第27話 サードロケーション 2

 休憩も終わり、俺達は撮影に移ることになった。


 着替えを済ませて深紅と並ぶ。


「むぅ……」


 深紅と自分の衣装を見比べて思わず唸る。


 深紅は、文句なしに似合っている。メンズのデザインなので当たり前と言えば当たり前なのだが、それを着こなせるかどうかは別である。


 対して、俺の服はレディース。鏡を見たので似合っているのは間違いない。間違いないから腑に落ちない。


「俺、そっちの服が良い……」


「まだ言ってるのか」


「だって……」


 やっぱり、男としてはメンズが似合う方が良い。誰が好き好んでレディースの服なんか着るもんか。


 しかして、これは仕事。これが終わればレディース服とはおさらばだ。撮影もこれが最後。後少し、頑張ろう。


「それじゃあ、撮影始めまーす!」


「如月さん、和泉さん、お願いします!」


「あ、はい!」


「はい」


 呼ばれたので、深紅の後ろをちょこちょこ付いていく。


 モール内は人が多く、しかも『Eternity Alice』の撮影だと分かると、皆足を止めてこちらを見ているのだ。それに、モデルは深紅ときたもんだ。そりゃあ人目も集める。


 今日は何度も視線を集めているけれど、一回目と二回目の比ではない。さすが深紅だ。


「じゃあ、とりあえず話しながら歩いてみようか。ペースはゆっくりめでお願いね」


「分かりました」


 カメラマンさんのオーダーに深紅が答え、俺に目配せをしてくる。


 俺はこくりと頷くと、ゆっくりと歩きはじめる。


「そういやあ、夏休みどうする?」


「どうって、特には……」


 映像を撮るわけではないので、会話の内容はなんだって良いようで、深紅が世間話程度に夏休みの予定を聞いてきた。


「今年は花蓮ちゃんも受験は無いんだし、どっか出掛けたらどうだ?」


「あ、それ良いかも」


 去年は花蓮が受験だったので、夏休みはあまりどこにも出掛けられていないのだ。行っても、このモールや近くの図書館くらいだ。それも、参考書を買いに行ったり、俺と深紅が勉強を教えたりだったので、遊びに出掛けた分けではない。


「でも、どこ行けば良いかな?」


「定番は海とかプールだろ」


「お……私、水着持ってない……」


「じゃあ今度買いに行くか? 花蓮ちゃんと桜ちゃんと一緒にさ。あ、碧も呼ばないと怒るな……」


「じゃあ、皆誘おうか」


「そうすると、結構大所帯だな。全員で七人か……姉さんに車でも出してもらうか?」


 歩きながら、二人で夏の計画を語り合う。時々、深紅が冗句を交えて話すものだから、俺も自然と笑みがこぼれる。


 深紅とは長年一緒にいるから、一緒にいるだけで安心できるし、リラックスできる。


 だからだろう。俺は撮影も忘れて、深紅との話しに夢中になっていた。だから、不意に目に飛び込んできた光景に思わずぴたりと身体を硬直させてしまったのだ。いや、おそらく、一人で撮影をしていても硬直していただろう。なにせ、全く予想をしていなかったのだから。


 深紅が来ている時点で、予想をしておくべきだった……!


 俺の目に飛び込んできたのは、おしゃれな私服に身を包み、俺に向かって満面の笑みで手を振る花蓮と桜ちゃんだった。


 花蓮は控えめに胸元で手を振っているけれど、それでも顔は満面の笑みである。


 桜ちゃんはなにが嬉しいのか、満面の笑みで俺に大きく手を振っている。若干、周りの人が引いている。


 俺は、なるべく二人の方を見ないようにし、笑顔を崩さずに深紅の腕をとり、ぐいっと寄せる。掴んだ手には精一杯力を込めるのを忘れない。


「おい、深紅……どういうことだ……?」


「ああ、気付いたか? 俺の・・撮影があるから、見に来てって誘ったんだ」


「へーそうかー……お前の撮影を見に来たのか……へー」


 ぐいっと深紅の腕を思いっ切り引っ張り、俺の口元に深紅の耳を寄せる。


 きゃーと黄色い声と、ぎゃーという悲鳴じみた声が聞こえてくるが気にしない。


「屁理屈だよな?」


「当たり前だろ?」


 悪びれずに笑う深紅に、俺は怒りを通り越して呆れてしまい、はぁと溜め息を吐いて深紅の腕を解放した。


「こうなるんなら、始めから好きにさせるんだった……」


 こうして裏で手を回されるよりも、事前に知っていた方が心臓に良い。


「そしたら、深紅もこの仕事受けなかっただろうしな……星空さんに怒られる回数も減っただろうし……」


「いや、この仕事はお前の仕事が決まったときから受けようと思ってた」


「嫌がらせのためか……?」


「んなわけあるか。お前、自分が男だって隠しながら誰かとこうして撮影できたか?」


 言われ、考える。まあ、考えるまでもないことだけれど……。


「無理……」


「だろ?」


 元々人と話すのが苦手なふしがある俺が、隠し事をしながら他人と話せるわけが無いのだ。それが、Eternity Aliceのイメージを損ないかねない隠し事なら尚更である。


 深紅は、俺のためにこうして仕事を受けてくれたのか……。


 そう思うと、途端に深紅に怒っていた自分が恥ずかしくなる。見に来てほしくないだけで深紅に怒るだなんて、親に授業参観に来てほしくない思春期の中学生のようだ。いや、深紅は親じゃないし、状況もまるで違うけど……。


 ともあれ、深紅が俺のために来てくれたと考えられなかったのは俺がわ……いや、深紅には前科があるし、俺をからかうことに関しては手を抜かない男だ。うん。深紅も悪い。


 けど、それとこれとは別だ。お礼はちゃんと言わないといけない。


「あの、深紅……」


「ん? なんだ?」


「あ、ありがとう……お……私のために、来てくれて……」


 多分、俺の顔は赤くなっている。


 深紅にお礼を言うのは慣れているけれど、今回は俺が深紅に泣きついたからじゃなくて、深紅が自分から助けてくれたのだ。それが、少しこそばゆかった。


 お礼を言う俺を見て、深紅はふっと優しく笑う。


「報酬は今日撮った写真全部な」


「台なしだよバカ!!」


 俺の言葉に、深紅はははっとおかしそうに笑う。


 俺は最後までからかわれているのが悔しくて、ぷいっとそっぽを向いてしまう。


「……あ」


 向いた視線で、にやついた顔と目が合いそこで気付いた。今が撮影中であることに。


 カメラマンさんが盛大に良い笑顔をしながら言った。


「良い顔たくさんいただきました」


「~~~~~~ッ!!」


 自信でも顔が火照るのを自覚する。顔が熱をもって熱い。


 どんな顔してたどんな顔してたどんな顔してた!? 今まで俺、どんな顔してたの!?


 思いだそうとしたけれど、自然に深紅と話をしていたので全く思い出せない。


 っていうか、深紅は絶対気付いてただろ!


 そう思い、俺は深紅の方を見る。そしたら、案の定深紅は笑いを堪えるように口元を手で抑えていた。


「はい、それじゃあ撮影場所変えまーす!」


 俺が深紅に何かを言う前に、そんな声が上がり、モール内の別の場所に移動するために準備を始めた。


「深紅! お前気付いてて止めなかったな!」


「当たり前だろ? 固いままのお前じゃ撮影にならないからな」


「それでも、自然体過ぎたんだから止めてくれよ! まったくカメラ意識してなかったよ!」


「だから良い顔で写真が撮れたんだろ? 気にすんなよ。写真に残っても、使われるとは限らないからさ」


「う、うう…………!!」


 確かに、確かに深紅の言う通りだけど……! それでも、恥ずかしいものは恥ずかしい……! 


 ……はっ!? ていうか、今の二人に見られたんじゃ……。


 そう思い、二人の方を見れば、二人はにやあっと意地悪な笑みを浮かべてこちらを見ていた。


「ーーーーっ!!」


 俺は思わず深紅の背中に隠れようとしたけれど、今この場でそれをやってしまうのはよろしくない。俺は今回限りだから良いけれど、深紅はこれからもモデル業をしていくはずだ。深紅にあらぬ噂が流れでもしたら仕事に差し支えるだろう。


 どこか冷静な頭でそれを考えると、俺はすぐさま深紅ではなく星空さんの元へ向かった。


「ちょ、な、なによ」


 慌てる星空さんの影に隠れ、こそこそと移動する。


 星空さんは立っているだけで雰囲気があるから、俺をうまく隠してくれるはずだ。


「なに? なんでアタシの後ろに隠れるわけ?」


「は、恥ずかしいので……すみません……」


「……まあ、熱々カップルみたいだったものね」


「カップルじゃないですから!」


「知ってるわよ。幼馴染みでしょ? それよりも、あなた同性同士でも距離感気にしなさいよ? あんなの他の人にやったら、勘違いさせるわよ?」


「しませんし、するような友達が居ません……」


「随分と悲しいことを……まあ、アタシも友達は多い方じゃないけど……」


 言っていて、二人して落ち込んでしまう。


 俺達は少しだけ肩を落としながら移動をした。





 俺達は移動を済ませると――もちろん、花蓮と桜ちゃんはついて来ている――早速撮影を始めた。


 今度はフードコートの一角を使っての撮影で、先ほどとは違う衣装での撮影だ。


 元々、撮影用として今の時間帯だけ使用許可をとっているらしく、皆、先程よりも心なしかせかせかと動いていた。


 俺達はお色直しをした後、二人で椅子に座って、向き合う形や、隣り合う形で撮影をした。


 先程やらかしてしまったので、今回は注意していたのだけれど、カメラマンさんにもっと近づくように言われてしまい、渋々近寄ったりした。


 カメラマンさんの後方で花蓮と桜ちゃんがにやにやしながらこちらを見ていたので、たまに笑顔が引き攣りそうになったけれど、なんとか堪えた。


「はーい、おっけーでーす!」


 カメラマンさんが笑顔でそう言い、フードコートでの撮影が終了した。と、思ったのだが……。


「それでは、これにて終了になります。皆さん、今日一日お疲れ様でした」


 榊さんがそう言って締めくくった。どうやら、撮影の全工程が終了したようである。


 撮影が終わったことに、俺はほっと息を吐いた。


 ようやく終わったと胸を撫で下ろすと、ぽんと肩を軽く叩かれる。


「お疲れ様、黒奈。良いモデルっぷりだったわよ」


 星空さんが少しからかうような笑顔で労ってくれた。


「あ、ありがとうございます?」


「ふふっ、なんで疑問形?」


「いえ、喜んで良いのか迷ってしまったので……」


「モデルっていうのは簡単にできるものじゃないの。だから、そこは誇って良いのよ?」


 星空さんはそういうけれど、今日の撮影では特に自分がなにをしたとも思っていない。正直に言って、周りの皆が助けてくれたというのが大きい。


 そう思い口を開こうとしたけれど、その前に榊さんに先に言われてしまう。


「如月さんは、素人ながらよくできていたと思います。カメラマンの時田ときたさんがあんなに笑顔で撮影をしているところを見たのは久しぶりでした。彼をあそこまで喜ばせたのは正真正銘如月さんです。如月さんが魅力的だったからこそ、彼が満足する写真を撮れたのです。ですので、存分に胸を張ってください」


「は、はい……」

 

 魅力的だと言われ、思わず頬を染めて俯いてしまう。


「可愛い……」


「え?」


 榊さんにしてはぼそりと聞き取れない程の声量で言ったので、思わず聞き返してしまう。


「あ、いえ。なんでもありません。撤収の手伝いをしますので、それでは」


「あ、何かお手伝いすることは……」


「大丈夫ですよ。片付けはスタッフの仕事ですので。あ、それと、帰りにお店に寄ってください。今日着た衣装をお渡ししますので。それでは」


「え、服は……行っちゃった」


 俺の返事を聞く前に榊さんはすたこらと歩いていってしまった。服は大丈夫ですって言おうとしたのに……。


 それにしても、榊さん、どうしたんだろう? なんか、少し慌てている様子だったな……。


「榊さん、どうしたんでしょうか?」


「さあ? どうしたんでしょうね~」


 星空さんに聞いてみれば、にやっと意地の悪い笑みを浮かべるばかりである。

 

「さて! 撮影はもう終わりでしょう? ちょっとお買い物していかない?」


「あ、でも、着替えないと……」


「さっき榊さんに聞いたけど、着て帰って大丈夫だってよ」


 ぽんと後ろから頭に手を乗っけて深紅が言う。


「どこ行ってたの?」


「軽ーく写真見せてもらってた。綺麗に撮れてたよ。皆、良いポスターができるって喜んでた」


「そっか……なら、よかった」


 喜んでもらえるのは素直に嬉しい。こんな恰好をしたかいがあるというものだ。


「さて、そうと決まればショッピングね! 黒奈、行きましょう!」


 俺の頭に乗ったままの深紅の手をぱしっと叩き、俺の腕をとって歩く星空さん。


「「ちょっと待って(ください)!!」」


 そこに、二人分の待ったの声がかかった。

 







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