第111話 ドキドキデート大作戦2

 ニャンニャンパラダイスの正面ゲート脇に人待ち顔で立っている戦さんを見つけ、俺達三人はささっと物陰に隠れる。


「居ましたね」


「居たな」


「居ましたわ」


 こそこそりと戦さんの様子を覗き見ながら、俺はインカムを耳に嵌めてから戦さんに電話をする。


 そうすれば、戦さんは少しだけ驚いたように身体を跳ねさせた後、インカムの応答ボタンを押す。


「あーあー、聞こえる、戦さん?」


『ええ、聞こえてるわ。もう来てるの?』


「うん。戦さんの助っ人さんとも合流してる。あ、あと美針ちゃんとも」


『はぁ!? なんで美針が!?』


「なんか、師子王さんが助っ人にって」


『助っ人の助っ人ってどういう事!? ちょっと師子王に変わって!!』


「いや、そろそろ深紅も来ると思うから……あっ、来た」


 噂をすれば影、というわけではないけれど、丁度深紅が戦さんの方へと向かっているのを見かけた。


 深紅が来たと言えば、戦さんはびくっと身体を跳ねさせてから深紅を探す。


「これからはあまり喋らないようにするね。普段はミュートしてるから」


『分かったわ。お願いね』


 小声で返答をすると、戦さんは深紅の方を見てぎこちない笑顔で手を振る。


 俺はスマホを操作してマイクをミュートにする。


 色々検証したけれど、二人が並んで歩いてお喋りをしていればマイクがちゃんと声を拾ってくれるので、二人が何を話しているのか分かる。


「それじゃあ、俺達も向かいましょうか」


「了解した」


「了解ですわ!」


 二人が入場したのを確認した後、俺達も入場する。ちなみに、チケットは獅子王さんが先に買っておいてくれた。


 二人の後をこそこそと付ける三人組。師子王さんと美針ちゃんも何故かインカムを持っていたので、トークグループに誘って三人で二人の会話を盗み聞きする。


『さて、どれに乗る? メリーゴーラウンドとか? それとも、コーヒーカップとか?』


『あ、えっと……』


 ここで、戦さんが考えるように頬をとんとんと人差し指で二回叩く。事前に決めていたヘルプの合図だ。


 すぐさまミュートを解除して応答する。


「ジェットコースター系なら近くにニャンニャンストライクとニャンニャンマウンテンがあるよ。一緒に楽しむアトラクション系なら、少し先にニャー蔵ガンマンがある」


『そ、それじゃあ、ニャンニャンストライクに乗ってみたいな。ゆ、有名だし』


『オーケー。でも、戦さん絶叫系大丈夫?』


『う、うん、大丈夫! むしろ大好物!』


『そっか。じゃあ今日は目一杯楽しもうか』


『――っ! うん!』


 深紅の言葉に嬉しそうに頷く戦さん。


「順調のようだな」


「ですね」


「い、意外ですわ。乙女先輩がこんなに女子女子してるなんて……!」


「そ? 戦さん、意外とロマンチストだよ」


「そんなはずありませんわ! 黒奈お姉様は騙されていますわよ! あの人は腹黒で意地悪な人ですわ!」


「うーん、あまり否定できない」


 確かに、俺を脅してきたりしたのは意地悪だなとは思う。けど、戦乙女という人間はそれだけの人じゃない。


「あ、二人がニャンニャンストライクに入っていったね。どうします? 俺達も乗ります?」


「いや、中にいる間は大丈夫だろう。アトラクションの事で話題が膨らんでいるようだしな」


 師子王さんに言われて二人の会話に耳を傾ければ、確かにニャンニャンストライクについて盛り上がっている。これなら、今は大丈夫だろう。


「それよりも黒奈お姉様! 私はあれを付けてみたいですわ!」


 そう言って美針ちゃんが指差すのは、ニャンニャンパラダイスの目玉商品である猫耳カチューシャであった。


 猫耳カチューシャといえども、色違いや柄違いしかない訳ではない。猫の種類によって耳の形が違うのだ。スコティッシュフォールド、マンチカン、三毛猫、ライオンやトラまであってもう何でもありだなと思う。ネコ科なら良いのか。


「黒奈お姉様と一緒にあれを付けたいですわ!」


「え、俺も?」


「ダメ、ですの……?」


 うるうるとした目で見てくる美針ちゃん。


 うっ、そういう目をされると断れないじゃないか……。


「……分かったよ。それじゃあ、買おうか」


「はいっ! あ、ついでですので師子王さんも一緒に付けましょう」


「俺はついでか……まぁ、良いが」


 師子王さんも一緒に付けるのか。意外だな。硬派なイメージだから、こういうの断ると思ったのに。


 王子様のような見た目をしているけれど、爽やかというよりはクールな感じだ。だから、失礼だけれど遊び心とかはあまりなさそうに思えてしまう。


 売店に入り、あれこれと見て回る。その間も、俺は二人の会話に耳を傾ける。


『あ、見て戦さん。あの猫可愛い』


『ほ、本当だぁ。つぶらな瞳が可愛いね!』


『尻尾も可愛いね。ふりふりしてる』


 楽しそうに……とは、まだいかないな。戦さんばりばり緊張しているし、深紅もそれをほぐすためのトークをしているようにしか思えない。


「戦さん、緊張するのも分かるけどもっと楽しんで。これはデートなんだから」


 俺がマイクをオンにして言うと、美針ちゃんが便乗してくる。


「そうですわ! まったく面白味の無い会話ですわ!」


「当たり障りが無いな。もっと話題を掘り下げろ」


 師子王さんも辛辣にアドバイスをする。


『ぐっ……』


『ん、どうしたの戦さん?』


『う、ううん、なんでもないよ!』


 思わず呻いてしまった戦さんを深紅が案じるように声をかける。


 これ以上は混乱させてしまうと思い、俺達はアドバイスを止めて猫耳カチューシャ選びをする。


『い、和泉くんは猫何が好き?』


『うーん、そうだなぁ……あの脚が短い猫は可愛いと思う。なんだっけ、マンチカン、だっけ?』


『確か、マンチカンだね。私もあの猫は好きだなぁ』


『可愛いよね、あのフォルム。歩く姿も可愛いし。戦さんはどんな猫が好きなの?』


『私は、ロシアンブルーかな? 目とか、毛並みとか綺麗だし』


『ああ、確かに。なんか、上品な感じするよね』


『貴族とか、お金持ちが飼ってそうなイメージがあるね』


『弁護士とか、社長とかね』


『でも、映画とかだと、マフィアのボスとか悪い企業の社長とかは毛の長い猫が多いよね』


『言われてみればそうだね。確かに、鼻の潰れた毛むくじゃらの猫を飼ってるイメージあるね』


 なんか、ただの猫好きの会話に聞こえる。


 美針ちゃんもそう思ったのか、少し微妙そうな顔をしている。


「……はぁ。乙女先輩に期待した私が馬鹿でしたわ」


「ま、まぁ、さっきよりは楽しめてるみたいだしさ」


「そうだな。それに、デートで甘ったるい会話をしなくてはいけないという決まり事も無い。二人が楽しめているのであればそれで良いだろう」


「師子王さん良い事言う! そうそう! デートなんだから、楽しんでるだけで良いんだよ! それに、まだ最初のデートだしさ」


 まだまだ次がある……とは言えない。戦さんは今日告白をするつもりらしいし、その結果いかんによってはこれが最初で最後のデートになるかもしれない。気後れして、告白をしないかもしれないけれど。


「お姉様がそう言うのでしたら、私に意見はありませんわ。そんな事よりもお姉様!」


「そんな事って……」


 一応メインみたいなものなんだけど?


「これを付けてくださいまし!」


 言って、差し出してきたのは黒猫の猫耳カチューシャ。


 これを俺に付けろと? えぇ……多分似合わないと思うけど。


 とりあえず、美針ちゃんからカチューシャを受け取り、俺は帽子を脱いで付けてみる。


「ど、どう?」


「すっごい似合ってますわ! もうとても愛らしくお綺麗でまるで猫耳がついているのが自然なほど馴染んでいてまるで猫の国から飛び出してきたお姫様のごとき美しさで――」


「ま、待った待った! それ以上は良いから! もうっ」


 慌てて美針ちゃんの口に手を当てて止める。


そんなに褒められても恥ずかしい! ていうか、注目集めちゃうからやめて! 今も近くの女性二人組がくすくす笑ってるから!


 って、焦っていて気付かなかったけれど、美針ちゃんふすーっふすーっを顔を赤くして呼吸を荒くしている。


「あっ、ごめん! 苦しかったよね?」


 慌てて美針ちゃんの口から手を離す。俺が手を離せば、美針ちゃんは残念そうな顔をする。


「いえ、大丈夫です。むしろもっと抑えていただいても良かったですわ!」


「かわいそうだからそんなことしないよ」


「そうですか……残念ですわ」


 言って、美針ちゃんは自分の口の周りをペロリと舌で舐める。え、どういう事?


「では、お姉様が私のカチューシャを選んでくださいまし!」


「え、ああ、うん」


 なんでぺろってしたんだろう? ……まぁ、いっか。


 俺は美針ちゃんに乞われるまま、美針ちゃんに似合いそうな猫耳カチューシャを選ぶ。


 といっても、美針ちゃんならどれを付けても似合いそうだしなぁ……あ、そうだ。


 俺は白色の猫耳カチューシャを手に取って美針ちゃんの頭に付けてあげる。


「白、ですか……?」


「うん。俺と正反対だけど、白と黒ってペアっぽいでしょう? せっかくだし、白黒にしてみたんだ」


「つまり結婚という事でよろしいですか?」


「え、どういう事!?」


 なんで結婚? どこからその言葉が出てきたの!?


 困惑している俺に、美針ちゃんは興奮したようにずずいっと俺に寄ってくる。


「ペアという事は夫婦! いえこの場合は婦ー婦ふーふという方が正しいでしょう! 大丈夫ですわ黒奈お姉様! 式場の予約は三秒で済みますわ!」


「何も大丈夫じゃないね! とりあえず結婚はしないから落ち着いて!」


 焦って美針ちゃんを止めれば、美針ちゃんは至極残念そうに取り出していたスマホをしまう。


「そうですか……ですが、一応式場の準備だけでも」


「どんな一応かな? それに、俺と美針ちゃんは結婚できる年齢じゃないでしょ?」


「ではその年齢になったら結婚していただけると!?」


「ううん、しないけど」


「そんなぁ!?」


 がーんと落ち込む美針ちゃん。いや、美針ちゃんの事は好きだけど、それは可愛い後輩としてだからなぁ。そもそも、俺って好きな人出来た事なんて無いし……。


「む、二人とも。戦達がニャンニャンストライクから戻ったぞ。すぐに会計を済ませて向かうぞ」


「あ、はい」


「はーい……ですわぁ……」


 元気のない美針ちゃんの背中を押しながら、俺達はレジで猫耳カチューシャを購入する。ちなみに、これも師子王さんが買ってくれた。


 てそして、意外な事に師子王さんはライオンのカチューシャを買っていた。付けて貰ったけど、結構似合っていた。

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