったよ?」


 言いながらスマホを操作し、メールを見せてくる東堂さん。そこには、確かに秋の新作のモデルに起用させてほしいというむねが書かれていた。


「な、なによそれぇ!!」


 東雲さんは絶叫を上げると、東堂さんの頭を掴む。


「ほへ?」


「ほへ? じゃない!! そういう大事な事は、ちゃんと私に教えなさいよね!!」


「ほ、ほえぇぇぇぇ。詩織ちゃん、わしゃわしゃしないでぇ……」


「このっ、このっ、こっちがどれだけ気を揉んだか……!!」


 東堂さんの髪の毛をわしゃわしゃと乱す東雲さん。本来なら止めるべきなんだろうけど、今回は止めない。その報告があるのと無いのとでは、東雲さんの最初の心境が全然違ったからだ。


 東雲さんが事前にその情報を知っていれば、撮影はもっと円滑に進んだに違いない。必要罰だ。俺は止めない。


 東雲さんが納得がいくまで頭をかき乱し、ようやく終われば、東堂さんは頭をふらふらさせる。


「ほ、ほへぇ……頭がぁ……」


「ふんっ、反省なさい!」


 怒ったようにそう言うけれど、安どしたような顔をしているのを俺は見逃さなかった。やっぱり、大事な友人の、大事な仕事が流れてしまったことは気掛かりだったのだろう。


 髪の毛がぼさぼさになった東堂さんは、手櫛てぐしで髪を直す。


「もー、酷いよぉ」


「酷いもんですか! 大事な連絡をおこたったあんたの方が酷いっての!」


「むーっ。雨音ちゃん、酷いと思わない?」


 頬を膨らませて俺に聞いてくる東堂さん。すみません、こればっかりは頷けません。


「ちゃんと反省してください」


「そんなぁ……」


 しゅんと落ち込む東堂さん。


 うっ、ちょっと心が痛む。


「優しい言葉をかけちゃダメよ黒奈。この子は一回ちゃんと反省するべきなのよ」


「しゅん……」


 落ち込んだように頭を下げて、ぐりぐりと東雲さんの肩に押し付ける東堂さん。


「鬱陶しい」


「ひどぉ~い!」


 鬱陶しいと言いながらも、満更でもなさそうな東雲さん。


 多分、二人はいつもこんな感じなんだろうと思う。東雲さんが東堂さんを引っ張って、東堂さんは東雲さんの後にくっついて。なるほど、東雲さんが姉御肌になるのも頷ける。


 ……ん? なんか既視感が……。


 二人の関係に少しだけ既視感があったけど……うん、多分気のせいだな。


「お二人とも、撮影を始めますよ~!」


 三人で和やかにしていると、スタッフさんに撮影開始の声をかけられる。


「分かりました! 行きましょう、東雲さん!!」


「ええ。ほら詩織離れて。撮影行ってくるから」


「ぐすん……雨音ちゃんが冷たいよぉ」


「冷たくないっての」


 東堂さんの頭を無理矢理離す東雲さん。もうっと呆れたように言った後、笑みを浮かべて東堂さんに言う。


「撮影が終わったら、三人で遊びましょう」


「うん……でも、時間あるかなぁ?」


「時間? あるに決まってるでしょ?」


 言って、自信満々に笑みを浮かべる東雲さん。


「毎秒最高のポーズをとってあげるわよ。今日の私は失敗する気が全然しないんだから」


 そう言った東雲さんの宣言通り、撮影はかつてない早さで終わった。


 東雲さんはポーズの一つ一つを完璧にこなし、俺もつられるようにベストなポーズをとることが出来た。


 撮り終わった写真を送れば、一発オーケーだった。


 こうして、困窮を極めた撮影は、あっけないほど簡単に終わった。


 改めて思う。本気になった東雲さん、凄い……。

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