第80話 撮影二日目、開始!
「よし、これでとりあえずは大丈夫なはずです!」
「ありがとうございます」
スタイリストさんに髪型を普段の俺に近いように整えてもらった。近いというか、ほとんど一緒だ。
これなら変身する前と同じ……はずだ。
けど、俺って変身した後と前で気付かれた事無いんだよなぁ。顔も体格もほとんど一緒なのに。
鏡に写る俺は変身する前の俺に酷く似ている。女版俺、って感じだ。少しだけ違和感はあるけれど、それでも初めて会った人には分からないくらいの変化だ。
でも逆に言えば黒奈とブラックローズはそれだけ似通っているという事に他ならないはずなのだ。
だというのに気付かれた事は一度も無い。不思議だ……。
ともあれ、これで準備は整った。ブラックローズの服を持って来ていたバッグに仕舞い、別の服に着替える。部屋を出るときと服装が変わってしまったが、誰にも見られなかったし大丈夫だろう。
「それでは、明日もよろしくお願いします」
「はい。夜分遅くにすみませんでした」
「おやすみなさ~い」
「はい、お休みなさい」
二人にそう挨拶をして、俺は部屋に戻った。
部屋に戻ってシャワーを浴びてから部屋着に着替え、ベッドの上に寝転がる。
寝転がりながらスマホを確認すれば、深紅からメッセージが届いていた。メッセージには遠くから撮った俺の写真と、俺の水着姿をからかうメッセージだ。
一瞬ムカッとしたけど、来てくれた事が嬉しかったので、バカと送った後、ありがとうと送った。
その日は撮影の疲れや海で遊んだ疲れもあり、俺は直ぐに眠りについてしまった。
〇 〇 〇
翌日。目覚ましのアラームで起き、まったく知らない部屋に一瞬困惑するも、そういえば撮影に来ていたんだったと思い出せば困惑も直ぐに収まる。
起き上がり、
「ねむ……」
洗面所で顔を洗ってから着替えをする。
貴重品と部屋の鍵を持って一階にあるレストランに向かう。
朝の七時。まだ皆起きてきていないのか、ロビーには人は少ない。
レストランは朝はバイキングスタイルで朝食を出しており、俺は好きな物を皿に乗せて椅子に座る。
朝はあまりお腹に入らないけれど、食べなければ力は出ない。朝食は一日の
サラダ、
一人で朝食を摂っていると、ふと視線を感じた。視線の方を見てみれば、そこにはツヴィとリングがいた。
俺が笑みを浮かべて手を振れば、二人はぱあっと笑顔の花を咲かせて料理の乗ったトレーを持って俺の方にかけてくる。
「走ったら危ないよ」
まったく人が居ない店内であれば、そんなに大きな声で言わなくても二人には届く。
俺の言葉を聞いた二人は慌てて走る速度を緩めて歩く。けれど、若干早足なのはご愛敬。
二人は俺の両サイドにトレーを置いて座る。六人掛けのテーブルの真ん中に座っていたので、両サイドは空いていたのだ。
「「お姉ちゃんお早う!」」
「うん、おはよう。二人とも、このホテルに泊まってたんだね」
「「うん! ベッドふかふかだった!」」
「ふふっ、だね」
頷くけれど、俺はベッドの感触を楽しむ間もなく寝てしまったので、ベッドのふかふかさ加減をあまり憶えていない。しかし、家の布団より柔らかかった事は事実だ。
「そういえば、お姉さんは?」
「「まだ寝てるー! 昨日お酒飲み過ぎちゃったんだって!」」
「なるほど」
スタッフさん達もお酒を飲んでいたけれど、大丈夫だろうか? 明日も仕事があるって分かってたから深酒はしてないと思うけど。
「「お姉ちゃん、今日はなんか違うね」」
「え、そ、そうかな?」
何気なく言われた言葉に思わずどきりとしてしまう。
え、そんなに違うかな……? 昨日とそこまで変わらないと思うけど……。
「き、昨日はお化粧してたからかな? 今、すっぴんなんだ」
「「うーん……お化粧じゃなくて、なんか雰囲気が違う気がする」」
「あ、あはは。寝起き、だからかな?」
じーっと見てくる双子に、思わず冷や汗が流れる。
大丈夫。ちょっと違ったとしても、周りから見れば昨日も今日も俺は女の子だったのだ。ちょっと違うと指摘されたところで気のせいで押し通せるはずだ。
「「気のせい、かなぁ?」」
「気のせい気のせい。さ、ご飯食べちゃいましょう」
疑う双子に食事をするように促して、俺も朝食を食べる。
撮影開始時間にはまだかなり時間があるけれど、準備は早く済ませておきたい。
ちゃっちゃか朝食を食べ終え、双子と少しお喋りをしてから一度部屋に戻った。
双子が今日も一緒に遊ぼうと言ってきたので、時間があれば必ず遊ぶと約束をした。
懐かれちゃったなぁと思いながらも、子供に懐かれて悪い気はしない。
部屋に戻って準備をしようと思ったところで気付く。
「うん、とくに準備する事が無い」
そう。俺の化粧も髪型のセットもスタイリストさんがやってくれるので、俺自身はとくに準備をすることが無いのだ。
「……とりあえず、シャワーでも浴びようかな」
寝汗をかいたので、とりあえずシャワーを浴びる事にした。
撮影開始の時間まで時間を潰し、ようやっと撮影開始時間の三十分前に。
榊さんらスタッフさん達と一緒にビーチへ向かう。その前に、俺達モデルはトレーラーでお化粧だけれど。
ビーチで準備を進めてもらっている間に、俺達は着替えとメークを済ませる。
「昨日の水着の撮影でリテイクがありましたので、トランクスタイプの方を余計に撮影してもらう事になりました。如月さんピンと、東雲さんとのツーを午前中に撮影します」
「分かりました」
やっぱり、昨日の撮影じゃダメだったみたいだ。最初の衣装がダメじゃなかったのが唯一の救いだ。
それにしても、俺のせいで東雲さんに迷惑をかけてしまうのは心苦しい。撮影前にちゃんと謝っておかないと。
メークと着替えを終了させ、俺はトレーラーから降りる、ちょうどそこで東雲さんもトレーラーから降りてきた。けれど、俺と目があった途端に不機嫌そうに目を逸らした。
昨日の事、やっぱり怒ってるんだろうな……。
話しかけにくい雰囲気を出していた東雲さんに、けれど、俺は歩み寄っていく。
「あの、東雲さん」
「なに?」
不機嫌そうに返事をする東雲さんに、俺は頭を下げる。
「すみませんでした。私のせいで、東雲さんに手間をかけさせてしまって」
「……そう思うなら、今日はしっかりしてよね」
冷たくそう言い放つと、東雲さんは頭を下げる俺を気にかけずにビーチへと向かってしまう。
まぁ、そうだよね。俺のせいで撮り直しなんだから、昨日の事が無くても、そりゃあ怒るのも当然だよね。
俺は下げていた頭を上げると、東雲さんを追ってビーチに向かう。
これ以上東雲さんやスタッフさんに迷惑をかけないためにも、今日はしっかりやらなくちゃ!
ビーチに到着すれば、榊さんがきびきびと指示を出していた。そして、モデルが揃ったのを確認すれば、いったん全員を集めて言う。
「今日は昨日の撮り直しを先にします。撮影の順番は昨日と変わらず、けれど昨日よりも良いものを撮りましょう。そのためには、皆さんの力が必ず必要です。誰一人として、力を抜くことは許しません。しかし、体調不良の場合は必ず申し出てください。皆さんの健康が一番大事ですので」
昨日は、その気が無くとも俺は力の抜けた撮影をしてしまった。皆に迷惑をかけないためにも、今日は全力で挑まなきゃ! 大丈夫。男バレのリスクも無い。輝夜さん達のおかげで気合いもやる気も十分!
やる気を
榊さんは強気な笑みを浮かべると、全体を見渡して言う。
「こんな暑い中撮影をしたのに、写真にバツ印を書いて突き返してきた涼しい部屋にいるデザイナーを唸らせる一枚を撮りましょう。ここにいる皆さんなら、簡単な事でしょう?」
榊さんが言えば、「おう!!」や「はい!!」とやる気に満ちあふれた返事が返ってくる。榊さん、乗せるの上手いなぁ。
「
榊さんがそう言えば、おおーっと感嘆の声が上がる。
スタッフさん達の士気は十分だ。
「では、撮影を始めましょう。暑いので、皆さん水分補給を忘れずにお願いします」
榊さんの一言で撮影が開始される。
「まずは如月さんの撮影からです。
準備とは心の準備の方も含まれているだろう。
確かに、俺は二重に嘘を重ねている状態だ。俺の事をまったく知らないスタッフさんには自分が女であると嘘を付き、俺の事を知ってるスタッフさんには俺が
ややこしい事態だし、嘘を付くことは申し訳無い。けれど、大丈夫だ。たとえ嘘を付いたとしても、今回の仕事は成功させなくてはいけない。
「はい、大丈夫です!」
「みたいですね。今日の如月さんは安心して見ていられます」
榊さんが笑顔で言う。
「では、お願いします」
「はい!」
頷き、俺はカメラの前に立つ。
「じゃあ如月ちゃん、ポーズよろしく!」
「分かりました!」
魅力的に写るよう、俺はポーズをとっていく。撮影開始までの暇な時間で、プロのモデルさんの写真を見ていたのだ。付け焼き刃にしかならないだろうけれど、付け焼き刃でも無いよりはマシだ。
ビーチでの撮影は物が少ない分、身体一つでポーズを作らなくてはいけない。市街地なら壁やガードレールがあるけれど、開けたビーチでは砂と海と自分しかいないのだ。だから、こういった場所での撮影はモデルの力量が試される。
俺は一つ一つ真剣に、けれど顔や身体が強張らないようにポーズをとる。
「如月ちゃん、昨日よりも大胆だねー!」
カメラマンさんが笑みを浮かべてカメラのシャッターを押す。
男バレの心配が無い以上、ポーズをとるのに躊躇いは無い。昨日できなかったポーズをとるのにも躊躇いは無いのだ。
カメラマンさんは笑みを浮かべながらもレンズを覗く目は真剣そのもの。獲物を狙う肉食獣もかくやの迫力だ。
こんなにも真剣になってくれているということは、俺のポーズが魅力的で、プロのカメラマンさんが写真を撮るにあたいすると感じてくれている証拠だ。だからこそ、俺も真剣に、かつ魅力的なポーズをとらなくてはいけない。
そんなプレッシャーを感じているはずなのに、俺は自然と笑みが浮かぶのを自覚する。
これは二人の作品作りであると同時に、二人の戦いなのだ。相手の要求に最大限答え続ける果ての無い戦い。俺はカメラマンさんがそそられるポーズをとる。カメラマンさんは俺が一番綺麗に写る写真を撮る。その繰り返し。ファントムと戦うよりも、しんどいかもしれない。
お互いの果てない要望合戦は榊さんのストップがかかるまで続いた。疲れたけれど、気持ちの良い達成感があった。
写真を撮り終わった後、お互いを讃えて笑みを向けあった。
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