第7話 襲撃

 三人の小会議は小一時間行われ、その間俺は衣服を見たり、帽子を手に取って被ってみたりと適当に時間を潰していた。


「姉さん、ちょっとこっちに来て」


 最早姉さんと呼ぶことに何の違和感も持ち合わせていない花蓮に呼ばれ、俺は一つの更衣室に押し込められた。


「それじゃあ、着替えてね」


「因みに聞くけど、拒否権は――」


「ある訳無いよね」


 そう言われ、更衣室のカーテンを無慈悲に閉められた。


 更衣室の中にはすでに洋服が置いており、要はそれを着ろということなのだろう。


 更衣室の前には三人の気配がある。この服を着るまで出られそうにない。


 俺は観念して、洋服を手に取った。


 幸いなことなのかどうかは微妙なところだが、着替えに手間取ることは無かった。主に、深紅のお姉さんのせいだけど。


 俺は着替えを済ませると外に居るであろう三人に声をかけた。


「お、終わったよぉ……」


「分かった」


 花蓮は返事をすると、間髪入れずにカーテンを開ける。


 ちょ! せめて躊躇とかしようよ!


 そんな文句を口にしようとしたが、三人の驚いたような顔を前にして口に出かかっていた文句は引っ込んでいた。


「え、えっと……似合ってはいないと思うけど、一応訊くね? 似合ってる?」


 まあ、男が女物を着ているのだから、似合っているかどうかを訊くのはおかしな話だ。けれど、物事には様式美と言うものがある。俺はその様式美をふまえて訊いてみたのだが、三人は固まったままだ。


 俺の装いは、白のワンピースに黒のアウターを着ている。清楚と言うよりは、少しだけパンクな感じだ。個人的には、アウターの方はレディースで無かったら好みのデザインなのだが……うむ。やっぱり似合ってないのだろう。三人とも固まってるし。


「に、似合ってないみたいだし、着替えるね?」


 俺はそう言って着替えるためにカーテンを閉めようとした。しかし、その手を驚くべき速さで三人が掴んだ。


「ひっ」


 あまりの速さに驚いて引きつった声が上がってしまう。


「姉さん。これ買うからこのまま買い物をしよう」


「そうです黒奈さん。このまま買い物をしましょう」


「ええ、お客様。ぜひこのままお持ちになってください」


 三人の鬼気迫る表情に、思わず身を反らしてしまう。


「え、いや、俺そんなにお金持って来てないから……」


「いいから、私が買うから」


「それじゃあ花蓮の買い物が出来ないだろ?」


「いいから」


「え、えぇ……」


 珍しく強引な花蓮に戸惑ってしまう。


「でしたら、ここは私が持つことにしましょう」


「え、いや、そう言うわけには……」


 なぜか店員さんもそう言ってくる。


「いえ、先行投資ですので、お気になさらず」


「先行投資?」


「はい。実は私この店の店長兼デザイナーをしておりまして」


「え、そうなんですか!?」


 どうしよう、普通の店員さんだと思ってた……。よく見れば、胸元のネームプレートのに店長って書いてあるや。


「お客様には、是非ともうちの洋服を着て欲しいのです。お客様程目の引く美人であれば、それだけで広告としては十分すぎます」


「いえ、でも流石に貰うのは……」


 この洋服、先ほどの値段を見たけれど、どれもこれもそれなりに値段が張るのだ。大人にとってはあまり躊躇せずに買える代物でも、高校生である俺たちにとっては高額に思えるほどの金額だ。それを広告代わりに利用されるとはいえ、貰うにしては気が引けてしまうのだ。


「では、こういうのはどうでしょう。一度だけで良いので、うちの店のポスターのモデルになってくれませんか?」


「いいじゃないですか! 黒奈さん、是非受けましょう!」


「うん。姉さんならモデルに最適」


 店長さんの言葉に、俺では無く、二人が強い同意を示す。


「ワタシ、黒奈さんが写ってるポスター見たいです!」


「私も見たい」


「え、えぇ……」


 俺なんかがモデルやったとしても、映えないと思うけど……。


 しかし、そんな否定的な言葉を、キラキラした目をする二人を相手に言えるわけも無かった。


 けれど、俺がモデルかぁ……。俺がモデルをやるならば当然メンズなんだろうけど……。そう言うのは、深紅に頼む方が良いと思うな。深紅はスタイルが良いから、どんな衣装でも着こなせるだろうし、なによりネームバリューもあるし。


 でも、これは俺が頼まれたことだから、深紅を頼るのもお門違いだよな。


 それに何より、今日は花蓮と仲直りするために来たんだ。


 キラキラした目をしている花蓮は、俺が見る限り機嫌が悪いようには見えない。であれば、ここで更に機嫌を良くしておいた方が良いだろう。女装は嫌だけど、我慢だ、我慢……!


「……分かりました。モデルの件、お受けします」


「ありがとうございます。それでは、連絡先を交換しておきましょう」


「はい」


 俺が了承の意を示すと、隣で花蓮と桜ちゃんがいえーいとハイタッチをしている。


 俺のモデルなんて、そういいものでもないと思うけどなぁ。


 ともあれ、俺は今日の残りの時間を女装をして過ごすことになってしまったわけだ。


 俺は思わずため息を一つ吐いた。






 店長さんと連絡先を交換して、二人は二人の買い物を済ませた後、俺たちは店を後にした。


 なんか、二人もモデルに誘われていたけれど、店長さんは二人をそんなに熱心に誘っているわけではなさそうだった。まあ、俺の場合は交換条件のようなものだから、二人はあわよくばといった感じなのだろう。


 と言うか、女装しながらモール内を歩くのすごく恥ずかしい……。心なしか先ほどよりも視線を多く感じる気がするし……。


 そんなことを考えていると、くぅ~っと可愛らしくお腹の虫が聞こえてくる。


 音の方を見やれば、桜ちゃんが照れたように顔を赤くしていた。


「えへへ……お腹すきました」


 照れながらはにかむ桜ちゃんを見て、思わず笑みを浮かべてしまう。


「それじゃあ、お昼にしようか」


「はい!」


「うん」


「と言っても、時間的にはおやつかな?」


 時刻は三時半。もうお昼と言うには遅い時間である。


「あ、本当だ……」


「気付かなかった……」


 余程熱中していたのか、時間もお腹のことも頭から追いやられていたようだ。


 ともあれ、次の目的が遅めのお昼ご飯に決まった。どこでお昼を食べるかを考えたけれど、二人は服を買ってしまったからお金をそんなに持っていない。なので、行き先は自然とファストフードが多いフードコートに決まった。


 俺たちはフードコートに向けて歩き出す。


「あ、私ちょっとお手洗い行ってくる」


「うん、分かったよ」


「それじゃあ、ここで待ってるから」


「うん。直ぐに戻ってくるから」


 フードコート手前のロビーにあるトイレの前を通りかかると、花蓮はトイレに向かった。


 そうして、桜ちゃんと二人っきりになる。思えば、二人きりになったことなんて一度も無かったから、何を話せばいいのか分からない。共通の話題はブラックローズのことがあるけれど、話し始めれば長くなりそうだし……っと、そう言えば、まだちゃんとお礼を言ってなかったな。丁度いいから、お礼言っとかないと。


「桜ちゃん、ありがとうね」


「はい?」


 俺がお礼を言うと、彼女は不思議そうな顔をして小首を傾げた。


 え、もしかして、今日の目的忘れてる感じ?


「え、えっと、俺と花蓮の仲を取り持ってくれる件なんだけど……」


「あ、ああ! そう言えばそうでした!」


 忘れてました! と言い、あわあわと大慌てする桜ちゃん。


「す、すみません! 楽しくてつい忘れていました!」


 ぺこぺこと頭を下げて謝ってくる桜ちゃん。


「そ、そんなに謝らなくても良いって! むしろ、こうして花蓮と出かけられる状況にしてくれただけでありがたいよ。とても感謝してる。だから、ありがとうね」


「……黒奈さんは」


「うん?」


「黒奈さんは、花蓮ちゃんと仲直りしたいですか?」


 真剣な表情で訊ねてくる桜ちゃん。その真剣な表情に、少しだけ驚くも、問いの答えは考えるまでも無く直ぐさま口から出てくる。


「したいよ。それどころか、前よりも仲良くしたいと思ってる」


「そう、ですか」


 俺の答えを訊くと、桜ちゃんは満足気に頷く。


「でしたら、黒奈さんのありのままの想いをぶつけてみればいいかと!」


「もちろんそのつもりだよ」


 その為に俺は今日この日を迎えたのだ。深紅にも言われたように、思いの丈を花蓮にぶつけるために。


「ふふっ、なんだ。二人とも考えてること同じなんじゃないですか」


「え、それって……」


 桜ちゃんが微笑みと共にこぼしたその言葉に、俺は喰い気味に反応してしまう。


 同じ? 花蓮と俺の考えが?


「はい。実はワタシも、花蓮ちゃんに相談されたんです。黒奈さんに酷いこと言っちゃたんだけど、どうすれば良い? って」


「そう、だったんだ……」


 桜ちゃんの言葉を聞いて、喜びと同時に安堵が押し寄せてくる。


 良かった。俺、花蓮に嫌われてるわけじゃなかったんだ……。


 花蓮から直接聞いたわけでは無いのに、とてつもない安堵が押し寄せてくる。


「はい。ふふっ、二人とも、実はすっごい仲良しさんですね!」


 桜ちゃんの言葉を聞いて、あからさまに安堵してしまう俺に、桜ちゃんがからかうように言ってくる。けど、今の俺にはそのからかうような言葉すら、俺と花蓮が仲が良いことを第三者が認めてくれていることの証左のようで、素直に言葉を受け取ってしまう。


「そうなら嬉しいな。折角二人だけの兄妹なんだから、仲良くしたいよ」


 そう言って、安堵から思わず微笑んでしまう。


「むむっ、ちょっとからかってみたんですけど、効果無いみたいですね」


「ふふっ、今は安堵の方が大きいからね」


 からかいの言葉に照れている余裕が無いほど、俺は安堵している。


 桜ちゃんは俺の様子を見ると、少しつまらなそうな顔をしたけれど、直ぐにいつもの活発な笑みに戻る。


「じゃあ、後はお互いに本音をぶつけるだけですね! 大丈夫です! もう結末の見えた勝負をするようなものです! 恐れず、思いの丈をぶつけちゃいましょう!」


「うん。ありがとう」


 桜ちゃんに激励を貰い、俺は自身の無かった思いに勇気を貰うことができた。ちょっとずるしたような気分だけれど、仲直りができるのであれば、今はそれでいい。後であの時こんなことがあったんだよって、笑い話にできればいい。


「ごめん。お待たせ」


「ううん、大丈夫だよ!」


 とっとっと軽やかに小走りで戻ってきた花蓮に、桜ちゃんがご機嫌に返す。


 そんな桜ちゃんの様子に、花蓮が小首を傾げる。


「桜、何かいいことあった?」


「ううん! なにも無いよ!」


「……そう?」


 納得した様子ではないけれど、桜ちゃんが言うのであればそうなのだろうと言った感じに、感じた疑問を追いやる。


「それじゃあ、フードコート行きましょうか」


「ちょっと待った! その前に! 黒奈さんから言いたいことがあるらしいよ!」


「え?」


「ちょ、ちょっと桜ちゃん!?」


 桜ちゃんが何をしようとしているのかを理解した俺は、情けないくらいに狼狽して見せる。


 分かる。俺たち二人がお互いに仲直りしたいと思っているって分かったから、早速行動に移そうっていうんだね? 分かるよ。分かるけど! 


「ちょ、きゅ、急に言われても! 心の準備が!」


「心の準備なんていらないですよ! 思っていることを言えばいいんです!」


「え、ええ!?」


 ずずいと桜ちゃんに背中を押され、花蓮の前に押しやられる。


「に、兄さん?」


 目の前に居る花蓮は、困惑したような、それでいて期待したような目を向けてくる。


 その目を見たら、花蓮も俺と仲直りをしたいのだと直感で理解できた。


 花蓮も、怖いのだ。俺に何を言われるのか、自身が期待している言葉を貰えるのか。それが分からなくて、怖いのだ。


 言う方も怖ければ、聞く方だって怖いのだ。相手と仲直りしたいなら、尚更に。色よい返事を期待しているからこそ、その反対のことを言われたらと思うと怖いのだ。


 ……なら、花蓮をこのまま待たせる訳にはいかないよな。俺は花蓮のお兄ちゃんだ。情けないお兄ちゃんだけど、せめてこういうことくらいは、かっこよく言わなくちゃ。


「花蓮、俺は――」


『はい、ストップだメェ』


 言葉を発しようとした次の瞬間。おどろおどろしく、低い声が突然耳朶に響く。


 嫌な予感がした俺は咄嗟に衝撃に備えて身を固めた。


 次の瞬間、俺は強烈な衝撃を受け吹き飛ばされた。

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