第109話 お誘いは体育館裏で
翌日。
学校に登校すれば、少しだけ戦さんがそわそわしていた。
まぁ、デートに誘うっていうんだから、そわそわしても仕方がないだろう。
そわそわしながら戦さんは午前中の授業を終え、お昼休みが始まったと思えば、さっさか俺のところまできて俺の手を引っ張る。
「ちょっと来て」
「う、うん」
お弁当を手に持って、教室を後にする。
戦さんに手を引かれて俺は人でごった返す廊下を歩く。
どこに行くのかなと思いながらも、多分人目のないところなのだろうと辺りを付ける。屋上か、中庭か、はたまた体育館裏か。
でも、中庭は無いかな。あそこカップル|御用達(ごようたし)の場所だし。屋上も無いだろうから、多分体育館裏だろうなぁ。
なんて考えていたけれど、戦さんは教室棟から特別教室棟へ続く渡り廊下を歩く。
あれ、体育館裏じゃない?
特別教室棟まで来ると、階段を上がり最上階の教室の一室の前までやって来る。
戦さんはスカートのポケットから鍵を取り出して、その教室の鍵を開ける。
「その鍵どうしたの?」
「落ちてたのを拾ったのよ。丁度良いからたまに使ってるの」
「えぇ……返そうよ」
「後で返すわよ」
言いぶりからしてそこそこ長く使っているみたいだし、多分返す気はないのだろう。
まぁ、俺も使っちゃうわけだから、共犯だけどさ。
一応周りを確認してから教室に入る。
教室内には机と椅子が幾つかあり、他の机は端に寄せられているけれど、一組だけ机と椅子が中央に置かれている。戦さんが普段使っている椅子と机なのだろう。
俺は端っこに置いてある椅子を一個引っ張ってきて、すでに椅子に座っている戦さんの前に座る。
「それで、デートに誘うんだよね? いつデートするの?」
「一応、今週の土曜日にでも」
「どこ行くの?」
「ど、動物園とか?」
「うーん、良いと思うけど、最初なら遊園地とかじゃない? 二人で一緒に楽しめた方が良いと思うし。お化け屋敷とか、ジェットコースターとか」
動物を二人で眺めるのも良いだろうけれど、最初なら一緒に楽しさを共有しやすい遊園地とかの方が良いはずだ。
「深紅の動物の趣味とかは分からないけど、アトラクションの好みとかは分かるしさ」
「まぁ、確かに」
深紅と碧と遊園地には何度か行ってるから、深紅の好むアトラクションの傾向とかは分かる。それに、俺とアトラクションの好みは似通ってるから、行く場所さえ分かれば、どれに乗ればいいとかアドバイスも出来る。
「分かったわ。行き先は遊園地にする」
「でも、戦さんは絶叫系とか好き? 深紅は絶叫系とか好きだから、戦さんが乗れないとなるときついと思うけど」
「多分大丈夫よ。乗った事無いけど」
「え、乗った事無いの?」
「ええ。遊園地とか、行った事無いし」
「そうなんだ……」
それなら、戦さんが純粋に楽しんでくれたら嬉しいと思う。一度も行った事が無いなら、ちゃんと良い思い出になってほしい。
「じゃあ行き先は遊園地だね。問題はいつ誘うかだけど……」
「体育館裏とかに呼び出せる? やっぱり、
「分かった。放課後で良い?」
「うん。ありがとう」
これで、深紅が頷いてくれればいいんだけど……。深紅なら、よほどの事が無い限り行かないって選択はしないと思うけど。
「……もう一つ、お願いしたいんだけど、良い?」
「ん、何?」
「当日、私達についてきてほしいんだけど……」
「え、でもそれじゃあデートの邪魔じゃ……」
「いや、一緒にって事じゃないのよ? 後ろからこっそりついてきてくれるだけで良いの。それで、これでたまに指示をしてほしいの」
そう言って戦さんが机に置いたのはブルートゥース機能の付いた小型インカムだった。
「当日、これで逐一指示してほしいの」
「別に、俺は良いけど……」
下世話な話かもしれないけれど、俺だって二人の行く末が気になる。告白が失敗するのか、成功するのかも気になる。
けど、それだと二人っきりのデートじゃない。そう思って、戦さんは良いの? と視線で問いかける。
戦さんはこくりと頷く。
「うん。多分、緊張しちゃってまともに考えられなさそうだから」
「なら、良いけど……」
「次の機会があれば、自力で何とかするわよ。まぁ、まだいけるって決まった訳じゃないけど……」
大丈夫だよ、とは言えない。
だって、俺は深紅じゃないから。深紅じゃないから、デートを受けるかどうかも分からない。
「そう言えば、一つだけ聞きたいんだけど、良い?」
「なに?」
「深紅のどこを好きになったの?」
少しだけ、意地悪かなって思う。深紅は見た目が良い。だから、見た目から入る人が居るのは仕方ない事だと思う。だから、俺は見た目が良いからって言葉を否定したりはしない。
深紅は優しいから、性格が良いって言われれば俺は頷く。優しくて気遣いの出来る人と付き合いたいって思うのは、普通の事だと俺は思うから。
モデルをしてる事も、ヒーローである事も、理由の一つであってもおかしくないし、俺はそれを否定しない。
けど、だからこそ、聞く人が聞けば、俺の質問は至極意地悪だろう。だって、俺は深紅の良いところを他の人よりも多く知っている。だから、そんなありふれた言葉で言って俺が満足するのか、それが分からないからその人は色々良いところを探そうとする。結果、から回った答えが返ってくる事も少なくない。
意地悪な質問だけど、俺は聞いておきたい。聞いておかなきゃいけない。
深紅が自分から好きになった人にこんな質問はしない。だって、深紅が見初めた人なんだから。けど、俺が協力して、俺が深紅に勧めるのであれば、俺はその人が深紅を好きな理由を知っておかなくてはいけない。
真剣な目で戦さんを見れば、戦さんは特に気負う様子も無く言う。
「好きになった理由、ね……ありふれた話だけどさ、私、和泉くんに助けて貰った事があるんだ」
昔を懐かしむように、戦さんは言葉を紡ぐ。
「私が小さい頃、和泉くんがヒーローに成りたての頃に、一度助けて貰ったの。そっからずっと一目惚れよ」
恥ずかしそうに、でも、その思い出を愛おしそうに語る戦さん。
ああ、戦さんなら、大丈夫だ。
俺が戦さんの想いを推し量るなんて、そんな失礼な事は出来ないけど、それでも、戦さんの言葉を、顔を、目を見れば分かる。本当に恋していて、それを大切にしてるんだって。
何も言わない俺に少しだけ恥ずかしそうに咳払いをしてからまくし立てるように言う。
「ま、まぁ、柄にもなくずっと白馬の王子様に憧れてるって訳よ。わ、私にとっては和泉くんはずっと白馬の王子様なんだから仕方ないでしょ! 悪い!?」
「いや、全然悪くないよ。むしろ、そういうの良いと思う。そうだよね。女の子なんだから、そういう
「あ、あんた、よくもまぁそう恥ずかしげもなく言えるわね……」
恥ずかし気に頬を赤らめる戦さん。
「白馬の王子様には負けるよ」
「なっ――あんた、可愛い顔して意地が悪いわね……」
「戦さんこそ」
最初に俺を脅しかけた事忘れてませんよー。
お昼ご飯を食べながら、遊園地はどこが良いなどお喋りをする。
たまに冗談を言いながら、たまに茶化しながら。戦さんが屈託なく笑うのを見て、こんなに笑える人なんだなぁって思わず思ってしまう。
最初こそ少し……いや、かなり特殊だけれど、それでも、今の俺達は多分友達というものなのだろうと思う。そう思うと、結構嬉しかった。
お昼休みが終わり、午後の授業も終わりを告げて放課後となった。
俺は早速、深紅に声をかける。
「ねぇ、深紅」
「ん、なんだ?」
「お呼び出しがあります、至急、体育館裏まで向かってください。繰り返します?」
「なぜお呼び出し風? そんでなんで最後聞き返す?」
「繰り返します?」
「あー、いい。行けばいいんだろ、行けば」
はぁと一つ溜息を吐いてから、深紅は立ち上がる。
「で、誰?」
「戦さん」
「お前……いや、やっぱ良いわ」
何かを言おうとした深紅だったけれど、言うのを止めてまた一つ溜息を吐く。
「とりあえず、行ってくるわ」
「うん、行ってらっしゃい」
教室を後にする深紅の後ろ姿を眺めていると、深紅と入れ替わるようにして美針ちゃんが教室に入ってくる。
「黒奈お姉様ー! 一緒に帰りましょう!」
「あ、美針ちゃん。それは良いけど、ちょっとだけ待ってもらって良い?」
「どうしたんですの? なにかありまして?」
きょとんと小首を傾げる美針ちゃん。
「うん、ちょっと戦さんを待ってるんだ」
一応、教室に残っている事は伝えてある。戦さんも、教室に戻って報告をすると言っていたので、戦さんが戻ってくるまで待っているのだ。
花蓮と桜ちゃんには先に帰っていて良いとは言ってあるので、多分先に帰っているだろう。
「それでは、美針も一緒に待ちますわ!」
ちょこんと俺の目の前の椅子に座る美針ちゃん。
俺も一人では暇を持て余していたと思うので、美針ちゃんが一緒にいてくれるのはありがたい。
美針ちゃんとお喋りをしながら戦さんが来るのを待っていると、教室の
「放課後の教室で黒奈お姉様と二人きり! なんだか青春の予感ですわ!」
なんてうっとしりた顔で言う美針ちゃんに苦笑していると、廊下の方からばたばたと慌ただしい足音が聞こえてくる。
「むっ、無粋な足音ですわ!」
「まぁまぁ」
ちょっと怒ったような顔をする美針ちゃんを宥める。
多分、この足音は戦さんだ。
そう当たりを付けていると、慌てた様子で戦さんが教室の扉に手を付いて俺を見る。
そして、早足に俺の元へ寄ってくると、がしっと俺の肩を掴む。
もしかして、ダメだった?
不安に思っていると、戦さんが息を切らしながら嬉しそうに口角を上げる。
「い、和泉くん、デートしてくれるって……!!」
俺は戦さんのその言葉を聞いて、心底から安堵する。
良かったねと言葉をかけようとしたその時、がばっと戦さんが俺に抱き着く。
戦さんが抱き着いたと同時に、美針ちゃんが乙女らしからぬ悲鳴を上げる。
「良かった……良かったぁ……」
気が緩んでしまったのか、思わず泣いてしまう戦さん。
俺は戦さんの背中をぽんぽんと叩く。
「デート頑張ろうね」
「うん……うん……!」
泣いている戦さんを見て、俺は心底からデートが成功すれば良いなと思った。そのためには、色々頑張らないと。
放課後の俺達しかいない教室で、俺は戦さんが泣き止むまで背中を叩き続けた。
美針ちゃんも空気を読んでか、ハンカチを噛みながらも戦さんをどける事はしなかった。
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