第149話 クリムゾンフレア・混沌型

 上空に映し出された映像から流れる声を聞けば分かる。


 どうやら、黒奈は上手くやったようだ。


「さすが黒奈だわ……こりゃ、俺も負けてられないな」


「くそっ! 何故だ!! 何故失敗する!! あの時だってそうだ!!」


 俺の攻撃など眼中に無いのだろう。ヴァーゲは上空を睨みつけながら声を荒げる。


「また、またお前か!! また邪魔をしたな、クロスロードォォォォォッ!!」


 叫び、激昂するヴァーゲ。しかし、その力に陰りは無い。今も、俺の攻撃を相当の力で防いでいる。


 どれだけ感情が揺すぶられようとも、相反する感情を強制的に同等まで引き上げられる。


 相当の力は外側だけでは無く、内側にも作用する。それは、あいつ自身が言ってたことだ。


 今だって怒りは薄れて行っているハズだ。


「てか、黒奈の父ちゃんがクロスロードだったのか……」


 クロスロードはヒーローとしての姿しか公開していない。そのため、その正体は誰も知らなかった。今日正体を現した事で謎に包まれたヴェールは剥がされた訳だけれど。


 まぁ、黒奈が正体を明かしたんだ。父親として黙ったままではいられなかったのだろう。


 って、そっちは今は良い。問題は俺だ。


 ヴァーゲを倒す事はおろか、世界の統合すら阻止できていない。他のヒーローも、装置の防御を突破できていない。


 装置三つの破壊が世界統合阻止の条件だ。だから、早くこの装置を破壊しないといけない。


「くそっ……!! 全然通らねぇ……!!」


 大見え切って任せろと言ったけれど、正直なところ、俺はヴァーゲに勝てる算段なんて無かった。


 あの日、花蓮ちゃんが攫われたあの時に、俺の拳は何で通ったんだ?


 ずっとそれを考えているけれど、まだ答えは出ない。その答えが分からなくちゃ、ヴァーゲを倒す事なんて出来ないのに。


「…………っ。……まぁ良い。この装置さえ死守すれば私の勝ちだ。全ファントムよ!! 地球に来い!! 最後の装置を死守しろ!!」


「――っ、まずい!!」


 今だって敵味方入り乱れた乱戦状態だ。敵味方関係無く、数が増えれば増えるだけ自由に動きづらくなる。


 しかし、俺の焦りなどお構いなしに、ヴァーゲの命令通りに、次々とファントムはやって来る。


「シャァッ!!」


「死ね、クリムゾンフレア!!」


「――ッ!! そりゃあこっちにも来るよな!!」


 迫り来るファントムを捌きつつ、ヴァーゲに迫る。


「おらぁッ!!」


「無駄だ。貴様の攻撃など通るはずも無い」


 振りかぶった拳は見えない壁に阻まれる。


 まだ、通らないのか……!!


 何が足りない。


 護りたい気持ちは負けてない。


 倒したい気持ちだって負けてない。


 自分では、吊り合ってるつもりだ。けど、全然吊り合ってないのだろう。だから、俺の攻撃が通らない。


 多分、倒したい気持ちよりも、誰かを護りたい気持ちの方が強いんだろう。


 誰かを護りたいって気持ちを教えてくれたのは黒奈だ。その黒奈が戦っていて、その黒奈を知ってるから、俺の気持ちは誰かを護りたい方に傾いている。


 俺にとって、黒奈は憧れだ。決して曇る事の無い、綺麗な光。俺も、そうなりたいと思うから、黒奈に惹かれるから、倒すという気持ちが負けているのだろう。


「くどい。もういい。お前は私に届かない」


「ぐぁっ!!」


 相当の力によって強く弾かれる。


 弾かれた俺に、ファントムが群がってくる。


「っそ……!! 邪魔すんな!!」


 群がるファントムを一撃で沈めて行くけれど、あまりにも数が多すぎる。


「来いクロスロード。裏切者の弓使い。今度こそ、完膚なきまでに潰してやる」


「待て!! お前の相手は俺だ!!」


「お前などに、もう用は無い。私は私の過去を清算する」


「待って言ってんだろ!! くそっ!! 鬱陶しい!!」


 俺の前に立ちはだかるファントム達。


 一体一体は大した事が無い。けれど、数が増えると鬱陶しい事この上ない。


「邪魔だよッ!!」


 大技を放って、その勢いのままヴァーゲに迫る。


「邪魔はお前だ」


「ぐぁッ!?」


 ヴァーゲの直前まで迫ったその時、頭上から衝撃を受け下方に吹き飛ばされる。


「がっ……!!」


 受け身も採れず、そのまま地面に叩きつけられる。


「っそ…………!! がぁッ!?」


 立ち上がろうとした俺の身体の上に、再度衝撃が襲い掛かる。先程の単発的なものとは違い、永続的な攻撃だ。


「ぐ、ぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああッ!!」


「鬱陶しい。黙って寝ていろ」


 立ち上がれない程の衝撃を受け、地面に縫い付けられる。


 く……そッ……!! なんで通らない……!!


 大技を放とうにも、ヴァーゲの相当は崩せない。幾ら技を放っても、この状態から抜け出せないのなら意味が無い。


 どうすれば……!! どうすればヴァーゲに届く……!! 俺は、どうすれば……!!


『なら、私の力を貸してあげる』


 焦る俺の心に、聞いた事のある声が響いた。


「――ッ!!」


 その声には憶えがあった。


 レーヴェに負けたあの時、夢の中に出て来た懐かしい女性の声だ。


 廿楽つづら緋日あけひ。もうこの世にいない、人殺しをしてしまったヒーローで、俺達の大切な幼馴染。


 緋姉あけねえ……!!


 聞こえてきた声に、思わず警戒してしまう。


 いや、大丈夫だ。この声は俺の気のせいだ。幻聴だ。だから、惑わされるな。


『なんだって良いよ。しんちゃんがどう思ってても良い。けど、聞いて。しんちゃんは優しいから、多分このままじゃずっとヴァーゲに勝てない。しんちゃんの攻撃は、ずっと通らない』


 だからって、あの力を使ったところで相当の力の前じゃ無意味だ。


 緋姉の力はいらない。俺一人で、奴を倒す。


『無理だよ。言ったでしょ? しんちゃん優しいからって。しんちゃん、相当の力を持つヴァーゲに同情しちゃってるでしょ?』


 ――っ!!


『ほら図星。相当の力って、不憫だものね。感情を自由に持てないのだから。抱いた感情を消されるって、辛い事だものね』


 ……その言葉通りだ。確かに、俺はヴァーゲに同情している。


 あれだけ激昂していたヴァーゲは、今では完全に落ち着き払っている。


 おそらく、ヴァーゲは相当の世界が欲しいんじゃない。全てを均等にして、自分を独りぼっちにしたく無いだけなのだ。


 そのためならば、世界を巻き込んでも良いくらいに。


 他人と笑えない。他人と泣けない。他人と喜べない。


 それは、他人と何も共感できないのと同じだ。


 いや、本人には感情の起伏があるのだろう。能力が、それを押さえつける。


 頑張って怒ってみたって、今みたいに直ぐに感情は鎮静化されてしまうのだから。


 だから、確かに俺はヴァーゲに同情してしまっているのだろう。


『しんちゃんの攻撃は通らない。怒りじゃ無くて、哀れみを持ってるから。結局は、相手を思ってしまってるから。しんちゃんらしいと言えば、らしいけどね』


 くすりと笑ったような感覚。


『だからね。私の怒りを貸してあげる。しんちゃんの代わりに私が怒って上げる。だからね、しんちゃん。私に負けないくらい、相手を思ってあげて。私は怒る事しか出来なかった。恨む事しか出来なかった。けど、しんちゃんは違う。くーちゃんの感情を奪った相手にも、しんちゃんは同情してる。その思いを、もっともっと強めて』


 心の内から黒い感情が湧き出てくる。身に覚えのない、誰かの感情。


『これで最後。私の残り火は、もう消える。だからね、しんちゃん。最後に、もう一回だけ恰好良いところ見せて』


 ……。


 例え、これが幻聴だって良い。俺の妄想の産物だって構わない。


「……ああ……分かった!!」


 本当に緋姉なら嬉しい。それなら、それで良い。


 どちらだって、構わない。俺のやる事は変わらない。


 俺が好きだった人の言葉を、俺が叶えない訳にはいかないのだから。


臨界点オーバー……突破フロー!!」


 心の内から憎悪が溢れてくる。あの時と、赫怒型ブラック・フラッシュを使った時と同じ感覚。けれど、その憎悪の感情を俺は知らない。そんな気持ち悪さ。


 黒い炎が俺から噴き上がる。あの時以上の力。けど、ダメだ。このままじゃ、あの時と一緒だ。怒りに任せて戦ったって勝てない。


 負けるな!! 俺の想いをたぎらせろ!! もっと心を燃やせ!!


「うぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」


 お前は誰のために戦うんだ!! なんのために戦うんだ!!


 言っただろうが!! 世界くらい俺に任せろって!! あいつはちゃんと花蓮ちゃんを助けたぞ!! 焚きつけた俺がこのままでどうする!!


 俺が護るんだろ!! あいつの居場所を!! 皆の居場所を!! そのためにここにいるんだろ!!


 いつまでも腑抜けてんじゃねぇ!! さっさと立ち上がって、お前のやるべきことをやれ!! お前は、何のためにヒーローになったんだ!!


「お、れは……俺が……!!」


 白い炎が噴き上がる。


 あいつが黒なら、俺は白だなって、あいつに慰められた時に何となく思った。


 俺は、同じにはなれない。けど、あいつを助けるために力は貸せる。


 だから、俺のフォルムチェンジは不知火型ホワイト・フラッシュなのだ。


 不知火型ホワイト・フラッシュを手に入れたきっかけは緋姉との戦いだけど、ずっと心の奥底ではそんな想いがあったのだろう。


 だから不知火型ホワイト・フラッシュ


 なら、これは必然だ。


「ヒーローに、なったのは……ッ!!」


 誰にも言った事無いけどな、俺がヒーローになったのはテレビの中のヒーローに憧れた訳でも、身近にいるヒーローに憧れた訳でも無い。


 俺がヒーローになったのは……。


「誰かのために頑張れる、如月黒奈ブラックローズに…………憧れたからだ……!!」


 その憧れを今超えろ。あいつが護ったもの全部、お前も護ってみせろ。


 さぁ、行くぞ、和泉深紅クリムゾンフレア


 白と黒、そして、赤の炎を噴き上がり、俺を押さえつけていた衝撃を打ち消す。


「――なッ!? 馬鹿な!!」


「一度お前をぶん殴れたんだ。馬鹿な事なんである訳ねぇだろ」


 怒りに呑まれていない。同情に流されてもいない。俺は俺のまま、立ち上がる。


 赤を基調とした、白と黒の挿された姿。


 名付けるのであれば、そう――――クリムゾンフレア・混沌型カオス・フラッシュ


「さぁ、こっから最高潮ヒートアップだ。精魂尽き果てるまで、燃え上がろうか」

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