第81話 救助活動

 俺単体ピンでの撮影が終わった後、俺と東雲さんとのツーショットの撮影が始まる。


 流石にプロモデルとあって、何回見てもポーズの引き出しが多く、そのうえ全部魅力的だ。隣に立つ俺も自然と東雲さんに触発されて、良いポーズを取ろうと頑張ってしまう。


 ……けど、どうしたんだろう? 昨日よりも東雲さんの表情に余裕が無いように思える。昨日今日と隣に立っているから分かる。昨日の方が何倍も魅力的な笑顔をしていたし、ポーズにもキレがあった。


 どうしたんだろう? 体調でも悪いのかな?


 少しだけ心配になりながらも、俺から東雲さんに何かを言う事はしない。東雲さんはプロだ。自分の体調が優れないと分かれば申告するだろう。


 それに、俺は東雲さんの心配をしている場合じゃない。気もそぞろでモデルをできるほど、俺の技術力は高くない。ちゃんと一つ一つ集中してやらないと……!!


 俺は東雲さんに合わせられるように集中をしてポーズをとる。一つ一つ丁寧に、時に大胆に。他のモデルさんの二番煎じだけれど、今の俺にはそれしか出来ない。であれば、俺はできる事を精一杯しなくてはいけない。


 撮影は順調に進み、お昼を少し過ぎてから俺と東雲さんのツーショットは終了した。


「どうぞ」


「ありがとうございます」


 スタッフさんからドリンクを受け取り、渇ききった喉に一気に流し込む。


「ぷはあっ。生き返る~」


「如月さん、おっさん臭いですよ」


「あはは、すみません」


 笑いながら言うスタイリストさんに、俺も笑いながら返す。


 今からお昼休憩。ご飯を食べてから着替えて撮影再開。次は黒のワンピースタイプだ。いつもの俺なら不安しかないけれど、今の俺なら大丈夫だ。


 折り畳み椅子に座りながら、ふと野次馬の方を見る。そういえば、今日はずっと集中してて見てなかった。


 野次馬の中には当たり前のように花蓮と桜ちゃんがいた。二人とも、せっかく海に来たんだから泳ぎなよ……。


 って、桜ちゃん昨日より興奮してない? めっちゃ写真連写してるけど……もしかして、今ブラックローズだって気付いてる? 


 俺は気になったので桜ちゃんにメッセージを飛ばす。今日は昨日の事もあったのでスマホと財布を持って来ていたのだ。スタッフさんが近くに居てくれるし、盗まれる心配は無いだろう。


『もしかして気付いてる?』


 簡潔にそれだけ打ち込む。そうすれば、即座に返事が返ってくる。


『もちろんです!!』


 自信満々に答えが返ってくる。


『花蓮ちゃんも気付いてます!!』


 花蓮も気付いてるのか……結構距離離れてるよね? 大した違いも無いのに、よく分かったなぁ。


 俺が変に感心していると、野次馬のいるところから更に奥の方から誰かの慌てた声が聞こえてくる。


 どうしたのだろう? 野次馬の人達もその声に反応してるし、スタッフさん達もそっちの方に気を向けている。


 耳を澄ませて注意深く聞けば、ブラックローズになっている事で強化されている耳に声が鮮明に届く。


「大変だ!! 子供が溺れてる!!」


「ライフセーバー、早くしてくれ!!」


「だ、誰か! ツヴィを助けて!!」


 誰かが溺れてる。それが分かった後、聞き慣れた声があった事に気付く。


 今の、リングの声!! それに、ツヴィを助けてって!!


 とっさに、桜ちゃんの方を見る。けれど、桜ちゃんはまだ事態を正しく認識していない。それに、仮に桜ちゃんが変身をして助けに行っても、水中じゃ上手く動けない。周囲の人を押し退けて海に行っても、押し退けた人達に怪我をさせてしまっては意味が無い。


「メポル!!」


『はいメポ!!』


 なりふり構ってられない!!


 突如として虚空から現れたメポルに、スタッフさん達がぎょっとする。ただ、榊さんとスタイリストさんは別の意味で驚いているだろう事は、容易に想像がつく。


 俺にとって、自分がブラックローズであることを明かすのは簡単な事じゃない。色々考えて、信用できると思った人にしか明かすような事はしない。それは、俺が拒絶されるのが怖いからだ。


 けど、今はそんな事を言ってる場合じゃない。


 走り出しながら、ブレスレットを付ける。そして、魔法の呪文を唱える。


「マジカルフラワー・ブルーミング!!」


 黒色の光が俺を包み込み、次に光が晴れた時にはそこには、魔法少女であるブラックローズが姿を表す。


 本当は、ブラックローズのままなので、ただ着替えただけだ。別に変身した訳じゃない。ただ、ツヴィを助け出すには変身している必要があるのだ。俺のことを男だと知っているスタッフさん達はもう騙しようが無い。けれど、俺の事を全く知らない人達はこれで騙せる。緊急時になんて保身的なと思ってしまう。


 一瞬の心苦しさを押しやり、大きくジャンプする。そして、空中を数回蹴りつけて高く飛び上がる。


 見つけた!!


 高くなった視界で、即座に溺れているツヴィを見付ける。


 結構浜から離れてる。ライフセーバーさんが急いでるけど、これじゃあ間に合うか分からない!!


 頭を下にし、足を上にする。そして、足の裏に魔力を溜めて勢いよく蹴り付ける。


「フォルムチェンジ!! マーメイド・ローズ!!」


 叫び、直後、黒色の光が再度ふたたび俺を包み込む。光が晴れ、次に姿を現したのは、通常のブラックローズとは異なる姿。


 上半身は水着のようになり、耳の当たりにはひれのようなものが付いている。上半身は、正直ガンスリンガー・ローズと大きな差異は無い。少しだけ装飾が違い、少しだけ増えたくらいだ。


 けれど、下半身は大きく変わる。ブラックローズの下半身は人の脚ではなく、魚類のようになっていた。いわゆる、人魚のような格好である。黒色に煌めく鱗。鋭いシャープ)な|尾鰭《おひれ。少しの装飾をちりばめられた、まさしく人魚姫ぜんとした姿。まぁ、人魚姫はこんなに黒くないけど。


 ともかく、水中で動くならこの姿以上に適切な姿は無い。


 空中から勢いよく入水し、勢いをそのままに尾鰭で強く水を蹴り付ける。


 瞬く間にライフセーバーさんを追い越し、十秒とかからずにツヴィの元へとたどり着く。


 水中から上がり、暴れるツヴィを優しく抱き上げる。


 水中から顔をあげれば、ツヴィは咳込みながらも必死に俺に抱きつく。


「げほっ、えほっ…………お姉……ちゃん……?」


「うん、お姉ちゃんだよ。もう安心して」


 咳込むツヴィの背中を優しく撫でながら、ツヴィの負担にならないようにゆっくりと岸に向かって泳ぐ。


 途中で呆然と俺を見るライフセーバーさんに言う。


「すみません、お仕事取ってしまって」


「い、いえ!! こ、子供の無事が最優先ですから!!」


「ありがとうございます」


 ライフセーバーさんとゆっくり泳ぎながら、ツヴィの身体に負担の無いように岸まで向かう。


 脚が着くようになれば、俺はマーメイド・ローズから通常フォルムに戻る。脚が着くのであれば、鰭は邪魔になるから。


「……お姉ちゃん、ありがとう……」


 落ち着き始めたツヴィが俺に言う。泳いでる途中で気付いたけれど、その手には俺のあげた玩具おもちゃのスコップが握られており、おそらく、流されてしまったのを取りに行って溺れてしまったのだろう。嬉しいけれど、危ないところだった。


 びしょ濡れの服は重いな、なんて思いながらも、ようやく浜に戻ってくる事が出来た。


「ツヴィ!!」


 リングが慌てて駆け寄ってくる。


 心配そうにツヴィを見るリングの頭を、優しく撫でてあげる。


「もう大丈夫だよ。安心して。どこか寝かせられる場所はありますか?」


 前半はリングに、後半はライフセーバーさんに向けて言う。


 ライフセーバーさんは疲れたのか、顔を赤くしながらもはきはきとした声音で言う。


「狭いですが医務室がありますので、そこのベッドを使ってください!」


「分かりました」


「変わりましょうか?」


 言って、ツヴィを見るライフセーバーさん。けれど、ツヴィは俺を離そうとはしない。


「いえ、大丈夫です。リング、一緒においで。七ヶ岳くん、二人の玩具おもちゃ、回収しておいてくれる?」


「……え、あ、はい!」


 たまたま近くにいた七ヶ岳くんに二人の玩具の回収を任せ、俺はツヴィを抱き抱えたまま医務室に向かう。


 多くの人の視線が集まるけれど、気にしていられない。


「ぶ、ブラックローズ! 大丈夫ですか!?」


 慌てた様子で変身した桜ちゃんが跳んでくる。


「うん、大丈夫だよ」


「よ、良かったぁ……」


 安堵した様子で息を吐くチェリーブロッサム。


「ブロッサム、榊さんに事情を説明してきてもらって良いかな? 何も言わずに来ちゃったからさ」


「分かりました! お任せください!」


 俺が頼めば、即座に榊さんのところへと跳んで行くブロッサム。


「すみません。案内してもらって良いですか?」


「分かりました。こちらです!」


 ライフセーバーさんに案内され、俺は医務室に向かう。


 片腕でツヴィ抱っこし、もう片方の手でリングと手を繋ぐ。少し不安定だけど、ツヴィも苦しそうにしてないし、大丈夫だろう。


 医務室に向かう途中、写真を撮られていたのはちょっと不快だったけど、今はそれに構っている場合じゃない。


 医務室のベッドでツヴィを優しく寝かす。近くの椅子に座って、リングを膝の上に座らせる。


「……ありがとう、お姉ちゃん」


「ううん、良いんだよ。ツヴィが無事で良かった」


 安心させるために笑みを浮かべて言う。本当はすっごく焦ったし、すっごく心配だったけれど、それを子供の前で出しちゃいけない。


「ツヴィが溺れたって本当か!?」


 唐突に医務室の扉が開き、二人の保護者である女性が慌てた様子で入ってきた。


「だ、だだ大丈夫か!? って、ブラックローズ!? なんでお前が!?」


 慌てた様子でツヴィを心配し、俺を見て驚く女性。その女性を俺はきつく睨んでしまう。


「ツヴィが溺れてしまったので、私が助けました。本来なら、保護者である貴女が見ていなくちゃいけないんですよ?」


「え、あ、そいつは、すまんかった……」


 素直に頭を下げて謝る女性。二日酔いだかなんだか知らないけど、子供が遊んでいるならちゃんと見ておくのが保護者の役目だ。


「って、そうじゃなくてだな!!」


「「ダメだよ、シュティ。今やったら・・・・・、怒るから」」


 言い募ろうとした女性――シュティに、二人が幾分か冷めた声音で言う。


 一瞬驚いてしまい二人を見るけれど、二人はいつも通りの雰囲気だ。


 しかし、シュティは一瞬気圧され、その後バツが悪そうな顔をして頭を掻く。


「~~~~っ、分かったよ。大人しくしてるよ」


 言って、近くの椅子に乱暴に座るシュティ。


 三人の間でどんなやり取りが繰り広げられたのか、言葉の裏を知らない俺には分からないけれど、どうやら穏便に事がすんだらしい。


 しばらくして、ブロッサムが榊さんを連れて医務室に来た。ブロッサムを見てシュティが反応を示したけれど、大人しく椅子に座っていた。


 榊さんが午後の撮影開始を少し延長すると言っていたけれど、俺の事情でこれ以上撮影を延期させる訳にはいかない。俺の事がばれてしまい気が重いけれど、撮影までには戻ると言った。


 保護者が居るなら、ここを任せられるし。


 遅まきながら変身を解いて、ブラックローズのまま水着姿になる。


「ごめんね、私、戻るから」


「「ううん、ありがとう、お姉ちゃん」」


「うん。ゆっくり休んでね」


 最後に二人の頭を優しく撫でて、俺は医務室を後にした。


 二人とも名残惜しそうな顔をしていたから、撮影が終わった後に会いに行こうと心に決めながら、俺は撮影スタッフの待つテントへと戻った。

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