第25話 理由

 友人との決別は一瞬で、とても呆気なかった。


 最初、アタシは何を言われたのか分からず、何かの冗談だと思っていた。家に帰って逸る指先でどうにかメッセージを送信した。


 けれど、何時間経っても友人から返信が来ることは無かった。いつもは気付けば五分以内に、気付かなかったら必ず文頭にごめんと入れる律儀な彼女が、既読も付けずに放置する。その事実が、彼女の言葉が本気であったことをアタシに知らしめた。


 いったい何がいけなかったのか。彼女の言葉からそれを推し量るのはいかな有名な名探偵でも無理だ。余りにも情報が少な過ぎるのだから。


 自分が悪いのか。そうであればいったい何が彼女をそんなに不快にしてしまったのか。考えて考えて考えて。何をしてもそのことばかりを考えて、その他のことには全く手が付かなかった。


 アイドルも、中学生も、魔法少女も、どのアタシも上の空。何をしていても、何が悪かったのかをずっと考える日々。


 そんな上の空のアタシだから、いろんなところで綻びが生じた。


 ダンスの振り付けや歌の歌詞を間違えたり。簡単な計算問題をミスしたり、英語のスペルミスをしたり。避けられる攻撃を受けてしまって、そのせいで、一般人に怪我をさせてしまったり。


 どのアタシも失敗続きだった。


 そんな日々を過ごしている内に、アタシはかつてのアタシに戻ったように俯きがちになった。


 両親はそんなアタシを心配してアイドル活動と魔法少女活動を控える、もしくは休止するように言った。けれど、アイドルも魔法少女もアタシがやると決めたことだ。アタシの事情で初めて、アタシの事情で勝手に休むだなんて、そんなことはアタシが許せなかった。


 だから、アタシはどのアタシを休めることもなく活動を続けた。今思えば、どれかは休むべきだった。完全にオーバーワークだった。


 ある日、アタシは学校で体調を崩してしまう。


 先生に許可をもらって授業を抜け出す。皆はアタシを心配して言葉をかけてくれる。その言葉に曖昧に答えていると、ふと視界に友人の心配そうな顔が見えた。


 誰のせいで……!


 そんな思いが胸中に沸き上がってきたけれど、それを言葉に出す元気も無い。アタシは、苛立ちを胸に抱えたまま保健室に向かった。


 幸いなことに午後の授業を全部寝て過ごせば少し楽になった。


 少しだけ足元がふらつくけれど歩けないことは無い。アタシは養護教諭にお礼だけ言うと保健室を出て行こうと扉を開ける。そこで、養護教諭から声をかけられた。


「そういえば、お友達、お見舞いに来てたわよ?」


「え?」


 いったい誰だろう。思い当たる節が多かったから、人物を絞れない。


「誰が来てたんですか?」


「うーん、来てたと言うより、来ようとしてた、かしら? まあ、そこはいっか。名前よね。確か……」


 養護教諭の口から出てきた名前に、アタシは思わず目を見開く。


 だって、その名前はアタシと決別したはずの友人の名前だったのだから。


 アタシは思わずその場にうずくまってしまう。養護教諭が慌てて駆け寄ってきたけど反応できない。


 もう、分からない。だって、決別してきたのはそっちじゃない。なのに、なんでお見舞いなんて……。


 分からないことだらけで、頭の中がぐちゃぐちゃになる。ままならない。全てが苛立たしい。


 翌日、アタシは学校を休んだ。アイドル活動も休んだ。魔法少女も、当然休んだ。もう、何もしたくなかった。





 学校や仕事を休んで早くも三日が経とうとした。両親は休むときも必要だと言ってアタシが何もしないことについてはそれ以上は何も言ってこなかった。それが、今はありがたかった。


 マネージャーにはアタシの方から連絡した。今はちゃんと休みなさいと言われた。言われなくてもと無駄な反意を抱いて休んだ。


 けれど、休んでいてもいろんなことを考えてしまう。思考の中心を埋め尽くすのはよくわからない行動をする友人だけれど。


「なんなのよ、いったい……」


 何を考えても答えはでなくて、何も考えたくなくても頭の中はいろんなことで一杯で。


「寝よ……」


 うんざりするくらいの思考も、寝てしまえば関係無い。アタシはそうやってふて寝を決め込もうとした。けれど、外が少しだけ騒がしいことに気付いた。


 わーやら、きゃーやら声が聞こえてきて、少し派手な音が響く。


「ファントムか……」


 今や珍しくも無い。どうせ近くにいる誰かがなんとかしてくれる。それに、今は休養中なのだ。アタシは戦わなくても良い。アタシは戦いたくない。


 そんなふて腐れた思いと一緒に布団の中に頭を隠す。


 しばらくそうしていればじきに悲鳴と派手な音は止んだ。


 ほら、アタシがいなくたってなんとかなった。


 学校だって、アイドルだって、アタシがいなくてもなんとかなるわよ。


 ふて腐れた思いはどんどん広がっていき、心の中だけじゃ足りなくて言葉にも出てこようとする。


 外からありがとうや恰好良いという歓声が沸き上がっていて、それが酷く癪に障った。


 多分、なんでも良かったのだ。なにか発散させるための、当たり散らすための要因と理由が欲しかったのだ。


 アタシは布団を蹴飛ばし、足音荒く窓に寄るとカーテンを思い切り開ける。


 誰だか知らないけどうるさい! こっちはこんなに苛々してるのに!


 その誰だか知らない奴になにか言ってやりたかった。だから、その人物を捜した。けれど、その人物は捜すまでもなくすぐに目に飛び込んできた。


 道を挟んだ向かいの家。その家の屋根にたった今着地したその人は、黒を基調にした衣装に、優しい夜を思わせる黒く綺麗な髪の少女だった。群衆に紛れても一目で見つけ出せる自信がある彼女は偶然にもこちらを見て、そして――


「――っ!!」


 ――にこりと微笑んで、アタシに手を振ってくれた。


 その瞬間、アタシは急いで窓を開けてベランダに出て叫んでいた。


「待って、ブラックローズ!!」


 その叫びは彼女に当たり散らすものではなく、縋るような言葉だった。


 彼女はブラックローズ。今回の騒ぎを沈静させた立役者で、アタシの憧れの魔法少女だった。


 跳ぼうとしていたブラックローズはアタシの言葉を聞くと、進路を変えてこちらに跳んできた。アタシの隣に綺麗に着地するとにこりと微笑んだ。


「こんにちは。風邪ひいちゃったのかな? ダメだよ、こんな薄着で外にでちゃ」


 笑顔のままアタシの心配をしてくれたことに、場違いにも嬉しく思ってしまう。けれど、用件はそうでは…………用件? 用件って、なに? そもそも、アタシはなんでブラックローズを呼び止めたの? ファンだから? 憧れの人だから? なにそれ、馬鹿じゃない。あんなに苛立ってたのに、ブラックローズだったからって心変わりして呼び止めて。


「どうしたの?」


 黙っていたアタシを不信に思ったのか、ブラックローズは怪訝な表情でアタシを見た。


「あ、い、いえ。アタシ……アタシも、魔法少女をしていて……それで、挨拶をしたくて!」


 咄嗟に出た嘘だが、我ながら上出来じゃないかと思った。……いや、上出来じゃない。馬鹿かアタシは。それではアタシがファントムが出現していると知っていて戦わなかったことがばれてしまうじゃないか。


 そのことに気付き慌てて訂正しようとしたけれど、その前にブラックローズが口を開いてしまった。


「そっか。良かった。私が近くにいて」


「へ?」


「私がいなかったら、風邪ひいてるのに君が戦わなくちゃいけなくなるところだったもんね。良かった」


 そういって、なんの裏表の無い顔で微笑んだ。


 なんで、怒らないの? だって、アタシ、ただふて腐れてただけで……。


「じゃあ、ちゃんと寝て、風邪を治してね?」


 ぽんぽんと優しく頭を撫でてくれるブラックローズ。


 気付けば目の前がぼやけていた。


「え、ええ!? 頭撫でるの、嫌だった!?」


「え……?」


 言われ、気付いた。アタシは、泣いていた。


 慌てて涙を拭う。


「ご、ごめんなさい。だ、大丈夫ですから」


 なんで、涙なんて……。


 考えても分からない。けど、涙が止まらない。


 わけも分からず涙を拭っていると不意に柔らかい感触がアタシを包み込む。


 そして、ぽんぽんと頭を優しく撫でられる。


 そこで気付いた。ブラックローズがアタシを抱きしめて、頭を撫でてくれているのだと。


 それに気付いたら、なぜだかアタシは安心してしまい声を上げて泣いてしまった。ブラックローズは何を言うでも無く、ただアタシを撫でてくれた。





 しばらく泣くと涙は止まり、アタシはベッドの上に座っていた。ブラックローズは床に座っている。


 泣き止んだこともあり、ブラックローズが体調を崩してもいけないからとアタシを部屋に戻そうとしたのだが、アタシがブラックローズも上がってくださいと我が儘を言った結果、じゃあ少しだけと言ってブラックローズが部屋に上がってくれたのだ。


 床に座っているのは床で十分だと押し切られたからだ。ならばアタシも床にと言ったら、病人なんだからベッドの上にいてと頑として譲らなかった。


「落ち着いた?」


「はい。あの、ありがとうございます」


「お礼なんていいよ。私がしたことなんて大したこと無いから」


「いえ。あの、温かかったです……」


 何を言ってるんだアタシは。これでは変態みたいではないか。


「まあ、生きてるからね。低体温症でもないし、人並みには温かいよ?」


 くすくすと楽しそうに笑うブラックローズ。冗談なのか本気で言っているのか分からない……。


「それで、どうしたのかな? お家に一人で、不安になっちゃったとか?」


「ち、違います! アタシ、中学二年生ですよ? お留守番なんてへっちゃらです!」


「ふふっ、そっか。ごめんね」


「むぅ……」


 なんだか遊ばれてるような気がする……。


「ごめんごめん。ついついからかいたくなっちゃって。それで、寂しくて泣いてたんじゃないのなら、なにかお悩みでもあるのかな? それとも、辛いことでもあった?」


「……悩み、ですかね」


 いや、両方か……。この状況が辛くないといえば嘘になるし、悩んでいるのもまた事実なのだから。


「あの、お話だけでも、聞いていただけませんか?」


 多分、両親や先生に話しても助けてはくれない。大人は余程のことが無い限り子供同士のいざこざには手を出しにくいのだ。だからこそ、今まで一人で抱えてた。


 けれど、同年代のブラックローズならもしかしたら助けてくれるかもしれない。そんな淡い期待を抱きながら、話しだけでも聞いてほしいと持ちかけた。


「うん、良いよ」


 ブラックローズは嫌な顔一つせずに頷いてくれた。


 そんなブラックローズに甘えて、アタシは事の成り行きを全て話した。ブラックローズに憧れていること。アイドルになったこと。友人と疎遠になったと思ったら具合の悪いアタシを友人が見舞いに来ようとしていたこと。友人と疎遠になってからなにもかも上の空で中途半端になってしまっていること。


 全部、全部、話した。辛いこと、悲しいこと、わけ分からないこと。整理が付かないから順序も何もかもてんでんばらばらだったけど、それでもブラックローズは真剣に聞いてくれた。


 全部話し終えた後、ブラックローズはそっかと納得したように言葉を漏らす。


「あの……アタシは、どうすればいいですか?」


 縋るように……いや、ブラックローズに言葉で縋り付き、答えを得ようとする。


 憧れのブラックローズならなにか良い解決策を思いつくかもしれない。アタシが考えも及ばないようなことを言ってくれるかもしれない。


 そんな期待と縋る気持ちを込めた言葉。


 そんなアタシに、ブラックローズは困ったような笑みを浮かべた。


「うーん、当事者じゃない私には、どうとも言えないかな」


 ブラックローズの口から出たのは解決策などでは無く、お手上げといった言葉だった。


 予想外の言葉に、アタシは高所から突き落とされた気分になる。


 そんな……じゃあ……アタシはどうしたら……。


 あのブラックローズでもダメ。なら、アタシはいったいどうすれば良いのよ……! ずっとこのまま泣き寝入りしていれば良いっていうの?


 ブラックローズでもダメだったと思うと、途端に閉塞感に襲われる。アタシを閉じ込める今の状況に、アタシはうずくまるしかない。


「でも、聞くかぎりだと、その友人は君のことを嫌ってるわけじゃないんじゃないかな?」


「え……?」


「嫌いなら、お見舞いに行こうだなんて思わないよ。わざわざ嫌いな人のお見舞いに行くほど、その子の性格って歪んでる?」


 ブラックローズの言葉にワタシは力強く首を振る。


「優しくて、真面目ないい子です……」


「なら、その子にも君と決別するだけの事情があったんだよ。その子も、きっと後悔してるんじゃないかな? まあ、本人じゃないから明言はできないけど、その可能性も十分考えられるでしょ?」


「確かに……」


 苛立って自分のことしか考えられなかったけれど、言われてみれば友人がどう思っているかなんてちっとも考えてなかった。


「でも、なんでそんなことを……」


「その子って、おとなしい子なんだよね?」


「はい」


「多分、君と釣り合わないとか、言われちゃったんじゃないかな? それか、偶然そういう陰口を聞いちゃったとか。それで、君のためを思って決別、とかね」


「そんな……! じゃあ、あの子はアタシのために……」


「早とちりしないの。可能性の話だから。本当のことはその友達に聞いてみないとわからないでしょ?」


「は、はい……」


 けれど、もしそうだとしたら、あの子はアタシのためにアタシから離れて行ったことになる。なら、アタシがどうにかしようと考えるのは無駄なことなのかもしれない。それこそ、あの子の覚悟を踏みにじる行為なのかもしれない。


「もし」


「うん」


「もしそうだとしたら、アタシは、あの子を嫌いになるべきなんですか? あの子が望んだように、アタシもあの子から距離を取るべきなんですか?」


 嫌いには、なれない。あの子はアタシの友達で、あの子とは思い出もたくさん作ってきた。今更、嫌いになんてなれない。距離だって取りたくない。また前みたいに仲直りしたい。


「嫌いになりたくないって、顔に書いてあるよ」


 アタシの心中を察したブラックローズが少しちゃかしたように言ってくる。


「はい……嫌いになりたくないです……」


「嫌いになるのが辛いなら、好きなままで良いんじゃない?」


「え?」


「その子が君を嫌いになるのは勝手だけど、君がその子を好きなままでいるのも君の勝手でしょ? 君がその子を嫌いになれないのなら、好きなままでも良いじゃない。だって、その方が疲れないでしょう?」


「……そう、ですね」


 好きなままで良い、か……。


 その言葉は、アタシの心に違和感無く浸透していき、なんだか心が軽くなったような気がした。


「ああ、そっか。私も、そうなんだ……」


「え?」


「あ、ううん。こっちの話し。ごめんね、独り言なんて呟いちゃって」


「い、いえ。大丈夫です」


 ぽつりとこぼしたブラックローズの真剣な言葉。アタシもそうだけど、ブラックローズも何かに悩んでるのかな?


 何か悩みがあれば手を貸したい。そう思い口を開きかけるけれど、それよりも先にブラックローズが口を開いてしまう。


「あ、もうこんな時間。ごめんなさい。私帰らなきゃ」


 時計を見てそういったブラックローズは立ち上がると、ベランダに向かう。


 アタシは慌てて立ち上がり声をかける。


「あ、あの! ありがとうございました! どうなるかはまだわからないですけど、とりあえず、ちゃんと話してみます!」


「うん。頑張って。元気になったら、一緒に魔法少女として戦おうね」


「はい!!」


「それと、多分同学年だから、私に敬語は必要ないよ。次会ったら自然体で接してくれると嬉しいな」


「は……うん! 分かった!」


 ワタシの答えを聞くと嬉しそうにはにかんで、ブラックローズは去って行った。


「あ、連絡先、聞いておけば良かった……」





 後日、友人ときちんと話しをしたら、ブラックローズの言った通りの内容だった。陰口を聞いてしまい、自分はアイドルと魔法少女になったアタシに相応しくないのでは、友人になる資格などないのでは。そう思ってしまい、アタシと距離を置こうとしたのだそうだ。


 友人にちゃんとアタシの気持ちを伝え、友達のままでいようと言ったら、泣きながら謝ってきたので、思わずワタシも泣いてしまった。自分の部屋で話し合って良かった。学校とかだったら、誰が見てるかわからないもの。


 無事に友人との仲も元に戻り、アタシ達はまた本の紹介など、本屋に新刊を買いに行ったりなど遊びに出掛けた。


 あの時、ブラックローズに出会えてなかったら、今のアタシはいない。


 人のことをちゃんと考えられて、人に温かい言葉をかけられる。そんなブラックローズと一緒にアイドル活動をしたいと思うのは必然だった。


 アタシが元気付けられたように、皆にもブラックローズの言葉を聞いて元気になって欲しい。だからアタシはしつこくブラックローズを誘うのだ。いつか隣に立って歌ってくれるその日まで。

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