第148話 十字騎士・クロスロード
「父さん……?」
俺に声をかけたのは、ここに居るはずの無い俺と花蓮の父さんだった。
「え、え? なんで、ここに?」
「いやぁ、ごめんごめん。弓馬せっついてたら遅くなっちゃってさ」
笑って言った父さんは、自身の背後を親指で差す。
見やれば、そこには父さんの言った通り弓馬さんが居た。
しかし、弓馬さんはどこか不機嫌そうな表情をしている。
「いや、なんでここにいるのか聞いたんだけど……」
「なんでって、おかしなことを聞くね? 可愛い子供達を助けるのが親の役目さ。まぁ、精霊界の方は取られちゃったけどね」
言って、父さんはしきりに装置に攻撃し続けるチェリーブロッサムとツィーゲを見る。
「合わないメェ!! 一ミリも合わないメェ!!」
「さぁ!! もっと出力上げていきますよぉ!!」
「上げるなメェ!! お前は合わせる努力をするメェ!!」
「これしきの出力で装置が壊せると思ってるんですか!! 最大火力でぶっ放すんですよぉ!!」
「必要火力をぶっ放すだけで充分だメェ!!」
チェリーブロッサムが張り切って暴れ、ツィーゲがそれを制御しようと必死になっている。
「本当はもっと落ち着いてお礼を言いたいけど、時間が無いからまた今度にするよ」
「おい
「だから大丈夫だって。ヴァーゲの相手は深紅くんがしてくれるから」
「それだと私の気が済まんのだ」
「弓馬、大人が出しゃばって良いのは子供がピンチの時だけだ。深紅くんはまったくピンチじゃないし、世界だってまだまだ追い込まれて無いさ」
「お前は呑気が過ぎる! 深紅くんだって、ヴァーゲに勝てるかどうか分からないだろう!」
「勝てます」
思わず。俺は、弓馬さんの言葉にそう返す。
けれど、この言葉を引っ込めるつもりは無い。だって、深紅は絶対に勝つ。
「深紅は負けない。だって、約束したから」
「そうだよねー。ほら、弓馬だけだよ、心配してるの」
「心配もするだろう! 相手はあのヴァーゲだぞ!?」
「誰だろうが深紅くんに敵いやしないよ。なにせ、
「うぐっ……それは、そうだが……」
紅大とは深紅のお父さんの事だ。
え、紅大さん、あんなに優しそうな顔してるのに、喧嘩強いの……?
紅大さんは優しく、温和で、時に情熱的な人だ。喧嘩してるところなんて想像できないし、そもそも喧嘩とか嫌いそうな雰囲気をしている。
そんな紅大さんが三人の中で一番喧嘩が強いの? ちょっと、見てみたい気もする……。
「子供達が本気になってるんだ。なら、僕らはそのサポートだけしてあげれば良い。子供達だって、いつまでもお守なんて必要にしてないだろう?」
「むっ……まぁ、そうだろうが……」
「だから、僕らは彼等をちょいと手助けしてあげれば良いんだよ。差し当たっては、まずは花蓮の救出だ。ちょっと待っててね、花蓮。すぐ助けてあげるから」
にこにこ笑顔で花蓮に言って、父さんは俺に離れているように言う。
俺はメポルと一緒に装置から少しだけ離れる。
「さて……久しぶりだけど
「誰に言ってる。お前こそ、鈍ってないだろうな?」
「……最近、運動して無かったなぁ……」
「おい!! 散々格好つけておいてそれか!!」
「仕方ないだろう!! 親というのは子供の前で格好つけたくなるものなんだ!!」
「お前それで失敗したら目も当てられないからな!?」
「成功すれば文句ないだろう?! 成功すれば良いのさ!!」
言って、父さんは両腕を交差させ、顔の前に持ってくる。
「クロスチェンジ!!」
叫び、両腕を弾くように広げる。
直後、眩いばかりの光が父さんを包み込む。
「眩しいわ!!」
「ぶへっ!?」
しかし、変身エフェクトが気に入らなかったのか、弓馬さんに殴られて父さんは光の中から飛び出してくる。
飛び出してきたのは、ところどころに十字のあしらわれた鎧を身に纏った一人のヒーローだった。
何度か、戦ってるところを見た事がある。十字騎士・クロスロード。俺達の少し上の世代で人気を博していたヒーローだ。
って、父さんヒーローだったの!? 俺何も聞いてないんだけど!?
混乱する俺を余所に、父さん――クロスロードは弓馬さんに文句を言う。
「ちょっと!! 変身バンクの邪魔しないでよ!! 折角子供達の前で格好良く変身してたのに!!」
「お前の変身は鬱陶しいのだ!! なんだあの光量は!!」
「目くらましだよ!! 変身の邪魔されたくないからね!! まぁ邪魔されたけどね!!」
「お前が考えもせずあんな光量を出すのが悪いだろう!!」
わーぎゃーとみっともなく言い合いをする父さんと弓馬さん。
二人とも、一人一人の時は恰好良いんだけど、二人合わさると急に子供っぽくなるんだよね……。
これで仲が良いって言うんだから、ずっとこの調子なんだろうな。
「葉太、弓馬!! くだらない事してないでさっさと装置を壊すメポ!!」
そろそろ鬱陶しくなってきたのか、
「痛っ……もう、分かってるよう。メポルはせっかちだなぁ」
「そうだぞメポル。お前はもう少し落ち着きを持て」
「お前達が暢気すぎるだけメポ!! 世界の一大事だってメポルは何度も説明してるメポ!!」
ぷんすこ怒るメポルに、しかし、二人は落ち着いた様子のままだ。
「さて。メポルが煩いからさっさと終わらせようか」
「そうだな」
「メポル悪く無いメポ!!」
メポルの文句を聞いてる様子も無く、弓馬さんが軽く右手を振る。それだけで、弓馬さんの姿が一瞬で変わる。
騎士のような煌びやかな服装に、赤色のマントを羽織り、右手には大きな弓を持っていた。
弓馬さんの整った見た目も相まって、物語の中の騎士のようだ。
「わぁ、格好良い……」
「ちょっ、黒奈!? 僕の時は言ってくれなかったのに!?」
「え、うん、ごめん」
「ごめん!?」
思わず謝れば、父さんは目に見えて落ち込む。
そんな父さんを見て、弓馬さんは愉快そうに笑う。
だって、父さんの時は驚きの方が先に来ちゃったし……。
「くくっ。残念だったな葉太」
「くっ……いや、まだだ! ここで格好良いところを見せれば、黒奈だってきっと僕を褒めてくれるはず!!」
言って、父さんは腰に
「弓馬!! 一撃で決めるよ!!」
「言われなくとも」
弓馬さんは静かに弓を構え、弦に指をかける。
直後、二人の魔力が爆発的に上昇する。
「――っ!!」
爆発的に上昇した魔力が暴風を生み、周囲の者を敵味方関係無しに吹き飛ばす。俺も、思わず顔を片腕で庇い、花蓮の手を握って花蓮が飛ばされないようにする。
父さんが足を踏みしめ、弓馬さんが弦を引き絞る。
魔力が剣に収束し、極大の矢を形成する。
「クロス――」
「サジタリウス――」
父さんが剣を振り抜き、弓馬さんが矢を放つ。
「――デッドリー!!」
「――アロー!!」
二色の極光が放たれる。
二色の極光は一直線に放たれ、途中で交わり、更に大きな極光へと変わり、装置へと突き進む。
「……すごっ……!!」
極光が相当とせめぎ合う――瞬間も無く、極光は難なく装置を破壊する。
装置が破壊され、爆音が響き渡る。
「黒奈、行ってあげて」
爆音の中、父さんの優し気な声が聞こえた。
俺は花蓮の手を引きながら、花蓮の元へと飛ぶ。
落ちる皿。少し離れて、花蓮が落ちる。
「花蓮!!」
大丈夫、間に合う。いや、間に合わせる!!
必死の速度で落ちる花蓮へと迫り、落ち行く花蓮を優しく抱き留める。
「兄さん……」
花蓮は腕の中で俺を見上げる。
泣いて目元は腫れてるけれど、特に大きな傷は無い。
「良かった……!」
思わず、二人の花蓮を一緒に抱きしめる。
「良かった……二人とも無事で、本当に良かった……!」
最初は混乱したと思う。それはそうだ。だって、花蓮が二人いるだなんて思なかった。それに、片方は後から出来た人格だって言うじゃ無いか。そんなの、混乱しないわけが無い。
深紅に発破をかけられるまで、どうすれば良いのかまったく分からなかったんだ。
けど、考える必要なんて無かった。二人は俺の大切な妹だ。俺の大事な家族だ。その事実だけで、俺が二人を受け入れるには充分だったんだ。
「本当に、良かった……!!」
そこで、今まで保っていた変身が解ける。魔力はもう無い。しばらくは変身できないだろう。
ブラックローズではない俺は魔法が行使できない。
そのまま落下していく身体。けれど、焦りはない。
落下していく俺達は優しく誰かに抱き留められる。
「そうだね。皆無事で、僕も嬉しいよ」
俺達を抱き留めたのは父さんだった。
「けど、帰るまでが最終決戦だ。だから、皆で帰ろう。僕らの家へ」
なんだかんだ、二人は言い訳を付けた。
自分が一人でなければいけない。
自分がいらないかもしれない。
けれど、そんなのは関係無い。
だって、二人はただ帰りたいだけだったから。家族の元へ。自分の住む家へ。ただただ帰りたかっただけなのだ。
花蓮は失ったものを求めて、花蓮は失いたくないものを求めた。
二人の想いは、ずっと同じだったのだ。
皆と一緒に居たい。二人は、ずっとそう思っていたのだから。
二人は目に涙を溜めながら、息ぴったりに頷いた。
「「うんっ」」
かすかに笑みを浮かべる二人を見て、父さんは優し気に微笑む。
三人の笑みを見て、俺の肩から力が抜ける。
「……こっちは終わったよ、深紅。だから……」
上空に浮かぶディスプレイ。そこには、未だにヴァーゲと戦うクリムゾンフレアの姿が映し出されている。
見たところ、押されているのは深紅の方だ。
少しだけ、不安になる。もしかしたら、深紅は負けてしまうかもしれない。あの時みたいに……。
……っ!! ううん、ダメだ。俺が弱気になってどうする!! 深紅は絶対に勝つんだ!! だって、約束したんだから!!
俺は映像に映るクリムゾンフレアに向けて拳を突き出す。
「後は、頼んだよ。
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