第108話 今は亡き想い人

 ファッションセンス勝負、もとい、買い物を終え、俺達はフードコートにやってきていた。


 戦さんはその手に紙袋を持っており、その中には俺が選んだ服が入っている。


 お手頃価格のハンバーガーを食べながら、戦さんは俺に尋ねる。


「ねぇ、如月」


「ん、なに?」


「正直に答えてほしいんだけど、今和泉くんをデートに誘ったとして、受けてくれると思う?」


 何気なく放たれた、けれど、真剣な戦さんの質問に、俺もいったん食べる手を止めて真剣に考える。


「一般論を言うなら、まだその時じゃないとは思う」


「そう、よね……」


 こうして準備を進めてはいるけれど、深紅との会話は俺が見る限り数えるほどだ。それも、事務的な事が殆どだ。


 今の友好度で、はたして深紅がデートの誘いを受けてくれるかどうかは分からない。


 良いよ、行こうと爽やかに答えるか、ごめん、戦さんをそういう目では見れないと心底申し訳なさそうに答えるか。深紅の事だから、悪いようにはしないだろうけれど、断られたら戦さんは意気消沈してしまうだろう事は間違いない。


「でも、深紅さんだから、デートくらいは行ってくれそうじゃない?」


「うん。デートなら行ってくれそう」


「そうなんだよねぇ……」


 花蓮と桜ちゃんの言葉に俺は頷く。


 俺もどちらかといえば、断らない確立が高いと思う。深紅も暇ではないだろうけれど、女の子が真剣にデートへ誘えば、日時を調整して受けてくれると思う。


「でも、だからこそ時期尚早かなとは思うんだ。だって、戦さん深紅とまともに喋れないし」


「うぐっ……それは、なんとかするわよ……」


「具体的には?」


「和泉くんの写真を見ながらお喋りの練習するわ」


 そのシチュエーションを想像するとかなり異様な光景だ。一人、部屋で深紅の写真に向かって延々喋り続ける戦さん。うん、怖い。


「でも、一回デートしてみるってのもいいんじゃないの? 一回失敗したからって、もう二度と誘っちゃダメってルールは無いんだしさ」


「確かに! それこそ、相手が好きなら何度でもアタックあるのみですよ!」


「それなら、私も黒奈お姉様にアタックですわ~!」


 隣に座る美針ちゃんが、俺にどーんと抱き着いてくる。うん、そのアタックじゃないよ。


「ちょっと、兄さんから離れてよ。兄さんが困ってるでしょ」


「黒奈お姉様は貴女と違って心の広い方ですから、私のハグも快く受けてくださいますわ! ね、お姉様?」


 にこにこと屈託のない笑みを俺に向けてくる美針ちゃん。うん、まぁ別段困ったりはしないけど、年頃の女の子が男の子にみだりに抱き着くのはいかがなものなのだろうかとは思うよね。


「美針、大人しくしてなさい。今は私が如月に相談してるんだから」


 少しだけ語気を強めて戦さんが言えば、美針ちゃんは渋々といった様子で俺から離れた。


「それで、花蓮ちゃんと桜ちゃんの言葉を信じるなら、和泉くんは私とデートしてくれる可能性があるって事で良いのかしら?」


「うん。真剣に誘えば、デートはしてくれると思うよ」


「そ。なら、明日にでも誘ってみようかしら」


 ずごごっとストローで飲み物を飲む戦さん。その目には少しばかりの焦燥が見て取れる。


「もう少し、お互いの事を知ってからでも良いんじゃないの?」


「でも、お互いの事を知るためのデートでもあるわよ?」


「なら聞くけど、戦さんはそのデートで深紅に告白するつもりは無いんだね?」


「…………」


 俺がストレートに聞けば、戦さんは眉を寄せて黙り込む。


「告白するつもりだったの?」


「……悪い?」


「悪くはないよ。でも、その時に深紅に告白をしても、深紅は絶対に頷かないよ」


「そんなの、やってみなくちゃ――」


「分かるよ。幼馴染だもん。深紅はその場の雰囲気に流されてそんな大切な事を決める奴じゃないよ」


 深紅が今まで誰とも付き合ってこなかったのは、多分、深紅にとって忘れられない人がいるからだ。


 そして、それは俺も知っている人で、けど、その人と深紅の間に起こった事はまったく知らなくて……。


 けど、その人に心の全部を埋め尽くされてしまう程に、深紅はその人に首ったけなのだ。昔も、今も。


「深紅はずっと惚れてる人がいるんだ。戦さんは、その人に勝てる自信ある?」


「は? なにそれ、聞いてないんだけど?」


 ずっと惚れている人がいる。その情報を戦さんは知らない。俺は、あえて言わなかった。だからこそ、戦さんはそのことについて怒っている。


「言うつもりが無かったからね。深紅にとっても、そう簡単に話してほしい内容じゃないだろうし」


「好きな人が居る事くらいは言ってくれも良いんじゃないの? なに、あんた私の独り相撲見て楽しんでだってわけ?」


「そんな悪趣味じゃないよ。ただ……」


 少し考えて、俺は言おうか言うまいか迷う。


 明言しなければ、大丈夫だろうか? でも、深紅にとっては知られたくない事かもしれないし……。


「ただ、なによ?」


 不機嫌そうな戦さん。それはそうだろう。協力者である俺が深紅に好きな人が居る事を黙っていたのだから。不機嫌になって当然だと思う。


 少しだけ考えて、俺は言う事にした。名前さえ出さなければ、大丈夫だろう。


「……深紅が好きな人はもういないんだ。ずっと前に、亡くなってるから」


「――っ!」


 俺の言葉に、戦さんだけではなく、桜ちゃんや美針ちゃんが息を飲むのが分かる。花蓮だけは、なんとなくわかっていたのか納得したような顔をしている。


「戦さんが深紅を振り向かせるには、その人と同じくらい魅力的な人にならないといけない。その人と同じような女性になる必要はないけど、その人に負けないくらい素敵な人にならなくちゃいけない。深紅が惚れるくらいだもん。俺から見ても、その人、すっごい魅力的な人だったよ」


 外見的な事じゃない。人として、とても魅力的な人だった。


 幼い頃の記憶しかなくて、中学二年の頃に一回だけ再会できたけど、記憶の中以上に素敵な女性になっていた。


 そんな人と、今の戦さんが同等に並んでいるかと言われれば、俺は首を横に振る。その人と同じくらいの魅力に残念ながら戦さんは届いていない。


 確かに、外見は綺麗になった。おしゃれも頑張ってると思う。けど、それだけじゃ足りない。何が足りないと、明確な事は言えないけれど、それでも、比較してしまえばあの人の方が魅力があると思ってしまう。


 身贔屓みびいきかもしれない。俺の色眼鏡かもしれない。けど、戦さんはその身贔屓と色眼鏡を超えないといけないのだ。


「戦さんが、深紅の想い人に負けないって自信があるなら、俺は止めないよ。それなら、俺は戦さんを全力で応援するし、全力で手助けする。けど、もしそうじゃないなら、今は止めておいた方が良いと俺は思う」


 それが、俺の今の偽らざる本音だ。


「でも、戦さんが深紅とデートをするなら、俺はそれを全力でサポートするよ。元々そういう約束だし、戦さんを応援したいって思うのも俺の正直な気持ちだから。ずるいと思うけど、最後に決めるのは戦さんだよ」


 ここまで言って決断を全部戦さんに任せるのも酷な話だとは思うけれど、周りに流された結果失敗するよりも、自分で選んだ結果の方が納得も出来るだろう。


「けっこうきつい事言ったけど、戦さんを応援する気持ちに嘘は無いよ。どうするか決まったら教えて。当日までサポートするから」


 その日、結局戦さんが答えを出す事は無かった。それもそうだろう。なにせ、相手は亡くなってまで深紅の心を奪っている相手なのだ。俺から見ても、深紅は魅力的な男性だと思う。優しくて、誠実で、ときに子供っぽい意地悪をして……。


 そんな深紅がずっと心を奪われている相手に、果たして勝てるかどうかなんてわからない。


 その日はフードコートでお夕飯を食べて解散になった。


 家に帰って、俺はまず深紅に電話をした。時間があったのか、スリーコールで深紅は電話に出た。


『はい、もしもし』


「あ、深紅? 今電話大丈夫?」


『ああ、大丈夫だが……なんかあったか?』


「うん。ちょっと、深紅に謝らなくちゃいけない事があって」


『その前置きすっげぇ不安なんだけど……』


「不安的中だよ。その、ごめんなさい。緋姉あけねえの事、成り行きで話す事になっちゃった」


『……』


 俺が正直にそう言えば、電話の向こうで深紅が言葉を失くすのが分かる。


『……どこまで話した?』


「……深紅が緋姉を今でも好きな事まで」


『………………はぁ……』


 盛大な溜息を吐く深紅。やっぱり、話してほしくはなかったことなのだろう。


「ごめんなさい……」


『……いいよ、別に。お前が話さなくちゃいけないって思ったから話したんだろ? なら、別に良いよ』


 諦めたように言う深紅。その言葉に苛立ちや怒りといった感情は感じられず、ただただ仕方なしといった割り切りを感じた。


「一応、話すに至った経緯を話すと――」


『話さなくて良い。それは多分俺に話しちゃいけない事だろ? まぁ、お前が後ろめたくなって俺に話しちまった時点で、大体事情は分かっちまったけどな』


「……本当にごめんなさい」


『しつこい。何度も謝んな』


「ごめ……」


 ごめんと謝ろうとして、俺は口を噤む。謝るなと言われたばかりだった。


『ま、俺の事は気にすんな。個人的にはもう済んだ話だしな』


「済んだ話って……」


 なら、深紅はもう自分の中で答えを持ってしまっているという事なのだろう。


 俺は深紅の心の内を聞きたかったけれど、それは多分、俺が聞いてはいけない事なのだろう。深紅のためにも、戦さんのためにも。俺がその答えを知っていてはいけないのだろう。


『用事はそれだけか?』


「あ、うん。……あっ、あともう一つだけあるんだけど」


『なんだよ』


 言ってから、少しだけ後悔する。深紅に事後承諾で緋姉の事を話したのに、このまま俺の相談なんてしても良いのだろうかって。


 東堂さんと話している時に浮かび上がった不安を、そのまま吐き出しても良いのだろうかって。


 いや、今それをしてはいけないだろう。それは俺の我が儘になってしまう。


「……ううん、やっぱり何でもない。また後で話すね」


『……ああ、分かった』


 少しだけ納得のいっていないような声音で頷く深紅。


「じゃあお休み。また明日」


『ああ、お休み』


 そう言って、俺は通話を切った。


「……問題山積みだ……」


 考えなければいけない事が多くて頭が痛くなる。


 けど、全部向き合わなければいけない事だ。後回しになんて出来ない。


「……今日はもう寝よう」


 ともあれ、今日はもう眠ってしまおう。体力的にも、精神的にも少し疲れた。


 布団を被って眠ってしまおうとしたその時、スマホに通知が届く。


 誰だろうと画面を見やればそこには簡潔な文字でこう映し出されていた。


『やっぱりデートに誘う。協力して』


 戦さんからの簡潔なその言葉に戦さんの覚悟を感じ取り、俺も簡潔に言葉を返した。


『分かった。一緒に頑張ろう』


 その後、戦さんからの返信は無く、俺は少しの不安を抱えたまま眠りに着いた。

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