第23話 セカンドロケーション 1

 最初のロケーションを終えると、俺達はマイクロバスとトレーラーに乗って次なるロケ地に移動した。


 あの後、全員と写真を撮っても時間に余裕があったので、移動もゆっくりとすることができるらしく、車内の雰囲気はのんびりとしていた。


「黒奈。次のロケ地は街中よ。ガードマンがいるけど、街中じゃなにが起こるか分からないわ。黒奈の方でも、十分注意してね?」


「分かりました」


 携帯で今日のスケジュールを確認しながら、隣に座る星空さんが言う。


 そっか。次は街中なのかぁ。


 街中ってことは、今まで以上に人に見られるってことなんだよなぁ……。


 そう思うと、少しだけ気恥ずかしさがぶり返す。


「緊張する?」


 俺の様子に気付いた星空さんが、携帯から目を離して顔を覗き込んでくる。


「はい。さっきは、あまり意識してなかったんですけど……」


「まあ、公園だと見られる人の人数はある程度限定されるからね。街中だと、皆移動してるから、不特定多数の人に見られるわけだから、そうもいかないけど」


「公園には家族連れとか、おじいちゃんおばあちゃんが大半でしたけど、今度は高校生とかもいますよね……」


「そりゃあ休日だし、ある程度はね」


「ううっ……Eternity Aliceの知名度を考えると恐ろしいです……」


 『Eternity Alice』は有名全国チェーン店だ。その知名度もさることながら、女子高生の支持率も高い。トレーラーとマイクロバスには『Eternity Alice』のロゴも入っているし、スタッフさんのジャケットにもロゴが入っている。


 撮影自体が新作の宣伝になるため、ロゴなどを利用して大々的に自らを宣伝している。そのため、『Eternity Alice』を知っている人にはすぐに気付かれてしまう。


 撮影していることをアピールするのも宣伝の内なのだろうけれど、素人の俺は人の多い撮影には慣れていない。気恥ずかしさが募るばかりだ。


「まあ、仕方ないわよ。自分でやるって言ったんだから、潔く腹くくりなさい」


「ううっ……はぁい……」


 星空さんに言われ、俺は力無く返事をする。


「大丈夫よ。あなたちゃんと可愛いんだから。自信持ってポーズとってれば良いの」


「その褒められ方は不本意です……」


 こんななりをしてはいるが、俺だって男だ。可愛いより、格好良いって褒められたい。


 ムッとした顔でそういうも、星空さんはくすくすと笑うのみでまるで効いた様子は無い。


「そういうムッとして頬を膨らませるのも可愛いわよ」


 そういって、俺の頬をつんと優しくつつく星空さん。


 星空さんに言われ、無意識のうちに頬を膨らませていたことに気づき、慌てて頬から空気を抜く。


 俺が頬の空気を抜けば、星空さんは更に楽しそうに笑う。


 星空さんに笑われて、その上子供のように頬を膨らませていたと知り、俺は羞恥で頬が上気するのを感じる。


 赤くなった顔を見られたくなくて、ぷいっとそっぽを向いて窓の外を眺める。


「あー、ごめんごめん。怒った?」


 ごめんと言うわりには楽しそうな声音の星空さん。


「別に、怒ってないです」


「ごめんって。ほら、お菓子有るよ? 食べる?」


 お菓子だって? まったく。俺がお菓子に釣られて機嫌を直すような安い男だと思っているのか? 


「……いただきます」


 お菓子の誘惑には抗えなかった。


 ま、まあ? 俺は別に怒ってたわけじゃないし? ほら、赤くなった頬を見られるのが嫌だっただけだし? 別に、怒ってないし? うん、だから、お菓子もらうのも、別に普通だし?


 心中でそう言い訳しながら――別に本当に怒ってたわけではないけれど――俺は星空さんからお菓子を貰おうと、視線を星空さんに戻した。


「はい、あーん」


 俺が視線を戻すと、星空さんは俺の口元に細長いクッキーにチョコレートのコーティングがほどこされたお菓子を差し出してきた。


 星空さんの言葉からして、どうやら俺にこのお菓子をこのまま食べさせたいらしい。いわゆる、『あーん』というやつだ。恋人同士がやるような、友人同士でふざけてするようなあれだ。


 俺と星空さんの関係は今日会った知り合い程度。まあ、連絡先は交換したけれど、言ってしまえばそれだけでもある。友人でも、ましてや恋人でもない。


 となれば答えは単純。星空さんが俺をからかっているだけだ。


 へへーんだ。こんなからかいには引っ掛からないよーだ。


 ふふんと得意げに微笑んだ後、なんの躊躇いも無くお菓子を食べる。


 うん。チョコとクッキーの絶妙なはーもにー! やっぱり安定の美味しさである。


 どうだい星空さん。こんないたずらごときで取り乱す俺じゃないよ?


 そんな意を込めて星空さんを見返した――が、俺の予想に反して、星空さんは平然と微笑んでいた。


「ふふっ、お菓子に釣られるとか、かーわいー」


「んにゃ!?」


 どうやら、星空さんは俺がお菓子に釣られて機嫌を直したと思ったらしい。事実無根ーーではないけれど、可愛いと言われるのは癪である。ていうか、今変な声出た。


「んにゃ、だってー。かーわいー」


 もちろん、星空さんには聞かれていて、にやりと笑いながらうりうりと頬を指でつつかれる。


「ちょっ、やめてください!」


「あんた、本当に男の子? ちゃんと付いてる?」


 ナニが、とは聞かないでも分かる。


「女の子がそんなことを聞くもんじゃありません!」


「あははっ、その言い方お母さんみたい」


 俺が注意をしても、星空さんはおかしそうに笑うだけで反省の色はなかった。


「お母さんじゃありません。俺、星空さんと同い年です」


「ふふっ、分かってるわよ。ごめんね。あなた反応が可愛いから、ついついからかちゃった」


 そういって、今度は頭を撫でてくる星空さんに、やはり反省の色は見えないけれど、星空さんが心底から楽しそうにしているので、言い返そうと開きかけた口を閉じた。


「別に、いいですけど……」


「ふふっ、ありがとう」


 俺を侮ってからかっているわけではない。俺とのやり取りと楽しんでいるだけなのだ。それが分かれば俺は怒ったりしない。深紅の女の子バージョンだと思えば良いだけだ。


 心底から嬉しそうに俺の頭を撫でる星空さんに、気恥ずかしくてまたそっぽを向いたけれど、頭から手を振り払うようなことはしなかった。





 次のロケーションの場である街中に到着。


「さ、降りるわよ」


「はい」


 星空さんに促されマイクロバスから降りると、道行く人の好奇の視線を感じた。


 マイクロバスは『Eternity Alice』の所有車だ。そのため、当たり前だが、会社のロゴがデカデカとプリントされている。そのため、多くの人が、特に十代二十代の女性はすぐに気付いた。


「え、嘘。『Eternity Alice』の撮影?」


「本当!? それじゃあ新作出るのかな?」


「あの子モデルさんかな?」


「めっちゃ可愛い!」


「うわっ、顔ちっちゃい!」


「腰細い! 手足も長いし!」


「モデル体型って感じ!」


「いや、正真正銘モデルでしょうが」


「てか、隣の金髪の子もサングラスしてるけど、可愛くない?」


「スタイルも超良いしね!」


「二人で撮影するのかな?」


 俺と星空さんに集まる視線と飛び交う憶測や感想の言葉。


 すみません。星空さんは知りませんが、俺は正真正銘一般人(魔法少女)です。


「ふふん。まあまあ盛況じゃない」


「できれば、もっと静かに撮りたかったです……」


「もっと都市部に行けばこの比じゃないわよ?」


「じゃあもっと郊外に行きましょう。そこでひっそりと撮影しましょう」


「郊外に行ってどうするのよ。農家とか工場の作業着の撮影じゃないのよ? 街中歩く服なんだから、街中で撮らなきゃ意味ないでしょう?」


「じゃあ今からでも農具とかの撮影に変更しましょう。俺、くわ持って畑耕します」


「どこの男性アイドルグループよ。それと、ここでは俺禁止ね。私って言いなさい。良いわね?」


「わ、分かりました……」


 確かに、こんなに衆目がある中で俺だなんて言っていたら、『Eternity Alice』のイメージダウンになりかねない。


 まあ、ブラックローズになったら一人称は私にしてるし、なんとかなるかな。俺ーー私が恥ずかしいのを除けば……。


「さあ、うだうだ言ってないで着替えてらっしゃい。スタイリストさん、呼んでるわよ?」


「分かりましたぁ……」


 星空さんに言われ、俺はとぼとぼとトレーラーに歩いていく。





「意外でしたよ。まさか、貴女が如月さんのマネージャーを引き受けてくれるなんて」


 黒奈がトレーラーに入ったすぐ後、榊さんがそう声をかけてきた。


「見てて危なっかしい子だから、かな? それに、今日はたまたまオフだったし、こういうのもたまには良いかなって思ってね」


「それだけですか? あわよくば、ポスターモデルをぶん取ろうとか考えてませんか?」


「ふふっ、アタシ、そんなことしなくても名は売れてるから」


 確かに、アタシは『Eternity Alice』のポスターモデルをしたことは無い。一度くらいポスターモデルをしてみたいとも思う。けれど――


「あの子の輝ける機会を横取りしようなんて思わないわ。正式なオファー、待ってるわ」


 ぱちりと、ウィンクを添えて言う。まあ、サングラスしてるから見えないと思うけど。


「ええ、その時は、是非よろしくお願いします」


「黒奈とアタシのダブルオファーでも構わないわよ? あの子と一緒に撮影するのも、楽しそうだからね」


「それは、如月さん次第ですね。如月さんとは今回限りの約束ですから」


「あら? 専属モデルにしないの? なんだかんだ言いくるめて、専属モデルにでもするんだと思ってたけど」


 本人は目立つのを嫌っているけれど、あの子はアタシの目から見ても逸材だと思う。男だから胸は無いのは当たり前だけど、それでもスタイルはとても整っている。けれど、自分で言うのもなんだけれど、アタシのように綺麗に整いすぎた体型をしているわけではない。


 アタシの場合は、トレーニングや食事の調整で綺麗な体型を維持しているけれど、あの子は恐らくなにもしていない。していないからこそ、モデル体型なのだが、誰でもなれる程で留まっているのだ。


 誰でもなれるモデル体型。それはつまり、ダイエットや調整をするとき目標にしやすいということだ。そんな目標にしやすい体型の黒奈にモデルをしてもらえれば、一般人であるお客さんは自分の目標にしやすいし、完成された体型のモデルが着ているモノよりも精神的な敷居は低くなる。


 モデルだから似合う。そう思わせないのが黒奈だ。誰でも目指せる黒奈を目指す人が増えるだろう。そうなれば、黒奈は一流モデルよりも、より広告塔としての価値を発揮するだろう。まあ、今はネームバリューで負けているから、一流モデルの方が注目度は高いけれど。


 ともあれ、そのことを一流メーカーの店長を勤め、そのうえでデザイナーをしている彼女が考えないはずが無い。


 アタシの言いたいことを理解している彼女は、ふっと微笑む。


「それも、考えましたけどね。けど、そんなことをしては、如月さんの輝く笑顔は見れませんから」


 そういった彼女の目に淀みは無く、本心から黒奈のことを考えていることが分かる。


「そ、なら良いわ」


 黒奈とはもう友達だ。友達を無理に囲い込むようであればアタシの持てる手を全て使って黒奈を助けるつもりであったけど、その必要が無いようで安心した。人気があるとは言え、アタシ一人で有名ブランドメーカーを相手取るのは無謀だからね。


「そういえば、確か如月さんとは今日が初対面でしたよね?」


「ええ、そうよ」


「なぜそこまで如月さんに入れ込むんですか?」


「なぜって……」


 純粋な疑問をぶつけられ、アタシは考える。


 初対面。それも見も知らぬ異性に、なぜ自分はこれほどまでに入れ込んでいるのか。考えてみれば、確かに不思議なことであった。


 アタシは、仕事柄、同じ芸能人でもそうだけれど異性との距離感には気をつけている。アタシは言ってしまえばアイドル星空輝夜というイメージを売っているのだ。そのため、そのイメージにそぐわないように、そのイメージを崩さないように気をつけている。異性と距離を置くのもその一環だ。


 それを徹底しているはずなのに、なぜ黒奈には気を許してしまったのだろうか?


 アタシ個人の思いとしては黒奈に気を許すことは決して悪いことではない。黒奈は可愛いし、いじると面白い。それに、なんだか庇護欲をそそられる。ともあれ、友人として一緒にいたいと思う。それは、黒奈の人となりを見てそう思ったことだ。


 けれど、アタシは初対面の黒奈にも惹かれた。痴漢をされている黒奈を見て、すぐに助けなきゃと思うほどに、アタシは黒奈を一目見たときから意識してしまっていた。


 初対面だった黒奈になぜこんなにも惹かれたのか、まったく持って分からない。


「そういえば、なんでなんだろう……?」


 呆然と一人そう呟くも、答えが返ってくることは無く、アタシの言葉に榊さんが首を傾げるだけであった。

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