第47話 変身しなくても多少は強い
まあ、そうなるだろうなとは思っていた。
しかし、彼等からしたら驚きであったようで、皆一様に驚いたような表情をしている。しかし、青崎さんはいくらか予想が出来ていたのか、沈痛な面持ちをしていた。
驚きは束の間、赤城くんが怒ったように眉を吊り上げてテーブルを叩く。
「どういうことだよ! オレはあんたが稽古をつけてくれるって言うから来たんだぞ!?」
赤城くんが怒り出すのはなんとなく予想が出来ていたので、俺と碧はスープと飲み物をテーブルから持ち上げてこぼれないようにしている。安心してくれ、スープは一滴たりともこぼしてない。
ていうか、白瀬さんが怖がってるだろうが。大きな声を上げるんじゃない。
「どういう事もなにも、さっき言った通りだ。俺は今の君達に手を貸すつもりは無い」
「ふっざけんな! 今更そんな事言ってんじゃねぇよ!」
「ふざけてるのは君達だ。青崎さん、君、なんて言って彼等をここに連れて来たんだい?」
深紅が冷たい眼差しのまま、青崎さんを見る。
青崎さんは一瞬身を震わせた後、申し訳なさそうに俯いて言った。
「和泉さんに……クリムゾンフレアに稽古をつけてもらえる、と……」
あぁ……嘘を着いて連れて来ちゃったわけか……。
「俺は言ったよね? 手を貸すかどうかは、話を聞いてからだって」
「はい……」
「まあ、正直そこは良いよ。突然差し伸べられた救いの手だ。舞い上がっちゃうのも仕方がないからね」
そうは言うが、深紅の声は依然として堅いまま。良いとは言ってるけれど、怒ってないわけではないだろう。
「一番の問題は、君達全員が俺に教えを
赤城くんはふんと鼻を鳴らし、黄河くんはくいっと眼鏡を押し上げ、白瀬さんはびくりと肩を震わせる。
「当たり前だ。オレ達はオレ達だけでうまくやれる! あんたの手を借りる必要なんてこれっぽっちも無いんだよ!」
「同じく。チームすら組んでない人にあれこれ言われるのも混乱の元ですからね」
「わ、わたしは……」
赤城くんと黄河くんはあくまで強気で、白瀬さんは申し訳なさそうに。
深紅は溜息一つ吐くと、面倒臭そうに言う。
「なら、この話はこれまでだ。俺はもう帰らせてもらうよ」
立ち上がり、かばんを掴む深紅。
「ま、待ってください!」
慌てたように青崎さんが声をかけるが、深紅はそれを無視して俺を見る。
俺が一つ首を横に振ると、深紅はそのまま店を出て――って、深紅の奴、伝票持って行きやがった! 今日は俺の奢りだって言ったのに!
会計をさっさと済ませて店を出て行く深紅。俺が伝票を取り戻す暇も与えずに帰って行った。
むぅ……別に気を使わんでも良いのに……。
深紅は先に帰る事に申し訳なさを感じて支払いを持ってくれたのだろうが、言い出しっぺというか、手伝ってあげればと言ったのは俺なのだから、深紅が気にしなくてもいいことなのだけれど……。
また今度別の形で埋め合わせをすることを決め、俺は五人に視線を戻した。
青崎さんは青ざめた顔で、赤城くんと黄河くんはやっぱり強気で、泣き出しそうなほど落ち込んでいる白瀬さんを黒岩くんがおろおろと宥めてる。
うん、カオス。
正直コミュニケーション能力が底辺な俺にはどうしようもできない。
なので、俺は深紅が置いていったまったく手のつけられていないパスタを食べる。俺の分はもう食べ終わってしまったのだ。
「って、あんたらはいつまで食ってるんだよ!!」
「まあ、食べ終わるまでじゃないかな、普通に」
赤城くんのキレ気味のツッコミに、碧が淡々と返す。
「ていうか、君達こそ、喫茶店に来てなにも頼まないつもり? 飲み物くらい頼みなよ」
ジロッと碧が睨むように言えば、敵意に満ちた冷たい眼光に射抜かれた赤城くんはたじろぐ。
「碧、あんまり威嚇しないの」
「はーい」
俺が言えば、碧は素直に睨みつけるのを止める。
「あ、くーちゃん、サラダ取って」
「はい」
「ありがとー」
深紅が置いていったサラダを碧に渡す。
「あ、あの、如月さん」
「なに?」
青ざめた顔のまま、青崎さんが声をかけてくる。
「如月さんの方から、和泉さんにもう一度お願いしてもらえないでしょうか……?」
おずおずと、申し訳なさそうに言ってくる青崎さん。
正直、真剣に深紅にお願いをしてきた彼女がこんなにも弱っているのを見て、かわいそうだなとは思う。けれど、それはそれ、これはこれだ。
「無理かな。深紅も言った通り、君達の意思統一ができてない以上、ここで深紅が手を貸したところで不和につながるだけだよ」
「そんな……」
「まず、君達が思いを一つにまとめないといけないと思う。深紅にお願いするのはその後」
彼等は深紅に手を借りる前段階すら整っていない状態だ。そんな状態では、深紅も力を貸す気は起きないだろう。
まあ、一番の問題はそんなことではないけれど。
「それと、俺も今の君達に手を貸すつもりは無いよ。深紅への橋渡しもする気は無い」
「はっ! 誰があんたの手を借りるかよ!」
「そうですね。ヒーローでもない人の手を借りなくてはいけないほど、僕達も落ちぶれてはいませんので」
「ちょっと!」
二人の物言いに青崎さんが眉尻を吊り上げて声を荒げる。
「ああ、別に良いよ。どう言われても気にしないし」
俺は更に声を荒げようとした青崎さんを止める。実際、彼等にどう言われたところで苛立ったりはしない。いや、苛立つけれど、大人気なく怒鳴りちらしたりはしない。
俺は彼等の物言いを気にすることなく続ける。
「ねえ青崎さん。君達は実戦経験はある?」
青崎さんに聞けば、彼女は自分を落ち着けるために一つ息を吐いてから答えた。
「いえ。お恥ずかしながら、ありません」
「まあ、そうだよね。見てれば分かるよ。戦ったことが無い人の顔だ」
全員が全員、顔つきが良くない。どこか楽観的というか、いや、言葉を飾るのはやめよう。彼等は戦うことを嘗めている。
「なあ、さっきからあんた偉そうに言ってるけどよ、あんたの方こそ素人だろ? 余計な口を挟んでくんなよ」
苛立ちを隠しもせずに声を低くして言ってくる赤城くん。頑張ってどすをきかせようとしているのだろうけれど、見え見えの脅すような態度を取られても、正直失笑しかこぼれない。
赤城くんの見え見えの強がった態度よりも、さっきの怒りを相手に悟らせないようにしていた深紅の方が怖かった。
「素人目に見ても余計な口を挟まずにはいられないほど、君達は
「んだと!?」
もう一度、テーブルを叩く赤城くん。
ちらりとマスターの方を見れば、苦笑を浮かべてはいるが、困っているようであった。
これ以上マスターの迷惑になるようなことはしないほうが良いかな。
「碧、庭貸して?」
「庭? うん、良いよ」
「ありがとう。よし、それじゃあ場所を移そうか」
「は?」
なに言ってんだこいつと言わんばかりの表情を浮かべる。他の皆も、わけが分からないといった表情だ。
そんな彼等に、俺は目一杯悪い笑みを浮かべて言う。
「素人がちょっと強いってところを見せてあげるよ」
喫茶店から場所を移し、浅見家の庭に到着した。喫茶店を出る前にマスターに謝ったら、青春だねぇと笑っていたので、そこまで怒ってはいないようで安心した。
ともあれ、碧の家の庭に到着。庭と言っても、その面積は学校の校庭ほどあり、とても広々している。
庭と言っても、運動場のように地面は土だし、植物の一つも無いけれど、運動をするのにこれ以上最適な場所も無い。なにより、どれだけ壊しても怒られないというのが良い。
依然、深紅が地面を大きく陥没させたことがあったのだが、碧のお父さんは笑って許してくれた。それどころか、子供はそれくらい元気な方が良いとまで言っていた。以後、気をつけてはいるが、むしろ気兼ねしないで暴れてくれと言われてからは、深紅もやけっぱち気味に暴れている。それに付き合わされる俺の身にもなれってんだい。
深紅は時折庭を借りて鍛練をしているのだけれど、俺はそれに付き合わされている。もちろん、ブラックローズには変身しないでだ。つらいったら無い。
「じゃあ始めようか」
そう言って振り返れば、そこには運動着に着替えたアトリビュート・ファイブの姿が。
運動着は碧が貸してくれたのでそれを着ている。
ていうか、唐突に貸してくれと言ったのになんで色別で同じデザインの運動着が出てくるんだろう? 本当に不思議でならない。
ちなみに、俺が着ている運動着も碧から借りたものだ。黒岩くんと色かぶりをしているが、気にしない。
準備運動をしつつ、五人に言う。
「ルールは簡単。俺を倒すか、ギブアップて言わせれば勝ち。あ、五人でかかってきて良いから」
「ちょ、ちょっと待ってください! 本当に大丈夫なんですか!?」
道すがら五人に説明をしたけれど、皆納得していないようであった。
確かに、ど素人を相手に仮にもヒーローが五人掛かりで攻撃するというのは気が引けるというものだ。
が、心配ご無用。素人に毛の生えた程度の相手に後れを取るほど落ちぶれてはいない。
「へーきへーき。君達くらいな五人だろうが十人だろうが大差ないから」
いや、十人は言いすぎた。十人に増えたらさすがに変身だけはしたい。ノーマルフォルムでいいから。
しかして、俺の挑発は聞いたようで、赤城くんと黄河くんがぴくりと反応を示す。
「やってやろうじゃねぇか! ここまでコケにされて黙ってられるか!」
「同意見です。手加減はしませんよ?」
赤城くんが額に青筋を浮かべながら、黄河くんが苛立たしげに眼鏡をくいっと上げながらい言った。
ふふん。プライドが高そうな二人は挑発に乗ってくれると思ってたよ。
けれど、他の三人は乗り気ではない様子。まあ、青崎さんと黒岩くんは優しそうだし、白瀬さんは気弱そうだから仕方がないか。
まあいいさ。まずは二人をさっさと畳んでしまおう。
「じゃあ、ほら。おいで」
少しだけゆったり構えをとる。
「行くぞ!」
言って、赤城くんが殴りかかってくる。
見え見えの軌道。フェイントでも、黄河くんとの連携でもない。ただのパンチ。
俺は身体を半身分逸らしながら、赤城くんの拳に手を掴み、彼の殴る威力を利用しつつ、軸足に足を引っ掛ける。
「な!?」
最後に掴んだ拳を少し引っ張ってあげれば、彼はバランスを崩して勢い良く転んだ。
で、その隙を狙って来るのが君だよね、黄河くん。
背後から近付いてきた黄河くんの蹴りを両手で掴み、彼の蹴りの威力を利用しながらそのまま彼を軸に半周ほど回る。
「わっ!?」
それだけでバランスを崩した黄河くんも転倒。その場に尻餅をついた。
「嘘……」
青崎さんが驚いたような声を上げて、白瀬さんも黒岩くんも驚いたように目を見開いている。
「誰が深紅の稽古に付き合ってると思ってるのかな?」
クリムゾンフレアに変身した深紅との稽古に付き合っていれば、生身での戦い方も分かって来る。俺は力が無いから、相手の勢いを利用したカウンター戦法が良いということはすでに理解しているのだよ。ふはは!
「さあ、これで分かったでしょ? 君達相手に怪我することなんてそうそう無いし、怪我させることも無いから。安心してかかっておいで」
とは言え、戦う以上、怪我はつきものだ。だから、多少手加減は考えないと――
「嘗めやがって! 女だからって容赦しねぇぞ!」
――手加減の必要は一切無い。ぼっこぼこにしてやる!
声を荒げながら、赤城くんが殴りかかってくる。それを思いっ切りぶん投げる。
「ぐげっ!?」
地面に強かに打ち付けられる赤城くん。直後、俺に影がかかる。
その場にしゃがみ込めば、俺の頭上を鋭い蹴りが通りすぎる。
上に視線を向ければ、なりふり構っていられないと言わんばかりの表情をした青崎さんがいた。
ふふ、良い蹴りだ。
「けど甘い!」
軸足に足を引っ掛けて転ばせる、その横から黄河くんが迫る。
黄河くんは見た目に違わず冷静だ。だから、俺の隙を付いたり、誰かと連携をとるのは得意なはずだ。
連携を意識しだしたかな? でも、君達だけじゃ意味が無いんだよ?
ひょいっと少し避けてあげれば、立ち上がってこちらに向かって来ていた赤城くんにその拳が当たる。
「ぶ!?」
「あ!」
「い……ってぇ! おい黄河! ちゃんと見ろよ!」
「き、君こそタイミングを合わせてくれたまえ! それはそうと殴って済まなかった!」
「けっ! ったく! おい、合わせるぞ!」
と言いながらも、赤城くんは一人で突っ込んできた。
赤城くん、それじゃあ合わせるじゃなくて、合わせてもらうだよ?
やれやれ、道は遠いな……。
その後、黒岩くんを交えて乱取りをしたけれど、結局、彼等は一度も俺に攻撃を当てることができなかった。それと、白瀬さんは、終始おろおろしながら俺達を眺めているだけだった。
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