第3章 俺達はヒーロー

第39話 行楽苦行の七月

 季節は七月。本格的に夏の暑さが猛威を奮い出すこの季節、学生にとっては苦行と楽行の季節だ。


 まず、苦行の一つが期末テスト。


 勉強に付いていけないわけじゃないし、特別勉強が苦手なわけではないけれど、やっぱりテストと言うものは気分が沈む。


「はぁ~~ち~か~れ~た~」


 俺は図書館にあるテーブルにぐでーんと身を乗り出して身体を預ける。


 俺は今、市内にある図書館に深紅と碧と一緒に来ている。


 三人で一緒に勉強しようと言うことになったのはいいけれど、俺達はいつも三人でテスト勉強をしているので、深紅の家でやっても碧の家でやっても代わり映えがしない。そのため、気分転換がてら、久しぶりに図書館まで足を運んでみたのだ。


 けれど、二時間も勉強していると集中力も切れてしまう。だらーんとだらけてみたくなるものだ。


「黒奈、邪魔」


「どーん」


 隣に座る深紅の勉強道具を巻き込んでしまっていたのか、深紅から苦情が来るが、俺は構わずに深紅の勉強道具を更に巻き込む。


 深紅は溜息一つ吐くと、持っていたペンをテーブルに置いた。


 どうやら、深紅も休憩することに決めたらしい。やったぜ、目論見通りだ。


「食い物でも買って、少し休むか?」


「さんせーい!」


「エイリアンの溶解液は?」


「酸性!!」


「はいはい」


 碧の変な合いの手にノリノリで答えれば、深紅は苦笑しながら勉強道具をしまって席を立つ。


 俺と碧も勉強道具をしまい、席を立つ。


 図書館に隣接する形で小さな飲食店があるのだ。軽い食べ物と数種類の飲み物を販売しているところで、俺達はよくそこを利用する。


 図書館を出て、飲食店に向かう。


 飲食店にはそれなりに人がいたが、混んでいるという程ではなかった。


「持ち帰って外で食べるか?」


「良いね! 天気も良いし、良い気分転換になりそう!」


「俺も賛成」


「エイリアンの溶解液は?」


「酸性!!」


「「いえーい!!」」


「お前達のそのノリはなんなんだ……」


 謎のノリでハイタッチをする俺達を見て、苦笑ではなく飽きれ気味に言う深紅。


「勉強のしすぎで頭がおかしくなってるのかもしれない」


「普段しないことをしたからだね!」


「そうだね!」


 深紅はこまめに勉強するタイプだが、俺と碧はまったく勉強をしないタイプだ。勉強をしなくてもそれなりの点数はとれるし、赤点になることも無い。可もなく不可もなくをキープしているのだ。


 ともあれ、そんなことだから、テスト前に詰め込まなくてはいけないのだが、そのたびに俺達はこんなふうに変なテンションになる。


「疲れているときは頭を使いたくない。頭を使わないとアホになる。結果、今の俺達がある。これ、テストに出るよ」


「なんのテストだよ……」


 そんなどうでもいいことを話ながら、俺達は順番が来るのを待った。


 そして、俺達の順番が来ると、深紅はたこ焼き、碧はサンドウィッチ、俺はおにぎりを頼んだ。あと、それぞれ飲み物を頼んだ。


 おにぎりとかを受けとると、俺達は図書館の前にある広場のベンチに座った。


 俺がベンチに座れば、深紅と碧が俺を挟む形で座る。


 俺がこの中で一番背が低いので、傍目に見れば凹の字のような形みたいになっていることだろう。


「それにしても、土曜日だっていうのに人が少ないねぇ」


 おにぎりを食べながら、思ったことを言う。


 テスト前の土曜日とあって、俺は他にも学生がいるものだと思ったけれど、同じ学校の生徒は見かけなかった。俺達と同じ状況の中学生や子供連れのお母さん、それに、新聞を読みにきたであろう中年のおじさん等々、利用者に統一性は皆無だ。


「まあ、俺達みたいに図書館で勉強っていうのもまれだろ。友達の家で勉強会ってのが多いだろうな」


「後は、ファミレスとかだね。最近じゃ勉強を禁止するファミレスもあるみたいだけどね」


「大して頼まないのに長居されてもお店も迷惑なんだろうさ」


「どっちにしろ、図書館で静かに勉強、って感じじゃないんだね」


「一人が好きって人もいるしね。アタシはくーちゃんと一緒が一番だけど!」


「あ、あはは。ありがと、碧」


 ハイライトの無い瞳で言われ、一瞬硬直してしまうが、どうにか持ち直す。


「でも、一人で勉強すると、わからないところとか教えてもらえなくて不便だよね」


「ネット検索でなんでも調べられる時代だぞ? 学校の先生並みに頼れる先生が手元にあるんだ。家で一人でやる方が捗るってやつの方が多いさ」


「それに、テスト勉強と銘打ってその実ゲーム三昧! ってのもあるからねぇ」


「へぇ、いろいろあるんだね」


 俺は勉強と言えばこの三人で勉強というイメージしか無いから、皆がどういうふうに勉強をしているのか知らない。


 けど、友達の家で勉強っていうのがやっぱり多いんだ。まあ、勉強とは名ばかりのゲーム大会を開催している人達もいるみたいだけど。


「でも、俺はやっぱり三人で一緒に勉強するのが好きだなぁ。いつもこうしてるから、凄く落ち着いて勉強できるんだ。それに、ネットを使うより深紅の方が分かりやすく教えてくれるしね」


「の割には、二時間でダウンしてたけどな」


「二時間頑張れば良い方だよ。知ってる? 人間の集中力って二時間が限界なんだよ?」


「だから映画も二時間が多いって話だろ? 何度も聞いたよ」


 苦笑しながら、深紅がたこ焼きを一つ口に運ぶ。


「うーん、変わらぬ安っぽい味。けど、これがまたクセになる」


「ああ、わかるかも」


「あ、アタシもー。おうちで出てくる料理も美味しいけど、こういうところで食べるご飯も美味しいよねぇ」


「碧のお家を基準にしたら、どこも安っぽくなっちゃうよ……」


「だな。お前ん家、お抱えシェフが何人いると思ってんだ?」


 深紅に言われ、碧は指折り数えるが、途中で諦めたように指折った手を開いて笑う。


「わかんない。うちに勤めてる人、全員いろんな技能持ってるからさぁ」


「三ツ星シェフが庭師したり、碧のお父さんの秘書さんが料理作ったりだもんねぇ」


「お前ん家の人って本当に多才だよな……」


 それに加え、碧のお父さんもお料理ができたり、家を綺麗に掃除したり、果ては高級な資材を使って家具まで作ってしまう始末。浅見家にいる人は皆多方面で活躍できる人ばかりだ。当の碧も、琴や華道、茶道などの習い事に加え、空手、柔道等の武道もできる。出来ないことを探す方が難しいくらいだ。


 勉強をあまりしないのは、しようと思えばそれなり以上にできるからだ。とどのつまりは、面倒だから手を抜いているだけなのだけれど。


 それなのに周りからは疎ましく思われていないのは、それだけ碧に人徳があるということだろう。


「あ、くーちゃん、おにぎりとサンドウィッチ交換しよう?」


「いいよー」


 碧の提案に頷く。


 俺はおにぎりの二個セットを買って、碧はサンドウィッチの二個セットを買った。お互い、一つずつ交換できる。


 俺から貰ったおにぎりを碧が食べる。途端、目を閉じて口をすぼめる。


「酸っぱぁ~」


 どうやら梅干しが当たったらしい。


 俺の買ったおにぎりの具材は梅干しとツナマヨだ。俺がツナマヨを食べているから、碧は梅干しを食べているということになる。


「深紅、梅干しとたこ焼き一個交換しよう?」


「なんでだよ。嫌だよ」


「けち」


「横暴がなにを言う」


 俺を挟んでじゃれあう二人。


 俺はその隙をついて、深紅のたこ焼きを一ついただく。うん、旨い。


 変わりにサンドウィッチのきゅうりとレタスを少し置いていく。等価交換だ。


「おい」


 俺の所業に気付いた深紅が、俺の顔を片手で掴む。


「何してる?」


「野菜も食べないと身体に悪いよ?」


「ほーう?」


 深紅の手に力が入る。


「ぼ、暴力反対」


「泥棒はしてもいいのか?」


「等価交換です」


「ほーう?」


「あ、ぎ、ギブギブ! 痛い痛い!」


「遠慮すんな。タコ焼きと一緒に貰ってやってくれ」


「あ、いた、いたたっ……ご、ごめんなさいごめんなさい!」


「よろしい」


 素直に謝ると、俺の顔を掴んでいた手を離してくれる深紅。


「い、痛かった……」


「あぁ、かわいそうに」


 言いながら、俺のほっぺをつまんでみょんみょんといじくりまわす碧。


「碧、かわいそうとか思ってないでしょ」


「ざっつらーいと」


 そう言うと、碧は俺の頬から手を離す。


 深紅はそんな俺達の様子を見ながら、呆れたように俺が置いたきゅうりを食べる。


「ったく、素直に欲しいって言えば一つやったのに」


「え、じゃあ頂戴?」


「二つもやらん。おにぎり一口くれたら考えてやらんでもない」


「はいどーぞ」


 俺は深紅に食べかけのツナマヨおにぎりを口元に差し出す。


 深紅は躊躇うことなく口を開けて食べた。残りの半分以上を。


「ああ!! それ一口の量じゃない!!」


「一口って言ったろ? ちゃんと一口だ」


「一口で二口分食べただろ! たこ焼き二個食ってやる!!」


「勝手にたこ焼き食った分だ」


「許してくれたじゃん!! それに、レタスときゅうり変わりに置いた!!」


「レタスときゅうりがたこ焼きと等価だと思うなよ!!」


 深紅のたこ焼きを食べようと手を伸ばすも、俺の顔を片手で押さえて、もう片方の手でたこ焼きを遠ざける深紅。


 そんな風にぎゃーぎゃー騒いでいると、通りすがりのお散歩中のお婆ちゃん二人組にくすくすと微笑ましげな笑みで笑われてしまう。


「仲が良いねぇ」


「そうねぇ」


 そんな風に言葉を残していき、お婆ちゃん達は去っていく。


 人に見られ、途端に恥ずかしくなった俺は、たこ焼きを諦めて居住まいを正す。


「照れてるくーちゃんかーわいいー」


「う、うるさい」


 頬をつんつんと碧に突かれる。


 そんな俺に口元にすっとたこ焼きが差し出される。


「ほれ」


 俺は深紅の方を見ずにたこ焼きを食べる。


「ありがと……」


「どういたしまして」


 ふっとおかしそうに深紅は笑った。


 その後は、三人でおしゃべりをしながら食べた。


 三人とも食べ終わり、そろそろ勉強を再開しようとベンチを立ち上がりかけた時だった。


「あ、あのっ!」


 少女特有の高い声で焦ったように声をかけられた。


 声の方を振り返れば、そこにはステンレスフレームの眼鏡をかけた真面目そうな少女が立っていた。


 歳の頃は中学生程だろうか? 少し大人びて見えるけれど、それは見た感じの雰囲気だけで、顔付きと体型には幼さがあった。


 少女は顔を赤くしながら、俺達──と言うよりは、深紅の方を見ていた。


 これだけで俺と碧は事態を察する。


「深紅、アタシ達は先に行ってるねー」


「泣かせるなよー」


 俺達はそれだけ言うとその場を離れようとした。


 これはどう見ても深紅に対する告白だ。俺達が居たら彼女の邪魔になってしまうだろう。


 いやぁ、それにしても意外だなぁ。彼女、一見すれば奥手に見えたけど、人目のある所で堂々と深紅に声をかけるなんて。


「あ、あの、違くてっ」


 しかして、俺達の予想とは裏腹に、彼女はわたわたと手を振って俺達の気遣い勘違いを否定する。


「こ、告白とか、そんな大それた事ではなくて、ですね! えっと、でも、重大なお願いではあるのですが、その……」


 告白だと勘違いされたことが恥ずかしかったのか、それとも元々人見知りなのか、更に顔を真っ赤にして慌ててしまう。


「そ、それに、彼女がいる人に告白するなんて、そんな勇気ありませんし……!」


「彼女?」


 いるの? と深紅に目で問い掛ければ、深紅は微妙そうな顔で俺を見る。


「前例があるのにもう忘れてるのか?」


「あ? ああ……いや、無い無い」


 深紅に言われ、俺もようやっと思い当たる。


 彼女は、おそらく俺達の先ほどの様子を見ていたのだろう。


 俺と深紅の距離が近い上に、遺憾いかんだが、本当に遺憾だが! 俺の顔が女顔であるばかりに、彼女は俺のことを深紅の恋人だと思ってしまったようだ。


「無い無い。絶対に無い。そもそも俺男だよ?」


「お、男ぉっ!? す、すみません!!」


「ああ、いいよいいよぉ。残念なことに慣れてるから」


 勢いよく頭を下げる彼女に、俺はどうどうと手で彼女を制してなんてこと無いと言う。まあ、実際めっちゃショックだけど。


 けれど、俺が心情を吐露してしまえば彼女は余計に萎縮してしまうだろう。だから、なるべく優しい声で彼女に大丈夫だとつげる。


 そうすれば、彼女はゆっくりとだが顔を上げてくれた。


 そんな彼女に、深紅も優しげな笑みを……いや、こいつ内心で俺のことを笑ってるな? めっちゃ面白がってるな? 後で仕返ししてやる。


 ともあれ、深紅が優しげな笑みで彼女に言う。


「それで、俺になにか用かな?」


「あ、は、はい! えっと、その……」


 深紅に聞かれて、彼女は視線を彷徨わせる。が、決心したように目をつむると、勢いよく頭を下げて言った。


「わ、私達・・を鍛えてください!!」


「「「……は?」」」


 私……達? 鍛える?


 状況がまったく飲め込めず、俺達三人は顔を見合わせた。

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