第24話 セカンドロケーション 2
最初は緊張していたけれど、街中での撮影も数枚撮られれば段々と慣れていき、自然とポーズをとれるようになるまでには身体がリラックスしていた。
とは言え、ポーズもプロのモデルさんに比べればぎこちなく、カメラマンさんから修正の言葉が入ることもままあった。
けど、撮影の方は順調に進んでいる様子で、皆の表情も明るい。休憩の時に星空さんに聞いたのだが、撮影が難航していると皆の眉間にしわが寄るのだとか。まあ、行き詰まってる時は顔をしかめるよね。
「はい、オーケー! 次は、そこのガードレールに寄り掛かってみようか」
「はい」
カメラマンさんに言われたとおりにガードレールに少しだけお尻を乗っけて寄り掛かる。
公園で撮ったときのような清楚系な服ではなく、街中に合った今時の子らしい少し派手な服を着ている。
黒の柄入りのタンクトップに薄手のパーカーを着崩し、ショートパンツに膝下まである黒のレザーブーツを履いている。耳には可愛くデフォルメされた髑髏のイヤリングだ。見た目はギターを弾いてそうなパンク女子だ。鏡を見たけど、ちょっと格好よかった。
とまあ、先ほどとは百八十度見た目もイメージも違うので、当然の事ながらポーズや表情にも変化をつけなくてはいけない。さっきはぽやんぽやんしてれば良かったけれど、今回はちょっと気怠げな表情を作ったり、キリッと表情を引き締めないといけない。微笑むだけではないので、これがなかなか難しい。
ガードレールに腰掛け、身体から少し力を抜いてカメラから視線を外す。視線が欲しいときはカメラマンさんが指示を出すので、その指示が無いときはとりあえずどこかに視線を向けている。
気怠げな表情を維持しながら見つめた先はペットショップ。ペットショップのケージには子猫や子犬がいた。ふわふわとてとてと無邪気に歩いて大変愛くるしい。子犬達が戯れている姿を見ると自然と頬が緩んでしまう。
っと、頬を緩めてちゃいけない。撮影に集中集中。
緩めてしまった頬をすぐに戻すけれど、さすがはベテランと言うべきか、俺の表情の変化にすぐさま気付いたカメラマンさんは、俺の視線の先を追うと納得したように破顔する。
「榊さん」
「はい。一度休憩にしましょう」
カメラマンさんと榊さんは短い言葉だけで意思疎通をし、榊さんは俺を微笑ましげに見ながら休憩だと告げる。
自分が何を見て微笑んでいたのかを覚られたのが恥ずかしくて頬が上気する。今日はこんなのばっかりだ。
「如月さん。ペットショップ、見に行ってもいいですよ?」
「はい……」
榊さんから直々に許可をいただいてしまったので、俺は頬を上気させながらペットショップに向かう。
ペットショップの前に立ち、ショーウインドーの内側にいる子犬達を眺める。
子犬達は自分達を見ている俺に興味を示したのか、じゃれあうのをやめてこちらを向いた。ガラスに両前足をぴたりとつけて後ろ足で立ち、しっぽを振りながら俺の顔を見てくる。
こちらを見つめるつぶらな瞳と、ガラスに押し付けられた肉球が可愛らしくて自然と笑んでしまう。
中腰になって子犬と目線を合わせる。俺と目線が合うと、子犬は可愛らしく鳴き、尻尾がちぎれんばかりの勢いで振る。犬って、目線を合わせると喧嘩を売られていると思うって聞いたんだけど、そうでもないのかな?
なんにせよ、俺の顔を見て尻尾を嬉しそうに振っている子犬がたいへん可愛らしいことこの上ない。
「犬、好きなの?」
俺が子犬を眺めていると、隣に星空さんが並ぶ。
「はい。ふわふわしてて可愛いです」
「猫だってふわふわしてるわよ?」
「猫も可愛いです」
「……結局、ふわふわしてればいいの? どっちの方が好きとか、無いわけ?」
どっちが好き、か……。
星空さんに言われ、少し考える。
犬は主人に忠誠的だ。それに、頭が良い。芸を憶えるし、敵味方の区別をつけて怪しい人に吠えて番犬としても活躍してくれる。小型犬よりも大型犬の方が主人に忠誠的のようだけれど、そこは主人がしっかり教え込めば良いところだ。
それに何より、一緒に散歩ができる。朝ご飯を作った後に近所を歩くのも良い。
対して、猫は自由奔放だ。散歩には勝手に行ってしまうから一緒に散歩はできないけれど、甘えて膝の上に乗って来たらとても可愛い。一緒に添い寝したり、こたつで一緒に温まったり、とてもまったりできることだろう。
猫には大して忠誠心というものは無いのだろうけれど、ちゃんと名前を憶えるし、呼べばちゃんと来てくれたりする。
それぞれの可愛いところを考えると、やはりそれぞれとても可愛らしくて、どちらかなんて選べない。
「うーん……どっちが好きって、選ばなくちゃいけないことなんでしょうか?」
「え?」
「少なくとも、お……私は、好きに優劣をつけたくありません。どちらか一方を選んで片方を蔑ろにすることもできません」
好きなら好きで良いと思う。優柔不断だと言われても、犬も猫も両方好きだ。両方好きなら、両方とも好きで良いだろう。だって、どちらかを嫌いになったり優劣をつけることが辛いなら、好きでいればいいだけなのだから。
「丁度よくなんて難しいかもしれませんけど、白黒つけなくて良いことにまで無理に白黒をつける必要なんて無いですよ」
けれど、世の中にはどちらかを選ばなくちゃいけない日が来るときもある。その時に最適な選択をしなくてはいけないのだろうけれど、その時はその時で考えれば良い。人間、考えすぎてしまう生き物なのだから、その時までは考えなくたって良いじゃないか。
「嫌いになるのが辛いなら、好きなままで良いじゃないですか」
少なくとも、俺はそう思う。
「だから、私は犬も猫も大好きです! こんなに可愛いんですよ? 嫌いになれるわけがありません!」
「……そう」
星空さんは少し考えるように
「そう、そうよね。別に、難しく考える必要ないわよね」
「そうですよ。ほら見てください。わんちゃんもねこちゃんもこんなに可愛いじゃないですか」
「ふふっ、そうね。とっても可愛いわ」
そういいながら、なぜか俺の頭を撫でる星空さん。
「あの、なんで私の頭を撫でるんです?」
「可愛いから」
「私の頭は撫でなくて良いんです! ほら、目の前にこんなに可愛い子がいるじゃないですか! この子を愛でるんですよ!」
「ふふっ、そうね。目の前にいるわね。可愛い子」
「私じゃないです! こっちですこっち! このわんちゃんです!」
「ふふっ、はいはい」
その後、何度も子犬を愛でろ、子猫を愛でろと言ったのだけれど、ふふっと笑って誤魔化され、結局休憩が終わるまで頭を撫で回されてしまった。
休憩が終わり、黒奈は撮影に戻って行った。
街灯に寄り掛かってみたり、壁に寄り掛かってみたり、ギターケースを背負ってみたりと様々なポーズを撮っている。
その顔に最初のころのぎこちなさは無く、今では自然な表情で撮影ができている。ポーズはまだまだ修正されているけれど、表情だけなら魅力満天百点満点だ。
「その表情を見るに、疑問は解消されたようですね」
黒奈を見ていると、隣に榊さんが来た。その表情は優しげで、こちらの心境も全て見通した上での微笑みなような気がしてならない。
「ええ、おかげさまで。まあ、アタシにかかればこのくらいの疑問なんて一日もかからずに解消できますけどね?」
髪をかきあげて尊大ぶって言えば、榊さんはくすりと笑う。
「ええ、そうでしょうね。なにせ、あの星空輝夜なんですから」
「もちろん。まあ、あの子は全く気付いてないけど……」
「ふふっ。だからこそ、如月さんのことを気に入ったのでは?」
「それもあると思う。けど……」
「けど?」
「あの子、なーんか似てるのよね。アタシの憧れの人に」
「憧れの人、ですか?」
「ええ、憧れの人」
憧れの人。別に、隠してるわけではない。かといって公言もしていない。けれど、注意深く
「もしや、ブラックローズ、ですか?」
ほら、もうバレた。
アタシは一つ頷く。
アタシが魔法少女を目指し、アイドルを目指すきっかけをくれた人。尊敬する、ある意味での大先輩。
「なんか、ブラックローズと似てるのよね。性別も体格も違うけど、ふと見てみたときの表情とか、誰に対しても分け隔てなく接するところとか。後、少し鈍感なところとか」
「そうなんですね。私は、ブラックローズと会ったことは無いので、なんとも言えませんが……」
そういって、榊さんは黒奈を見る。
「けれど、如月さんには不思議な魅力があります」
「男なのに目茶苦茶可愛いところ?」
「そこは不思議ではありません。むしろ必然でもあります。男の娘は可愛いのです」
「そ、そう……」
なんだか少し熱量のあるその言葉に、アタシは少し気圧されてしまう。
「如月さんは、最初に見た印象では、押しに弱くて誰かが支えていなければ立っていられない……誰かの支えが必要な、少し、弱い方。そんな印象を受けました」
それは、アタシもわかる。黒奈が痴漢されていたのを見て、いても立ってもいられなくなった。アタシが守らなきゃ、そう思った。まあ、これはアタシの問題もあったのだけれど。
「けど、実際は違いました。如月さんは、誰かが支える一方で、如月さん自身が誰かを支えているんです。言葉にすると難しいのですが、如月さんからは元気を貰えます。言葉や原理では語れない。そんな不思議な魅力が、如月さんにはあるのです」
「そう、ね」
言葉では語れない魅力。確かに、黒奈にはそれがある。けれど、ブラックローズとの類似点にはならない。ブラックローズには言葉で語れるほど魅力であふれている。言葉で語れる魅力と、言葉では語れない魅力。どちらに優劣があるとは言わないけれど、ブラックローズと黒奈を結び付ける要因にはなりえない。
ブラックローズとは似ていないはずなのに、ブラックローズを思わせる。その答え自体は出ている。
『嫌いになるのが辛いなら、好きなままで良いじゃないですか』
黒奈が言ったこの言葉。この言葉は、アタシがかつてブラックローズに言われた言葉だ。
昔の、アイドルになる前のアタシは、今とは違って自信の無い子だった。俯きがちで教室の隅で本を読んでいるような暗い子だった。友達も数人程度で、おすすめの本を紹介し合う、そんな、落ち着いた仲だった。
別に、友達が嫌だったわけではない。おすすめの本を紹介するのは今でも好きだし、すすめられた本を読むのも好きだ。その友達とは今でも親友だと思っている。
けれど、その頃のアタシは、もう少し自分に自信を持ちたかった。自信がないから、こんな暗い趣味しかない、そう思ってた。
そんな暗いアタシと正反対にあるブラックローズに憧れるのにそう時間はかからなかった。というか、正直一目惚れだった。
自信満々の表情でファントムと戦って、傷だらけになって勝って、最後に笑顔で自身が助けた人に笑いかける。誰かのために戦えるブラックローズが幼いアタシの心にはとても綺麗で大きな花に見えた。
その憧れとアタシの生来の資質が、アタシを魔法少女にした。
魔法少女になれたことを友達に話したら、自分のことのように喜んでくれた。友達はアタシを誉めそやし、アタシも憧れのブラックローズと同じ存在になれたことで自信が出てきた。
魔法少女になってからアタシは自分を変えていこうと思うようにした。これがアタシの転換期。ここから憧れに近づくんだと意気込んだ。
魔法少女になったアタシは可愛かったけど、変身を解けばいつもの暗いアタシ。まずはそこから変えようと、アタシは目元までかかっていた前髪を切った。
父親譲りの金髪と碧眼が他の子と違っていて、それが嫌で碧眼だけは隠そうと伸ばしていた。けれど、自分に自信を持つためには自分をさらけ出さなくてはダメなのだ。だからこそ、今まで嫌だった碧眼もさらした。
碧眼を隠すと言ったとき父が悲しそうな顔をしたのが忘れられなかったというのもある。父が恥ずかしい存在ではない、アタシが弱かっただけ。その弱さとの決別も意味している。前髪を切って碧眼をさらしたアタシを見て喜んでくれた父の姿は純粋に嬉しかった。
そこからは、とんとん拍子にことが進んだ。
今まで自信が無かったけれど、どうやらアタシは可愛かったらしい。クラスの中心グループの子達がこぞってアタシの元に来た。結果、アタシに友達が増えた。
それが小学生の頃の話。中学に上がってからアタシはアイドルにならないかとスカウトされた。最初は怪しいと思い名刺だけもらって両親に相談した。そして、よく調べてそのスカウトマンが本物だとわかれば、両親は我が事のように喜んでくれた。
アタシは、両親が喜んでくれるならと思いその誘いを受けた。ちなみに、そのスカウトマンが今のアタシのマネージャーの内木さんだ。今までアタシと一緒に駆け上がってくれた頼もしい人だ。
アイドルになり、魔法少女であることを明かせば、それを売りにアイドル活動をしていこうという方針になった。
アイドルで魔法少女。その魅力的なコンセプトは予想以上に世間にうけた。
自分で言うのもなんだけど、アタシは瞬く間に人気者になった。世間ではいざ知らず、学校でもアタシの周りには人で溢れ返っていた。
周囲がアタシを放っておかないそんな環境でも、アタシは友人とのおすすめの本の紹介は止めなかった。なんだかんだ言っても、友人と自分の好きな本のことを語れるのは楽しかったからだ。
けれど、その交流は何の前触れもなく断たれることになった。
いつも通り友人におすすめの本を渡そうと友人の席まで本を持って行った。けれど、友人は本を一瞥した後、小さな声で言った。
「もう、私と話さなくてもいいでしょ? 星空さん」
友人はそう言うと、本を受け取らずに席を立った。
アタシは、何を言われているのか分からず、そのまま立ち尽くした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます