第31話 暗躍
照明の点いてない暗い室内。その室内で静かに椅子に座る十一つの影。
椅子の数は十三あるが、二つは空席。元から空席だったのか、はたまた欠席なのか。それを知るのはこの部屋にいる者のみ。
重苦しい空気が支配する室内。誰かが声を発すればそれに他の者も答えるけれど、誰も第一声を発しようとしない。
重たい沈黙がいくらか続き、一人が諦めたように息を吐いた。
「ねぇ、ずっと黙っているのも不毛じゃないかしら?」
「不毛の極みであるが、話に花を咲かせる気も無い」
「なら、集まってること事態不毛だな。帰っていいか?」
「良いわけ無かろう馬鹿者め。あの方の召集だぞよ?」
「そのあの方が一番最後じゃねぇか。呼び出しておいて待たせるなんてねぇぜ、まったく」
「いや、最後ではない。ツィーゲの奴がまだだ」
「……珍しい。生真面目君が、遅刻なんて……」
どうやらこの集いはツィーゲにも関係があるらしく、彼の名前が上がる。けれど、彼はこの場には居ないようだ。
皆の視線が彼の席に行くけれど、すぐに戻される。
「まあ、腹でも痛ぇんだろ」
「……便秘の可能性も、否定できない」
「食当たりの可能性もあるぞえ?」
何かあったとは考えるけれど、皆ふざけた事しか言わない。
「彼は来ないよ」
お腹の事しか言われない中、ツィーゲが来ない事を誰かが告げる。
それに伴い、空席の一つが埋まる。
「来ないってぇのはどういうことだ? 腹痛か?」
「……便秘?」
「食当たりかえ?」
突然表れた者に対し、皆がうろたえることは無く、ごく自然に言葉を投げかける。しかし、本当にお腹の事しか言わない。そんなにもツィーゲはお腹に良くない事があったのだろうか?
「倒されたんだ」
その一言で、締まりの無かった雰囲気が一気に引き締められる。
「なんだと……? 病名は?」
「……胃腸炎、だったのかも」
「しまった、盲腸だったかえ」
「「いやいや、胃に穴が空いたのかもしれないよ?」」
引き締まったというのに、皆はやはりお腹の事しか言わない。
「もう! お腹のことはいいのです! そんなことよりも、いったい、彼は誰に倒されたんですか?」
「そうね。それは気になるわ」
「……まぁ、腹痛とかじゃねぇってんなら、気にはなるな。腹痛じゃねぇのか…………」
「まだ言うの?」
多少のおふざけは入るけれど、皆は視線を最後に埋まった席に向ける。
皆に視線を向けられた者は、動じること無く答える。
「魔法少女・マジカルフラワー・ブラックローズにやられたんだ」
「長い」
「ブラックローズにやられたんだ」
「うん。知らん名だ」
「「ぼくらも知らなーい」」
「私も知らないです」
「うーん、聞かん名ぞえ?」
名を出されても皆知らぬ名だと口々に言う。
「でも、知らぬ名だとは言え、あのツィーゲを倒したのだから注意する必要はあるわね」
「つっても、名前しか知らねぇんじゃ、注意のしようが無くねぇか?」
「一応、写真はある」
その言葉とともに、皆の前に写真が置かれる。
皆、それぞれ手に取って見る。
「か、可愛いぞえ! と、とっても、儂好み! も、もっと写真は無いのかえ?」
「……」
一人がそう言って騒げば、一瞬の間を置いてから、その者の前に写真の山が現れる。
「ふおおおおおおおお!」
ただただ奇声を上げて写真を貪るように眺める。
「服は? パンツは? なにか、身につけている小物は無いのかえ?」
「さすがに、それは持ってない」
「ちっ、使えん」
「……」
本気の舌打ちに思わず黙ってしまう。
「……はぁ。変態は放っておこうぜ。確かに可愛いが、オレ好みでもねぇし」
「……ともあれ、計画に支障が出ても困る。充分注意しておくれ」
その注意喚起に対し、各々が返事をする。けれど、うぇーい、や、ふーいなど気の抜けた返事ばかり。
本当に、なんでこんなにやる気にムラがある連中ばかりが集まったのだろう……。
「……そうだ。次は誰が行動に出るのかな?」
各々時期をずらして行動に移してもらっている。次に誰が行動をするのかは皆の気分によって決まるので把握はしていないのだ。ツィーゲは真面目で優秀だったから、一番早く決行に移してくれた。
「わたくしでございます」
「ああ、君か。それで、標的は?」
たずねれば、一つ不適な笑みを浮かべてから言う。
「ええ、一つ、星を落とそうかと」
「お? ついに宇宙進出か?」
「ちょっと! 真面目に言っているのに茶々を入れないでくれるかしら!?」
ぎゃーぎゃーと喧しく言い合うのをなるべく気にしないようにして考える。
星……星か……あぁ、なるほど、彼女のことか。
「いいね。存分に落としてくれたまえ。運命の日に、強敵がいないに越したことは無いからね」
「「ねーねー、彼女、聞いてないみたいだよ?」」
「……」
こちらを無視して言い争いを続ける二人。
「「どんまい」」
「……」
本当に、この調子で大丈夫なのだろうか?
〇 〇 〇
撮影が終わり、休みが空け、今日も今日とて学校である。
恒例となっている四人での登校。華やかなメンバーが多いため注目を集めるけれど、それにも慣れてきてしまった。
注目を集めながらも教室に着き、深紅は友人に挨拶をしながら、俺は挨拶をするような親しい友人はいないので、黙々と自分の席に歩く。
鞄を机のフックにかけ、ホームルームまでの時間潰し用に本を取り出す。
本を読んでいると、途中で友人に絡まれて足止めを食らっていた深紅が戻ってくる。
あ、そういえば、深紅に言わなくちゃいけない事があったんだ。
「ねえ、深紅」
「ん? なんだ?」
「付き合ってよ」
瞬間、朝のありふれた喧騒に包まれていた教室内の音の一切が消えてなくなる。
急に音が無くなった事を気味悪く思い周囲に目を向けてみれば、皆が皆、たいそう驚いたといった顔で俺の方を見ていた。
え、何かおかしなこと言ったかな?
皆の驚愕の表情の意味を理解できず、小首を傾げて困惑してしまう。
「はぁ……黒奈。主語が抜けてる……俺じゃなきゃ伝わんねぇぞ……」
呆れたように言う深紅。
「で、どこに付き合えばいいんだ?」
「うん、昼休みに、一年生の教室に」
俺がそう言えば、教室中から息を吐き出す音が聞こえてくる。
いったいなんだと言うんだ。
「それを最初に言えってんだよ……」
「え? だから、付き合ってって……」
「別の意味に聞こえるだろうが」
「別の意味?」
別の意味とはどういうことだろうか? 俺と深紅なら恋人として付き合うだなんてことになることは無いと皆知っているので、変な勘違いをすることもない。じゃあ、いったいどういう……?
わけがわからず小首を傾げれば、深紅は疲れたように溜め息を吐く。
「もう、いい……それで、一年の教室にはなんの用があるんだ? 花蓮ちゃんか? 桜ちゃんか?」
「ううん。一年の男子」
「一年の男子? 何の用が?」
「俺、土曜に痴漢にあっ――」
「待った、おい、やめれ」
俺の言葉が終わる前に深紅が慌てて俺の口を両手で塞ぐ。が、深紅はがっくりとうなだれる。
「遅かったか……」
にわかに喧騒を取り戻しつつあった教室内が、再び静かになる。
深紅の両手を外して、小声で深紅に問う。
「なんか、まずった?」
「ああ、まずった……教室内で痴漢にあっただなんて言うやつがあるか……」
「あ……」
確かに。教室でするような話じゃないよな。特に、女子にとっては聞いていて気持ちの良い話ではないだろう。
ごめんと謝ろうとしたその時、深紅が視線を移しながら言う。
「それに、面倒な奴に聞かれた……」
「え?」
「くーちゃん……」
疑問に思ったのも束の間、俺も深紅の言葉の真意を理解した。
一瞬、体が浮いたかと思えば、次の瞬間には固い椅子の感触ではなく、柔らかい感触が背中とお尻に返ってくる。そして、ふわりと後ろから誰かに抱き着かれ、耳元でぐすっと鼻をすする音が聞こえてきた。
「くーちゃん、痴漢されたの? 誰? 誰? あたしに教えて? くーちゃんのこと触った手を切り落として来るから」
涙声でそう言うのは幼馴染みの浅見碧。
耳元で突然恐ろしいことを言われ、それに加え、過去の若干のトラウマが俺の身体を硬直させる。
って言うか、なんか柔らかい感触だと思ったけど、碧の膝の上に座らされてるのね、俺。
「くーちゃん、ねえ、教えて? 大丈夫、誰にもばれないようにやるから」
「そ、そういう問題じゃな――――ひぃぃぃぃぃっ!? な、なんでお尻撫でるの!?」
「上書きしようと思って」
「しなくてもいいから!」
「あたしがまだくーちゃんのお尻触れて無いのにどこの馬の骨とも知れない奴が先に触ったんだよ!? 上書きしなくちゃ満足できない!!」
「俺の意思は!?」
「あぁ……くーちゃん……お尻を汚されちゃって……」
「碧。その言い方はまずい。勘違いされる」
ん? 勘違い? どういうことだろう?
「ねえ、深紅――」
「お前は知らなくていい」
「……まだ何も言ってないんだけど」
なんだよ、俺が知らなくてもいいことって。気になるじゃんか。
「ううっ……くーちゃんのお尻が……誰とも知れないクソ野郎に……初めてを奪われるなんて……」
「だから、碧。言い方気をつけろよ……」
深紅が呆れたように溜め息を吐く。
別に、勘違いするようなことじゃないと思うけど……だって、初めてお尻触られたってことだろう? 勘違いのしようが無いじゃないか。
って言うか、皆が言うには、俺はそこかしこで痴漢にあってたらしいから、お尻触られたの初めてじゃない。それに、俺が憶えてる中での初めてといえば……。
「なんだよ?」
「安心しろ、碧。一番最初に俺のお尻を触ったのは深紅だ。どのみち碧は最初にはなれなかったぞ」
「……そっか、深紅も敵なんだ」
「おい! なんでここで俺を巻き込んだ!? ていうかそれ、小学生の時の木登りの話だろ!? 登れなかった黒奈を俺が後ろから押し上げてやったって話だろ!? 不可抗力だろ!」
「不可抗力? 触った奴は皆そういうんだよ……」
「いや、俺の場合は子供お遊びでの話だろ!?」
「遊びで、お尻を触る……」
「おい! おかしな捉え方するな!」
ぎゃーぎゃーと言い合いをする深紅と碧。
その後も、言い合いは続き、ホームルームが始まるまで二人の言い合いは終わることは無かった。
ちなみに、俺が一年男子に用があったのは、お礼を言うためと、作ってきたクッキーを渡すためだ。
二人の本筋から逸した言い合いが終わり、ホームルームが終わると、俺はクラスメイトにたいそう心配された。深紅は疲れたようにぐったりしていた。
南無三と合掌をしたらちょっと怒られた。
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