第29話 お夕飯の論争劇
星空さんの信じられないといった声と、周囲のマジで言ってんのかこいつといった視線が集まる。深紅だけはおかしそうにくすくすと笑っている。
「え、ちょっと、待ちなさい! 本当に分からないの!?」
両肩を掴まれて聞かれるも、俺にはさっぱりわからない。
「どこかで見たことあると思うんですけど……」
「どこかで!? え、どこかでって、そんなおぼろげなレベル!?」
「はい……最近見た気がするんですが……」
「最近!? え、結構前から売れてきてるわよアタシ!? テレビとかも凄く出てるのだけど!?」
「俺、テレビあまり見ないので……」
「ざ、雑誌は!? 動画は!? 健全な男子高校生なんだから、友達と好きな芸能人の話とかするときに見るでしょう!?」
「俺、友達と呼べる友達が深紅しかいなくて……」
「今日からアタシが友達になってあげるわよ! って、そうじゃなくて! 本当にアタシのこと知らないの!?」
「知ってるとは思うんですけど、思い出せません……」
「な、なんてこと……」
俺の答えを聞いた星空さんは気落ちしたように肩を落とした。
「ま、まさか、気付いてないんじゃなくて、本当に知らないだなんて……」
「ご、ごめんなさい……」
「謝らないで、余計傷つくわ……」
肩を落として落ち込む星空さん。どうすれば良いのか分からない俺はオロオロするばかり。
そんな俺達を見兼ねたのか、深紅は笑うのをやめて言う。
「黒奈、この間校門前で騒ぎがあったろ?」
「え、う、うん」
「彼女がその元凶」
「?」
「……アイドルで魔法少女」
「……………………ああ!! ムーンシャイニング!?」
「正解」
「へえ~、星空さんがムーンシャイニングだったんだぁ」
ようやく合点がいく。そうか、どこかで見たことあると思ったら、星空さんがムーンシャイニングだったのか。
「この間その話したばっかりだろうが……」
「えへへ……モデルの件でぽんっと忘れちゃってた」
「というか、なんでムーンシャイニングを知っててアイドル星空輝夜を知らないのよ……」
「え、えへへ……すみません……」
「えへへじゃないわよ、もう……」
拗ねたように唇をつんと前に突き出す星空さん。
大人っぽいイメージの星空さんには珍しく子供っぽい仕種だ。
「まあ、良いわ。とりあえず移動しましょう。長居しちゃ邪魔になっちゃうし」
「あ、そうですね。皆さん、ありがとうございました」
今度こそ退室するためにぺこりとお辞儀をする。
「え、ええ。今度はお客さんとして来てもらえると嬉しいです」
「はい、是非に」
自分一人じゃまず来ないけど、花蓮と桜ちゃんと一緒に来ることもできる。その時、知り合いが店員さんだったら俺も気兼ね無く来ることができる。今回仕事を受けた利点だな。
花蓮と桜ちゃんはなにか言いたいことがありそうな顔をしていたが、とりあえずこのまま事務所に居ては邪魔になることは二人もわかっているので、素直に俺達について来てくれる。
「さて、それじゃあなに食べましょうか? 黒奈、さっきカツ丼とか言ってなかった? カツ丼にする?」
事務所を出るときにサングラスと帽子を被り直した星空さんが聞いてくる。
「実は、今あんまりお腹すいてないんですよね。花蓮と桜ちゃんはなにか食べたいものある?」
「わたしはパスタとか食べたいです」
「私はなんでもいい」
「深紅は?」
「なんでもいい、って言ったら決まらなそうだから、パスタで良いんじゃないか? 星空さんもそれで良い?」
「ええ、良いわよ」
「じゃあ、パスタにしようか」
なにを食べるか決まったところで、モール内にあるパスタ専門店に入る。
店内に入ると店員さんが営業スマイルで近づいて来る。深紅の顔を見たときに一瞬だけ表情が崩れかけたが、直ぐに表情を取り繕った。
俺は店員さんが近付いてきた時にはすでに星空さんの後ろに隠れている。コミュ障というわけではないが、面倒なので深紅に任せるのだ。星空さんの後ろに隠れたのは、深紅にあらぬ噂が流れないようにするためだ。
「いらっしゃいませ、何名様ですか?」
「五人です」
「かしこまりました。それでは、こちらの席にどうぞ」
そう言って案内されたのは六人掛けのテーブル席だ。片方が壁に備え付けの長椅子になっており、もう片方が普通の椅子である。
男性と女性で別れて座った方が良いと思い口を開きかけると、花蓮が俺の手を取り有無を言わせず引っ張っていく。
「え、ちょっと、花蓮?」
「兄さんはこっち」
そう言って花蓮が連れていったのは壁に備え付けられている長椅子の方。
花蓮が奥に座り、俺が真ん中に座る。そして、桜ちゃんが俺の逃げ道を塞ぐように一番手前に座った。友人同士の見事な連携プレーである。
男女で別れて座ろうと思っていたので、どうしようかと思っていると、深紅も星空さんも特になにを言うでも無く椅子に座る。三つある椅子の中の真ん中を開けて座っている。
そして、皆なにも言わずにメニューを見る。
二つしかないメニューを俺達三人はメニューを俺の前に置いて身を寄せ合って眺め、前の二人は星空さんが一人で見ている。直ぐに決めたのかメニューを直ぐに深紅に渡している。深紅はメニューを受け取って眺め、星空さんは携帯を見ている。
二人とも、知り合いって感じだったけど、仲が良いってわけでもないのかな?
二人はいったいどういう関係なのだろうと不思議に思っていると、星空さんがこちらを見て笑う。
「黒奈、アタシばっかり見てないで、早く決めちゃいなさい」
「あ、はい」
そうだ、なに頼むか決めないと。
俺は目の前にあるメニューに目を向ける……が、なぜだか両サイドから視線を感じる。
「どうしたの?」
「「別に……」」
二人に問えば、不機嫌そうになんでもないという。
いったいどうしたというのだろうかと小首を傾げるも、早くメニューを決めなくては皆を待たせてしまうことになるので俺はメニューを眺める。
因みに、俺はなにを頼むかで結構迷ってしまうタイプだ。花蓮は即決タイプで、深紅も同じ。星空さんも見たところ二人と同じだ。桜ちゃんはと思い見てみればいろんなものに目移りしている様子。
「桜ちゃんは俺と一緒だね」
「え? わたしと頼むもの同じなんですか?」
「ううん。俺と一緒で目移りしちゃうタイプだなって」
「ああ、そうですね。こう、いっぱいあると、どれも魅力的に見えてしまって」
「分かる。どれも美味しそうだと、特にね」
あまりお腹が空いてはいなかったけど、良い匂いと美味しそうな料理の写真を見れば自然とお腹が減ってくる。
「よし、決めた。桜ちゃんは決まった?」
「はい、決まりました!」
「深紅は?」
「もうとっくに」
見やれば、深紅はメニューを閉じて戻して携帯を見ていた。
珍しいな。深紅はこういう席じゃあまり携帯見ないのに……。
俺が珍しがっていると、深紅が店員さんを呼ぶ。
「ご注文をお伺いします」
「アタシはこの魚貝のペスカトーレ」
「俺はカルボナーラで。黒奈はミートソーススパゲティーだろ?」
「うん」
「あ、わたしも同じです!」
「じゃあ、ミートソーススパゲティーを二つ」
「私はナポリタンを」
「はい、かしこまりました」
店員さんはメニューを繰り返してから去って行った。
「ねえ、兄さん」
「ん、なに?」
「本当に星空さんだって気付かなかったの?」
「え、うん」
「ぐっ、なんの迷いもなく言われると傷つく……」
向かいで星空さんが胸を押さえて傷ついたふりをする。
「この間見たのに?」
「うん」
「兄さんの記憶力がとても心配……」
花蓮が頭を押さえて呆れたように息を吐く。
「だって、俺としてはムーンシャイニングとしてのイメージの方が強いし……」
「え、そうなの? まさか、ムーンシャイニングのファンとか? サインあげようか?」
「あ、いえ、ファンというわけではないです」
「ファンじゃないんかーい!」
投げ出すように言って机に突っ伏す星空さん。
「ファンじゃないですけど、俺としては同業――むぐっ!?」
同業者、と言おうとした途端、花蓮と桜ちゃんに両サイドから口を押さえ付けられる。
な、なに!? 何事!?
突然口を押さえ付けられたので何事かと目を白黒させていると、二人が耳元に口を寄せてくる。
「ちょっと、なに自分からブラックローズだってばらそうとしてるの!」
「黒奈さんが知られたくない情報なんでしょう!? さらっと言おうとしないでください!」
そうだった! なんか自然に暴露しそうになってた! 危ない!
ブラックローズの時と如月黒奈である時では友人関係はだいぶ違うので気を抜いているとブラックローズの時の気分で話をしてしまいそうだ。しかも、今の状況はブラックローズであることを知っている面々が揃っていて、その上ブラックローズの知り合いであるムーンシャイニングこと星空輝夜さんがいるのだ。うっかりぽろっと口にしてしまいそうだ。
「…………なによ?」
顔をあげた星空さんがいぶかしげに俺達を見る。
俺と桜ちゃんはあははと曖昧に笑い、花蓮は淡々と答える。
「いえ、別に。それよりも、星空さん。聞いても良いですか?」
「なに?」
「なんで星空さんはブラックローズにこだわるんですか?」
「そ、それ! わたしも知りたいです! 星空さん程のアイドルになれば、別に今更ブラックローズと組まなくても良いですよね?」
「確かに。こう言っちゃ失礼だけど、知名度は圧倒的に星空さんの方が上だし」
そういえば、断ることはもはや前提になってるけど、なんであんなに熱心にブラックローズを勧誘していたのかはまるで聞いていなかった。
皆の視線を受けて星空さんは突っ伏した姿勢から直り、いずまいを正す。
「メリットデメリットじゃないわ。アタシが一緒に歌いたいだけ。ただ、それだけよ」
「個人的な思い入れってことですか?」
「そう。アタシが魔法少女を目指したのも、今のアイドルとしてのアタシがあるのも、全部ブラックローズのお陰なの。それに、悩んでなにもかもがどうでもよくなってたアタシに立ち直る切っ掛けを作ってくれたのもブラックローズなの」
「そんなことが……」
「ふて腐れて寝てたアタシを責めたりしないで、優しい、ブラックローズなりの言葉をかけてくれて……」
花蓮と桜ちゃんがちらりと視線をこちらに向けてくる。おそらく、憶えてるか? と聞きたいのだろう。
うん、憶えてる。
魔法少女として活動してきて色々相談事とかには乗ってきたけれど、アイドルの相談を受けたのは中学二年の時だけだ。
そっか、あの時の子が、星空さんだったんだ……。
俺は二人にだけ分かるようにこくりと小さく頷いた。
俺が肯定をすると、二人は納得したように視線を星空さんに戻した。
「まあ、恩人って意味でも、仲良くしたいっていうのはあるけど、それ以上に、大好きなブラックローズだから、一緒に歌いたいって思いの方が強いわね」
「そうだったんですね」
皆がそれぞれ納得し、彼女が収益目的でブラックローズとユニットを組みたいと言っているわけではないと知る。
……そういう理由なら、一回だけなら、ユニットを組むのも悪くはないかもしれない。
「それに、あのブラックローズよ? アイドルの衣装で着飾ってみたいと思うなんて当然じゃない!」
…………うん? あれ、流れがおかしくなったぞ?
「ブラックローズにはきっといろんな衣装が似合うわよ? ドレスに制服にメイド服! 猫耳なんかも付けたら最高じゃない! それにこってこてのゴスロリや水着なんて最高だと思わない? ああ、やっぱり一緒に歌いたいわ! ねえ、連絡先教えて?」
「ふざけないでください!」
ヒートアップする星空さんの主張に、桜ちゃんが強気な声で待ったをかけた。
おお、意外なところからの援護射撃!
正直桜ちゃんは相手に真っ向から意見するタイプじゃないし、この間のようにむしろブラックローズの話題にはのまれてしまいそうなイメージがあった。だから、こうして真っ向から相手をいさめようとしてくれるとは思わなかった。
桜ちゃん、やっぱり優しい子だなぁ。
真剣な表情で止めに入る桜ちゃんを見て、思わず心が温かくなる。
「ブラックローズの衣装はゴスロリ調です! それなのにゴスロリの服を着せるなんて、キャラ被りに他なりません! ゴスロリは外すべきです!」
凄いや、急速冷凍されたや……もう! 桜ちゃんも桜ちゃんで自分に正直な子だなぁ!!
「はぁ? ブラックローズの衣装は魔法少女の衣装でしょう? ゴスロリとは違うわよ。あれはね、魔法少女の衣装っていう一つのジャンルなの。ゴスロリとは別物よ」
「別ですけど、インパクトに欠けます! わざわざライブでインパクトに欠けることをする意味が分かりません!」
「それこそ序盤にゴスロリで登場してもらえば良いのよ。終盤にブラックローズが正装をすれば盛り上がりは最高潮よ」
「ダメです! そんな上塗り戦法認めません! だったら、最初から別枠を用意して、お客さんに新しいブラックローズの一面を見てもらうべきです! ブラックローズにゴスロリを着せるだなんて、自己満足以外の何物でもありません!」
自信満々に断言する桜ちゃんに、星空さんは少し苦虫を噛み潰したような顔をする。
「くっ……あんた、なかなか言うじゃない」
「わたし、ブラックローズのことに関しては本気ですので」
「へぇ……まるでアタシが本気じゃないみたいね……」
「ええ、にわかも良いところです」
桜ちゃん本人にその意識は無いのだろうけれど、星空さんはさぞ煽られたと感じたことだろう。額に青筋を浮かべているので、まず間違いなく頭に来ているはずだ。
「上等じゃない! アタシがどれだけ本気か聞かせてあげるわ! 耳の穴かっぽじってよく聞きなさい!」
「良いでしょう! あなたの本気がどれほどか、きちんと聞き届けてやろうじゃないですか!」
キッと鋭い視線を向け合う両者。
俺は止めるべきかと思ったけれど、怖くて二人の間に入れそうに無い。助けを求めて深紅を見れば、諦めたように首を振る。周りのお客さんの迷惑になるようだったら止めに入るだろうが、二人が周りへの配慮を忘れない限り止めないだろう。
というわけで、深紅はおそらく止めない。触らぬ神に祟り無し、だ。
深紅に無理なら俺にも無理。俺は早々に二人を止めることを諦める。
「兄さん、このデザート美味しそう」
「あ、本当だ。お腹に余裕があったら食べてみる?」
「流石に全部は食べられないから、半分こしよう?」
「いいよ。まあ、食べきれなかったら深紅が食べてくれるでしょ」
「え、俺?」
「深紅、男の子だろ?」
「その理論で言ったらお前も男の子だからな?」
「まあ、あたしの何処が男に見えるっていうの? 失礼しちゃう」
「うわぁ……なんて都合の良い……」
白熱する二人を放っておいて俺達は俺達で会話を楽しむ。
二人の白熱する論争はパスタが来て一時中断して、食べ終わったら再開した。そして、俺達が食べ終わっても止むことは無く、俺達はデザートを頼み、二人は延長戦に突入した。
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