第38話 改めて、友人として――
星空さんのライブが終わり、お客さん達はライブの余韻をその胸に残したまま帰路についた。
俺達も本来であれば帰路についているところなのだが、他のお客さんと同じタイミングで帰路についてしまうと人に囲まれてしまう可能性がある、というか、まず間違いなく深紅と桜ちゃんが人に囲まれてしまうので、タイミングをずらして帰ることになった。
星空さんが楽屋を使って良いと言ってくれたので、俺達は星空さんの楽屋で少し時間を潰すことにした――のは、いいのだけれど……。
「ねえ、どうするの?」
隣に座った花蓮が星空さんに聞こえない程度の声音で聞いてくる。
星空さんは今、備え付けのシャワー室でシャワーを浴び終わり、髪の毛を乾かしている最中だ。ちなみに、深紅は外で待たされてる。というか、自分から出て行った。さすがに、女の子がシャワーを浴びてる部屋にいるのは気まずいのだろう。なにせ俺が凄く気まずいからね!!
ともあれ、心配そうに俺を見る花蓮に対して、俺も星空さんに聞こえない程度の声音で返す。
「どうしよう……」
「どうしようって言われても……」
花蓮が困ったように言う。
「どうしよう……」
もう一度そう呟くと、鏡に写った自分の姿を見る。
通常より露出の多いゴスロリ衣装を見に纏った少女が鏡に写る。
そう、俺はいまだ変身を解けていないのだ。
まずい。実にまずい。
変身が解けていないということは、如月黒奈が星空さんの前に出られないということになる。
最初は深紅がトイレに行っていると言って誤魔化してくれたけど、誤魔化しももう通用しない。楽屋に来てからもう十五分以上経ってしまっている。いい加減戻って来ないとなると、どんだけお腹の調子が悪いんだって話になってしまう!
「ねえ、そう言えば黒奈は? まだ戻ってきて無いの?」
髪を乾かし終えた星空さんがドライヤーを置いて言う。
星空さんの言葉に、俺達三人はびくりと身を震わせる。
「さ、さあ? お腹が痛いんじゃないでしょうか……」
「それにしては長くない?」
「に、兄さんはいつもこんな感じです……」
「そんなわけないでしょ!」
「ちょっと突っ込まないでよ!」
「あっ」
俺はしまったと両手で口を押さえる。
そして、そろーっと星空さんを見れば、星空さんはじとーとした目を向けていた。
「仲が良いのね、あなた達」
「え、ええ、まぁ……」
「それなりに……」
俺と花蓮は互いに目を逸らす。
「ふーん……ねぇ、ブラックローズ」
「は、はい?」
「あなたもしかして……」
「は、はい……」
真剣な表情でずずいっと顔を近づけてくる星空さん。
ううっ、まさか、正体ばれちゃった……?
しかし、星空さんが口にした言葉は、俺が危惧していたものではなかった。
星空さんは俺から目を逸らすと、少しだけ赤くなった顔で言った。
「く、黒奈と……付き合ってるの?」
「「「…………はい?」」」
星空さんの予想外の質問に、俺達三人は思わず声を揃えて聞き返してしまう。
「だ、だから! 黒奈と付き合ってるのって聞いてるの! で、どうなの!?」
星空さんの言葉の意味を理解し、俺は考える。
付き合ってる? 俺が、俺と? ……いや、無理でしょう……。どうやって自分と付き合うと言うんだ……。
「いや、無い無い。私、誰とも付き合って無い」
「そ、そう。なら、良かったわ」
俺の答えを聞くと、星空さんはほっと胸を撫で下ろした。
その様子を見た花蓮と桜ちゃんがなぜか一瞬険しい顔をするが、すぐに笑顔の下に隠す。
「輝夜さんはなんでそんなことを思ったんですか?」
「それと、なにが良かったなんですか?」
「うっ……」
笑顔で二人に言われ、星空さんがしまったという顔をする。
「みょ、妙に花蓮と仲が良いから、黒奈と付き合ってるからなのかなって思っただけよ。良かったのは……そ、そう! アイドルに恋愛はご法度だからよ!」
「ブラックローズはアイドルじゃありませんけど?」
「お、同じようなものよ! はい、この話は終わり! 終わりったら終わり!!」
星空さんが強制的に話を終了させる。
花蓮と桜ちゃんが星空さんにジト目を向ける。
星空さんは二人のジト目から逃げるように視線を横にずらす。
「そ、それにしても、本当に黒奈遅いわね……なにかあったのかしらね」
げっ、その話に戻るのか……。
……でも、正直な話、どうなのだろう。俺は、このまま星空さんに自分の正体を隠したままで良いのだろうか?
いや、星空さんのことを思うなら、明かすべきじゃないのかもしれない。星空さんはきっと、ブラックローズの正体が俺だということを知れば幻滅するだろう。
憧れの、それこそアイドルと魔法少女を目指すきっかけになった存在が男だったなんて知れば。
だけど、俺は予期せず星空さんと縁を結んでしまった。星空さんと友人と言っても差し支えない間柄になってしまった。俺と関わりの無い一般市民相手なら、今のままでも良いだろう。けど星空さんとはこれからも関わってくることが増える。そうすれば、どうしても齟齬は生まれるし、俺とブラックローズの共通点も見つけてしまうだろう。なにより、隠し通し続けるのも限界がある。
徐々に気付いていって、疑いをもたれるくらいなら、いっそ……。
これは、多分俺が星空さんに失望されたくないだけだ。
痛みは強く深いよりも弱く浅くの方が良い。
「あの……」
俺が口を開こうとしたその時、花蓮に腕を掴まれる。
花蓮は珍しく怒ったような顔をして俺を見ていた。
「自分が楽になりたいだけなら、言わない方が良い」
「――っ」
気付かれてた。
なんで、なんて愚問だろう。俺達は兄妹だ。俺が花蓮の気持ちをわかるように、花蓮も俺の気持ちがわかる。根拠も何も無いけど、わかってしまうのだ。
「ん? なんの話?」
星空さんが小首を傾げながら言う。
「大事な話、です」
「そういう事じゃないんだけど……?」
花蓮が真面目くさった顔で言えば、星空さんはジト目を花蓮に向ける。
「ふふっ、冗談です。私達、ちょっと飲み物買ってきますね。行こう、桜」
「え、あ、うん」
「え、ちょっと!」
星空さんが止めるも、二人はすたこらと楽屋を出て行く。
二人が出て行き、星空さんはテーブルに置かれたお茶を見ながら言う。
「飲み物ならあるのに……」
「気を遣わせちゃったみたい」
「気を遣う? 何に?」
「私に」
「? なんで?」
「大事な話があるから、かな?」
「大事な話?」
「ええ、大事な話」
言いながら俺は立ち上がり、星空さんから少し離れたところに行く。
花蓮の言う通りだ。リスクや俺が楽になるために言うんじゃなくて、星空さんのことをちゃんと考えて言わなくちゃ。
俺は星空さんを正面からちゃんと見る。
星空さんは突然わけのわからない言動をする俺に対して、少し訝しげな顔をする。
「どうしたの、ブラックローズ? 疲れちゃった?」
「疲れてはいるかな。でも、そうじゃない」
「じゃあ、どうしたの?」
言うんだ。今、ここで。
「星空さん、今から私の正体を明かします」
「――っ!? ちょ、え? きゅ、急にどうしたの?」
「確かに急だけど、いつかは明かさなきゃいけない事だから」
「た、確かに、ブラックローズの正体は気になるし、できれば、と、友達にもなりたいけど……でも、ブラックローズが頑なに正体を隠すのって、それほどの理由があるって事でしょ? それを、数回程度しか会ったこと無いアタシに教えちゃって良いの?」
「良いよ。星空さんには知ってほしいから。けど、初めに言っておくわね。星空さんは、私の正体を知ったらきっと幻滅するわ。あなたがアイドルや魔法少女になったきっかけの正体がこんな奴だって知ったら、きっとあなたのモチベーションも――」
「そんなわけないでしょ!!」
俺の前置きを大きな声を上げて遮る。
「いい! 確かにきっかけはあなたよ! あなたみたいになりたい! そう思ったわよ! けど、アタシはあなたみたいに魔法少女になって、アイドルにもなってる!! 今のアタシを作ったのは、紛れも無いアタシ自身よ!! あなたの正体がちょっと思っていたのと違っても、アタシはアタシよ!! アタシを見くびらないで!!」
予想外に強く言葉を叩きつけてくる星空さん。
そうだ。俺の前にいるのはあの星空輝夜だ。格好良くて、魅力的なアイドルだ。
確かにきっかけは俺だったのだろう。でも――
「あなたが本当に憧れたのは、今のあなたなのね」
――彼女が本当に憧れていたのは、最高の姿になった未来の自分だったのだ。
彼女は自分の思い描く最高の姿に憧れてアイドルと魔法少女を目指した。
確かに、スタートは俺だったのだろう。けれど、ゴールまで走り続けたのは彼女なのだ。彼女はブラックローズが全てではなかったのだ。
「見くびってごめんなさい。あなたは、あなたの足でこの場所に立ってるのね。あなたの今までを軽んじたこと謝ります。ごめんなさい」
俺は腰を折って深く頭を下げる。
「ちょ、頭を上げて! アタシも強く言いすぎたけど、そんなに怒ってるわけじゃないから! きっかけがブラックローズなのは本当だし、アタシの想像するブラックローズと百八十度違ってもちょっぴりがっかりするだけだから!!」
「許してくれる?」
「許す許す! だから顔を上げて!
「それじゃあ、頭を上げるね?」
「どうぞどうぞ!」
俺は折っていた腰を戻し、改めて星空さんと対面する。
俺が頭を上げれば星空さんはあからさまにほっと胸を撫で下ろした。
お互いの意見の相違も無くなったところで、俺は改めて言う。
「……それじゃあ、私の正体を見せます」
「……はい」
星空さんがごくりと生唾を飲む。
星空さんが見守る中、俺は変身を解いた。
黒色の光が身体を包み込み、俺の身体を元に戻していく。
光が晴れればそこにいるのはいつもの俺、如月黒奈である。
星空さんの目が驚愕に見開かれる。
「改めまして、如月黒奈です。魔法少女をやってます」
「……嘘」
俺の顔を見て、星空さんは呆然と呟く。
気まずさから、星空さんから目を逸らして言う。
「幻滅、しましたよね……ブラックローズの正体が男だったなんて……」
そうたずねたけれど、返ってきたのは無言の静寂。
俺はちらりと星空さんを見れば、星空さんは目をぱちくりさせて驚いている。かと思えば、じっくり俺を見て、俺の周りを移動し、様々な角度から俺を観察する。
「え、え、本当に? 本当に黒奈があのブラックローズなの?」
「は、恥ずかしながら……」
「へー……ほー……そうだったんだ……へー」
言いながら、観察をやめない星空さん。
星空さんの反応の真意が読めず、俺は居心地の悪いまま星空さんに観察される。
やがて、星空さんは観察をやめて俺の正面に立つ。
そして、あっけからんといった顔で言った。
「正直、予想の範疇を出ないわね」
「え?」
「うん。予想外では無いわ。びっくりしたけど、アタシが予想してた展開よりも驚きは小さいわ」
「え、そ、そう?」
「うん」
本心で言っているのか、星空さんはあっけからんと頷く。
「で、でも、男なんですよ? き、気持ち悪いとか……」
「え、ああ、まあ良いんじゃない? そういうこともあるわよ」
「え、えぇ……」
星空さんのさっぱりした反応に、むしろ俺の方が困惑してしまう。
「ていうか、むしろ黒奈で安心したわ。人間性も信用してるし」
「あ、ありがとうございます……?」
「一から仲良くなる必要が無いって楽よね」
「は、はぁ……」
「はー無駄に緊張した! なーんだ、黒奈なら緊張する必要ないじゃない。なんか、損した気分だわ」
ソファに座り、お茶を飲んでリラックスをし始める星空さん。って、それ俺のお茶……。
「黒奈も座りなさいよ。戦って疲れたでしょう?」
「あ、はい」
ぽんぽんと自分の隣を叩いてそういう星空さん。
俺は言葉通り星空さんの隣に座る。疲れているのは事実なので素直に従う。
俺が隣に座れば、星空さんが距離を詰めてきた。
肩と肩が触れ合う距離。シャワーから上がったばかりの星空さんからは良い匂いがして、なにより温かかった。
こてんと頭を俺の肩に預ける星空さん。
「今日は、ありがとうね。おかげで、最高のライブになったわ」
「それは、良かったです。でも、俺はアンコールまで全部普通に聞きたかったですけど」
「なら、また来なさいよ。チケット送るから」
「いえ、今度は自分で買います」
「言っとくけどアタシのライブのチケットっていつも抽選だからね?」
「え、そうなんですか?」
「ええ。しかも倍率凄い高いから」
「が、頑張ります……!」
「頑張ってどうにかなるものじゃないでしょう」
ふふっと星空さんが笑う。
「スタッフとしてバイトに来ても良いのよ? それくらいなら融通きかせてあげる」
「じゃあ、お金に困ったらお願いしますね」
「ええ、その時は待ってるわ」
会話が途切れ、静寂が訪れる。
が、気まずくはない。なんだか、心地の良い静寂だ。
そんな静寂の中、星空さんが静かに声を出す。
「ねぇ、黒奈」
「なんですか?」
「思ったんだけど、敬語やめない? アタシ達同い年だし」
「えっと……」
それは、果たして良いのだろうか? いや、本人が良いと言っているのだから良いのだろうけれど、ファンに闇討ちされないだろうか?
それに、敬語になれちゃうと言葉を崩すのが難しいというか……。
そんな思いもあり少し躊躇していると星空さんがむっとした顔で見上げてくる。
「あなたが言ったのよ? 次会ったら自然体で話してほしいって。言った張本人がよそよそしくしないでよ」
「うっ……」
確かに、そんなことをいったかもしれない。あまり憶えて無いけど……。
けれど、彼女が嘘をつく理由も無い。そもそも、彼女はこんなことで嘘をつかないだろう。
「分かった。言葉を崩すよ」
「そうそう。それで良いのよ」
俺がそう言えば、彼女は満足そうに笑う。
「ねえ、黒奈」
「ん、なに?」
「アタシ――」
星空さんが何かを言おうとしたその時、バンと楽屋の扉が勢い良く開かれる。
「いちゃいちゃ警察です!! いちゃいちゃはご法度です!!」
「ご法度!!」
桜ちゃんがどこから持ってきたのか笛を吹きながら入ってくる。その後ろに花蓮も続いている。
「ちょっと! せっかくの良い雰囲気が台なしじゃない!! ここから新たに友人として語らうところでしょう!?」
「ダメです! 後でメッセージでどうぞ!」
「メッセージも検閲対象です! 一度私を通して送ってください!」
「戦時中か何か!?」
ぎゃーぎゃーと姦しく? 騒ぐ三人。
先程までのゆっくりとした雰囲気はもう無くなり、一気に部屋が騒がしくなった。
俺は巻き込まれたらたまらないのですぐさま反対のソファに退避する。
「よ、お疲れ」
「ひゃっ!」
頬に冷たいものを押し付けられ変な声が出てしまう。
俺はむすっとした顔で犯人を見やる。
「びっくりした」
「悪い悪い」
俺が文句を言えば、深紅は笑いながら謝って隣に座る。
「で、うまくいったか?」
なにを、とは言わない。言われなくても、わかる。
「うん。うまくいったよ」
「そうか。それは良かった」
俺の報告に、深紅は少しだけ安堵したような顔をした。
「良かったな」
「うん」
深紅が自然な動作で俺の頭をぽんぽんと叩く。
その瞬間、騒いでいた三人の声が止む。
俺と深紅は何事かと三人を見れば、三人は俺達を――というよりも、深紅を睨みつけていた。
そして、深紅に向かって大きな声で言った。
「「「いちゃいちゃ禁止!!」」」
なぜか矛先が向いた深紅となぜかいちゃいちゃしてると疑われた俺は声を合わせて言った。
「「なにが!?」」
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