第41話 結果と自信
「それで、兄さんも手伝うことになったんだ?」
「うん……」
「大変そうですねぇ~」
三人での勉強会が終わり、家に帰ると、俺はお夕飯を作りながら今日あった事を花蓮と桜ちゃんに話した。
桜ちゃんは
せっかくだからと夕飯を一緒に食べようという話になり、今は花蓮と一緒にリビングのソファでくつろいでいる。
「まぁ、言い出しっぺは確かに俺だしね。深紅にだけ押し付けるのも悪いからさ」
「でも、手伝うって何するの? 兄さんがブラックローズだってことは伏せてあるんでしょ?」
「うーん、どうするんだろうね? 俺が何をするかもまだ決まってないんだよね」
「それを含めて今度話し合うってことですか?」
「どうだろう。俺の役割の話っていうか、なんで手伝いが必要なのかとかを聞くだけだと思うし、そもそも深紅が手伝うって決めたわけじゃないしさ」
「でも、深紅さんの言いぶりだと、手伝う気はあるみたいだよね?」
「なんだかんだ言って、深紅は困ってる人に手を差しのべちゃうからねぇ。出来ることと出来ないことの領分ははっきりつけてるみたいだけど、出来ることなら手を貸しちゃうんだよね」
だから、多分俺が言わなくても、深紅は手を貸していたと思う。理由も何も無く、ただお願いを言われただけでは拒否するだろうけれど、理由を話してくれれば深紅は手を貸すはずだ。俺が何も言わなくても、なんだかんだ言って、相手に理由をちゃんと最後まで話させて、そのうえでどうするか決めていただろう。
「まあ、あんまり変な理由とかじゃなかったら、深紅は請け負うと思うよ」
「変な理由って?」
「うーん、好きな人を取り合ってチームが解散の危機、とか?」
「深紅さんをチームに引き入れたいからとかもありそう」
「あー、確かに。深紅先輩がチームに入ったら、それだけで知名度上がるし、なにより箔がつくもんね」
「でも、鍛えてほしいって言ってたから、そんな理由じゃないと思うけど」
「わからないよ? ただの口実かもしれないし」
「そうそう! 女の人って、その辺結構強引ですよ!」
「うーん、そうかなぁ?」
変な理由だったら、なんて言ってみたけど、真剣な表情で頭を下げてきた彼女を思い返すと、とてもそんな風には見えなかった。
「まあ、例えそうだとしても、深紅さんなら上手く対処するでしょ」
「あれだけ顔も良くてモテるんなら、女の人の扱いとか手慣れてそうだもんねぇ」
「でも、深紅彼女いたことないよ?」
「え、そうなんですか!?」
俺の言葉に、桜ちゃんが驚きながらも食いつく。
まあ、そういう反応になるよね。
「うん。深紅が誰かと付き合ったとか、聞いたこと無いし」
「それ、兄さんが知らないだけじゃない?」
「ううん。深紅に、付き合ったこととかあるの? って聞いたら、無いってきっぱり言われた」
「嘘付いてるとか?」
「うーん、深紅は意味の無い嘘は付かないからなぁ」
逆に言えば、その嘘に意味があれば躊躇わずに嘘をつく。例えば、俺をからかうときなんて嘘ばっかりだ。なんどあいつの嘘に騙されたことか。
「確かに、深紅さんが嘘をつくイメージって無いかも」
「え、じゃあ、本当に付き合ったこと無いんですか? 一度も?」
「本人が言うにはね。あ、でも、振られたことはあるって言ってた」
「深紅先輩が振られたんですか!?」
桜ちゃんは驚愕の表情を浮かべて大袈裟に驚く。その声の大きさに、隣に座る花蓮が耳をふさぐ。
「うん、苦笑いで言ってた」
「うへぇ……深紅先輩を振るって、どんだけ剛の者なんですかぁ……」
「誰だかは聞いてないからわかんないけどね。さ、それよりも、お夕飯できたよー」
喋りながらもずっと手を動かしていたので、調理は順調に進んでいた。お皿に盛りつけて、テーブルまで持っていけば、待ってましたとばかりに二人はそそくさと席に着いた。
今日のお夕飯は唐揚げとサラダ、きゅうりのお漬け物に豆腐のお味噌汁だ。
「わー! すっごい美味しそう!」
「ふふ、熱いから気をつけて食べてね」
ご飯をお椀によそって、桜ちゃんと花蓮の前に置いてあげる。
自分の分も用意すると、席に着く。
「「「いただきます」」」
三人で手を合わせていただきますをする。
花蓮と桜ちゃんはばっと音が鳴るほどの速度で唐揚げを箸でつまむ。そして、一口食べる。
「あ、あふっ!?」
「あちゅっ……んんっ……熱い……」
桜ちゃんは豪快に、花蓮はあちゅいと言ってしまいそうになったのが恥ずかしかったのか、一度咳ばらいをしてから言い直した。
「だから言ったでしょ? 熱いから気をつけてって」
言いながら、俺も唐揚げに箸を伸ばす。
ふーふーと息を吹きかけて少しだけ冷ましてから食べる。
「うん、おいひい」
花蓮はともかく、これから家に帰る桜ちゃんがいるので、ニンニクは控えめにした。俺としては少し物足りないけど、別段悪くはない。
「でも、チームかぁ。なんだか、憧れちゃいます」
ふと、思い出したように桜ちゃんが言う。
「どうして?」
「だって、一緒に戦うって、心強いじゃないですか。それに、ああ、頼れる仲間と戦ってるんだなぁって思うと、自然と心が沸き立つというか……こう、嬉しくなるというか……」
桜ちゃんの言いたいことは何となく分かる。
花蓮は小首を傾げているけれど、恐らく、深紅も分かるはずだ。こればっかりは、実際に一緒に肩を並べて戦ってみなくてはわからない感覚だ。
とは言え、桜ちゃんのその物言いに俺は少し悲しくなってしまう。
「俺、桜ちゃんとは仲間だと思ってたんだけど……」
「あ、ち、違います!! チームとか恰好良いじゃないですか!! 孤高の戦士も恰好良いですけど、互いに背を預け合うっていうのも良いじゃないですか!! だから憧れるなって思っただけで、別に一人で戦ってるつもりは無くて……く、黒奈さんは、ちゃんとわたしのお姉ちゃんですから!!」
「そこは仲間って言ってほしかったなぁ……」
そも、今の俺ならお姉ちゃんじゃなくてお兄ちゃんだ。ブラックローズならお姉ちゃんだけれど。
「兄さん、あんまり桜をからかわないで」
ジトッとした目を花蓮が向けて来る。
「ごめんごめん」
「え、か、からかってたんですか!?」
「ごめんねぇ。でも、俺もなんの考えも無しに桜ちゃんのことを妹分だって言ったわけじゃないからね? そこはちゃんと憶えておいてほしいな」
桜ちゃんは、おそらく無意識のうちに俺を、俺達を同格として扱うことに躊躇いを覚えているのだろう。
確かに、俺と深紅は桜ちゃんよりも経験も実力も上だ。それを桜ちゃんも良く理解しているから、俺達を先輩として見ていてくれるのだが、背中を任せて戦う仲間だと思ってはいない。なまじ、同じ実力の人がいないものだから、余計に俺と深紅に守られていると思ってしまっているのだろう。
「は、はい……」
言われて、自分では納得していない部分もあるのか、返事の歯切れが悪い。
おそらく、桜ちゃんには桜ちゃんなりの悩みがあるのだろう。そのことを俺が知ったか振りをしてどうこう言うべきでは無い。桜ちゃんが納得する形で答えを見つけるまで気長に待つとしよう。
しかし、落ち込んでしまった桜ちゃんを見ていると申し訳ない気持ちになって来る。からかうつもりで言ったけど、本人がこんなに悩んでいたとは……。ていうか、花蓮のどうにかしろという視線が痛い。
俺は、心中で溜息を吐く。
俺は、桜ちゃんが一発で機嫌が良くなる事を、一つしか知らない。
「メポル」
『呼んだメポ?』
呼べばすぐに出てくるメポル。
俺はメポルに唐揚げを差し出す。メポルはそのままがぶりと唐揚げにかじりつく。まだ唐揚げからは湯気が出てるのだが、熱く無いのだろうか?
「ブレスレット出して」
『なんだか、とてつもなくどうでも良いことに使おうとしてないかメポ? それはそうと唐揚げうまいメポ』
「いいから。はりーはりー」
『なんだか、最近変な方向に吹っ切れたメポ』
言いながら、メポルはブレスレットを出してくれる。
俺はそれをつけると、特になんの感慨も無く魔法の言葉を口にする。
「マジカルフラワー・ブルーミング」
瞬間、黒色の光が俺の身体を包み込み、一瞬にして晴れる。
そして、そこにいたのは見慣れた俺のもう一つの姿。魔法少女・マジカルフラワー・ブラックローズである。
「ちょっと待ってて」
そう二人に言って、俺はそそくさと自室のある二階に上がる。二人はキョトンとした顔をしていたが、気にしない。
ああ、嫌だなぁ……着たくないなぁ……。
しかして、桜ちゃんを落ち込ませてしまったのも事実。俺としては、桜ちゃんはもう俺達の仲間だと胸を張って言えるほどの実力を持っていると思うのだけれど、桜ちゃん自身が納得していない様子。
俺は頼れないと思った相手に背中を預けるほど優しくはないし、深紅も遠巻きにだが戦場から遠ざけようと言葉をかけるはずだ。
けれど、深紅はこの前の輝夜さんのライブの時にはなにも言わなかった。それは、深紅も桜ちゃんを仲間として認めているということだ。
その事実があるのだが、事実と自信は時として同一では無い。
出た結果に自身が納得、あるいは猜疑心を抱いているのなら、その結果に本人は納得をしないだろう。
結果が出ているのに、低い自信がそれを認めない。
これは、周りがどうこう言っても意味が無い。本人が自分の行動の結果を正しく理解しなくてはいけないのだから。
桜ちゃんも、俺が見ていないところでファントムと戦ってはいるけれど、ツィーゲやアクアリウスなどの強敵と一対一で戦って勝利した経験が無い。ツィーゲの場合はあの状態では本気であったけれど、本当の形態があることを考えれば全力では無かったし、アクアリウスの場合は、俺と二人で戦っても、決定打を与えることができなかった。
うーん。強敵と戦って勝ったという経験が無いから、自信が無いのかもしれない。それに、俺達が彼女の目の前で強敵を倒したから余計に自分の力の無さを感じているのかもしれない。
深紅に相談してみるか? いや、でも今はあの子達の事で手一杯だろうしなぁ……。って、あぁ……着替え終わっちゃった。
現実逃避気味に思考を巡らせていたけれど、着替えが終わってしまえば現実に戻るほかない。
魔法少女の服を脱ぎ脱ぎ、代わりに着たのは黒一色のロング丈のワンピースに清潔感漂う純白のエプロン。そして頭にふりふりなホワイトブリム。
そう、まごう事なくメイド服である。
そう、メイド服なのである。
……メイド服だよこんちくしょう。
かつて罰ゲームで袖を通したメイド服。なぜ我が家にあるのかと聞かれれば、深紅に押し付けられたからとしか言いようが無い。
ともあれ、俺は桜ちゃんが一気にテンションを上げる事柄を、この程度しか知らない。
「はぁ……」
溜息を一つ吐き、自室を後にする。
一階に降りリビングの扉の前に立つ。
そして、覚悟を決めて中に入ると、二人の視線が俺に向く。
それだけでも恥ずかしく、顔に熱が上がる。
目を逸らしながら、ぼそりと、お決まりの台詞を言ってみる。
「お、お帰りなさいませ、ご主人様………………なんちゃって……」
が、帰って来たのは無言。
俺は恥ずかしかったけれど、二人の顔を見る。
花蓮は呆れたような、納得したような、からかう獲物を見つけたような顔をしている。複雑過ぎてよくわからない表情になってる。
桜ちゃんは俺を見た瞬間から口をあんぐりと開けている。
俺は恥ずかしかったけれど、楚々とした所作で桜ちゃんの隣に座り、箸で唐揚げをつまむと、桜ちゃんの口に運ぶ。
「あ、あーん……」
桜ちゃんは呆然としたまま唐揚げを食べ、嚥下した後にぼそりと呟いた。
「ぶらぼー……」
そして、満足げに目を閉じると、鼻血を垂らしながら倒れた。
「「さ、桜(ちゃん)!?」」
鼻血を垂らして倒れた彼女は至極幸せそうな顔をしていた。
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