第110話 ドキドキデート大作戦1

 深紅とのデートが決まった翌日から、お昼休みと放課後、更には授業の合間の十分休みを利用して、俺達はデートの事前準備を開始した。


「どこの遊園地が良いと思う?」


「有名な場所で良いんじゃない? 猫が有名なところとか」


「定番過ぎない? もっと隠れた名所とか……」


「多分、それは廃れた遊園地だと思う。普通に人気の場所で良いと思う」


 遊園地の場所を考えたり。


「服はこの間買ったのでいいのかしら?」


「良いんじゃない? 戦さんが気に入ってる服で行くと良いと思うよ」


「それじゃあ心配だから言ってるんでしょう? ……ま、あの服も気に入ってるけど……」


「そう? それなら良かった」


 服について悩んだり。


「お昼はどこで食べれば良いと思う?」


「遊園地の中にいっぱいあるじゃん」


「いっぱいありすぎて分からないのよ」


「んー……俺としてはこのハンバーガーショップとか良さそうだと思う。リーズナブルだし。キャラの形してるし」


「確かに。これなら話題に事欠かないわね」


「でも、戦さんこれ深紅の前で食べられる?」


「え、どうして?」


「戦さん、パン食べてる時、めっちゃ大口開けてるから、深紅にその姿見せられるかなって――」


「き、気付いてたならそれ早く言いなさいよ!!」


 お昼の場所を考えたり。


「チケット買おうと思うんだけど、買ったらいつ渡せば良いと思う?」


「ん、買わなくても良いんじゃない?」


「どうして?」


「多分、深紅もう買ってると思う」


「え? いや、私から誘ったんだし、和泉くんが買うわけ――」


 それがフラグだったのか、タイミングを見計らったのかは分からないけれど、丁度良く深紅が俺達の元へやって来る。


「あ、戦さん」


「ひゃいっ、なんでひょう!?」


 突然の深紅の登場にびくりと身体を震わせて驚く戦さん。


 そんな戦さんを見て、深紅は優しく微笑む。


「ごめんね、楽しく話してる時に。チケット、買ったから渡しておくね。連絡先知らないから、直接になっちゃってごめんね」


「い、いえ! 大丈夫です!」


「そうだ。今交換しちゃおうか。良い?」


「も、もちろん!」


 流れる様な動作で連絡先を交換する深紅。


御主おぬし、慣れておりますなぁ」


「何キャラだよそれ」


「あてっ」


 ぺしっと軽く俺の頭を叩いてから、戦さんにまたねと言って離れていく深紅。


「ね、言った通りでしょ?」


「ええ……」


 ぽーっとした顔で自身のスマホに登録された深紅の連絡先を眺める戦さん。


 そんな少女的な仕草を見て、俺は思わず微笑んでしまう。


「な、なによ……」


 俺が微笑んでいる事に気付いた戦さんは、恥ずかしそうにそっぽを向いて言う。


「んー? 別にー」


 それに、俺はにこにこと笑みながら誤魔化す。


「なんかむかつく」


 つーんとそっぽを向いたまま戦さんが言う。


 そんな言葉も、今の俺からしたら可愛らしいものだ。


 とまあそんな風に飽きることなく、俺達はデートに向けて準備を進めていた。


 そして、慌ただしい日々は足早に過ぎて行った。





「よしっ!」


 緊張していたのか、いつもよりも早く起きてしまった俺は鏡の前で気合を入れる。


 今日は戦さんと深紅のデート当日。


 俺もサポーターとして着いて行かなくてはいけないので、こうして休日に早起きをしたのだ。


 今日の俺の服装は、スキニーにワイシャツ、その上から裾の長いパーカーを羽織り、帽子とサングラスをするという完全にお忍びモードだ。サングラスは輝夜さんが以前使っていた物を借りた。


 なんか輝夜さんに貸してって言ったら、輝夜さんの家まで招かれて色々選ぶことになったけど、顔が隠れそうなレンズの大きいサングラスを借りた。その後はお茶とかしたけど。


 ともあれ、これで誰も俺だとは気付かないだろう。


 っと、戦さんに写真を送っておかないと。


 鏡の前でパシャリと自分の姿を撮り、戦さんに送る。


 こうしないと、戦さんが俺だと分からないだろうし、助っ人の方・・・・・も俺が同じくサポーターだと分からないだろうから。


 そう、今日の俺は一人ではない。なんと、俺と同じくサポーターをする戦さんの知り合いがいるらしい。


 俺とは面識がない人らしいけど、果たして大丈夫だろうか? なんか一斉に通話するとかで別のトークアプリを入れた時に挨拶したけど、男の人だっていうのは分かってるんだけど……。


「ダメダメ! 俺が不安になっても仕方ない! 今日は戦さんのために頑張るんだから!」


 ぱんぱんと顔を叩いて気合を入れなおす。


 財布は持った。チケットも持った。インカムもスマホも持った。よし、忘れ物無し!


 現地集合のため、俺はこのまま遊園地に向かう。


 部屋を出たところで、隣の部屋から花蓮が出てきた。


「おはよう、花蓮」


「……おはよ」


 パジャマ姿で寝癖を付けたままなところを見るに、今しがた起きたばかりなのだろう。


「どうしたの? 花蓮も遊びに行くの?」


 俺がたずねれば、花蓮は首を横にふるふると振る。


「あ、もしかして起こしちゃった?」


 ふるふると首を横に振る。これも違うらしい。


「……見送り」


 寝ぼけ眼をこすりながら、花蓮が言う。


 見送り、してくれるって事だろうか?


 くわあっと欠伸をする花蓮を見て、微笑ましい気持ちになる。


「ありがとう、花蓮」


「ん……」


 頷きながら、花蓮が歩き出す。


 俺もその後に続く。


 玄関先で花蓮が止まり、俺は靴を履く。


 とんとんと爪先を地面に当てて履き心地を確かめる。


「それじゃあ、行ってくるね」


「……ん。戦先輩によろしく」


 花蓮には今日は戦さんのデートのサポートをすると伝えてある。多分、それも気にしていたのだろう。


「うん、分かった」


「行ってらっしゃい」


 花蓮が眠たそうにしながらも笑みを浮かべて手を振る。


 俺も手を振り返して家を後にする。


 家を一歩出れば、今日は清々しいほどの快晴だった。うん、今日は良いデート|日和(びより)だ。


 家から駅に向かい、電車に乗り込む。早朝なのでかなり空いており、好きなところに座ることが出来た。


 そのまま座り続け、遊園地にほど近い駅へと向かう。


 その間、結構人が入ってきたけど、皆一様に俺の方をちらちらと見てくる。


 ……まずい、このスタイルはちょっと不審だったか?


 マスクこそしてないけれど、今の俺のルックスは顔の半分ほどが隠れてしまっているような状況だ。さすがにこれは不審すぎたかと反省する。まぁ、今更取り繕っても仕方が無いのでこのまま行くけど。


 若干の眠気と戦いつつ、乗り継ぎに焦りながらも、俺は猫のマスコットキャラが人気のニャンニャンパラダイスという遊園地へとたどり着いた。


 猫、猫、猫。まだ入場してもいないのに至る所で猫が主張をしてくるニャンニャンパラダイスは親子連れからカップルまで幅広い層の人々に人気の遊園地だ。


 中学生くらいの頃に遠足で行くことになり、深紅と話題に挙げてたらクラスメイトの一人がいかがわしい店みたいだなって言った後、深紅に連れていかれたのを何故だか憶えてる。


 いかがわしい店みたいって、どうしてだろう? ニャンニャンって猫でしょ? 可愛いじゃん。


 そう言った俺を皆が何故か生暖かい目で見てきたのが印象的だった。いかがわしいお店だという意味は今もなおまったく分かっていない。深紅に聞いても、誰に聞いても答えてくれないし。


 とまぁ、どうでもいい事は置いておいてだ。俺は一度このニャンニャンパラダイスに足を踏み入れた事はある。地図も大体憶えているし、まったく地の利が無いわけじゃない。


 早速チケットを購入して、深紅と戦さんが来るのを待っていようとしたその時――


「失礼。君が如月黒奈さんで間違いないだろうか?」


 ――ふと、声をかけられる。


 反射的に、声のする方を見る。そこには、目も覚めるような美青年イケメンが立っていた。


 秋の稲穂を思わせる金の髪に、青く透き通った綺麗な瞳。彫りが深く、目鼻立ちのしっかりした顔立ちは、さながらおとぎ話の王子様のようであった。


 深紅とはまた違ったタイプのイケメンだ。


 俺の名前を知っていた事に少しだけ戸惑いながらも、おそらくこの人が戦さんの言う助っ人なのだろうと覚る。


「はい。俺が如月黒奈です。戦さんのお知り合いの方ですか?」


「ああ。俺は獅子王ししおうアレンだ。戦とは……まぁ、知人と言ったところか」


「そうなんですね」


 少しだけ歯切れの悪い言い方に、仲良くないのかなと思ってしまうけれど、そこは俺がとやかく言う事ではないだろう。


 ともあれ、今日一日はこの人と一緒に戦さんのデートをサポートするのだ。時間にはまだ早いし、少しだけお喋りでも――


「黒奈お姉様ぁぁぁぁぁぁぁん!!


「ふぐっ!?」


 師子王さんとお喋りをしようと思っていたところで、横合いから誰かが俺にぶつかってくる。


 いや、誰だかは分かってる。この独特な呼び方をするのは一人しかいない。


「み、美針ちゃん!?」


「はい! 黒奈お姉様!」


 俺が驚きながら美針ちゃんを呼べば、美針ちゃんは嬉しそうに俺の顔を見上げて返事をする。


 いや、なんでここに美針ちゃんが!? って意味を込めてたんだけど……。


蛛形ちゅうけいは俺の助っ人だ」


「師子王さんの助っ人?」


「そうだ。俺も助っ人だが、何をして良いのか分からない。だから、俺も助っ人を呼んだんだ」


 助っ人が助っ人を呼ぶって……と、若干呆れながらも、俺も助っ人呼べばよかったと思ってしまう。だって、俺だってデートの駆け引きとか知らないし。


「大船に乗ったつもりでいてくださいまし、黒奈お姉様!!」


 ぽんっと胸を叩いて自信満々に言う美針ちゃん。いや、師子王さんの助っ人じゃないんかい。


 まぁでも、俺も初対面の人と二人っきりを回避できたのは嬉しい事だ。師子王さんの趣味とか分からないから、何話して良いか分かんないし。


「うん。よろしくね、美針ちゃん」


「はい!!」


 にぱっと花が咲いたように笑う美針ちゃん。


「……思ったのだが、蛛形がいるのであれば、俺は必要ないのでは?」


「何を言っていますの師子王さん! 師子王さんは虫よけですわ! 美少女二人がいるんですのよ? ナンパの十や二十はあって当然ですわ!」


「なるほど。それもそうか」


 うんうんと納得する師子王さん。いや、俺男なんだけど……っていうか、美針ちゃん自分で美少女って言っちゃうか……。まぁ、美針ちゃんは確かに可愛いけどね。


 虫よけだと言われたのに怒らない師子王さんは、良い人なのかもしれないと思っていると、視界の端に見慣れた女性が歩いているのを見つけた。


 ニャンニャンパラダイスのゲート前に緊張した面持ちで歩いていくのは、俺達の共通の知人、戦さんだった。

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