第26話 サードロケーション 1

 街中での撮影が終わり、次のロケーションへ。


 駐車場にマイクロバスが停まり、俺達はマイクロバスから降りる。


「ここ、この間来たモール……」


 次のロケーションの場所は一ヶ月前に花蓮と桜ちゃんと一緒に買い物に来たショッピングモールであった。


 ツィーゲとの戦いでボロボロになったフロアは修復工事のため二週間ほど立入禁止であったが、他のフロアでは普通に買い物ができた。


 幸いなことに『Eternity Alice』のあるフロアではなかったので、榊さん達は営業を続けていられているそうだ。そもそも、出入口付近の大きなフロアで戦ったので、被害を受けたお店は結構少ない。一番被害を受けたのはチェリーブロッサムが突っ込んだ本屋さんだが、深紅が足繁く通うことで集客率をあげているらしい。


 深紅を目当てに来ているお客さんばかりになるけれど、深紅と二、三言話をして、深紅がこれがおすすめなんだとさらりと言えば、そのお客さんはその本を買っていくので、お店としては潤っているらしい。


 しかも、毎回お客さんに紹介する本が違うらしく、ファンの間では自分に合った本を選んでくれるということで、ある種のおみくじのようなものになっているとか。当たり外れは本人の気分次第だけれど。


 深紅は地域で被害を受けたところに通っては自分の知名度を利用して、集客率を上げていたりする。よく、アイドルがここの〇〇を食べたから、私も食べに来ました、というのがあるけれど、それをしているのだ。わざわざ写真まで撮って、店頭に飾ってもらったりしているらしい。毎回ちゃんと商品を買って、SNSに載せていたりもする。


 深紅が人気な理由は、こういう細やかな気遣いができるところだろう。一回誘われたのでブラックローズとして行ってみたけれど、恋仲を疑われたりして大変だった。もう二度としない。


 ともあれ、深紅のおかげでツィーゲ襲撃の名残も風化しはじめてきている。前のように、ただ和やかに買い物ができるのは良いことだ。


「最後はモールでの撮影です」


「あの、最後は他のモデルさんと一緒に撮影って聞いたんですけど、いったい誰なんですか?」


 他のモデルとは聞いているし、今日のスケジュールに書かれているけれど、その名前が一切書いてないのだ。当たり前だが、星空さんも聞かされていない。


「それは――」


「――俺だよ、黒奈」


 榊さんが口を開いた直後、俺の肩に腕が回され、ぐっと引き寄せられる。


「わわっ」


「おっと、悪い。ちょっと強すぎたな」


 すまんすまんと軽く謝ってくるその声にはとても聞き覚えがあるし、俺にこんな気安い態度をとる男性の知り合いも少ない。そのうえ、今の俺が如月黒奈だと見破れる相手だとしたら、一人しかいない。


 むっとした顔をして、俺は肩を組んできた奴を見上げる。


「なんでお前が居るんだよ、深紅」


「そりゃあもちろん、お仕事だからだよ」


 俺のジトッとした視線を受けても、深紅はどこ吹く風。常の如く飄々とした態度で返してくる。


「聞いてないけど?」


「言ってないからな」


「俺、見に来ないでって言ったけど?」


「ああ、見に来たわけじゃない。ちゃんと、仕事で・・・、来たからな」


「む~~~~~~!!」


 いやらしく、仕事でを強調する深紅に、おもわずむ~と唸ってしまう。


「確かに仕事で来てるけど、わざとだろ!! 絶対に俺をからかうためだろ!?」


「こら、黒奈。俺だなんて、はしたないぞ? ちゃんと、私って言うんだ」


「あ、ごめんなさ……って、今はそんなことどうでもいいの! 来ないでって言ったじゃん!!」


「仕事をえり好みしろって?」


「いつもはそうじゃん!」


「その通り。今日もえり好みした」


「む~~~~~~!!」


 悪びれもせずに言う深紅に俺はまたも唸ってしまう。


 いつもこうだ! 深紅には言葉では勝てない。いつも良いように丸め込まれてしまう!


「ていうか、いい加減離せ! 暑い!」


「もう夏も近いからなぁ」


「そうじゃない! 暑苦しい!!」


「そうか? 俺、爽やかだって評判なんだけど?」


「お……私にとっては暑苦しいの! いいから離れる!!」


 とんと深紅を押して深紅から距離をとる。これ以上深紅の流れにのまれてたまるか。


 俺が深紅を警戒していると、星空さんが前に出て俺と深紅の間に立つ。ちょうど、俺を背に庇うようにして。


「ちょっと、黒奈をイジメないでくれる?」


「イジメてないよ。俺達はいつもこんな感じさ」


「いつもイジメてるわけ?」


「イジメてないって。俺なりの愛情表現だよ。十年以上こんなんだ」


「……十年以上イジメてるんだ」


「えぇ……」


 深紅が言葉を重ねるごとに、なぜだか星空さんの雰囲気が重くなる。心なしか、黒いオーラが見えるような気もする……。あの深紅もちょっと困り顔だ。


「あなた、黒奈とどういう関係?」


「幼馴染みだよ。小中高ずっと一緒の仲良し幼馴染みさ」


「へぇ……黒奈」


「は、はい!」


「こいつの言ってること本当? ストーカーとか、いじめっ子じゃない?」


「ほ、本当です! 深紅とは幼馴染みです!」


「そう……なら、いいわ」


 俺の言葉で納得してくれたのか、星空さんはようやく矛を収めてくれたようだ。


「悪かったわね。突っ掛かったりして」


「いや、大丈夫だよ。ちょっとびっくりしたけどね」


 ちょっとで済むのだから深紅は本当にたいしたものだ。俺なんてかなりびっくりした。


 それに、普通に怖かった。美人さんって、怒ると迫力があるから、普通の人以上に怒ると怖い。深紅のお姉さんにも怒られたことがあるけど、あの時は深紅と一緒になって震えていたものだ。


「それにしても、意外だな。君が黒奈と一緒にいるとは思ってなかった。いったい、どういう経緯で?」


「この子、痴漢にあったのよ。それで、この子を助けたのがアタシってわけ。今日はちょうどオフだったから、流れでこの子の一日マネージャーになったのよ」


「なるほどな。……ていうか、おい黒奈」


「なに?」


 深紅が星空さんの後ろにいる俺に、不機嫌そうに声をかける。口調もいつもより荒い。結構苛立ってる時の深紅だ。


「お前、また痴漢に会ったのか。あれほど注意しろって、俺言ったよな?」


「また? またってどういうことかしら?」


 深紅の言葉に星空さんが聞き返す。けど、なんでだろう。深紅に聞いているはずなのに、圧は俺に向いているような気がする……。


 俺は嫌な予感を覚えてじりじりと後ろに後退していく。


「こいつ、過去にも何度か痴漢にあってるんだ。電車だけじゃなくて、本屋でも、祭の人混みの中でも。毎回注意するんだけど、気のせいだって笑って流すんだよ」


「へぇ、そう」


 あ、やばい。


 俺はなぜだか星空さんに怒られる気がしたので、全力で逃げ出そうとした――が、決断が少し遅かったようだ。きびすを返した瞬間、俺の肩を誰かに捕まれた。


「黒奈、ちょっといいかしら?」


「良くないですごめんなさいゆるしてください」


「榊さん、ちょっと休憩いただいても?」


「バンを好きに使ってください。もともと、着いたら三十分の休憩をとるつもりでしたから」


「そういうことだから、それじゃあ、行きましょうか?」


「行きませんごめんなさいなんだか分からないけど許してください」


 じたばたと暴れて見せるけど、星空さんの綺麗な細腕のどこにそんな力があるのか、俺の肩はずっと掴まれたままだ。


 そして、逃げようと暴れる俺のもう片方の肩に、星空さんより大きな手が置かれる。


「それじゃあ黒奈。行くか」


 笑顔で深紅が言う。けれど、その目と雰囲気がまったくもって笑ってない。


「ちょっとお手洗いに」


「後で」


「ちょっとお花を詰みに」


「後で」


「ちょっと――」


「「後で」」


「は、はぃ……」


 必死に抵抗を試みたが二人は決して離してはくれず、俺は泣く泣く二人に引きずられてバンへと連れていかれた。


 途中、榊さんに助けを求める視線を送ったけれど、わざわざカンペに『少し反省してください』と書いて見せてきた。周りのスタッフさん達も頷いていた。ここに味方はいなかった。





 その後、バンに閉じ込められた俺は、二人とスタイリストさんに痴漢についてみっちりと教え込まれた。痴漢がどれほど卑劣か、痴漢がどれほどの女性を苦しめているのか、今は気にしていないかもしれないけれど、今以上のことをされたら傷つくのは自分なのだと懇々と説明された。ていうか怒られた。怒鳴られることはなかったけど、怒鳴られるより美形二人の威圧感の方が凄すぎて怒鳴られるより怖かった。


 一通り二人のお説教が終わる頃には休憩時間は残り五分となっていた。


 俺は二人に怒られた気まずさから、椅子に座ってスタイリストさんが用意してくれたアイスココアをちびちびと飲んでいた。


「痴漢、怖い、ダメ、絶対……」


 合間に、星空さんに何回も復唱させられた言葉を言う。


 二人はそんな俺に構うことは無く――おそらく、しばらくは反省させようという腹積もりなのだろう――話をしている。


「ていうか、なんであなたがモデルなの? Eternity Aliceはレディース専門店でしょう?」


「今度からカップル向けの服も出すみたいだよ」


「ペアルック?」


「そう。見本見せてもらったけど、全く同じデザインってわけでもなかったよ。似たデザインで、メンズとレディースで作り分けたみたい」


「へぇ……そうなんだ。意外。ずっとレディースで通すと思ってた」


「最近じゃ、カップルで来店する方も多いみたいだよ。その人たち向けなんじゃないかな? ほら、彼女の服選びを見てるだけより、一緒に選べた方が二人の仲も深まりそうだしね」


「確かにね。それで? 天下のクリムゾンフレア様は、誰かいい人でもいるの?」


 星空さんが茶化したように言えば、深紅は苦笑いをする。


「いないよ。そんなことよりも、今は優先することがあるからね」


「へぇ、青春よりも優先すること、ねぇ。どんなことかしら?」


「星空さんが興味を持つようなことじゃないよ」


 深紅にしては珍しく誤魔化したような言い方をする。深紅はあまり隠し事などしない。それに、自分の優先することには自信満々に胸を張る。自信過剰ではないけれど、決して卑屈にはならない、それが深紅だ。


 悪巧みをするときはあえてはぐらかすけれど、それ以外の時はとくに隠し事なんてするような奴じゃない。


 俺は不思議に思って深紅を見ると、深紅も俺の方を見ていたらしく目が合った。


 俺と目が合うと、深紅は曖昧に笑った。


 ……なるほどな。


 俺は深紅の意図が分かると、そっと目をそらした。


 誰しも、人に知られたくないことはある。それが例え幼馴染みでも、だ。


 つまり、深紅の青春よりも優先するという話は、俺には聞かれたくないことなのだろう。なら、無理に聞き出すことじゃない。話したくなったら話せばいい。


 俺だって、ツィーゲとのことが無かったら花蓮に自分がブラックローズであることを話はしなかっただろう。


 誰しも、大小様々な隠し事はある。その大きさはどうあれ、深紅が俺に話したくないと思っているのだ。普段隠し事をしない深紅が隠すのだから、余程のことなのだろう。


 気にならないといえば嘘になる。けれど、なにもしないという分けではない。深紅がそのことで何か困っているのなら手を貸す。それが、今の俺が選べる最良の選択だろう。


 まあ、深紅なら一人でなんとかしちゃいそうだけど……。


「ふぅん、ま、いいけどね」


 とくに興味も無いのか、星空さんはそういうと問うのを止めた。


「それよりも、もう時間ね。行きましょうか」


 星空さんが時計を見て確認する。


 俺もつられて時計を確認する。確かに、もう時間だ。


 そこで、俺は一つ思い出す。


「深紅、ペアルック、イヤ、絶対……」


「おい、願望が混ざってんぞ」


「なにが嬉しくて深紅なんかとペアルック……!」


「仕事だからだろ」


「深紅はイヤじゃないの?」


「特には。ていうか、小さい頃姉さんに散々そういう服着させられただろうが。今更だろ?」


「その時俺が妹に間違われたからやなの!!」


「黒奈、私、な」


「その時私が妹に間違われたからやなの!!」


「その口調なら妹が妥当だろ。ほら、ぐずってないで行くぞ、妹よ」


「む~~~~~~!!」

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