第79話 打ち明けます
皆と楽しく遊んだ後、俺は榊さんの用意してくれたホテルにチェックインした。
俺以外の撮影スタッフも、当然このホテルを利用するので、榊さん以外にも、東雲さんやカメラマンさんも一緒だ。
他の人は二人部屋だったりする中、俺は事情も事情なので一人部屋。当然、東雲さんには良い顔はされなかったけれど、こればっかりは許してほしい。まさか女の子である
お夕飯をホテル内にあるレストランで食べ、お腹も満腹で満足してベッドに寝転がる。
が、このまま終わり、という訳にはいかない。
「ふぅ……行くか……」
覚悟を決めるために一つ息を吐き、榊さんの泊まる部屋まで向かう。といっても、俺のフォローをしやすいように、榊さんの部屋は俺の隣だ。
榊さんの部屋の扉をこんこんっとノックする。
そうすれば、程なくして榊さんが――
「うえっ!?」
榊さんの格好を見て、思わず驚いてしまう。
「すみません、このような格好で。さぁ、中へどうぞ」
榊さんは謝りながらも、俺を部屋の中へと入れる。
俺はというと、榊さんの格好にどぎまぎしてしまってそれどころでは無い。
お風呂上がりなのか、髪はしっとり濡れており、適当に服を引っつかんだだけなのか、昼間に着ていたワイシャツしか着ておらず、ボタンも掛け違えているので隙間から肌が見えていてとても色っぽい。
とりあえず、こんなあられもない姿の榊さんを誰かに見られるのもまずいと思い、俺は急いで部屋に入った。
「あー、榊さん! そんな格好で出たら、如月さんも困るじゃないですかー!」
部屋の奥に居たスタイリストさんが、榊さんを注意する。
「すみません。如月さんが来る事は知っていたので、早く着替えようとは思っていたのですが……」
「だからって、榊さんが出なくても、少し待ってもらえれば私が出ましたよー。それより、さっさと着替えてきてください」
「はい……」
少しだけしょんぼりしながら、榊さんはバスルームへと戻っていく。
正直すっごいドキドキしてるけど、それをおくびに出さずに俺はスタイリストさんに促されるままにソファに座る。
「それで、お話ってなんですか? 何かあったんですか?」
座った俺に、ペットボトルのお茶を出しながらスタイリストさんが聞いてくる。
そう、俺が話しがあったのは榊さんだけではなく、スタイリストさんもだ。お夕飯の時に榊さんとスタイリストさんに話しがあるので部屋に行っても良いかとあらかじめ伝えておいたのだ。二人が同室だったのは嬉しい誤算だ。
「えっと、榊さんが戻ってからにしましょう」
「それもそうですね」
一人ずつ説明するよりも、いっぺんに説明する方が良い。
ほどなくして榊さんが戻ってきた。今度はちゃんと服を着ていたので、ほっと一安心だ。
全員が落ち着いたところで、俺は立ち上がって部屋の窓を確認する。
うん。カーテンは全部閉められてる。それに、窓も開いてない。最後に扉を確認して、ちゃんと鍵が閉まっている事も確認する。
「……なにか、秘匿性の高い話ですか?」
榊さんが真剣な表情になって言う。
「まぁ、一応」
俺にとっては最重要機密事項だ。本当なら二人にだって教える気は無かった。けれど、撮影を成功させるためだ。今日は俺のせいで撮影が中止されてしまった。これ以上、迷惑をかけることは出来ない。
ソファに座り直し、二人を見る。
「初めに、これから俺が言う事は全部他言無用でお願いします。俺としても、ずっと隠しておきたかった事なので」
「……実は、女の子だった、とか……?」
「いや、俺は正真正銘男です」
まぁ、話そうとする事のニュアンスは近いけれど。
「では、
「見せる?」
俺の言葉に二人は怪訝そうな顔をする。
……正直、二人がどういう反応をするのか怖い。けれど、これ以上迷惑をかける訳にはいかない。失敗は仕方ないにしても、アクシデントは無い方が良い。
「おいで、メポル」
『はいメポ!』
虚空から、メポルが現れる。
その時点で、二人は驚きに目を見開く。
そして、俺の正体も……いや、ブラックローズの正体も覚られてしまっただろう。
メポルから魔法のブレスレットを受け取り、魔法の言葉を口にする。
「マジカルフラワー・ブルーミング」
瞬間、俺の身体を黒色の光が包み込む。
次に黒色の光が晴れれば、そこには俺にとっては見慣れた姿である、魔法少女・マジカルフラワー・ブラックローズが姿を現す。
「き、如月さんが……!」
「ブラックローズ!?」
二人が驚いたように言う。当然だ。ブラックローズが男だなんて誰も思わないだろうから。
「如月黒奈はブラックローズです。今回、お二人にはそれを知ってもらおうと思いました」
「……でも、どうして急に正体を……」
困惑したように榊さんが言う。
確かに、二人に急に正体を明かしてしまった事は、不思議に思うかもしれない。
「……今日の仕事、私が未熟なせいで中断させてしまいました」
「そんな事は……」
「いえ、事実です。私の未熟が招いた結果です。本当に、すみません」
言って、頭を下げる。本当なら皆の前で頭を下げるべきなのだろうけれど、夕食の席で楽しそうにご飯を食べているスタッフさんを見ると、その楽しそうな雰囲気に水を差す事が躊躇われた。
怖かった、というのも本心だけれど。
「あ、頭を上げてください!」
「そうですよ! 誰も如月さんのせいだなんて思ってませんよ!」
「……ありがとうございます。ですが、自分で自分の不調は自覚しています。紛れも無い、事実です」
輝夜さんに気付かされたところもあるけれど、自分が不調であった事は理解している。それも、輝夜さんや花蓮達のお陰で持ち直せたけれど。
「如月さんの意見は分かりました。確かに、今日の如月さんは以前の撮影時のような魅力に欠けていました。それは、事実です」
「榊さん……!!」
「本人が自覚している以上、誤魔化しても仕方ありません」
「それはそうですけど! もっと言い方があるじゃないですか!」
「如月さんが取り繕う事を止めたのですから、私が取り繕うのは不誠実です。……それに、如月さんをそんな状態にして撮影に挑ませてしまった私どもにも責任はあります。申し訳ありませんでした」
「そんな! 至らなかったのは私の方です!」
「いえ。素人である如月さんの状態を確認するのも私どもの仕事です。それを怠ったのは、私どもの怠慢です」
「いえ! 榊さん達は何も悪くありません! 私が勝手にネガティブになってしまっただけで……!!」
「ストップです!! お二人とも落ち着きましょう!」
自分が悪いとお互い譲らないでいれば、スタイリストさんが待ったをかける。
「ここはお互い様ということにしましょう! じゃないと二人とも真面目だから切りがありませんよ!」
スタイリストさんがそういえば、俺達は顔を見合せる。
「では……」
「そういうことにしましょうか」
榊さんが苦笑しながら言う。俺も、苦笑してしまう。
「それで、なぜ私達に正体を明かしたのですか? 今日の撮影の遅延とは、まったく関係の無いように思えますが」
「いえ、関係大ありです。撮影する上で失敗はともかくとして、アクシデントは避けたいです。ですので、
「……なるほど、そういう事ですか」
「えっと、どーいう事ですか?」
榊さんは理解した様子だけれど、スタイリストさんはまったくもって分かっていないようだ。
俺が説明をする前に、榊さんが言う。
「つまり、如月奈黒という人物を本当に作ってしまおうという事ですね?」
「そういう事です。黒奈が奈黒に
男だとバレる可能性があるのであれば、女として撮影をすればいい。それが、俺が考えた策だ。
幸いにして、黒奈とブラックローズは体型が似通っている。もちろん、胸はブラックローズの方があるけれど、今日着けていたパッドとそう大きさは変わらない。
女性が水着を着るのであれば、男だとバレる心配も無いという訳だ。
「そうすれば
「その場合、髪は切る事になりますが……」
「一度変身を解除してから、もう一度変身をすれば元に戻りますので大丈夫です」
「そうですか」
「どう、ですか……?」
思案するように
「……確かに、これ以上撮影に遅れが生じるのは好ましくはありません。それに――」
榊さんは俺の目を真っ直ぐ見つめると、ふっと一つ笑みを浮かべる。
「如月さんが大事な秘密を明かしてくれる程、撮影の成功を願ってくれているのであれば、私は如月さんがその姿で撮影をしてくれる事に賛成します。それ以前に、私どもにメリットしか無いので断る理由がありませんし」
「私も賛成します! それに、このことは絶対に口外しません! 墓場まで持っていきます!」
二人が受け入れてくれた事に、俺は思わず肩の力が抜けてしまう。
「……良かったぁ……。あ、でも……」
「なんですか?」
「変というか、気持ち悪く無いですか? 男が、魔法少女なんて……」
「いえ、全然」
「そ、即答……」
余りに即答するものだから、俺も驚く間も無い。
「色んな人が居るのです。男の子が魔法少女でも問題ないでしょう。それに、如月さんの人となりは知っています。気持ち悪いだなんて思うはずありません」
「そーですよ! それに、見た目は余り変わりませんし!」
「そ、そうですか……」
榊さんの言葉は素直に嬉しいけれど、スタイリストさんの言葉は微妙に傷つく。
ともあれ、無事このまま撮影をする事に決まった。撮影時間はあまりない。失敗はともかくと言ったけれど、失敗しないように全力で撮影に挑まないと!
そんな事を考えていると、ふよふよと浮いていたメポルが溜息混じりに言う。
『まったく。変身の無駄遣いメポ』
「メポル、うるさい。いいでしょ別に」
『メポー……久しぶりに姿を見せたのに、黒奈は冷たいメポ』
そんな事を言いながら、メポルは帰って行った。
最近あまり姿を見せないけれど、いったいどうしたのだろうか? 前までは用がなくとも姿を見せていたのに……。
少しだけメポルのことが心配になりながらも、スタイリストさんが早速髪を切るとのことなので、とりあえずメポルの事は頭の隅に押しやった。
後で、話だけでも聞いてみよう。
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