第40話 少女のお願い

 私達を鍛えてください。


 その言葉の意味を理解するのに数瞬かかった。


 鍛える? なんで? ていうか、なにを?


 どういうことだろうと小首を捻れば、隣の碧と深紅はあぁと納得したように声を漏らした。


「あー、確認だけど、もしかして君も?」


「あ、は、はい! 私も和泉さんと同じヒーローです!」


「あぁ、なるほど」


 そこで、俺もようやく理解する。つまりは、同じヒーローである彼女は、ヒーローとして実力があり有名である深紅に、弟子入りをしたいということだ。


 それを俺よりも早く理解していた深紅は、困ったように頭を掻く。


「そっか。でも、ごめんね。俺、そういうのしてないんだ」


「そ、そこをなんとか! 私達、ピンチなんです!」


「そう言われてもな……。君の言い分から察するに、君一人ってわけでもないんだろう?」


「は、はい。私を含めた五人でヒーローをしてます」


 五人でヒーローをしているということは、チームを組んでいるということだ。


 それを聞き、深紅は顔を若干険しくする。


「なら、なおさらだ。俺はチームを組んだことがない。俺が余計な事を言って、チームの連携に亀裂が入るかもしれない」


「でも、和泉さん、ブラックローズと一緒によく戦うじゃないですか! 私、お二人の連携を生で見たことありますけど、まさににあうんの呼吸と呼ぶに相応しい連携でした! あれほどの連携が出来る和泉さんにしか頼めないんです!」


 確かに、彼女の言う通り、ブラックローズとクリムゾンフレアの連携はあうんの呼吸と呼ぶに相応しいだろう。


 けれど、それは俺と深紅が長年の幼馴染みで、観察力に優れた深紅が俺の動きに合わせてくれているからだ。そして、俺も俺で、深紅が合わせてくれる事を想定して動いている。お互いの相互理解があるからこそ、出来ることだ。


 それでも、俺に合わせてくれる深紅であれば、二人、多くとも三人までであればどうにかできただろう。けれど、四人以上の連携となれば深紅は完全に門外漢だ。


「俺とブラックローズは友人としての期間が長い。だから、連携だって取れる。でも、連携が取れるから教えられるってわけじゃない。俺だって理屈じゃなくて勘と経験でやってるんだ。連携に関しては素人もいいところだ」


「そ、それでも、お願いします! 頼める人が、和泉さんしかいないんです!」


 頭をこれでもかと言うほど下げる少女。


 必死な様子の少女に、なんだか少しかわいそうに思えてくる。


「えと……他に、頼れる人はいないの?」


「……いません。チームを組んでいる人は少ないですし、有名なところはもうすでに若手の育成に取り掛かってます。今更私達が言っても手に余ると断られます」


「そっか……」


 チーム組んでる人って多くないんだ。


 まあ、それもそうか。ファントムがいつ出現するかもわからないし、出現したとしても人数がいつも揃うとは限らない。人数が揃ってから行くとなると、その前に他の身軽なヒーローが対処をしている。


 知名度を求める人達にとっては、チームを組むのは利点が薄いのだ。


 こんなこと認めたくはないけれど、知名度を求めて活動をする人は少なくない。深紅は知名度が出来てしまったから利用しているけれど、元々俺と同じでほそぼそと活動していくつもりだったのだ。


 ともあれ、そういった理由でチームを組む人は少ない、というのは多少聞いたことがある。


 それに、デザインや方向性が統一されていないと、チームとして見たときにまとまりが悪くなる。レッドが二人いたり、まったく違うコンセプトの人がいたりなど、まとまりが無くなると、人に憶えてもらいづらくなる。


 その点で言えば、俺と深紅もまったく異色のコンビだったりする。というか、俺がコンビを組むなら、同じマジカルフラワーである桜ちゃんが適任だ。ブラックとピンクで色も被らないし。


 なんにせよ、彼女達がチームを組めているということは、イメージカラーの被りもなく、方向性も違わないのだろう。


 彼女達はピンチだと言っていた。もしかしたらチーム解散の危機なのかもしれない。それはちょっと、勿体ないような気がするし、せっかく集まれたのに解散だなんて寂しいと思う。


「ねえ、深紅」


「なんだか嫌な予感しかしないが聞いてやる。なんだ?」


「よくわかってるじゃん。少しだけアドバイスするくらいなら、深紅でも出来るんじゃないの?」


「え?」


 俺の言葉に声を上げたのは深紅ではなく、頭を下げたままの彼女であった。


 彼女は、驚いたような顔で俺を見る。


 俺は彼女に優しく笑いかけた後、深紅に言う。


「技術的な事はともかく、深紅が連携をするときに心掛けてることくらい教えられるんじゃない?」


「それは、そうだが……」


「それに、話を全部聞かないで断るのもかわいそうだよ。いっかい、なんでピンチなのかとか、聞いてから判断しても良いんじゃない?」


「む……」


 深紅は考えるように腕を組む。


 そして、無言の時間が流れる。


 俺と碧は深紅が考え込んで黙る事があるのを知っているので緊張なんてしないけれど、彼女はまるで沙汰を待つ罪人のように緊張した面持ちをしていた。


 十数秒ほどの無言の時を経て、深紅が諦めたように溜息を吐いた。


「分かった。まずは話を聞かせてくれ。承諾するか決めるのはその後だ」


「だって。良かったね」


 彼女を安心させるために微笑みかければ、彼女は目に涙を溜めながら思わずといったように言葉を漏らした。


「あなたは、天使様ですか……?」


「え?」


「あ、い、いえ!! なんでもありません!!」


 涙を拭って、慌てたように手を振る少女。


「うんうん、君ぃ、見込あるよぉ?」


 頷いて少女の肩をぽんぽんと叩く碧。


 いったい何の見込みがあるっていうんだ?


 ていうか、天使? 羽とわっかでも付いてるのか、俺は?


 ちらっと確認してみるも、当たり前だがそんなものは付いていない。


 彼女の言葉の真意がわからず困惑していると、彼女は顔を赤くしながら言う。


「その、ありがとうございます! それでは早速お話を――」


「悪いけど、話はまた今度で頼むよ。俺達、期末試験前だからさ。時期的には、君達もだろう?」


「あ、確かに……」


「とりあえず、連絡先交換しとこうか。話を聞く日程も後でってことで」


「はい!」


 嬉しそうに返事をする少女。


 その顔には先程までの思い詰めていた表情は無く、喜びの表情で彩られていた。


 うんうん。良かった良かった。


 彼女のお願いには必要な説明が省かれていた。それは彼女の落ち度だけれど、それを聞かないで断るのはかわいそうだ。それに、あんなに嬉しそうに笑っているんだ。よほど切羽詰まっているんだろう。


 彼女の笑顔を見て、俺はうんうんと満足げに頷く。


 そんな俺を見て、深紅がニヤッと悪い笑みを浮かべる。


「なーに一人で納得してるんだ? 言っとくけど、お前も手伝うんだからな?」


「え? なんで!?」


「言い出しっぺが何もしないなんて、そんな都合の良い話があるわけ無いよな?」


「い、いやいやいや! 頼まれたの深紅じゃん! それに、俺には関係の無い話だろ!?」


 これは同じヒーローとしての深紅への頼みだ。俺はヒーローじゃなくて魔法少女だし、そもそも彼女は俺がブラックローズである事を知らない。


 だから、俺には関係の無い話だ。彼女から見たら俺は一般市民だ。そんな一般市民である俺が出しゃばる意味が分からない。もし深紅が協力すると言って、そこに俺がいたらなんでいるの? ってことになりかねない。いや、絶対になる。


 総合的に見て、俺がいる意味が無いのだ。


 俺が入り込む無意味さとデメリットを深紅も分かってるはずだ。だのに、深紅は楽しそうに笑っている。


 まてよ? こいつまさか!?


 深紅の楽しそうな目を見て確信する。


 こいつ、特にメリットもデメリットも考えてない! ただ単に腹いせに俺を巻き込みたいだけだ!!


「黒奈、俺だけに押し付けるなんてそんな酷いことしないよなー? 黒奈、優しいもんなー?」


「く、黒奈、優しくない。全然、優しくない」


「え? 黒奈も手伝ってくれるって? 助かるなー」


「言ってない! 一言も言ってない!」


「……そうか。なら、しょうがない」


 言いながら、深紅が携帯をいじる。


 直後、ぴろんと俺の携帯が鳴る。


 タイミングと深紅の笑みを見るに、絶対に犯人は深紅だ。


 俺は嫌な予感を覚えながら、携帯を見る。


「なっ!?」


 携帯の画面に映っていたのは、巫女装束を着た俺の写真だった。


 この写真は、今年の年始に割の良いバイトがあると言われて、深紅に神社に連れていかれ何故か巫女さんの格好をして売店でおみくじやお守りなどの販売をさせられたときの写真だ。


 ていうか、写真撮ってたのか!? いつの間に……!!


「これ、関係各所に送っちゃおうかなー」


 関係各所。つまり、俺の知り合いということになる。花蓮から始まり、桜ちゃん、輝夜さん、榊さん等々。


 ダメだ。絶対ダメだ!! こんな恰好したってだけでも恥ずかしいのに、それを知り合いに見られるなんてもっと嫌だ!! 特に桜ちゃんには深紅がメイド姿の写真を送ってから時たま催促が来るのだ!! 催促の回数が増えそうだし、なにより彼女を満足させてはいけない!! 余計に要求が酷くなる可能性しかない!!


「おのれ深紅、卑劣なぁ……!!」


「ふっ、分かったら黙って協力することだな」


 ニヤッと人の悪い笑みを浮かべる深紅に、俺は溜息を吐きながら白旗を上げる。


「……分かった。俺も手伝うよ」


「よろしい。一人だけ楽しようなんて甘いんだよ」


「くっ! 本当に深紅の家のハードディスク壊しておけば良かった……!!」


 以前、深紅のお姉さん――真由里さんと約束した、俺の写真が入った深紅のハードディスクの破壊を決行しておけば良かった。


 深紅の部屋を漁ろうと思って深紅がいない時に深紅の家に遊びに行ったのだが、気付いたら深紅の部屋で真由里さんと一緒にポップコーンを食べながら映画を見ていた。


 帰ってきた深紅が呆れた顔して何をしていると聞いてきたが、俺もなにしてるんだろうって思った。でも、とりあえず映画見てるって言ったら呆れたように溜息吐いてたけど。


 まあ、確かに、深紅に協力してあげればと言っておいてそのまま深紅に任せっきりというのも無責任な話だな。


 けど、一応釘だけは刺しておくか。


「はぁ、まあ、一般人・・・の俺になにが出来るかわからないけど、やれることだけはやるよ」


「ああ、それで良いよ」


 俺が黒奈として出来る範囲であれば手を貸すと言えば、きちんと理解してくれた深紅は頷く。


 俺と深紅しか分からない意思疎通や何故か俺が手伝う展開になり、少女は小首を傾げるも、ぺこりとお辞儀をした。


「よ、よろしくお願いします?」


「うん、よろしくね」


 正直な彼女の反応に、思わず苦笑が漏れた。

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