第30話 思わぬ再会

  二人の白熱する議論も終わりを告げ、俺達はようやくお店を出ることができた。


「あなた、なかなかやるわね」


「そちらこそ。にわかと言ったのは訂正しなくてはいけませんね」


 お店を出るころには、二人は友達と呼ぶには物々しく、かといって他人と呼ぶには近しい間柄になっていた。


「これはあれだな、好敵手と書いて友と呼ぶ、ってやつだな」


 確かに、満足げな表情をして互いに握手をする二人は、どこか少年漫画のライバル同士といった雰囲気だった。まあ、内容が内容だけにこちらとしては微妙な感じだが、ともあれ、二人が仲良くなったことは喜ばしい。内容は至極どうでもいいことだったけれど。


「連絡先、交換しましょうか」


「ええ、ぜひ。とっておきのブラックローズの写真を送ってあげますよ!」


 とっておきの写真と聞いて、俺は思わず深紅の方を見る。


 深紅はあからさまに俺から目を逸らしている。


 思い起こされるのは四月のこと。


 花蓮と仲直りするために桜ちゃんに協力を仰いだのだが、その報酬がブラックローズの恥ずかしいメイド姿の写真であった。深紅には俺の弱み恥ずかしい写真をいっぱい握られている。他の写真を桜ちゃんに横流ししている可能性もある。


「深紅、あの写真以外流して無いだろうな?」


「あの写真とは?」


「メイド服の写真のことだよ。それ以外は、流してないだろうな?」


「メイド服の写真のことをあの写真というなら、答えはノーだ」


「……つまり?」


「俺、可愛い子に頼まれたら、断れないんだよねー」


 ギルティ。


「お前、後で桜ちゃん共々説教だからな」


「桜ちゃんはいいけど、俺は勘弁してくれ」


「清々しいまでのクズっぷりだな」


 もうこれはあれだ。深紅の家に行ってデータを全部物理的に破壊するしかない。深紅のお姉さんに言えば協力してくれるだろう。


 深紅の家を屋荒らしすることを決め、こそこそと深紅のお姉さんにメッセージを飛ばす。


《お姉さん、深紅の部屋を荒らします》


《手伝ってください》


 メッセージを送るとすぐに返信が返ってきた。


《分かった(o^-')b》


《あれね》


《エロ本を探すと言うことね?》


 そんなものに興味は無い。そもそも深紅がエロ本を持っていないことは知っている。一年前くらいに二人で散々探したけど見つからなかったじゃないか。


《深紅が持ってる俺の写真を全て壊します》


 消すとか生温いものじゃない。もう物理的に壊すのだ。業者に頼んでも修復ができないくらいに。


《なるほど》


《わかったわ(`▽´ゞ》


深紅の持ってる・・・・・・・データを消すのね?》


《手伝ってあげる》


 よし、これでお姉さんに協力は得られた。


《ありがとうございます》


《あと、顔文字似合ってません》


 お礼の後にずっと気になっていることを言った。


 すると、すぐに返信が返ってきた。


《よく言われる》


 ということは、分かってて使ってるな。


 深紅のお姉さんは、明るい深紅とは違い、冷たい印象を受ける。


 別段、暗いわけじゃない。ショッピングにも行くし、登山やバーベキューだって連れていってくれる。ただ、表情があまり動かないので、冷たく感じるのだ。


 付き合いが長くなれば表情の変化も分かってくるのだが、初めの内はまったくわからない。かくいう俺も、出会った当初はいつも怒ってると思って怖かったのだ。


 そんな深紅のお姉さんだが、お茶目なところもあるので、大方、相手が戸惑っているのを楽しんでいるのだろう。


 俺は携帯をしまうと、顔を前に戻す。


 仲良くなった二人は連絡先を交換し、ついでに深紅と花蓮も交換していた。


「ねえ、桜」


「なんですか?」


「あなたからも、ブラックローズにお願いしてもらえないかしら?」


「それは……」


 ちらりと、桜ちゃんが俺の方を見る。


 俺は、こくりと一つ頷く。


「わかりました。わたしからも言ってみますね」


「ありがとう、桜! あ、そうだわ! 桜、あなたも一緒に歌えば良いのよ!」


「え、わ、わたしですか!?」


「ええ! 魔法少女三人で歌うなんて前代未聞よ!」


「え、ええ……」


 星空さんの突然の提案に、困惑する桜ちゃん。


「いい、桜。同じステージに立つってことはね、一番近くでブラックローズの衣装が見れるってことよ?」


「ぜひ、よろしくお願いします!」


 しかして困惑も一瞬のこと。星空さんの言葉に、即座に頭を下げて一緒に歌うことを受け入れる桜ちゃん。


 現金な桜ちゃんを見て、花蓮が呆れたように溜め息を吐く。


「花蓮もどう? 一緒に歌う?」


「いえ、私は遠慮しておきます」


「そう? 残念。美少女が四人もいれば花があると思ったのに」


 本当に残念そうに言う星空さん。しかし、ブラックローズを誘ったときほどしつこくない。やっぱり、彼女が本当に誘いたいのはブラックローズで、その執着を見せるのもブラックローズなのだ。


「あ、そろそろ良い時間ね。それじゃあ、アタシは帰るわ。今日はありがとう、楽しかったわ」


「あ、いえ。こちらこそ。今日は、本当にありがとうございました」


「良いのよ、アタシが好きでやったことだから。そうだ、今度のライブのチケット送るわね。良かったら見に来て。住所、後で教えてね」


「分かりました」


「じゃあね。また会いましょう」


 ひらひらと手を振って去っていく星空さん。


「兄さん、連絡先教えたの?」


「え、うん」


「……良いの? ブラックローズの連絡先だよ?」


「あ……」


 そうだ。全然気づいていない時とは言え、俺は星空さんに連絡先を教えてしまったのだ。


 携帯を二台持ちできるほど懐に余裕があるわけではないので、星空さんに教えた連絡先がブラックローズの連絡先だ。


 本当なら慌てるところなのだろうけど、俺の心は落ち着いていた。


 そうか。もう決めたことだから、慌てる必要が無いのか。


「うん。大丈夫。一回くらいなら、ステージに立っても良いし。それに、星空さん、俺がブラックローズって気づいてないみたいだし」


「お人よし……」


「しょうがないだろ? あの時相談に乗った子が自分で頑張って大勢に認知されるほどのアイドルになったんだ。お願いくらい、きいてあげたくなるよ」


 俺は憶えてる。あの時の彼女は見るからに疲弊していた。ろくに寝れていなかったのか、寝ても眠りが浅かったのか。彼女の目の下には濃い隈があり、目には生気が無かった。


 鏡も見ていなかったのか、それとも自分の状態を理解している上で俺を呼び止めたのか……どちらにせよ、俺は彼女を無視できなかった。


 あの頃は俺も自分のことで手一杯だったけれど、彼女だけは見捨てられなかった。


 まあ、おかげで、俺のほうも助けられたわけだけど……。


「お礼、って意味もあるからさ……」


「お礼?」


「そ、お礼」


 お礼について深く語るつもりは無い。だって、俺だけのことじゃないから。


「さて、それじゃあ俺達も帰ろうか」


「そうね」


 何か物言いたげではあったが、花蓮は何も言わない。俺が話したくないことを察したのか、それともそんなに興味が無かったのか。


「あ、その前にあそこの鯛焼き屋さん寄っても良いですか?」


「桜、まだ食べるの?」


「えへへっ、いっぱい話したらお腹すいちゃって」


「それじゃあ、俺も姉さんに買ってくかな」


「俺達も、家で食べる?」


「……食べる」


 桜ちゃんのことを言ったからか、花蓮も照れながらも頷いた。


「じゃあ、買おうか」


 俺達四人は鯛焼き屋さんに向かいメニューを見る。


 とは言え、俺はあんこ、花蓮はカスタードクリームが好きなので、買うものは決まっている。


「花蓮、いつものでいい?」


「うん」


「了解。すみませーん、注文良いですか?」


「少々お待ちをメェー」


 奥から店員さんが出て来る。


 そして、お互い目が合うとピタッと動きを止めた。


 が、すぐに我に返ると、花蓮を背に庇い目の前の男を睨みつける。


 忘れるはずが無い。俺が戦ってきた中で一番の強者の姿だ。


 灰色の頭髪にヤギのような耳。そして、金色のこれまたヤギのような瞳に雄々しいヤギのような角。左目にモノクルをかける一見すると悪魔的な外見の青年。


「な、なんでお前がここにいる! ツィーゲ!」


「え!?」


「――っ!」


「……」


 俺が強く問い掛ければ、店員さんーーツィーゲもようやく我に返り、しかし、敵対心を見せることなく、気怠げな様子で近づいてきた。


 他の三人も気付いたらしく、花蓮は驚き、桜ちゃんは警戒をし、深紅は周囲の一般人を巻き込まないように一歩下がって、いつでも守れるように身構える。


 しかし、これだけこちらが警戒し、更には、カウンター越しに自身を倒した敵が目の前にいるというのに、ツィーゲは特に表情を変化させることは無い。戦ったときのように愉悦を浮かべることも、怒りを浮かべることもない。


 そのことを少し不信に思いながらも、警戒だけは解かない。


「ああ、あの時のお姉さんかメェ。メェはここで働いてるメェ。それで、ご注文は?」


「え、ああ、あんことカスタードクリームを一つずつ……じゃなくて!」


「わかったメェ。今から作るからちょっと時間がかかるメェ」


「あ、ああ。それは大丈夫……って、いや、話を聞け!」


 慣れた手つきで鯛焼きを焼きはじめるツィーゲ。


 警戒しているこちらが馬鹿らしくなるくらいの無防備さを見せ、あの時のような闘争心も無いツィーゲ。


 ツィーゲの様子がおかしい……? いや、鯛焼き屋さんで働いてる時点でいろいろおかしいけど、雰囲気が違いすぎる。


 よく似た別人という可能性もあるけれど、目の前の青年はブラックローズのことを知っているということは、その可能性は無い。


 警戒は解かない。けど、すぐさま戦闘になることは無いと思う……。


「働いてるのは分かったけど、なんで働いてるんだ?」


「取引したメェ。メェが持っている情報の提供と、魔力抑制の腕輪を付けることで限定的に解放されたメェ。まあ、二十四時間見張りと一緒だけどメェ」


 ツィーゲが用意をしながらも腕を軽くあげて腕輪を見せる。


 監視、というのは見当たらないけれど、国がツィーゲを野放しにするとは思えない。それに、もしそうなった場合、当事者である俺達に何の連絡も来ていないのはおかしい話だ。恐らく、ツィーゲの言っていることは本当なのだろう。


「それが本当だとして、お前はどうして鯛焼き屋さんで働いてるんだ?」


「向こうが決めたことだメェ。メェが知ったことじゃないメェ。……まあ、鯛焼きは美味しかったから、別に嫌ってわけじゃないメェ」


 あの時と比べるとずいぶんと丸くなったツィーゲに、俺は動揺してしまう。


「君、変わったね……」


「……憑き物が落ちたんだメェ。はい、出来たメェ。お会計、二百四十円になるメェ」


 紙袋に入った鯛焼きを受け取り、お金を渡す。


 紙袋を渡すとき、ツィーゲは俺の方をじっと見つめると、何かに納得したように一度目を閉じた。


「あの時は分からなかったけど、お姉さん、不思議な魔力をしてるメェ」


「どんなふうに?」


「さあ。メェには、分からないということしか分からないメェ。けど、不思議と悪い感じはしないメェ」


 そう言って、ツィーゲは穏やかに笑った。


 本当に憑き物が落ちたようだ。


 ツィーゲの穏やかな笑みを見て、心の底からそう思った。


 演技でもこんなに穏やかな笑みを浮かべることは出来ないだろう。


「なあ、本当に何があったんだ? 君が、そんな穏やかなんて……」


「メェからは話せないメェ。なんでも、確実性が無いとかいう話メェ。けど、これだけは言っておくメェ。近いうちに、またメェのような刺客が現れるメェ。それも、メェよりも強い刺客だメェ」


「――っ! 君よりも強いのが?」


「そうだメェ。お前達はメェを撃退した、それは向こうにも認知されているメェ」


 この間戦った時だってチェリーブロッサムがツィーゲを疲弊させなかったら、俺は負けていたかもしれない。それに、ツィーゲにも圧倒的強者としての油断があった。


 しかし、ツィーゲを倒したことにより向こうも、ブラックローズやチェリーブロッサムに対して認識を改めているはずだ。


「なあ、ツィーゲとやら」


 今まで静観していた深紅が険しい顔をしてたずねる。


「なんだメェ?」


「お前の話を聞く限り、少なくともお前は個人で動いていたわけじゃないってことになる。……お前らは、いったい何者なんだ?」


 深紅にたずねられ、ツィーゲは少し考えた後言った。


「メェは山羊座だメェ」


「……お前の星座なんて聞いてないんだが?」


「メェには、これくらいしか言えないメェ」


 そういうと、ツィーゲは鯛焼きを焼きはじめた。おそらく、もうツィーゲはこのことを話すことは無いだろう。


 俺達はツィーゲとの会話に見切りを付けると、それぞれ鯛焼きを買って帰路についた。


 最後に、ツィーゲは俺だけに聞こえる声音で言った。


「もしブラックローズに会えたら、ありがとうと言っておいてほしいメェ」


 その言葉がどういうことかも、なぜ俺にだけ言ったのかも定かではない。けれど、ブラックローズと戦うことで彼の中で何かしらの変化があったのは事実のようだ。


 家についてもツィーゲに言われたことばかり頭を巡ってしまい、その日は眠れぬ夜を過ごした。


 あ、因みに、鯛焼きはとても美味しかった。

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